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第三十話 動き出すのは箱車だけでなく

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「それでは」

 賢者が全員が箱に乗り込んだことを確認すると箱が動き始めた

「おお!」

 その様子に珍しく大きな声で驚くのはブレンであった。その様はまさに無防備そのものだ。
 賢者は当たり前ながら、ジオードこれに乗ったことがあるらしく至って平静のままである。カエデにとっては車だと思えば特段不思議なものではない。しかしながら、舗装されていない道をただの貨車が走るということは、とてつもない衝撃が乗車している人間に襲いかかってくるということだ。
 体重の軽いカエデでは体が浮き上がってしまうのではないかと思う程度の衝撃である。
 しかし、それでも移動手段は基本徒歩であるこの世界からすればそれはとてつもなく便利で権威を表すものに違いない。

「これは、私の魔法で動いているんですよ」

 決して広くはないその箱の中で異質な4人が無言で顔を合わせる重苦しい状況の中で一番初めに口を開いたのは意外にも賢者であった。
 それは少し怒鳴り声のようにも聞こえるが、ガタガタと揺れる箱の中ではそのぐらいしなければ相手に自分の声など届かない。

「そのことはどうでもいいんだよ」

 賢者が口を開くまで、物珍しそうに中を見渡したり、入口に付けられている、振動の度に揺れる布から見える外を覗いたりとソワソワしていたブレンが急に真面目な顔に変わった。

「まあまあ、ここまで来たんですから。そうかっかしなくとも」

 右手で手招きをするかのように、ブレンに落ち着くように言う賢者はそれだけ見るとただの老人のようであった。

「貴女方をお呼びした理由をお話します」

 これ以上話を引っ張るとブレンが爆発しかねないと思ったのか、ようやくもったいぶっていが話を切り出す。
 その真剣な表情を見てブレンも改めて座り直した。

「端的に言って我々は強い者を欲しっています。そのため貴女方に目をつけたのです」

 賢者はカエデとブレン目を交互に見ながら口にした。カエデにとってはそれは突拍子もなく身近なものではないなかったが、ブレンはそうでもないようだ。
 ブレンにとってはこれと罪人として裁かれるかの2択しか存在しなかった。

「あの大戦から10年が経ちました。今では国を守った英雄と言われている内の一人ではあるものの、それは国を崩壊させなかっただけで勝利の報酬は皆無でした。そんななか、隣国がまた力を蓄えておりいつ再び戦火を交えることになるか分からない」

 申し訳なさそうな顔を隠さずに、その視線は一切隠すことのないと胸を張っているようにすら思える。先ほどまでの柔和なものとは違い張り詰めた雰囲気に変わっている。
 賢者の隣に座るジオードは、なにも言わずに黙ったまま目をつむっている。

「そのため、国力増強のためにってことか?」

「その通りです」

 ブレンの改めて確かめるように質問に、即座に反応する。その紳士的かつ誠実な対応に初めからあった好感はさらに上がるカエデであった。しかし、それと同時に無視しきれないほどの、賢者自身への違和感と遠い奥にある黒いものが見えるような気もしていている。

「だったらなんで、わざわざあいつに俺達を無理やり連れてこさせるようなマネしたんだ? あとこいつはなんだ?」

「それは彼のテストも含んでいたのです」

「私は元々城の騎士でした。情報を集めるために城を出て町で暮らしているうちに彼と出会いました。貴女も知っての通りあの男は優秀な面はあるが、それと同じくらいダメなところも目立つ。そのためです」

 賢者とジオードがそれぞれ答える
 確かにそれは話の筋としては成り立つものかもしれないが、もしもう少し彼らの登場が遅ければ、国民同士の争いで死人が出ていた可能性もある。それは、カエデとっては無視できないことであるが、二人の目の前に座っている人にとっては関係のないことのようだ。

「もし、あの場で俺があいつらを殺していたらどうするつもりだったんだ? 俺たちは襲われた立場だ。明らかな戦力差があったものの、うっかりってこともないとも言えない」

「この世界では強いものが生き残り、弱いものが死んでいく。それだけです。そして、我々は今その死にゆく際にいます」

 だから力を貸せ。賢者の言葉に後に発せられなかったその文言がはっきりと聞こえてくるようであった。
 ブレンにとっては想像した範疇であったが、カエデにとっては信じがたいものであった。死に対する考えがこうまでも重要視されていないなんてカエデの故郷から考えればありえないことであった。たとえ本質は違うものであったとしても、それはあくまでも隠し通すべきであるし、もしかしたら死んでいたかもしれない当人を前に言うことではないだろう。

「あの大戦以降お前たちは、俺たちに何かしてくれたか?」

 それは、町の人間代表のブレンが城の中代表の賢者とジオードに問いただした言葉であった。

「ブレン、口が過ぎるぞ」

 ここにきて初めて強めの口調で、苦言を呈するジオードは今までの敬語や紳士的配慮を全て置き忘れている。そのさまは、大人の本質を知るにはまだ早いカエデにとっては少しばかり刺激的なものであった。
 この場で柔和な表情をしているものは誰もいなくなった。

「ギルドを作り生活の手出助はしていたつもりですが?」

「それは異物をかたずける延長戦で、しかもお前らにとってもそれは重要なことだったはず。戦えなかった者は?」

 普段の荒くれもののブレンとは一変して、それは自身のことしか考えていない人間には到底出てくる言葉ではなかった。利害関係というものを正しく理解しているだけでなく、そこからあぶれた者のことまで行き届いた考えは、店主のような人物とも交流があったからなのだろうか。
 これには、対面する二人も黙まりを決め込むしかなかった。というよりも、個人という立場でできる回答を持ち合わせてはいなかったのだろう。組織に所属する煩わしさと欠点がよくわかる場面である。それは、好き勝手物を言えなことと考えを持たなくとも問題がないことを指す。
 古い人間である賢者と、若い人間であるジオードが両方とも口を閉ざすのだから。

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