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治癒術師 クレア・キャンベル

治癒術師 クレア・キャンベル(3)

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 その日はそのままクラウスとラシードに歓待されて大いに食べて飲んで過ごし、部屋に帰ると先にログアウトしたらしいリリィのメモを見つけて少しだけ寂しいものを感じながらアジムもログアウトした。

 翌日、アジムは早めにログインすると、まだリリィはログインしていなかった。待ち合わせの時間がせまっているアジムは出かけることを伝えるメモを残し、部屋を後にする。馬車ワープを使ってヨーロッパを一気に横断してアムステルダムまで出ると、港から今度は船でワープする。ついた場所はスコットランドのエディンパラという都市だ。

 本来であれば中世のゲーム内ではブリテン島はややこしい内戦の時代のはずだが、魔物という人類の敵がいるために人間同士で領土の奪い合いをやっている暇はないと現代の地図の形にまとまった、ということになっていた。

 都市と同じ名前の城が切り立った岩山の上にそびえ立っている。現実リアルでは観光地のそこも、魔物との戦いが続くゲーム内では現役の防衛設備だ。城を中心にして街をぐるりと囲む城壁には兵士たちが油断なく見回りしている。城にも城壁にも投石器カタパルトや大型の射出兵器バリスタも備え付けられていて、ここがスコットランドでも重要な拠点であることがうかがい知れた。
 視線を城壁の中に転じれば、宮殿や教会が大きく煌びやかに並んでいる。港町であるので大きな市場や倉庫街があるのは当然だったが、ほかにも学校らしき建物が遠目に見えた。政治、流通、学術と、様々な理由で人が集まって大きな街になってきたのだろう。

 あたり一帯全部まとめてイギリス、という理解しかなかったアジムは、スコットランドの街並みをお上りさんらしく視線をあちらこちらに転じながら、待ち合わせの城前広場までやってきた。

 あまりプレイヤーは来ていない街らしく、チューリッヒプレイヤータウンで見かけた唐揚げやたこ焼きのような出店はなく、野菜や魚を売る店に交じって素朴なクッキーやマフィン、スコーンを扱う店が並んでいる。
 飛び交う言葉はわからない。アジムがスキルとして持っているドイツ語、イタリア語ではなく話されているのは英語だ。漏れ聞こえる単語は何となく知っているものもあった。

 「Buy買う!」くらい言えればバターをたっぷり使った美味しそうなマフィンを買うには十分だったろうが、さすがに買い食いしながら雇用主を待つのもあんまりだろうと我慢しつつ待っていると、通りに目立つ集団が現れた。

 誰も彼も飛びぬけて整った容貌をしているのが目を引くが、冒険稼業らしい使い込まれつつも手入れされた旅装に武具を身に着けている。

 先頭にいるのはツンツンした金髪と赤い目をした少年で、整っているが悪ガキっぽい生意気そうな顔立ちだ。隣を歩く栗色の髪の少女と同じくらいの背丈の身体に革鎧を身に着けて、その体格で扱いには微妙に刀身が長いのではないかと不安を感じる幅広の長剣ブロードソードを腰に佩いている。

 栗色の髪の少女は白地を金糸で彩った法衣らしきものを身にまとい、手に身長と同じくらい長い杖を手にしていた。ふわふわとした栗色の髪は肩の高さで整えられ、前髪も眉の上で真横に切りそろえられている。全体的に冒険稼業よりも農村などのほうが似合いそうな柔らかそうな雰囲気をまとった彼女は鎧は身に着けておらず、杖のほかは丈夫そうな肩掛けカバンだけが装備だ。

 二人よりも少し背の高い金髪の男はまっすぐな白金のような髪を背中に無造作に流している。青い瞳をした彼は容姿の整ったパーティの中でも特に整った顔をしていた。細い体躯を革鎧に包み、鞘からも細い刀身であることが見て取れる剣を履いている。

 深い緑色でともすれば黒にも見える髪色の男は自分の髪と同じ色に染めた衣類と革鎧を身に着けていた。腰の両方に短い剣を下げ、明らかに隠れることを意識した装備だ。細いというよりも不健康そうな顔をしているが、顔色自体は悪くない。

 最後の男は一般的には大柄な男だが、アジムと比べれば頭一つ小さい。それでもその立派な体躯でパーティの中で戦闘時には重しになるだろう男はほかのメンバーよりも重量のある鉄片鎧スケイルアーマーを身に着けている。剣は大剣ではなく幅広の長剣ブロードソードを佩いていた。長い茶色の髪と瞳をした、穏やかそうな目が印象に残る。

 そんな彼らは遠くから見つけていたらしいアジムを目指してまっすぐに近づいてきた。

「アジムさんですね?
 <プリンセスプリンセス>です!
 今日はよろしくお願いします!」

 赤い目の少年に確認されて、アジムも頷きながら挨拶を返す。

「アジムです。
 よろしくお願いします」

 広場で話していると邪魔になるので、挨拶もそこそこに移動を始める。

「今日は首なしの騎士デュラハンと戦ってもらうので、
 一応は不死者アンデッド特攻の武器は用意したんですけど……
 アジムさんはアジムさんの剣のほうが良さそうですね」

