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ヴィクター過去編

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「人間には、努力できる脳の作りと、努力できない脳の作りがあるんだよ」

 いつものチーム練習後の反省会で唐突に投げつけられた言葉だった。俺には、初め何を言っているのか分からず、呆然としていた。

「お前はそれが出来る作りで、才能を持ってるんだよ。俺たちはお前と違う。お前みたいな才能を持ち合わせていない。だから、仕方がないことなんだよ」

「え? 俺なにか気に触るようなこと言ったか?」

 俺は普段通りに、今日の反省会をしていたつもりだったのだが。

「お前馬鹿にしてんのか!? 毎日毎日お前のその偉そうな態度がムカつくんだよ! 」

 唐突にチームメイトの一人が、怒鳴り始めた。いつも機嫌が悪く、気分屋なところがあるやつだが、今日は一段と酷い。

「だって、ダメだったところの反省しなくちゃ、いつまでたっても、同じ失敗を繰り返すぞ? 大会もすぐ近いんだし」

 俺の言葉の後に、大きなため息が一つ聞こえた。

「ヴィクターさ。もういいよ、やってらんないよ」

「そうだな。もう、お前ひとりでやれよ」

 そう言って、ボイスチャットのルームから二人は出ていった。



 俺とあいつらが、最後に会話した内容がこれだった。
 確かに努力は有限だ。永遠に努力をし続けることはできない。だからこそ、燃え尽きてしまったとか、もう十分満足いったといって欲しかった。

 なんで、最後まで俺が嫌味を言われて終わりにしなくちゃいけないんだ。今までもあいつらに文句はあった。だけど、あいつらなりに頑張っていると俺の中で落とし込んで我慢していたんだ。
 勝てばすぐに調子に乗って、負ければ自分以外の要因に文句を言う。挙句の果てに俺には才能があって自分達には才能が無いからときた。
 どうやってもこの人とは生きている世界が違うと感じさせる場面もある。それは俺も分かっている、だけどそれを理由に努力することを止めていいのとは違う。自分が逃げるために才能のせいにするのは間違っている。努力で追いつける才能だってあるはずだ。

 俺は寝ても覚めてもゲームのことを考えていた。最初から、賭けてる時間も熱量も違うんだよ。
 強くなれないのは賭けてる物の量が違う。焚かれている火の大きさが違う。それは時間でも情熱でも執念でもなんでもいい。かける物なんて誰だって、どれかしら持っている。持っている物をかけられないならはなから夢を語るな。
 ましてやそれを才能のせいにするな。俺たちが戦ってきたプレイヤーたちが何をかけているか、どれほどの時間をかけてきたか知らないのに、そんな軽く才能なんて言葉を使うな。まだまだ自分の限界に立ち向かってすらいない人間が、修羅の道に簡単に踏み込んで出ていく理由にそんな言葉を使うな。

 俺はチームに所属はしていたものの、良いように使われていただけで、チームに所属していた恩恵は一つも無かった。
 もちろん、給料なんてなかったし、備品の支給もない。挙句の果てに、大会の登録や、スクリムの申し込みも全て俺がやっていた。チームメイトの2人も何もしなかったため、二人へのアナウンスも全部俺がやっていた。

 俺は幸い学生だったから、生活の全ては親が負担していた。だから最低限の大学の単位さへ取っていれば、あとは全部ゲームに費やすことが出来た。サークルも飲みも友達と遊ぶこともしなかったが、ゲームへの努力を苦だと思ったことは一度も無かった。俺にとってゲームは何よりも比重が重かった。強くなりたい、楽しいそれで十分すぎたのだ。
 普通の人では体験できないようなことを、自分の楽しさの延長線上にあったのだから、これ以上の幸福は無いだろう。
 
 だからもっともっと、強くなりたかった。
 
 だからもっともっと、勝ちたかった。
 
 そんな思いを持ちながら、辞めざる負えないこの気持ちを何人の人が分かってくれるだろうか。そして応援、期待してくれた人に本当に申し訳ない。俺はまだまだ、子どもだったようだ。こういった時に折れたり、納得したりするのが大人なんだと思う。だけど、どうしても俺にはそれができなかった。全てから逃げ出すことしかできなかった。自分ではゲームは遊びでは、ないと思っていたが、こんな形で逃げ出すのだから、俺もゲームのことを馬鹿にしていたのかもしれない。そんなことを思った自分にもさらに嫌気が増してきた。
 
 この思いは一生消えないのだろう。だけどもう、この世界には戻ってこないと決めている。目まぐるしく変化していく業界だ。だから俺のことなんて、すぐに忘れ去られるだろうと思っていた。


 あの日。そう決して忘れることのできないあの日のこと。
 大会終わった直後に、活動用のSNSも、配信用のアカウントも、そしてゲームのアカウントも全て消した。その瞬間に、あの世界での俺は完全に消え去った。
 あんなにも必死に頑張っていたことでも、消し去ろうとすれば一瞬でなくなってしまうことに、悲しさを感じた。俺がやっていたことは、こんなにも無駄なことだったのかと痛感した。

 辛かった現実も、楽しかった過去も、思い返したくてなくても、自然と思い出してしまう。
 すると、自然と涙がこぼれ落ちる。悲しみも悔しさも後悔も、いろんなものが詰まったものだった。もう、思い返すことは無いと思いつつも、なぜだか涙が止まらない。既に俺を苦しめる物はない。そのはずなのに。

 あの時のことはよく覚えている。俺は声を押し殺しているつもりではあったが、親にはバレていたようだ。普段ではめったなことが無い限り、母親は俺の部屋には入ってこないのに、その日ばかりは、泣いている俺の元に来て、一緒に涙を流していた。
 俺には、なぜ母親までが一緒に泣いているのかが、分からなかった。
 しかし「よく、頑張った。辛かったね。でも、あんたは何も間違っちゃいないよ。よく頑張った。本当に」
 俺の耳元でそう言い続けた。
 俺は詳しい内容は一切話したことないが、今までの経緯もあらかた知っていたようだ。隠していたつもりではないが、親とは侮れない物だ。
「頑張りたいことを、頑張るのがこんなに難しい事とはね」
 その言葉が、2年たった今でも思い浮かんでくる。
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