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剣闘士 アカネ・シンジョウ
剣闘士 アカネ・シンジョウ(1)
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ゼルヴァの首の縄を引いて村を後にしたアジムは、村が見えなくなると全裸だったゼルヴァに外套をかけてやって腕に抱き上げた。しばらくそのまま街道を進んでいる間にゼルヴァが正気を取り戻したので、回復薬を渡して自分で歩いてもらおうとするが、
「みんな襲われた後に優しくしてもらったって聞いてたのに、
アジムさん、ボクに冷たくない?」
拗ねたように言われて腕から下ろせなくなってしまった。
苦笑を返して身体を抱え直すと、ゼルヴァは満面の笑みだ。
「リリィさんには聞いていたけど、
アジムさんはタフだねぇ。
二晩で何度絶頂かされたかわからないよ。
本当に壊されて犬にされちゃうかと思っちゃった」
無理やり口に出され、飲み干しきれずに吐き出してしまった精液の跡が残る顔に、普段どおりの快活な笑顔が戻ると、それはそれでギャップがすごい。アジムはゼルヴァを腕に抱えたまま都市決闘用の架空都市の出入り口である街道の門をくぐり抜けた。
<帰還の門>などで移動するときと同じような浮遊感を感じつつ、光で閉ざされた視界が戻ってくると、そこはメルフィナの塔だった。リリィと戦い、初めて<明日見る風景>のギルドメンバーたちと会った玄関ホールに帰ってきた。
「とりあえず、お風呂を借りますか?」
「そうだね」
二晩続けてほぼ休みなしで陵辱されたゼルヴァは精液だけでなく汗や唾液でベトベトだ。宿を発つ直前にも抱かれたせいで、股間などはまだ出されたばかりの精液が垂れてきている。ゼルヴァの頷きに応じてそのまま階段を登り、メルフィナの居室の奥にある脱衣場までやってくると、アジムは回復薬とタオルを手渡してゼルヴァを風呂場に見送った。メルフィナ製のシャワー音が聞こえてくるのを背中に感じながら居室に戻る。
家主のメルフィナは不在のようだ。片目を閉じてウィンドウを呼び出して現実の時間を確認すると、休日ではあるがまだ朝早い。家主であるメルフィナやリリィたちがログインしてくるのはまだ少し後だろう。
なんとなく不在の女性の部屋でくつろぐこともできず、手持ち無沙汰に突っ立っていると、シャワーを終えたゼルヴァが髪を拭きながら戻ってきた。しっかりとした太ももがほぼ丸見えのとても短いデニムのショートパンツと、首元や肩がみえるダボついたタンクトップを身に着けている。肌が露出している部分は多いが、色気よりも愛らしい元気さが先にくる。
落ち着く場所に困っているアジムに笑って、ゼルヴァがアジムをソファに手招いてくれる。ようやくアジムがソファに腰をおろして落ち着くと、ゼルヴァは勝手知ったるように紅茶を淹れてくれた。
自分も紅茶を飲みながら、アジムの向かいにゼルヴァが座る。日焼けした部分と、服に隠れてやけていない部分の肌のコントラストがなんとも健康的に美しい。
「アジムさん、強いねぇ。
まさか初戦で負けるとは思わなかったよ」
ゼルヴァはアジムとの戦いを思い出しながら言葉を続けた。
「ボクからアジムさんへの課題は
剣から格闘へ、間合いの変更も含めたスムーズな切り替えと、
下段蹴りへの対処の予定だったんだけどねー。
どっちも最初からできてていたね」
剣の間合いよりも近づけば剣の柄を使った攻撃も出してくるし、決着をつけたのは絞め技だったがゼルヴァの動きを止めた後の一撃は膝蹴りだ。どの距離でどんな攻撃が出せるのか、正しく把握できているし、特定の武器だけにこだわった戦い方もしない。
「そうですか?
ありがとうございます」
「後さ、アジムさん、下段蹴りを現実で知ってるよね?
