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第三十六話 脱出

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「ふぅ……。つい勢いよく出てきちゃったけど、どっから出ればいいのな?」

 少女は賢者と一緒に入った建物から一人逃げ出すように出てきて、その入り口で一人たたずむ。自身が追いかけられていないことは、すぐに分かった。それでも、入り口を出るまではと思い走り抜けてきた。
 急に全速力で走ったものの、あまり息がきれていないことに気が付き、ここに来てからの体力の向上具合がふとしたことで分かった。

「あの壁は……。さすがに無理だよなぁ」

 遠くに見える城を囲む壁を見てそう漏らす。いくら浮遊ができるからと言ってもその高度には限界がある。興味本位での限界には挑戦したことは無いが、パッと見て不可能だということだけは分かった。この場所は、箱で移動しているときに分からなかったが木々で生い茂っており、まるで他から見つかりにくい場所に設置してある建物であった。
 それだけで、その重要度が計り知れる。それと同時に、大層な秘密を知ってしまったことにも今更ながら動揺し始める。

「ど、どうしよぉ」

 今は頼れるブレンはいない。今までのように全てを自分でどうにかしなければならない。果たしてここから出られるのか。出てどうするのか。誰かに見つかったらなんと説明すればよいのか。
 少女の頭の中には様々な不安が押し寄せてくる。しかし、だからといってもこのまま立ちずさんでいるわけにはいかない。

「よし! とりあえず壁沿いを進もう。そうすればそのうち出口を見てけられるよね!」

 少女は一人胸の前で小さくガッツポーズをする。無意識下での癖になっているこれは、不安を払拭するときや、自信を鼓舞させるときによく出る少女の行動だ。これが出るときは少なからず前向きのようだ。
 森といえるの分からない、その木々の奥へと進んでいく少女は、近くはないその城壁目指して歩き出す。目で見えている目標に向かって歩くことは少女にとってはそこまで苦に感じることは無かった。

「私これから、どうしようかな。帰る方法は分からないし、ブレンさんとははぐれちゃったし。町に戻っても店主のおじさんのところ以外行く場所もないよな。だけど、こんなことになっちゃったら迷惑をかけそうだからいけないか」

 肩を落とし、下を向きながらも少女は一歩一歩着実に前に進んでいく。大丈夫今まで通り一人に戻るだけ。自身にそう言い聞かせながら、気を強く持とうとする。

 どれほどの時間を歩いただろうか。恐らく大した時間は立っていないだろう。少女はようやく城壁の内側にたどり着いた。走ったわけでもないのに、少女のその短い歩幅でもたどり着ける程度の距離であったようだ。

「やっぱり高いなぁ」

 壁の一番上を確認するために首を直角に向ける。それは少女何人分あるのか分からないほどのものであった。それと同時にいったいどうやってこんな物を建築したのかも不思議に感じ始めた。日本特有の城とはまた別の部類に入るだろうが、やはり魔法の力を使っているのか、もしそうだとしたらどんな風に出来上がるのか興味がわいてきたようだ。

「魔法は人を殺すための道具……か」

 少女が頭の中で、自分が使えるどの魔法を使えばこの建造物を楽に建てられるかを考えている。それは、賢者の考えを真っ向から否定するために思考を巡らせる。しかし、少女が使えるもので有効活用できるものは今のところなかった。
 魔法にも種類があることは知っている。この世界においては自身の魔法も特異なものだとも理解している。だとすれば、そういった生活に根津いた魔法もあってもおかしくはないだろう。

「とりあえず、壁側に進もうかな……。どっちに行こか?」

 周りをキョロキョロしながら進む方向を決めあぐねている。城を囲む壁なのだから、いずれは一周することは分かっている。それまでに見つからずにいられるかが一番の問題なのだ。
 さらに最悪の事態は、賢者がカエデを探し始めることであった。そうなった場合はもう、どうしようもないであろう。国の兵士がたかが人一人を探すためにどれほどの人数を費やすかは分からないが、例え少数であっても土地勘のないカエデを探すことは容易いことだろう。

「でも、ブレンさんは夢だった城の兵士になれたんだからよかったな。たまたま会った私にあれだけよくしてくれたんだから。最後に改めてお礼が言えたらよかったのにな」

 あちらは、これからの人生に胸を膨らませているころであろう。戦い続けなくてはいけない生活は変わらないものの、それが名誉を背をい戦うのと、ただ自身がその日生きるために戦うのでは訳が違う。ブレン程の実力を持ち合わせていれば、そう簡単に死ぬこともないであろう。
 一方で、希望の全てを失って目の前が真っ暗闇の少女である。しかし、本人もそれを自覚している割には、そこまで絶望に満ち溢れているわけではないようだ。それは、また都合よく誰かが助けてくれるだろうという楽観的考えではなく、純粋に少女の性格がそうさせているようだ。
 それもそのはずで、もしそうでなければ誰も知らない、どこかも分からない世界にいきなり飛ばされてこうも懸命に生き続けられるわけがない。

「あれ? これって……」

 少女の視線の先にあるのは壁際に置いてある不自然な木片であった。そして、その周りだけ、壁がやけにボロボロになっていた。少女がそれに近づいてみると、そこには小さな穴が空いていた。

「い、いけるかな?」

 何かの衝撃でできてしまった穴を、直さずにそのまま放置されていたのだろ。この辺は木々で生い茂っているし、それを放置していて大きな問題は無いと踏んでいたのだろう。だからといって、丸見えではと思い申し訳程度に隠していたようだ。
 もし、これが大の大人であればそこから出入りはできないであろうが、幸い小柄な少女であるカエデなら十分に通れるほどの穴であった。

「まず、これをどかさないとかな」

 そうつぶやくと少女は魔装を装備する。

「えい!」

 緊張感のない掛け声とともに、衝撃波でその木の瓦礫をどかす。威力を最小限にしたことで、それはほんの少しばかりその場を動くだけで大きく吹き飛ぶことは無かった。そのため、物音などでここの場所がバレる心配もないであろう。

「やっぱりいけそうだ!」

 あらわになったその穴を見て改めて確信したようで、小さく拍手して喜ぶ。その様子は敵地にのど真ん中にいる様子とは思えないものであった。

「じゃあ、さっそく」

 魔装を解くことなくそのままの状態で、その脱出口を潜り抜ける。
 ここを抜けたからと言っても、敵地のど真ん中から敵地の目の前に場所を替えただけで、危険度は変わらないはずであるが、少女はこれで全てが終わったかのような感覚でいた。











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