【R18】VRMMO 最強を目指す鍛錬記

市村 いっち

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諦観の騎士 リリィ・フランネル

諦観の騎士 リリィ・フランネル(12)

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「じゃあ、私は一度帰るね。
 待ち合わせはチューリッヒの馬車駅でいいかな?」
「えっ。このまま一緒に行くんじゃ……?」

 リリィの言葉に思わずしょぼくれた声を返してしまったアジムに、リリィは苦笑を返しながらアジムに脱がされて放り出されたままになっていた服と下着を指し示した。ブラウスやスカートは皺だらけで雑にボタンを外したせいでいくつか取れてしまっているし、下着はなんとも言えない湿り気が残っている。そんな状況の服を着てもデートどころか、強姦されて逃げ出した少女がもう一度捕まって拉致されるところにしか見えない。

してくるよ。
 ……期待しててね」

 リリィは照れた笑いを浮かべながら言ってから、身につけていたバスローブをソファに掛けて全裸になると、着てきた服だけを手にして<帰還リコール>で帰っていった。

 アジムは頭を掻きながら服装に対する気の利かなさを反省しつつも、して来てくれるという言葉にニヤついていたが、めかしこんでくるリリィの隣に普段着で並ぶわけにいかないことに気づいてハッとなった。

 どんな服で行くべきか、腕を組んで悩みながら、部屋中を餌を探す熊のようにウロウロと歩き回る。

 しばらくそうやって歩き回っていたが、絶望的にファッションに疎い自分が何を考えても意味がないと気がついた。それどころか無駄にダサいものになってしまって、リリィに申し訳ないことになるのが見えるようだ。それならいっそ普段着で行ってリリィにコーディネートをお願いするのも手かもしれないが、初めてのデートは少しくらい格好つけたい。

 そういえば、と、アジムは思い出してクローゼットを開ける。

 リュドミラの店であつらえてもらった服が、一度だけ袖を通してからそのままになっていることを思い出した。わざわざデカすぎる自分の身体に合わせて作ってもらった服だ。頑丈な生地で着るほどに味の出る服だから積極的に着るように言われていたが、なんとなく取り置いてしまっていて着ていなかった。だが、この特別な日に着下ろして、普段遣いするようになるのは悪くないだろう。

 アジムはハンガーにかけたままになっていた、レザーのフライトジャケットとグレーのシャツを手に取った。

 バスローブを脱ぎ捨てて、パンツとデニムのズボンを履く。アジムの丸太のような太ももでも余裕のある太さでありながら、ピチピチにもだらしないシルエットにもならない姉の心遣いが込められたズボンだ。まだ青々としたデニムの生地が着慣れない感を出しているが、身体にはとてもよく馴染む。
 グレーのシャツもアジムの分厚すぎる胸板を包んでも張り詰めた印象はない。そこにフライトジャケットを上から羽織れば威圧感は軽減されるが、貫禄はむしろ増す。
 最後に腰の後ろのジャケットで隠れる場所に短剣ダガーを仕込み、ジャケットのチャックが閉まる内ポケットにリリィにもらった財布を大事に入れて、鏡の前に立って自分をチェックしてみる。

 普段は鏡など見ないアジムに出来上がった自分の姿がどうなのか判断はつかないが、まあ、悪くはないだろうと鏡の中の自分に向かって頷いてみると、当然だが鏡の中の自分もそれを肯定するように頷く。

 そうして、リリィとの待ち合わせの時間よりも随分と早く、アジムは浮き立つ心をそのままに部屋を後にした。乗合馬車の駅で馬車ワープを使い、早々とチューリッヒの馬車駅までやってくる。リリィとの待ち合わせ時間はまだ一時間以上も先だ。

