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第四話 一緒に行こうよ

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 自身よりも背の高い女の後ろを、少し間を空けて歩く。初めはなんの迷いもなくブレンの後を追ったが、少し冷静になってきたカエデは不安を覚え始めた。

 本当に着いて行って大丈夫なのだろうか?
 そもそもここはどこだろうか?

 しかし、だからといって、他に取る選択肢があるわけではない。ずっと単純に、真っ直ぐに生きてきたカエデにとって、こうも複雑に色々考えなければいけない状況に陥ることがほとんどなかった。

「お前は魔法師だから言っておくが、油断だけはするなよ」

 カエデの方を振り返ることなく、ブレンは挨拶を交わしたときよりも低い声で忠告する。カエデの意識はブレンに向いていなかったため、その声に体ごと反応させる。

「は、はい!」

 しかしながら、それが自分に向けられたものだと分かるや否や反射的に返事を返す。返事をしたものの、カエデにはその意味を理解できずにいる。

(また異物が出てくるってことかな? でも、さっき倒したばかりだし。ここだといくつも出てくるのが普通なのかな?)

 カエデは、いまだにここが日本ではないという認識を拭いきれていないようだ。

「魔法師どもは、自分たちの力を過信しすぎる所があるからな。誰が魔法が使えるまでの時間を稼いでいるかも知らずにな」

 ブレンが魔法師に恨みがあることはあきらかだ。それほどまでに、感情がこもった悪態のつきかただった。
 カエデは自身が魔法の力を授かった身であるが、ブレンが指している魔法師とは少し違うのではと疑問を感じている。しかし、それを指摘する勇気もなければ、理由もない。現にブレンは魔法を使えないし、自分は魔法を使える。ブレンにとってはそれだけで、答えになっているからだ。

「まあ、でも嬢ちゃんもさっき使っちまったからな。しばらくは役たたずか」

「え?」

 ブレンの口からは発せられら言葉は、またしてもカエデの認識とは異なることだった。

(今までも何体か同時に戦ったことはあるけど、一度も魔法が使えなくなったことはない。今だって使おうと思えば使えるし)

 そう思いながらカエデは、ブレンの後ろでこっそりと浮遊してみた。

(うん! やっぱりいつもどおりだ! そうなるとやっぱり)

 自身の認識とブレンの話がかけ離れていることが、はっきりとした。これはブレンが魔法師に対して、勘違いをしているのか、それとも初めから個体差があるのか。

(でも、そうなるとその差はなんだろう? 願いの差? でもそれなら初めから……)

「もし、そうなったら終わりだな。俺一人じゃ嬢ちゃんを守ってはやれないからな。」

 相変わらず、ブレン一人で話している。カエデに話しかけている、というよりは独り言に近いようだ。

「ブレンさんはなんであそこに居たんですか?」

「はぁ!? 依頼に決まってんだろう!」

「依頼ですか?」

「なんだ嬢ちゃん? そんなことも分からないのかよ?」

「はい……」

 依頼なんて言葉は、日本で普通に暮らしているだけではなかなか聞く言葉でもない。事実カエデ自身もその言葉を使ったことはない。

「あんだけ戦闘出来て初めてってわけじゃねーだろに。もしかして、嬢ちゃんじゃなくて、お嬢様か?」

 恐らくこれも皮肉なのだろうが、何を指しているのか全くもって理解できていないカエデにとっては、ただただ混乱していくだけだ。
 しかし、にわかに信じがたいこの状況を、自身が本当に日本とは異なる場所に来たことを確信させ始めている。

「多分、普通の家庭で産まれて一般的な生活をしていた方ではあると思いますが……」

 自身の生い立ちは、から特殊なものに変わっていったが、それまでは極々普通の人生だった。

「はぁ? それがこの国で、どれほど恵まれたことか分かってない時点で、お嬢様だって言ってんだろうが」

 ブレンは急に立ち止まりこちらを振り向きそう言った。ブレンの急な行動にカエデは全身で反応する。
 カエデが住む日本では、自分が知らないだけでもっと大変な思いで生活している人もいるだろうと想像はできる。しかし、ブレンが指すものとは、またしてもかけ離れている様子だ。
 ブレンの恨みに似た感情は、カエデでも魔法師でもなく、もっと先にあるなにかに向けられているよに感じられる。

「ブレンさんはなんで一人なんですか?」

 カエデはずっと聞きたかったことを、意を決してようやく口にしてみた。
 ブレンは初めから、カエデが集団で行動しているものだと決めつけていた。いや、そうではなくそれがこの世界ではそれが、普通のことなのだろう。
 しかし、その普通か逸脱しているのが、ブレンそのものだった。生きるために、日常的に異物と戦わなければいけないこの世界で、単独行動がいかに危険なことかは、先程のブレンが証明している。

「俺は追い出されたんだよ」

 思いのほかすんなりとブレンの口から聞くことができた。

「俺はただの剣士だった。それしか出来ないんだよ。誰に教えられたでもない、この身一つで生きていくしかなかったからな」



「それでも、俺は強い方だったんだがな。魔法剣士が来ちまったもんでな。それで剣しか振れない俺は用済み。パーティは少ない方が報酬の分け前が増えるからな」

「まあ、リーダーもいけ好かなかったし、俺も集団行動が得意じゃなかったからな。ちょうど良かったんだけどな」

 これまでのブレンの様子を見ていれば、分からなくもない。ついそう思ってしまったカエデだった。
 危険だと分かっていても、それでも一人で異物と戦わなければ生きていけない。それがこの世界のようだ。
 少女がなぜこの世界に来てしまったのかは、分からない。

 それは少女の願いと関係があるのか?

 無理矢理にでも結びつけようとすれば、出来なくもない。
 それは少女自らも分かっていることだ。
 現状を受け入れる。それは少女にとって得意な事だった。

「ブレンさん!」

「なんだよ急に」

 目の前のひ弱そうな少女が、急に大声を上げたせいで少し驚いた様子を見せる。

「私とパーティーを組みましょう!」

「お前なにいってん……」

 突拍子もないだけでなく、よく分からない箱入り娘のような少女の言うことを門前払いしようとするブレンだが。

「お前本気か?」

「はい!」

 その大口を叩く少女の目は歴戦の猛者そのものだった。先程の戦闘でその実力は分かっていた。しかし、これでなくては生きていけない人間と、そうではない者では実力以前に大きな差がある。
 目の前の少女が、戦い生き抜く覚悟があるとは到底思えない。
 そのためブレンは、自分の実力を試したくて遊びに来ている少女だと決めつけ、助けて貰った恩として町まで連れてって分かれるつもりだった。

「分かったいいだろう」

「やった! ありがとうございます!」

 少女の真剣な眼差しから放たれる、気圧されるようにブレンは了承した。
 それもそのはずで、少女もブレンと同じたった一人で、戦い続けていたのだ。ブレンよりも長い間。

「私この世界のこと何も分からないので色々教えて下さい!」

「お前本当によく分からないやつだな」

 さっきの真剣眼差しは消え、戦闘後に見せた頼りなさそうな少女に戻っていた。
 初めからこれであったならば、間違いなく冷たくあしらわれていただろう。

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