なにかやってたの?」
ゼルヴァにそう問いかけられ、わずかに逡巡してから応えた。
「空手をやっていました」
「ああ、やっぱり。
下段蹴りの受け方知ってるから、
たぶんそうじゃないかと思ったんだ」
ゼルヴァはそこまで言ってから、アジムの言葉が過去形であることに気がついた。
「今はもうやってないの?」
「ええ、まあ……」
言葉を濁すのに首を傾げるゼルヴァに、アジムは苦笑して、
「道場で他の人たちとあまり関係を良くできなくて。
長く続けられずに辞めちゃいました」
「え、あ、そうなんだ……。
ごめんなさい」
焦るゼルヴァにアジムは苦笑を深め、
「気にしないでください。
別に、空手が嫌いになったわけじゃないですし、
道場の人たちにはちょっと申し訳なかったかな、と思ってるくらいなので」
思い返してみれば、自分の身体が大きく、力が強すぎたのだろうと思う。同じ年代に混じって稽古をしていても、遠巻きにされて一人で稽古をすることが多かった。組み手をやることになっても、怪我をさせるからと打ち込むことは禁じられ、ひたすら受けの指導だけをされていた。おかげで受けの技術はとても上達した。ただ、やはり道場での人間関係が上手くいかなかったので、しばらくして祖母が病を得たことを口実に道場を辞めてしまった。
そういうアジムから見た道場の話を聞いたゼルヴァは、ものすごく深いシワを眉間に刻んだ。
強くなりそうな新人が入ってきたので、手を出すことを禁止して可愛がりをしたのではないのかと感じたのだ。
ゼルヴァの推測は正しい。早めにアジムという芽を潰してしまおうと画策されたのは事実だ。実際にはそれに加えてアジムの母の存在が影響していた。アジムが空手を始める頃にはすでに離婚して家を去っていたアジムの母は、水商売で生計を立てていた外国人だった。閉鎖的な田舎の道場だ。他の人と少し違うだけで白い目で見られる。アジムが排斥されるには十分な理由だった。
だが、いい意味でとても鈍感だったアジムは自分に向けられる悪意をはっきりとは理解しておらず、可愛がりも母譲りの体格と身体の強さがあったためにダメージにはならず、アジム本人にはいい鍛錬として受け止められていたのだった。
不快感を顕にした表情に戸惑うアジムに気がついて、ゼルヴァは慌てて表情を取り繕った。
「じゃあ、久しぶりに空手やる?
ボクと素手で戦ってみる?」
「え、いいんですか?
是非!」
咄嗟に出した言葉に勢いよく食いつかれて今度はゼルヴァが戸惑う事になった。だが、アジムと戦うのはそもそもゼルヴァも望んでいたことだ。実戦形式の戦いでは投網を使われ動きを封じられて負けてしまったが、格闘だけの試合形式の戦いなら自分のほうがスキル面で分がある。簡単に負けるつもりはない。
ゼルヴァはすぐに気を取り直して笑みを浮かべた。
「今度は負けないよ!」
アジムはゼルヴァの勝ち気な笑みに頷きを返し、腰を上げる。ゼルヴァもそれに応じて紅茶を飲み干してから立ち上がった。二人はアジムがリリィとも戦った玄関ホールに取って返し、少し距離を空けて向かい合う。
「アジムさんは空手でやるんだよね?
ルールなんかはどうする?
フルコン空手と同じにしたほうがいい?」
手首や足首を回したり、屈伸したりと準備運動を始めたゼルヴァに問われ、
「ゼルヴァさんは、何を遣うんですか?」
「ああ、私はねぇ……」
ゼルヴァは笑みを浮かべると左肩を前に突き出した半身になり、とーんとーんとーんと、床を蹴って踊るように、流れるようにステップを踏んで腰を落とし、左腕を下げて軽く曲げ、腰より少し上で相手を牽制するように軽く握る。右手は柔らかく開いて顎を守るように構えた。
古い映画の中で見たその構えに、次の動作が予想できたアジムはゼルヴァに向かって左手の手のひらを上に向けて指先でちょいちょい、と煽るように手招きしてみせた。そして、右手の親指をちろりと舐めて、その指できゅっと鼻をこする。
アジムと鏡写しのように挑発の仕草をしたゼルヴァは、自分が何をするのかわかって先回りで合わせに来たアジムに「おっ?」と喜びを多分に含んだ驚きの声を上げた。
「わかるんだ、アジムさん」
「ゲームをやっていて、格闘技を少しでも齧った人間なら、
結構知っている人は多いんじゃないかなと思います」
「そうかなー。ギルドの中では誰も知らなくて、
シズカさんの旦那さん……イオリさんだけが知ってくれてたんだよね」
「ああ、イオリさんは古い映画とか好きそうですよね」
「うん。
まあ、じゃあ、私が遣う技は、なんとなくわかるよね?」
「はい、大丈夫です」
「ルールはどうしようか?」
「えっと。なんでもありのほうが、
ゼルヴァさんは強いですよね?」
「んー。そうだけど、アジムさんが空手でやるなら、
空手ルールでいいんじゃないかな。
ボクも現実で空手を習ってるから、ルールもわかるし」
「ああ、下段蹴りの多彩さはそれでですか。
わかりました、それじゃあ、空手ルールでお願いします」
ルールが決まったことに頷き合い、構えようとしたところでアジムが「あっ」と思い出したように声を上げた。
「あの、身につけているスキルって、
停止させることってできるんですか?」
