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剣闘士 アカネ・シンジョウ

剣闘士 アカネ・シンジョウ(3)

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 声をかけられたアジムが振り返ると、三人の男がこちらに向けて笑みを浮かべていた。

 一人は金髪の男だ。他の二人よりも少し前に出ているので、妙に高い声は彼のものだったのだろう。明るい色合いのそれをツンツンに尖らせた髪型で、青い瞳をしている。アジムが大きすぎるので見下ろすことになってしまうが、均整の取れた体つきで一般的にみれば身長も高いほうだろう。革製の鎧を身につけていて、腰に佩いている剣は軽さを重視しているのか細身の剣だ。その装備からリリィのような魔法剣士タイプではないかとアジムは判じた。
 二人目は現実リアルで目に馴染んだ色合いの黒目黒髪の男だ。総髪に結い上げた髪と刀で、シズカと同じようなタイプの剣士に見える。その根拠を後押しするように一人目の男よりも装甲が薄く、軽そうな革鎧を身に着けているが、中に着込んだ服は動きやすさを重視したのかシャツとズボンを身につけている。背格好は一人目の男とそう変わらない。ただ、鎧が薄いぶんだけ細身に見える。
 最後の男は魔法使いらしく白いローブを着込んで杖を持っていた。長い銀髪を背中に流し、赤と青のヘテロクロミアが目立つ。身長は他の二人と変わらないものの、魔法使いらしい華奢な体躯が体のラインを隠すローブを身に着けていても見て取れた。

 三人ともがそれぞれに整った容姿をしているが、その顔にニヤニヤとした笑みが張り付いていた。

「アンタ、闘技場が初めてなんだろ?
 邪妖精ゴブリンなんかじゃなく、
 俺たちがちゃんとプレイヤーとしてのここの使い方を教えてやるよ」
「えっと……」

 アジムは視線を女性職員に向ける。普通にチュートリアルをやってもらうのと、ここを普段から利用しているプレイヤーから教えてもらうのの、どちらがいいかを相談したかった。だが、それまで愛想よく対応してくれていた女性職員が、強張った笑みを浮かべて視線を合わせてくれなくなっていた。

「やろうぜやろうぜ。
 闘技場みたいなとこにいるんだから、
 アンタだって対人をやろうと思ってたんだろ?」
「はあ、まぁ……」

 アジムが視線を周りのプレイヤーらしき闘士たちに向けると、何人かは同じようなニヤニヤした笑みを浮かべていて、それ以外のプレイヤーは同情や諦観を含んだような視線をアジムに投げかけてくれていた。だが、わざわざ声をかけてくれる様子もなさそうだ。

 アジムは改めて三人の男に向き直った。

 顔に浮かんだ笑みにせいかあまり印象は良くないのだが、わざわざ教えてくれるといっているのを断る理由もない。金髪の男が言う通り、アジムはここに戦いに来たのだ。

「じゃあ、よろしくお願いします」
「決まりだな!
 じゃあ、とりあえず相手を固定した戦闘登録の仕方と、
 連戦登録のやり方を教えるぜ!」

 そして、あれよあれよという間に三人との試合が組み上げられて、言われるまま目を閉じて瞼の裏に表示させた<戦闘準備>を選択すると、闘士の控室に転送される。

 <帰還リコール>を使ったときと同じように光で目を閉ざされて、それが収まって視界が色を取り戻すとそこはもう控室だ。個人ごとに割り当てられているらしい部屋は、乾いた砂が敷き詰められた石造りの部屋だった。少し大きめの宿の部屋くらいの広さで、壁から離れた中央にベッドと言うには硬そうな木の台に布を貼ったものが置かれている。怪我をした闘士を治療するにはベッドよりもこの硬さが都合がいいのだろう。それ以外には戦場に出るための大きな扉のない出入り口があるだけの、殺風景な部屋だ。家具どころか、戦場に出る以外のドアもない。
 この部屋に来てしまえば、戦う以外の選択肢はないということなのだろう。

