上 下
90 / 124
剣闘士 アカネ・シンジョウ

剣闘士 アカネ・シンジョウ(5)

しおりを挟む
 欲望を滾らせた三人の男の前に、アカネは剣を携えて独りひとり立った。

 三人組の男たちは魔法剣士である金髪の男と、速度型剣士の総髪の男を前衛に、集中が必要になる魔法使いの銀髪の男を後ろに下がらせた構えでアカネに対した。前衛で時間を稼いでいる間に長い集中時間を取った魔法で撃破を狙うというつもりなのだろう。

 アカネは男たちが並んで構えている立ち位置を、測る目で見ていた。

 そして戦闘開始の声がかかると、アカネは前衛の二人に対して抜き払った刀を片手に無造作に突っ込んだ。突っ込む先は前衛二人が並んだ間。銀髪の男への最短ルートだ。
 男たちのほうは銀髪の男が戦闘開始と同時に目を閉じて集中に入り、残る二人がアカネを待ち受けて剣を構える。

 アカネは前衛の二人に向かって駆けながら、二人に対して無集中で放てる<魔力矢マナ・ダート>を撃ち込んだ。魔力消費を増やして二連発。それを左右の男たちに一発ずつ振り分ける。
 純粋な魔力の塊である<魔力矢マナ・ダート>は剣で打ち払うわけにいかない。避けるか、身体でうけとめるか。銀髪の男を後ろに庇う前衛の二人は、<魔力矢マナ・ダート>を体の前で両手を交差して受け止めた。アジムほどの肉体的な耐久力のない二人は、その衝撃にわずかにふらつく。

 アカネは前衛二人がふらついてできた僅かな隙間を、足を緩めることなく駆け抜けて手にした刀を銀髪の男へと突き込んだ。

 地面と平行になるよう刃を寝かせた突き。それは銀髪の男の喉にと入り、骨を断ち切って首の後ろからきっさきをのぞかせた。人体に突き立てたとは思えないほど滑らかなその一太刀は、見ていたものに怖気が走るほど淀みがない。

 アカネは突き込んだ刀を手にしたまま、片足を軸に、踊るようにと回転する。銀髪の男の喉の半分を切り裂いて刀は自由を取り戻し、主の手の中に戻った。
 首を斬り裂かれた銀髪の男が断末魔を上げることもできずに崩れ落ち、砂の地面に血を撒き散らしてから光になって消え去った。

「うあああぁぁぁぁ!!」
「ああぁぁぁぁぁぁあっ!!」

 銀髪の男を簡単に排除され、当初の戦術が使えなくなったことに焦った二人が、タイミングを合わせることなくバラバラに斬りかかる。

「<呪いカース>」

 それにカウンターを合わせるようにアカネはステータスの一つを選択して減少させる効果のある妨害魔法デバフを放つ。対象は総髪の男のSTR腕力だ。

「……あっ!?」

 アカネの魔法に関するスキルは高いが、INT知性DEX器用さといったパラメータが本職の魔法使いと比べて低い。減少させるパラメータ量もそれに応じて少なくなるが、剣を扱うのにSPD速度DEX器用さしか上げてこなかった総髪の男にはとても大きく影響が出た。

 刀を扱うための最低STR値を下回ってしまったせいで、普段どおりの握り方をしていた手から刀がすっぽ抜けた。

 振るう途中で勢いをつけて投げ飛ばしてしまった刀を拾いに、総髪の男が慌てて走り出す。それを見届けることなく襲いかかってきた剣を刀で受けて鍔迫り合いに持ち込んだアカネは、刃の向こうにある金髪の男の顔にねっとりと微笑みかけた。

「一対一やなぁ?」

 魔法を使いながら自分の攻撃をあっさり受け止めたアカネに、金髪の男の喉から怯えを含んだ呼気が漏れる。アカネはそれを鼻で笑い、両手で剣を握っているためにがら空きになっている顔面に向けて<火の矢ファイア・ダート>を撃ち込んでやった。

 金髪の男が剣を放り出して悲鳴を上げながら地面に転がる。ぶすぶすと煙を上げる顔を覆って、地面を転がりまわる。

 金髪の男を無力化できたと判断したアカネが視線を転じると、総髪の男はようやく刀を拾い上げたところだった。アカネは足を動かさず、魔法を放つ。<魔力矢マナ・ダート>だ。それ立て続けに総髪の男に撃ち込んでいく。
 三人の中では速度に秀でていた総髪の男だが、アカネから見れば特別に動きが速いわけでもない。<魔力矢マナ・ダート>を回避しながら近づくことはできず、何発目かの<魔力矢マナ・ダート>を回避しそこねて体勢を崩し、そのまま<魔力矢マナ・ダート>で撃ち倒された。
 
 総髪の男が光になって消え去ったことを確認してアカネは地面に足元に目を向ける。未だに地面をのたうっているだけで、回復のために薬や魔法を使おうともしない金髪の男にため息をつき、その首に刀を振り下ろして介錯してやった。

 戦闘の興奮もないまま勝利を得たアカネはもう一度ため息をついてから、客席のアジムに向かって好戦的な笑みを浮かべてみせた。そして、アジムに向かって拳を突き出す。

 次はアンタやで。

 無言のその言葉を受け取ってアジムもアカネと同じような笑みを浮かべ、観客席から腰を上げた。


  ○


「ま、そうは言うても、新人さんになんのハンデもなしにガチンコでやろうとは思わんよ。
 10戦やって、1回でもウチに勝てたら、
 ウチのこと好きにさせたる」

 闘技場に降りてきたアジムと対峙したアカネは笑みを浮かべてそう言ったが、

「もちろん、アジムが10連敗したらウチが好きにさせてもらうで?
 ええ身体しとるから、今から楽しみやわぁ」

 途中からその笑みを淫靡なものに変えて、アジムの大きな身体に視線を這い回らせた。歳に似合わない熟れた身体をした少女の色が乗った視線に、アジムは少し落ち着かない気分になったが、ちろちろと唇を舐めるアカネから目を背けて大きく息を吸い込んだ。