「うん? <剣術>とか<防御>とかを止めるってこと?」
「はい。一度、自分が身につけている空手で、
こっちのマスターまでスキルを身につけている人と
どこまでやれるのか試してみたいです」
アジムの言葉にゼルヴァは唸り声を上げながら応える。
「目を閉じて表示させるウィンドウのスキル一覧から、
スキルのオン・オフは設定できるけど……無謀じゃないかなぁ」
ゼルヴァに教えられて、アジムは早速目を閉じている。<格闘>スキルを停止にしているのだろう。
ゲーム内スキルのマスターは、プレイヤーたちのメインスキルならマスターで当たり前のレベルだが、本来は才能のある人間がたゆまぬ努力と師匠、環境、試練に恵まれて初めて身につけられる、世界で何人もいないレベルの技術だ。
もちろん、実際にそれらの経験を通じて身につけた人間と、スキルを何度も使って身につけただけの人間では、後者のほうが大きく劣る。前者には経験を通じて養われる知識、勝負感、最後に自分を信じられる自信など、ただ身体を動かす以外のものが備わっているからだ。
<格闘>スキルで言えば相手の技を推測できる知識であり、踏み込むタイミングを判断する勝負感であり、これが当たれば倒せると信じられる自信の有無である。
だが、単純なパンチ一つを取ってみると、鍛錬の結果身につけた者とゼルヴァの攻撃の速さは、そう大きく劣らない。スキルの有無は絶対ではないが、とても大きな差になる。
「無謀だからいいんですよ。
一度、何をしてもどうしようもない相手と戦ってみたいと思ってたんです」
「はぁ」
目を開けたアジムはとてもいい笑顔だ。
気の抜けた返事を返したゼルヴァの前で、アジムは胸の前で手のひらをゼルヴァに向けるようにして軽く腰を落として構える。堂に入った構えはきちんと鍛錬を積んできた証だ。
「……アジムさんもボクたちとは違う部分でドMだね」
苦笑するアジムに向けてゼルヴァも構えを取る。
「じゃあ、一ラウンド三分で」
アジムが頷くのを確認して、ゼルヴァは床の上を滑るように踏み込んだ。
「みんな襲われた後に優しくしてもらったって聞いてたのに、
アジムさん、ボクに冷たくない?」
拗ねたように言われて腕から下ろせなくなってしまった。
苦笑を返して身体を抱え直すと、ゼルヴァは満面の笑みだ。
「リリィさんには聞いていたけど、
アジムさんはタフだねぇ。
二晩で何度絶頂かされたかわからないよ。
本当に壊されて犬にされちゃうかと思っちゃった」
無理やり口に出され、飲み干しきれずに吐き出してしまった精液の跡が残る顔に、普段どおりの快活な笑顔が戻ると、それはそれでギャップがすごい。アジムはゼルヴァを腕に抱えたまま都市決闘用の架空都市の出入り口である街道の門をくぐり抜けた。
<帰還の門>などで移動するときと同じような浮遊感を感じつつ、光で閉ざされた視界が戻ってくると、そこはメルフィナの塔だった。リリィと戦い、初めて<明日見る風景>のギルドメンバーたちと会った玄関ホールに帰ってきた。
「とりあえず、お風呂を借りますか?」
「そうだね」
二晩続けてほぼ休みなしで陵辱されたゼルヴァは精液だけでなく汗や唾液でベトベトだ。宿を発つ直前にも抱かれたせいで、股間などはまだ出されたばかりの精液が垂れてきている。ゼルヴァの頷きに応じてそのまま階段を登り、メルフィナの居室の奥にある脱衣場までやってくると、アジムは回復薬とタオルを手渡してゼルヴァを風呂場に見送った。メルフィナ製のシャワー音が聞こえてくるのを背中に感じながら居室に戻る。
家主のメルフィナは不在のようだ。片目を閉じてウィンドウを呼び出して現実の時間を確認すると、休日ではあるがまだ朝早い。家主であるメルフィナやリリィたちがログインしてくるのはまだ少し後だろう。
なんとなく不在の女性の部屋でくつろぐこともできず、手持ち無沙汰に突っ立っていると、シャワーを終えたゼルヴァが髪を拭きながら戻ってきた。しっかりとした太ももがほぼ丸見えのとても短いデニムのショートパンツと、首元や肩がみえるダボついたタンクトップを身に着けている。肌が露出している部分は多いが、色気よりも愛らしい元気さが先にくる。
落ち着く場所に困っているアジムに笑って、ゼルヴァがアジムをソファに手招いてくれる。ようやくアジムがソファに腰をおろして落ち着くと、ゼルヴァは勝手知ったるように紅茶を淹れてくれた。
自分も紅茶を飲みながら、アジムの向かいにゼルヴァが座る。日焼けした部分と、服に隠れてやけていない部分の肌のコントラストがなんとも健康的に美しい。
「アジムさん、強いねぇ。
まさか初戦で負けるとは思わなかったよ」
ゼルヴァはアジムとの戦いを思い出しながら言葉を続けた。
「ボクからアジムさんへの課題は
剣から格闘へ、間合いの変更も含めたスムーズな切り替えと、
下段蹴りへの対処の予定だったんだけどねー。
どっちも最初からできてていたね」
剣の間合いよりも近づけば剣の柄を使った攻撃も出してくるし、決着をつけたのは絞め技だったがゼルヴァの動きを止めた後の一撃は膝蹴りだ。どの距離でどんな攻撃が出せるのか、正しく把握できているし、特定の武器だけにこだわった戦い方もしない。
「そうですか?
