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武闘家 ゼルヴァ・ケンプフェルト

武闘家 ゼルヴァ・ケンプフェルト(13)

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 ゼルヴァを見捨てる決断をした翌日、宿の親父は痛む頭と前日より更に陰鬱になった気分を抱えて目を覚ました。

 痛む頭はさして強くもないのに、度数の高い酒を痛飲したせいだ。
 ゼルヴァを見捨てた事実と、そのゼルヴァが上げる甘くも悲痛な叫びが聞こえ続けるせいで、飲まずにはいられなかったのだ。もなしに前後不覚になるまで飲んで倒れ込むようにしてベッドに入ったが、習慣とは恐ろしいもので普段どおりの仕込みの時間に目が覚めた。

 太陽の光の弱い早朝だが、早立ちの旅人や商人たちがいればすぐに忙しくなる。しかし、ゼルヴァと彼女を陵辱するアジムだけが泊まっている今日は、食事の用意が必要になるのはまだ先だろう。それでもベッドに寝転がっていてはゼルヴァをアジムに差し出した後悔が痛む頭をぐるぐると巡ることになる。宿の親父は酒臭いため息をついて、ベッドから起き上がった。

 さすがにもう階上の床が軋む音も、ゼルヴァの悲鳴も聞こえてこない。

 起きた親父は井戸水を組み上げて顔を洗い、たっぷりと水を飲んでから竈に火を起こした。普段どおりの仕込みの作業をしていれば気も紛れるだろうと思ったのだ。だが、昨日は食堂の営業をしていなかったので、その分がそのまま残っていた。

「……あー」

 手にした包丁の使い先を失ってなんとも言えない声が出る。
 そんな親父の耳に、馴染み深い階上のドアを開く音が聞こえてきた。

 予想よりずいぶんと早い目覚めだが、今日にここをつのであればそう不自然に早いわけでもない。親父は昨日に軽く塩抜きをして切り分けてあった塩漬けの豚肉をフライパンに放り込み、これも昨日に用意してあったスープの鍋を温め始める。

 料理の音が満ち始めた厨房でも聞こえるゴツゴツとした足音が、何かを引きずるような音とともに妙にゆっくりと階段を下ってくる。

 訝しく思っていると、食堂の大扉を開けてアジムが姿を表した。すでに鎧を身に着けて、背負袋と大剣を背負った姿だ。朝食を食べてそのまま出発するつもりなのだろう。だが、親父の視線は旅姿のアジムではなくその足元に奪われた。

 全裸のまま四つん這いでアジムの手に握られた縄に首を引かれ、犬のように連れられたゼルヴァがそこにいた。

 真っ白な肌の上に押さえつけられたときにできた痣が色濃く残り、いつの間にかできていた引っかき傷から滲んだ血や、吐き出された精液、汗などが身体を汚している。剛直を突き立てられて続けた幼い割れ目はアジムのものの形に口を開けたまま閉じることができなくなっていて、溢れ出た精液が内腿に幾本も筋を作っていた。
 手入れはされていなくても艶のあった髪はボサボサに痛み、髪と同じ色の毛色の尻尾も同じような有様で気力を失ったように垂れ下がっている。
 涙の跡が幾筋も残る顔は一昨日までの快活な気配など微塵もなく、だからと言って昨日のような陵辱に怯える表情もない。ただそこに目と口と鼻があるだけの虚ろなものになってしまっていた。裸身を晒す羞恥も、犬扱いの屈辱さえも強すぎる快楽に摩耗しきった感情を動かすことはないようで、首の縄に従って床についた手と膝を進める。

 そんなゼルヴァを従えて食堂に入ってきたアジムは、中央の複数人で使う大テーブルの椅子にどかりと腰をおろし、足を組んでふんぞり返って言う。
 ゼルヴァはアジムの足元の床に、尻を直接つけてへたり込むようにして座る。

「朝飯、頼むぜ」

 哀れなゼルヴァの姿に固まっていた親父は声をかけられてはっとなった。そして、ゼルヴァの姿を見ながらアジムに何かを言おうとしたが、ゼルヴァを見捨てた自分が何を言えるわけでもないと思い直して、黙って食事の用意を始めた。パンと肉を別々のフライパンで炙り、温めたスープを器に注ぐ。それらを一つの皿に盛り付けてワンプレートに仕立てた朝食を用意して、テーブルへと運ぶ。