 胸の中に元々あったものと合わせて、息を吐ききる。
 また息を吸う。また吐ききる。

 それを何度か繰り返して、普段の平静さを取り戻した。

「それじゃ、やりましょうか」
「おー」

 そして戦い始め、何がなんだかわからないまま、2回死んだ。

「んっふっふー。
 これならウチがアジムのこと可愛がったれそうやなー」

 煽るようにアカネに言われ、蘇生したアジムは頭を掻いた。
 本当に、何をされて首を落とされたのかまったくわからなかった。初めてシズカと戦ったときのような理不尽な強さを感じる。シズカやゼルヴァほど恐ろしく速いわけではないのに、気がつくと視線を切られて喉に冷たくも熱い刃を突き入れられていた。

「じゃあ、3戦目、お願いします」
「んー」

 あまりに情報が足りない。どう斬り捨てられているのかを理解するために、攻撃を控えてることに徹する。

 剣技は、明らかにリリィより上だ。魔物モンスターを相手に戦うリリィよりも、対人に慣れたアカネのほうが人間相手に戦いなれているというのもあるが、そもそもの剣の正確さや鋭さが上回っている。おそらく<剣>と<刀>で二重奏デュオスキルになっているのだろう。だが、三重奏トリオスキルにしているシズカほどの恐ろしい冴えは感じない。
 ただ、その手にしている刀が危険だ。リリィの剣も業物だが、アカネの刀は段違いに切れ味鋭い。メルフィナに魔法で強化してもらった板金鎧プレートメイルの上からアジムの肌を斬り裂いてくる。さすがにソフィアが見つけてくれた腕鎧の上からは無理なようだが、あの刀を腹に突きこまれたら、鎧の上からでも内蔵まで達しかねない。

 アジムが後ろに下がりながら、大剣の間合いを活かしてアカネの刀をいなし続けていると、アカネの攻撃に魔法が混じり始める。

 アカネの魔法攻撃はリリィと同じような攻撃魔法に加えて<火炎クリエイト・ファイア>という炎を燃え上がらせるだけの、難易度が低い魔法が交じる。攻撃力はなくとも派手に燃え上がるそれがアカネの姿を揺らめくように隠し、視線を切られてしまうのだ。

 そして、死角に滑り込んだアカネから、必殺の一撃が飛んでくる。

「なるほど、これが《陽炎かげろう》」

 また首を落とされて蘇生したアジムは納得して呟いた。そんなアジムに、アカネはにっと笑ってみせた。

 まだまだ隠したものはあるだろうが、まずはアカネが基本戦術として使う技術を一通り見せてもらったアジムはそれを踏まえて四度目の戦闘に挑む。しかし、四度目も五度目も、頭では理解しているものの、やはり炎に視線を遮られて死角を作られて斬って捨てられた。

 そうして六度目の戦いをもう一度ことに使って、ようやくうっすらと理解する。

 炎を使って視界を遮る前の視線誘導。それこそが《陽炎かげろう》の本質なのだろう。刀と魔法の連携でじわりじわりと相手の体勢をコントロールして、最後に<魔力矢マナ・ダート>で衝撃を叩きつけて頭の位置と視界を固定し、そこを<火炎クリエイト・ファイア>で遮るのだ。

 言うのは簡単だが、戦いながら相手をコントロールしていくのは簡単なことではない。
 アジムはアカネのプレイヤーとしての技量に嘆息する。

 だが、理合いがわかれば、なんとかできるかもしれない。
 もちろんアカネのコントロールは巧みで、そう簡単に抜け出すことはできないだろうが、アジムもアカネにはまだ剣技しか見せていない。三人組との戦いで短剣ダガーを投げていたのは見ていただろうが、投網の存在には気づいていないだろう。

 何より、意図的に蹴りを出すことを控えていた。
 <格闘>の存在は隠している。

 次で七度目の戦いだ。約束の十回まで、そう余裕もない。
 ギリギリまで見せるのを引き伸ばしてしまうと、アカネの警戒レベルも上がってしまうだろう。

 次の戦いで、全部出す。
 アジムは努めて表情を平静に保ちながら、必勝の意思を秘めてアカネに声をかける。

「七戦目、お願いします」
「おっけー」

 そうとは知らないアカネは笑みを浮かべてアジムの声に応じた。

 アジムは無駄な死に方を決してしない。最後までしっかり自分を見据えて死ぬ瞬間まで諦めず、必ずなにかを得ようと考えながら戦っている。たった六回の戦いで、もう《陽炎自分の動き》にある程度は対応するようになってきた。

 一戦一戦、戦った分だけ強くなる。
 アカネはそれがすごく楽しい。

 刀を構え直しながら、アジムが勝負をかけてくるだろう最後の一戦を想像して心を熱く、そして同時にそれを打ち破ったあとを思い、身体を熱くしながらアジムが挑みかかってくるのを待ち受ける。

 本気で勝ちに来るアジムに対し、アカネはまだ探りの段階だろうと思ったまま、七度目の戦いが始まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

処理中です...