ありがとうございます」
「後さ、アジムさん、下段蹴りを現実で知ってるよね?
なにかやってたの?」
ゼルヴァにそう問いかけられ、わずかに逡巡してから応えた。
「空手をやっていました」
「ああ、やっぱり。
下段蹴りの受け方知ってるから、
たぶんそうじゃないかと思ったんだ」
ゼルヴァはそこまで言ってから、アジムの言葉が過去形であることに気がついた。
「今はもうやってないの?」
「ええ、まあ……」
言葉を濁すのに首を傾げるゼルヴァに、アジムは苦笑して、
「道場で他の人たちとあまり関係を良くできなくて。
長く続けられずに辞めちゃいました」
「え、あ、そうなんだ……。
ごめんなさい」
焦るゼルヴァにアジムは苦笑を深め、
「気にしないでください。
別に、空手が嫌いになったわけじゃないですし、
道場の人たちにはちょっと申し訳なかったかな、と思ってるくらいなので」
思い返してみれば、自分の身体が大きく、力が強すぎたのだろうと思う。同じ年代に混じって稽古をしていても、遠巻きにされて一人で稽古をすることが多かった。組み手をやることになっても、怪我をさせるからと打ち込むことは禁じられ、ひたすら受けの指導だけをされていた。おかげで受けの技術はとても上達した。ただ、やはり道場での人間関係が上手くいかなかったので、しばらくして祖母が病を得たことを口実に道場を辞めてしまった。
そういうアジムから見た道場の話を聞いたゼルヴァは、ものすごく深いシワを眉間に刻んだ。
強くなりそうな新人が入ってきたので、手を出すことを禁止して可愛がりをしたのではないのかと感じたのだ。
ゼルヴァの推測は正しい。早めにアジムという芽を潰してしまおうと画策されたのは事実だ。実際にはそれに加えてアジムの母の存在が影響していた。アジムが空手を始める頃にはすでに離婚して家を去っていたアジムの母は、水商売で生計を立てていた外国人だった。閉鎖的な田舎の道場だ。他の人と少し違うだけで白い目で見られる。アジムが排斥されるには十分な理由だった。
だが、いい意味でとても鈍感だったアジムは自分に向けられる悪意をはっきりとは理解しておらず、可愛がりも母譲りの体格と身体の強さがあったためにダメージにはならず、アジム本人にはいい鍛錬として受け止められていたのだった。
不快感を顕にした表情に戸惑うアジムに気がついて、ゼルヴァは慌てて表情を取り繕った。
「じゃあ、久しぶりに空手やる?
ボクと素手で戦ってみる?」
「え、いいんですか?
是非!」
咄嗟に出した言葉に勢いよく食いつかれて今度はゼルヴァが戸惑う事になった。だが、アジムと戦うのはそもそもゼルヴァも望んでいたことだ。実戦形式の戦いでは投網を使われ動きを封じられて負けてしまったが、格闘だけの試合形式の戦いなら自分のほうがスキル面で分がある。簡単に負けるつもりはない。
ゼルヴァはすぐに気を取り直して笑みを浮かべた。
「今度は負けないよ!」
アジムはゼルヴァの勝ち気な笑みに頷きを返し、腰を上げる。ゼルヴァもそれに応じて紅茶を飲み干してから立ち上がった。二人はアジムがリリィとも戦った玄関ホールに取って返し、少し距離を空けて向かい合う。
「アジムさんは空手でやるんだよね?