 移動中に緑の髪の男が後ろからアジムが背負っている大剣を見ながら声をかけてきた。

「特攻武器なんてあるんですね」
「ええ、魔物モンスターに合わせて色々出るんですよ。
 まあ、出てくるのが長剣ロングソード幅広の長剣ブロードソードがほとんどなので、
 アジムさんだと自前の剣のほうが火力が出そうですけど」

 細すぎる顔立ちから気難しそうな印象を受けていたが、意外にも人当たりのいい緑髪の男と会話を続ける。

「僕らのパーティについては聞いていただいてますか?」
「ええと、土風火水の魔法剣士と癒し手が一人のパーティだと伺ってます」
「ああ、なら話は早そうですね。
 僕が風担当のカオルです。
 どうぞよろしく」
「俺は火担当です!
 アサヒです!」

 カオルが自己紹介するとほかのメンバーたちも機をうかがっていたらしく、そのまま会話に割り込んできた。

「水担当のシオンです」
「土担当、ユズリハです」
「回復役、クレアです。
 よろしくお願いしますね」

 一気に自己紹介されて顔と名前が一致できずにアジムが戸惑っていると、

「クレア以外は「風の!」とか「水の!」とかでも大丈夫ですよ」

 カオルがそう声をかけてくれた。

「ああ、でもできれば早めに名前は覚えますので」

 アジムが名前を覚えないのは失礼だろうと思ってそう返すと、

「僕らは目の色と使う魔法を合わせていますので、
 それをヒントにしてください」

 カオルはそう言って意外なほど明るく笑った。


  〇


 一番魔法に長けているクレアが<帰還の門リコールゲート>を使ってくれて、輝く門に飛び込むとそこはもう洞窟ダンジョンの前だった。どこかもわからない山中の切り立った崖に、冒険家を招く穴が口を開けている。

「ここが今回の冒険先なんです」

 最初に声をかけてくれたアサヒが説明してくれる。
 彼は火を扱う魔法剣士だ。小柄だがパーティの前衛を構成する一人で、リリィもよく使う<爆発エクスプロージョン>の魔法で敵を止めて、攻撃よりも戦線の維持を担う。長めの剣を片手で振り回せる腕力もあって、パーティにおいて彼の存在はその身長より大きい。

「戦ってほしい相手は首なしの騎士デュラハンなんですが、
 それ以外にも骸骨兵スケルトンが出るので、
 そこで少し慣らしをして首なしの騎士デュラハンに挑みましょうか」
「了解です」

 アジムはアサヒの言葉に頷いて、リュドミラが新しく作ってくれたヘルメット型の兜をかぶって面頬を下した。一人で戦うだけならともかく、複数人と連携して戦うなら仲間の声が聞こえる形のほうがいいだろうとリュドミラが作ってくれた兜だ。耳の部分の装甲が編み目になっていて、防御力と音の透過性を両立した逸品だ。

 兜を被り、大剣を手にしたアジムの右側にアサヒが並び、反対側の左にはユズリハが並んだ。

「よろしく、アジムさん」
「こちらこそ」

 自分より背の高いアジムを物珍し気に見上げる彼が、もう一人のパーティの前衛だ。長い茶色の髪をポニーテールにまとめ、鉄片鎧スケイルアーマーの背に流している。片手で扱う幅広の長剣ブロードソードを得物とする彼も戦線維持は魔法を使う。土魔法で足元を崩して斬りつける、石礫をぶつけるなどの攻撃的だけでなく、土壁を立てて後ろにいるメンバーへの射線を切ったりと戦線維持以外にも仕事は多い。

「支援はばっちりしますね!」

 クレアは意気込んで言ってもどこか和んでしまう雰囲気が抜けない栗色の髪をした牧歌的な少女だ。回復役と自己紹介していたが付与魔術による支援役を兼任しているそうだ。戦場に似合わぬ柔らかな気配の少女だが、戦闘時には視野の広さで漏れず絶えない支援をこなす。

「回復もお任せください」

 クレアと同じく一歩引いた位置でそういうのはシオンだ。彼は水魔法を使う魔法剣士だがもう一人の回復役でもある。クレアが支援魔法に<集中>している間に前衛の二人が傷ついたときには彼が回復を担う。時には手にした細剣レイピアで前衛が止めきれなかった敵がクレアを襲うのを止めるのも彼の仕事になる。

「じゃあ、ちょっと先行するよ」

 カオルはそう言って闇に姿を溶け込ませた。彼はパーティの斥候役を兼ねる。風魔法で音を消して斥候を務め、風を使って仲間に敵の位置を伝えて本人はそのまま暗がりに潜み、戦闘が始まると風と共に敵の後ろから不意打ちを食らわせるのが彼の戦術だ。一瞬で敵後衛を血祭りにあげるそれは、戦闘の趨勢をひっくり返すことも珍しくない。

 そんなカオルが先行して6体の骸骨兵を見つけたが、6体程度ではアジムが突っ込んで大剣を左右に振っただけで4体が骨粉になって砕け散り、残る2体も蹴りで腰骨を砕かれて転がった。

「……うん、まあ、慣らしにもならないね!
 本番行こうか!」

 骸骨兵は倒しても勝手に組み合わさって復活してくるので腰骨を壊す様にとアドバイスをしたアサヒだったが、粉になっていたら復活は無理だろうなとアサヒは乾いた笑いを上げた。
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