 アジムは大剣を担ぐためのベルトを外した。ベルトのボタンだけ外せば抜き打てるようにしてはあるが、余裕ががあるならベルトごと外してしまうほうが楽だ。砂の地面に突き立てるようにして剣を降ろし、その柄を握る。
 腰のポーションバックの位置も確認しておく。今日はチュートリアルだけの予定だったので、回復薬を四本と暗視、毒消しの普段通りの構成にしてあった。相手の防御を崩すのに使えそうなものは用意していない。だが、ポーションバックの下にゼルヴァと戦ったときに投げた投擲用短剣スローイングダガーと投網はそのまま身につけていた。こちらを使って相手を崩すことになるだろう。

 アジムは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐いていった。

 戦場へ続く出入り口からは、大きな歓声が聞こえてきている。人に見られる戦いをするのは初めてだ。ゼルヴァと戦ったときにも村人たちに見られていたが、あれとは人数が桁違いだ。やはり、緊張する。

 また大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐く。緊張と、わずかに感じる不安を、胸の中の空気と一緒に吐き出していく。

 深く、大きな呼吸を何度か繰り返し、心と身体が整ったことを感じてから、アジムは砂の地面を踏みしめて強い光が差し込み続けている出入り口をくぐり抜けた。

 目を焼くほどに強い光に奪われた視界が戻ると、そこは満載の客席を見上げる闘技場のステージだった。天井を覆うものは何もなく、強すぎるほどの陽光が戦いの場に向かって投げかけられている。足を取られない程度に砂が敷き詰められた地面を歩いて金髪の男が待ち構える中央に向かって歩みを進めると、客席から声援と野次が飛び交う。

 どう応えていいものかわからず、アジムが曖昧な表情のまま金髪の男に近寄ると、金髪の男はイライラとした感情を隠そうともせずに言った。

「遅っせーな」
「ああ、すみません」

 気力を高めるための深呼吸の時間を待たせてしまっていたのでアジムが素直に謝ったが、金髪の男はそれに応じることもなく目を閉じた。

 魔法を使うための<集中>だと感じて、アジムは大剣をかざして防御の体勢を取った。審判もいないし、戦闘開始の合図もなかったが、始めてしまっていいのだろうかとアジムが思考を巡らせている間に金髪の男の魔法が完成する。

「喰らえ、
 <風の矢ウインド・ダート>だァ!」

 金髪の男の叫びに応じて、風が渦を巻いて襲ってくる。

「……うん?」

 だが、それだけだった。
 基本的な攻撃魔法であるダート系なのだが、わざわざ集中時間を取ったというのに風を収束しきれず矢になりきれていない。ちょっと強い風と小さな針が大剣の表面に当たったかな、程度にしか感じなかった。
 アジムが思わず疑問の声を漏らしたのに、金髪の男はダメージを受けたと判断したらしい。

「へっ。でかいから一発じゃ倒れないか。
 なら、別のを喰らわしてやるぜ!」

 アジムは戸惑いを感じながらも<集中>に入ったらしい金髪の男に応じて剣を構え、受ける体勢になる。だが受ける体勢になったものの、金髪の男の魔法が中々完成せず、アジムがどうしたものかと思いだしたころにようやく<集中>が終わり、

「今度は鎧じゃ防げねーぞ!
 <魔力矢マナ・ダート>ォ!」

 <魔力矢マナ・ダート>が飛んできた。だがそれも<戦乙女たちの饗宴ヴァルキリーフェスト>の面々が鋼鉄人形アイアンゴーレムに向かって放ったものどころか、リリィが無集中で牽制に放つものよりもか細く安定しないものだ。確かに、剣や鎧は意味をなさずに、矢はそのままアジムに突き立ったのだが、リリィのものならかなりの衝撃はあるのに、目の前の男が放った矢は押された感覚さえほとんどない。

