【R18】VRMMO 最強を目指す鍛錬記

市村 いっち

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武闘家 ゼルヴァ・ケンプフェルト

武闘家 ゼルヴァ・ケンプフェルト(6)

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 その日、イタリアとフランスの国境近くにあるその小さな村は歓喜に沸いた。

 両国を行き交う旅人たちに宿を提供しながら細々と野菜を作って生活しているその村を、突如として食人鬼オーガが襲った。群れからはぐれて迷い込んだのか、数は一匹だけだったが戦うすべを知らない村人たちにとって、食人鬼の巨体はどうしようもない絶望だった。村の全ては食い荒らされ、女たちは犯され孕まされる。

 村の男たちは家族が逃げる時間を稼ぐために武器を手に取り、村に入り込んだ食人鬼の前に立ちふさがった。村人たちが手にしたくわすき、鎌などに食人鬼の筋肉を貫けるほどの威力はないが、それでも刃物だ。筋肉や骨まで達さなくとも皮膚が裂けると痛い。まとわりつかれて一斉につきこまれたらと感じた食人鬼が足を止める。

 だが、村人たちに向けていた食人鬼の警戒の顔が、ぬたりと欲望にゆるんだ。

 理由がわからず男たちが食人鬼の視線を追うと、小柄な獣人の少女が宿から姿を現したところだった。
 武器を手にすることもなく、必要最小限の急所だけを守った鎧に身を包んだ少女が、凛とした表情を食人鬼に向けて近づいてくる。少女は食人鬼のギラギラとした孕ませる雌をみる視線に臆することもなく、拳を握りしめて足早に歩を進める。

「おい、アンタなにしてるんだ!」
「アンタも逃げろ!
 孕まされたいのか!」

 その身なりから、彼女が冒険家であることは村人たちにも理解できた。だが、年も若く小柄な彼女が武器も持たずに食人鬼と戦えるとは思えない。そう感じた村人たちが少女を止めようと食人鬼に向かう足を止めない少女に手をのばすが、少女はその手に目を向けることもなくするりするりとすり抜けていく。

「えっ、おっ?」
「ちょっ……?」

 村人たちのすぐ近くを通っているのに誰一人その少女に触れられないまま、少女を食人鬼の前まで進ませてしまった。阻むことも触れることもできなかった村人たちは少女の背を見送ってから、お互いに顔を見合わせて首を傾げる。

 食人鬼は自分の前に進み出た少女に、欲望に歪んだ笑みを浮かべながら無造作に手をのばす。

 その馬鹿でかく毛むくじゃらな手を、少女が手首の捻りを効かせて、外側に向けて払った。
 こーん、と硬質なものを叩いたような音がして、食人鬼の大きな手が弾き飛ばされる。

 何をされたのか理解できなかったらしい食人鬼が、一息遅れて手を襲ってきた激痛に顔を歪めて猛る。

「ガアッ!!」

 それと同時に、目の前の少女の認識を改める。
 は獲物ではない。敵だ。

 少女はそんな食人鬼を、鼻で笑った。
 は敵ではない。獲物だ。

 食人鬼が拳を振りかぶる。
 その動作の大きさに少女は苦笑さえ浮かべながら、拳を構えた。

 そして食人鬼が振り下ろしてくる拳の外側に足を滑らせてそれを避けながら、がら空きになった脇に地面を蹴った反発を乗せた拳を打ち込んだ。

「ギャウゥッ!?」

 筋肉の薄い急所を痛打されて、動物のような悲鳴を上げて食人鬼がよろめいて後ろに逃げる。少女はその逃げた分だけ足を進めながら、大きく息を吸い込んで自分の中を巡る力に意識を向けた。丹田から全身を巡る魔力とは違う『氣』と言われる力。それを呼吸に乗せて全身を巡らせ、必倒ひっとうの意思を宿した拳へと集める。
 そして、鍛えることなどしてこなかった食人鬼の醜く膨れ上がった腹に拳を添えると、地を蹴った反発を正しく拳に乗せて無駄肉だらけの腹に打ち込み、さらに拳に集めていた氣を流し込んで衝撃として爆発させた。