ルールなんかはどうする?
フルコン空手と同じにしたほうがいい?」
手首や足首を回したり、屈伸したりと準備運動を始めたゼルヴァに問われ、
「ゼルヴァさんは、何を遣うんですか?」
「ああ、私はねぇ……」
ゼルヴァは笑みを浮かべると左肩を前に突き出した半身になり、とーんとーんとーんと、床を蹴って踊るように、流れるようにステップを踏んで腰を落とし、左腕を下げて軽く曲げ、腰より少し上で相手を牽制するように軽く握る。右手は柔らかく開いて顎を守るように構えた。
古い映画の中で見たその構えに、次の動作が予想できたアジムはゼルヴァに向かって左手の手のひらを上に向けて指先でちょいちょい、と煽るように手招きしてみせた。そして、右手の親指をちろりと舐めて、その指できゅっと鼻をこする。
アジムと鏡写しのように挑発の仕草をしたゼルヴァは、自分が何をするのかわかって先回りで合わせに来たアジムに「おっ?」と喜びを多分に含んだ驚きの声を上げた。
「わかるんだ、アジムさん」
「ゲームをやっていて、格闘技を少しでも齧った人間なら、
結構知っている人は多いんじゃないかなと思います」
「そうかなー。ギルドの中では誰も知らなくて、
シズカさんの旦那さん……イオリさんだけが知ってくれてたんだよね」
「ああ、イオリさんは古い映画とか好きそうですよね」
「うん。
まあ、じゃあ、私が遣う技は、なんとなくわかるよね?」
「はい、大丈夫です」
「ルールはどうしようか?」
「えっと。なんでもありのほうが、
ゼルヴァさんは強いですよね?」
「んー。そうだけど、アジムさんが空手でやるなら、
空手ルールでいいんじゃないかな。
ボクも現実で空手を習ってるから、ルールもわかるし」
「ああ、下段蹴りの多彩さはそれでですか。
わかりました、それじゃあ、空手ルールでお願いします」
ルールが決まったことに頷き合い、構えようとしたところでアジムが「あっ」と思い出したように声を上げた。
「あの、身につけているスキルって、
停止させることってできるんですか?」
「うん? <剣術>とか<防御>とかを止めるってこと?」
「はい。一度、自分が身につけている空手で、
こっちのマスターまでスキルを身につけている人と
どこまでやれるのか試してみたいです」
アジムの言葉にゼルヴァは唸り声を上げながら応える。
「目を閉じて表示させるウィンドウのスキル一覧から、
スキルのオン・オフは設定できるけど……無謀じゃないかなぁ」
ゼルヴァに教えられて、アジムは早速目を閉じている。<格闘>スキルを停止にしているのだろう。
ゲーム内スキルのマスターは、プレイヤーたちのメインスキルならマスターで当たり前のレベルだが、本来は才能のある人間がたゆまぬ努力と師匠、環境、試練に恵まれて初めて身につけられる、世界で何人もいないレベルの技術だ。
もちろん、実際にそれらの経験を通じて身につけた人間と、スキルを何度も使って身につけただけの人間では、後者のほうが大きく劣る。前者には経験を通じて養われる知識、勝負感、最後に自分を信じられる自信など、ただ身体を動かす以外のものが備わっているからだ。
<格闘>スキルで言えば相手の技を推測できる知識であり、踏み込むタイミングを判断する勝負感であり、これが当たれば倒せると信じられる自信の有無である。
だが、単純なパンチ一つを取ってみると、鍛錬の結果身につけた者とゼルヴァの攻撃の速さは、そう大きく劣らない。スキルの有無は絶対ではないが、とても大きな差になる。
「無謀だからいいんですよ。
一度、何をしてもどうしようもない相手と戦ってみたいと思ってたんです」
「はぁ」
目を開けたアジムはとてもいい笑顔だ。
気の抜けた返事を返したゼルヴァの前で、アジムは胸の前で手のひらをゼルヴァに向けるようにして軽く腰を落として構える。堂に入った構えはきちんと鍛錬を積んできた証だ。
「……アジムさんもボクたちとは違う部分でドMだね」
苦笑するアジムに向けてゼルヴァも構えを取る。
「じゃあ、一ラウンド三分で」
アジムが頷くのを確認して、ゼルヴァは床の上を滑るように踏み込んだ。
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