 見た目だけはそれなりに派手な<魔力矢マナ・ダート>に客席は沸くが、ダメージは皆無で困惑するアジムに金髪の男はさらに嬉しそうに声を上げる。

「まだ倒れねーか!
 それじゃあ、とっておきをお見舞いしてやるぜ!」

 金髪の男は叫んで、また集中に入った。

 アジムはどうするべきか判断に迷っていた。集中時間を取ったというのに、あまりにも魔法の威力が弱すぎて真面目にやっているのかわからない。弱すぎるように見せかけるはったりブラフとも思えて、迂闊に踏み込むと手痛い反撃カウンターがくるかもしれないと感じる。だが、本当に高威力の魔法を準備されていたら、何もせずそれを許してしまうのもまずい。

 散々にためらって、アジムは集中を乱す牽制だけしておくことにした。

 砂の地面の上を滑るように足を進め、大剣を軽く振りかぶる。大きな足音をさせたわけでないないが、金属製の鎧が軋む音は止めようがない。

 アジムの動きを察した金髪の男は<集中>を解除して身を翻すだろう。そこからどう戦いを展開するか。
 アジムはそんな風に考えながら振りかぶった大剣を、金髪の男に振り下ろす。

 アジムの振り下ろした大剣は、何も対処をしないどころかアジムが自分の魔法を待ってくれていると勝手に確信していた金髪の男の頭頂部からブチ込まれ、そのまま頭蓋を断ち割って喉のあたりまでを真っ二つにした。

「……えぇ?」

 アジムの困惑の声とともに割れた頭から弾けるように血がしぶき、金髪の男の身体が前のめりに崩れ落ちた。客席からはそれまで押されていたように見えたアジムの逆転の一撃で決着がついたことに歓声と、惨たらしい金髪の男の死に様に悲鳴があがった。

 びくんびくんと最後の命で跳ねるように動く男の身体を踏みつけて、大剣を引き抜く。アジムは剣を構え直そうとするが、見れば引き抜いた大剣の刀身には断ち割った頭蓋の中身がべっとりとこびり付いていた。アジムはリリィがしていたのを思い出し、大剣を右手だけに持ち直して、逆袈裟に払うようにして血振りをしてこびり付いていたものを振り落とした。
 乾いた砂の地面に赤黒い飛沫しぶきが飛び散る。

 しかし、それも金髪の男の敗北が確定すると、男の遺骸とともに光の中へ消え失せた。

「……おお」

 血振りをしてもまだ汚れていた刀身も、元通りだ。
 アジムが感嘆の声を上げていると、次に戦う総髪の男が刀を抜き払って足早に近づいてきていた。

「魔法を準備しているところに斬りかかるなど、無粋な!」

 挨拶もなく、男はそのまま刀を叩きつけてきた。
 アジムはその剣を綺麗になったばかりの剣で受ける。

「そんなことを言われても」

 続けざまに振るわれる刀を、剣で受け続ける。
 侍のような出で立ちの男をSPD速度特化型だと思っていたのだが、振るわれる刀に問題なく剣での防御が間に合う。静と動がはっきりしていて動くときには一瞬で勝負を決めてしまうシズカと、速さを十全に活かして常に動き続けながら自分の有利な状況を展開し続けるゼルヴァなら、目の前の男はゼルヴァの方に近い。だが、ゼルヴァと同じような戦い方をするには速さが圧倒的に足りていない。速度で言うならリリィと同じくらいだ。しかも、目の前の男にはリリィにはある無集中で放つ魔法がなく、斬撃に重さもない。

 それに加えて、目の前の男は刀の扱いが雑だ。
 アジムが戦ったことのある女性たちは、全員がアジムの剣と自分の得物を正面からぶつけ合うようなことはしなかった。必ずアジムの力を受け流すように剣を合わせてきた。しかし、目の前の男はそんなことを考えずに刀を打ち込んでくるので、何合か打ち合った刀身は早くもボロボロだ。