「ゴゲブォォロォオオォォ!?」

 少女の拳を中心に人一人分の距離を両足の後をつけて滑り、食人鬼はそのまま頭から崩れ落ちた。びく、びくと殴られた腹を抱えて身体を痙攣させながら、地に伏した顔の下から血反吐と吐瀉物を溢れさせている。少女は構えたまま食人鬼が立ち上がってこないか警戒していたが、しばらくして構えをそのままに食人鬼の頭部に近づくと、その首に踵を振り下ろした。

 生木をへし折るような音がして、食人鬼の痙攣が止まる。

 それでもしばらくは警戒のために構えを解かずにいたが、完全に食人鬼が絶命したことが確認できると、少女は振り返ってまだ幼さの残る顔に笑みを浮かべて見せた。

「うおおおぉぉぉ!」
「やった! やった!
 ありがとう!」
「助かった! ありがとう!
 ありがとう!!」

 村の男たちが喜びを爆発させて少女に口々に礼を言う。村を襲った絶望をいともたやすく振り払った少女は村の英雄だ。

「礼をさせてくれ!」
「え? いや、ボクは別にそういうつもりでやったわけじゃ……」
「そうはいくもんか!
 村をあげて礼をさせてもらわないと、
 こっちの気がすまねぇ!」

 戸惑う少女を説き伏せて宿屋兼酒場に取って返すと逃げさせていた女たちを呼び戻して、後はもうお祭り騒ぎだ。宿の親父は秘蔵の酒の蓋を開けるし、女たちはありったけの食材で料理を作り始める。最初は想像以上に感謝されて戸惑っていた少女も、ご馳走と酒に調子を上げた。

「あんな食人鬼くらい、
 ボクにかかればイチコロだーっ!」
「うははは! 実際、そうだったもんなぁ!
 すげぇぞ、犬っぽい嬢ちゃん!」
「ボクは犬じゃない、狼だーっ!」

 そんな賑やかで平和な夜が明けると、小柄な獣人の少女はすっかり村に馴染んでいた。

「ゼルヴァさんよ。今日出ていっちまうのか?
 もう一泊くらいしていかないか?」
「うーん。ボクも受けてる仕事があるからね。
 余裕はあるけど何があるかわからない稼業だから、
 もう移動し始めないと」
「そうか。残念だな。
 今日は川魚を料理する予定だったんだが」
「も、もう一泊くらいなら大丈夫かな!?」

 宿の親父とそんな会話をしながらゼルヴァと呼ばれた獣人の少女が宴の後を片付けた宿の食堂で朝食を食べていると、宿の扉が軋んだ音を立てて開かれる。

 入り口で頭をぶつけないよう軽く下げて入ってきたのは、大きな男だった。ゼルヴァが倒した食人鬼と比べても上背は負けていない。金属鎧を身に着けていて外套を羽織っているためにわかりにくいが食人鬼のようなあからさまに腹の出た不健康な体格はしておらず、大きな剣と荷物を背負っている男は分厚く、屈強な印象だ。浅黒い肌の顔に疲労の色はないが、ようやく人里で食事にありつける安堵感にほっとした様子が見て取れた。
 
「店主。飯と一泊でいくらだ?」
「泊まっている間は全部ウチで食うのか?
 それなら銀貨一枚だな」

 質問に頷いた男に金額を伝えると、男は懐から銀貨を二枚取り出した。

「多いぞ」
「俺はよく食うからな。食事はすべてたっぷり頼む」
「あいよ。とりあえず、朝飯食うかい?」
「頼む。昨夜から歩き通しでな。
 ああ、腹減ったぜ」

 男は剣と荷物を下ろすと、そのままテーブルにつこうとゴツゴツとした足音を響かせながら食堂を進む。だが、朝食の途中だったゼルヴァがそれをすべて食べきりもせず立ち上がり、男の目の前に立ちふさがった。