 用意したのは二人分だ。
 アジムの前に一人分を置き、もう一人分を片手にゼルヴァに椅子を用意してやろうと動きかけたところに、アジムの声がかかった。

「おいおい。
 犬っころと食卓を囲めってか」

 嘲るように言われて動きが止まった親父に、アジムは嗤いながら指で床を示しながら言った。

「犬は床だ」

 そう言われても、アジムがやってくるまで食人鬼を退治してくれた彼女とは一緒に食事をしていたのだ。躊躇う親父に、アジムが剣呑さを含んだ視線を向けてくる。

「床だ」

 もう一度言われ、逆らうこともできずに床の上にぺたりと座り込んだままのゼルヴァに近づく。親父が近づいても裸身を隠そうともしないゼルヴァの前に、食事の乗ったプレートを置く。

「食っていいぞ」

 ゼルヴァが床の上のパンにのろのろと手を伸ばそうとするが、

「犬が手を使うのか?」

 アジムに言われ、その手が止まる。
 しばらくして上げた手を床に戻し、床に置かれたままの食事を持ち上げることなくプレートに直接顔を近づけて食べ始めた。

「ウマいだろ?」

 顔を汚して食事をするゼルヴァに、嘲ってアジムが声をかける。
 ゼルヴァは顔をあげてなんの感情も映さない瞳でアジムを見返して返事をした。

「わん」

 アジムが笑みを深くする。

「そうかそうか。
 ゆっくり食べろよ」
「わんわん」

 もう、限界だった。

「代金はもらっている。
 好きなように出発してくれ」
「おう、ありがとよ」

 親父はどうにか言葉を絞り出すと、陵辱者アジムに頭を撫でられる壊れてしまった犠牲者ゼルヴァの姿に背を向けて自室に逃げ込んだ。昨日飲んだ酒が、まだテーブルの上に残っていた。それをグラスにも注がず、呷るようにして喉へ流し込む。アルコールが喉を焼く感覚にむせ返って、溢れた酒が胸元を汚す。それでも親父はまた酒瓶を呷る。

「餌を食わしてやったんだ。
 犬でも礼をしないといけないのはわかるだろ。
 おら、しゃぶってみせろよ」
「わん。
 ……ぅぶ、んむ……ふ、んん……」

 くぐもったゼルヴァの声と、白々しいほどに粘りついた水音が聞こえてくる。

「よしよし、中々上手くなったじゃねぇか。
 ご褒美にブチ混んでやるから尻をあげろ」
「ぁ……きゃぁん!
 ぁん! わん! あぁっぁ……わおぉぉん……!!」

 すぐに甘い鳴き声が聞こえてきた。親父は酒瓶を投げ出してベッドに飛び込むと布団を頭から被ってそれを遮ろうとするが、げらげらと嗤う男の耳障りな嘲笑と幼い高さを含んだ少女の雌声からそんな程度では逃れられない。

「くそっ、くそっ……!」

 酒瓶を拾い直してまた呷る。喉が焼ける。痛い。
 それでもお構いなしに中身をすべて飲み干してしまうと、ぐわんと世界が回りだした。親父はその感覚に抵抗しない。酒精に誘われるままベッドに仰向けに倒れ込んで酔いに身を任せていると、アジムとゼルヴァが声や物音が耳に入ってきても意味が理解できずに流してしまえる。

 そうやって酒に逃げ出している間に物音は止み、満足したアジムがゼルヴァの縄を引いて出ていったようだった。

 宿の外から聞こえたどよめきは親父だけが知っていたゼルヴァの無惨な姿を、ほかの村人たちも見てしまったからだろう。だが、それ以上の物音は聞こえてこなかった。親父と同じようにアジムに対して何ができるわけでもなく、犯し壊されたゼルヴァを見送ったのだろう。

 村を救ってくれた少女の、明るいものなどなにもない未来を思い、親父はまたため息をついた。
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