 アジムは頭を掻きながら人波を避けて馬車駅が見える路地に入ると、壁に持たれて腕を組み、立ったまま行き交う人たちに目を向ける。プレイヤータウンが近いそこは相変わらず人種も装束も種族さえも様々だ。だが、そこで飛び交う言葉が片言ながらも少しだけ理解できるようになった。低INT知力のアジムでも、それなりに長く言葉が聞こえる場所に居続けたことで<ドイツ語>のスキルの言語スキルが身につき始めているようだ。

 プレイヤーたちは日本語で会話しているので、片言で聞こえてくるのはNPノンプレイヤーキャラクターたちの会話だ。チューリッヒの住人らしき女性たちが安く雑貨を扱っている店について語り合っているのが聞こえてきたと思えば、仕入れる商品について相談しながら足早に歩いていく商人たちも通りすがる。首に奴隷であることを示す大きな金属の首輪をつけられた遠目にも整った容姿と上質な衣類を身に着けたエルフと獣人の少女は苦々しい顔で主人をどう痛めつけて殺したいかを口にしながら、進まない足をプレイヤータウンに向かって動かしていた。同じように金属の首輪をつけられた小さいが捻じくれた角と下腹部で妖しく輝く淫紋を見せつけるような煽情的な服を身に着けた大柄な美女の二人組は、とても楽しそうだ。近くで買い込んだ淫具でそれぞれの主人をどう責めて泣かせてやるかを検討している。

 少し興味を向けてNPCたちの会話を聞いているだけでもそれぞれの生活があって、それぞれの人間関係がうっすら見える。一人でスキル上げしているときには興味を向けることもなかったが、もったいないことをしていたんだな、とアジムは思う。

「うわぁ、アジムくん、早かったんだね。
 おまたせしちゃったかな」

 そのもったいなさに気づかせてくれた少女が、アジムを見つけて駆け寄ってきた。

 今日のリリィは普段はツインテールにくくっている髪をおろして、癖のない真っ直ぐな金色の髪をそのまま背中に流してある。鎧を身に着けていない華奢なその身を包むのは落ち着いた緑のワンピースだ。胸元をワインレッドのリボンで飾ったガーリーなデザインで、シンプルだが楚々として愛らしさと美しさを両立させている。土色の小さなポシェットが控えめに色合いの纏まりを作り、淑やかで気品すら感じる姿だが、アジムの視線を惹きつけたのは普段よりも鮮やかな唇だ。
 全体的に清楚にまとまった中で、紅を引いたそこだけが、少女らしい清純さのなかでひどく女を主張する。

「いえ、俺が楽しみだからと早く来すぎただけで……。
 というか、リリィさんも早いですね?」

 うっかりリリィの唇に意識を吸い寄せられていたアジムがどうにか気を取り直して確認すると、約束の時間にはまだ30分以上もある。

「私も楽しみだったから、早く来ちゃった」

 リリィが顔を赤らめるのに、アジムは笑みを返した。

「嬉しいです。
 行きましょうか」
「うん!」

 アジムはこれから人混みの中に入るのだからと自分に言い訳をしながら、リリィに向かって手を差し出す。リリィはその手を当たり前のように取って、アジムの横に並んでくれた。身長差が激しいので腕を組むのは難しいが、手を繋ぐのは問題ない。
 アジムは自分の手を取ってくれたことに気を良くして歩き出したが、いくらも歩かないうちにアジムを不満そうに見上げてきた。

「ど、どうしました?」
「……密着度が足りないと思うんだ」
「みっちゃくど?」

 意味が分からずそのまま聞き返したアジムにリリィは深々と頷き、普通に握り合っていた手を指を絡めるように繋ぎ直した。いわゆる恋人繋ぎ、というやつだ。

 リリィは満足してもう一度頷くと、繋いだアジムの大きな手を空いた手で撫で、大切な宝物を胸元にしまい込むようにしてアジムの手を引いて歩き出す。

「あの、さすがに恥ずかしいんですが……っ!」

 小声で抗議するも、リリィに大切に扱われる嬉しさが隠しきれない。

「大人しく私についてきなさいっ!」

 その声を蹴散らすリリィの声も、喜びに満ちていた。
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