「あぁ? なんだ犬っころ」
「ボクは狼……いや、それよりも。
 オマエ、アジムだな!」
「なんだ? どこかで会ったことがあるか?」
「ない! でも、ボクは知ってる!
 オマエがリリィやみんなを襲った男だ!」

 自分の腹までしかない身長のゼルヴァを見下ろして面倒くさそうに言ったアジムは、ゼルヴァの返事を聞いて鼻を鳴らした。

「お前もリリィちゃんのお仲間か」
「そうだ! だからみんなに代わって、
 ボクがオマエをぶっ飛ばしてやる!」

 アジムは改めて気炎を上げるゼルヴァを見下ろす。アジムを睨みあげる顔はくりくりとした灰色の大きな目が印象的だ。歯をむき出しにして唸り声を上げる口元は小さな牙が見えていた。はっきりした顔立ちは将来は美人になる予感をさせるが、まだ愛らしさが勝っている。年齢はリリィと変わらないくらいだろう。頭の上にはぴょこんと、本人曰くは狼のものらしい耳が乗っていた。瞳と同じ色の髪と同じ毛で覆われたそれも、狼の勇ましさよりも彼女らしいの愛らしさを強くする要素になっている。肩まである灰色の髪はまだ寝起きで手入れされていないためにボサついているが、ふかふかとして柔らかそうだ。
 身体つきは女性らしい丸みには欠けるが、華奢ではない。袖のないシャツと短いズボンだけを身にまとっただけの身体には、無駄のないしなやかな筋肉がついている。足の間に見え隠れする尻尾はどこから生えているのか。獣人の女を抱いたことのないアジムにはわからない。

 アジムはにんまりと笑みを浮かべる。
 尻尾がどこから生えているのか、ひん剥いて確認してやるのも面白そうだ。

 きつく睨んでいてもどこか愛らしい顔も伸び盛りの若木のような身体は性的なものをあまり感じさせないが、だからこそ徹底的に犯し尽くして雌の顔を引きずり出しやるのも楽しいだろう。

 アジムは入ってきたばかりの扉に顎をしゃくってみせた。

「いいぜ。相手してやる。
 表に出ろよ。叩きのめしてたっぷり可愛がってやろう」
「みんなにしたことを後悔させてやる!」

 言うが早いか、ゼルヴァが扉から表に飛び出していく。

 アジムはその背中を見送って、部屋に戻り鎧などを身に着けてこないことをせせら笑ってから、食堂の隅におろした大剣を手に取った。手に馴染んだ得物の重さを感じながら、アジムは宿の親父に声をかける。

「止めないのか?」
「冒険家の喧嘩なんぞ、日常茶飯事だろう」

 大きな音を立てて乾燥肉を切り分けながら宿の親父は言葉を続ける。

「それに、アンタはあの娘のお仲間にひどいことをしたんだろう。
 食人鬼と同じように、あの娘に殴り倒されるのを期待しないわけじゃない」

 アジムは宿の親父にそんな風に言われて、肩をすくめてみせた。
 随分とゼルヴァに肩入れしていて自分を嫌ってくれたようだが、情報は得られた。

 あの獣人の少女は食人鬼を殴り倒したらしい。鈍器のようなものは手にしていなかったので、素手で殴り倒したのだろうか。徒手格闘の専門家なのかもしれない。徒手格闘の専門家は速さで勝負するタイプが多い。少女は小柄で明らかに速度重視な体躯だ。鎧を身に着けず、速さで自分の攻撃を避けきるつもりか。

 アジムは少し考えて、店の外に出る前に荷物に足を向けるとその前にかがみ込んだ。
 いつも身につけているポーションバックを外し、代わりに投擲用短剣スローイングダガーを取り出して腰の後ろに隠れるように何本かベルトにつける。そして、投擲用短剣と一緒に身体に隠れるように小さなポーチも身につけて立ち上がった。

 速さで勝負するタイプなのであれば、捕まえてしまえば良い。
 捕まえてしまえば、後はだ。

 アジムはにやにやと笑みを浮かべてゼルヴァの待つ店の外へ足を向けた。
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