 アジムはそこに勝機を見出して、何度目かの剣と刀のぶつかり合いの瞬間に力を込めて相手の刀を押し返した。アジムの初めての反撃に、総髪の男はたたらを踏んで後ろに下がる。そこにアジムは横薙ぎの一閃を浴びせかけた。不十分な体勢で避けられないと判断した総髪の男は刀でその一撃を受けようとした。だが、刀は持ち主の無茶な扱いに限界だった。

 受け流すのではなく受け止めるように使われた刀はアジムの一撃を止めきれず、硬質な音を立ててへし折れる。そして止まらなかったアジムの一撃は、刀の持ち主を刀と同じ運命を辿らせた。

 総髪の男を胸から上と胴から下に分断し、反対側に走り抜ける。
 アジムが振り抜いた剣を引き戻して反撃に備えると同時に宙を舞った総髪の男のが、臓物を撒き散らしながらびちゃりと地面に転がった。

 アジムがそのまま身構えていると、しばらくして男の姿が消える。
 そこで初めてアジムは剣を降ろして息をついた。

「……便利だな」

 血糊もあぶらも刀身から消えているのを確認して呟く。
 そんな風に少しばかり気を抜いて闘技場の真ん中で突っ立っていたところに、いきなり衝撃が来た。

「……っと」

 思わず少し呼気が漏れる。咄嗟に衝撃が襲ってきた方向に視線を飛ばすと、最後の一人である銀髪の男が控室を出てすぐの場所から杖をこちらに向けていた。衝撃の感触から、おそらく<魔力矢マナ・ダート>を撃ち込まれたのだろう。今度の魔法は金髪の男のものとは違い、少なくともリリィが使うものと同じくらいには衝撃があった。だが、油断しているところに喰らったので驚いたがリリィの放つ<魔力矢マナ・ダート>なら我慢して突っ込むのは問題ない。

 アジムは大剣を肩に担いだ。
 銀髪の男が<集中>に入ったら、一気に距離を詰めて斬りかかる。一度は魔法を受けてしまうのは覚悟の上だ。

 だが、銀髪の男は中々<集中>に入らず無集中で放つことのできる魔法をいくつも撃ち込んでくる。どれも不意打ちで撃ち込まれた<魔力矢マナ・ダート>より弱く、アジムには何の痛痒も与えられないのだが、アジムが近づこうとすると銀髪の男は背を向けて逃げてしまう。アジムが足を止めると、銀髪の男が振り返って魔法を撃ち込んでくる。
 改めて追いかけると、銀髪の男はまた逃げ出す。

 SPD速さDEX器用さにパラメータを振っておらず、その上で板金鎧プレートメイルと大剣を身に着けているアジムの足は遅く、鎧を身につけていないらしい銀髪の男に追いつけない。VIT体力の差はあるのでいつかは捕まえられるのだろうが、とても長引きそうだ。

 客席の観客からはちゃんと戦えとブーイングも飛んでくる。もしかすると時間切れによる判定決着などもあるのだろうか。有効打はないのだが、攻撃が一つも届いていないと判定負けになってしまいかねない。きちんと試合ルールを説明してもらわなかったのが、今更になって悔やまれる。
 アジムは銀髪の男を追いかけながら、手探りで唯一の遠距離攻撃の手段である投擲用短剣スローイングダガーの位置を確認した。

 アジムが短剣を吊るした右腰を隠すように右半身を後ろにして足を緩める。すると、それに気づいた銀髪の男がニヤニヤと笑みを浮かべて振り返り、魔法を使おうと杖を掲げた。

 アジムはその顔面をめがけてゼルヴァと戦ったときと同じようにギリギリまで身体で隠す投げ方で、短剣を投げつけてやった。

 狙いは過たず、銀髪の男の眉間に「こーん」という軽い音とともに短剣が深々と突き立つ。そして短剣の勢いに押されるように銀髪の男は仰向けにぶっ倒れ、びくんびくんと何度か痙攣した後に絶命したのか、闘技場から光になって姿を消したのだった。
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