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武闘家 ゼルヴァ・ケンプフェルト

武闘家 ゼルヴァ・ケンプフェルト(5)

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現実リアルアジムくん、
 びっくりするくらいゲーム内と変わらなかったね」

 メルフィナの塔を訪ねたリリィは開口一番そう言った。
 メルフィナも頷きながら現実リアルのアジムを思い出して同意する。

「流石にゲーム内ほど身体は分厚くなかったけれど、
 見上げる角度はゲーム内とほとんど変わらなかったわねぇ。
 おおらかでゆったりした感じもゲーム内のままだし、
 アジムさん、自然体であんな感じなのね」

 アジムの家に一泊させてもらった翌日の夜だ。リリィは現実リアルアジムの話がしたくてログインすると同時に<帰還リコール>でメルフィナの塔に飛び込んだ。メルフィナはそれを予測してお茶を用意して待ってくれていた。

「ごめんなさいね。
 アジムさんに対して変に身構えさせてしまって」
「ううん。メルフィナが言ってくれてなかったら、
 勝手に期待して勝手に裏切られてがっかりしてたかもしれないから。
 ありがとう」

 メルフィナの言葉にリリィは微笑んで応じてから、あらためて現実リアルのアジムを思い起こす。

「それにしても……
 大きい人だったね、アジムくん」
「そうね。
 こっちゲーム内と同じでよく食べて、よく飲む人だったわね」
「ねー。おもてなしに作ってくれたお料理、
 半分くらいはアジムくんが自分で食べてたもんね」
「シズカさんと旦那さんが持ち込んでくれたお酒も、
 一晩でほとんど空になっちゃって、
 名残惜しそうだったわねぇ」

 シズカとその現実リアル旦那に話が及んで、二人は顔を見合わせて笑う。

 シズカは二人がなんとなく予想していたとおり、上品な老婦人だった。柄のない淡い水色の木綿の着物に身を包み、白いものが混じった髪を結い上げたシズカは、道の駅に海外のものらしい見た目の車から運転手とともに現れた。
 運転手のほうは同じようなシズカと同じような年齢の男性だったが、白いスーツと中折れハットに貯えられた白い口ひげ。肌は健康的に日焼けした、遊び慣れたちょい悪オヤジ風の風貌だった。どう見ても職業運転手には見えない。
 男性を訝しく思いつつも先に到着していたアジムと鉄道合流組がシズカと自己紹介しあっていると、その男性はアジムに近づいて言った。

「おう。
 うちの女房の身体は中々だっただろ?」

 アジムはちょっと首を傾げてから、意味を理解した瞬間に土下座した。
 このちょい悪オヤジが現実リアルイオリ様シズカの旦那だったわけだ。

 いきなりアジムに土下座されたイオリは慌てて冗談だと言ったが、奥方を陵辱してしまったアジムが簡単に納得するはずもなく、アジムを土下座させている姿をシズカに見られたイオリはシズカから激烈に折檻された。

 その折檻が終わって手打ちにしたアジムとイオリはお互いに名乗り合い、仲良くなった。仮想ゲーム上のことでシズカ本人が望んで陵辱されたのに言い訳もせず土下座したアジムの潔さを、イオリはいたく気に入ったようだった。翌日の帰る時間になってもぐずぐずと理由をつけて帰ろうとしないのでまたシズカに折檻され「今度は京都の我が家に遊びに来てくれ」と言い残して帰っていった。

「それにしても遠かったね……」
「電車を降りてから休憩しながらだったけど、
 車で2時間以上もかかるとは思わなかったわね……」
「お泊りさせてもらうつもりじゃなかったけど、
 早めにアジムくんの言葉に甘えておいてよかったね」

 荷物の少なさを訝しんだアジムに問われ、泊まりになるつもりなどまったくなかった客人たちは泊まる泊まらないで押し問答になったのだが、珍しく引こうとしないアジムに押し切られた形で宿泊することになった。
 だが、結果としてそれでよかったのだろう。
 ゆっくりと酒も飲みながら食事をして楽しむことができた。無理にその日のうちに帰ろうとすれば慌ただしかっただろうし、何よりアジムにまた長時間の運転をさせることになってしまう。事故や居眠りが心配だ。

「でも、あの人数で泊まらせてもらっても
 全然問題ないくらい広い家に、普段は独りひとりなんだよね……。
 リュドミラさんが
 私たちを呼ばせたかった理由が少しわかる気がする」

 アジムが迎え入れてくれた家は、小さな集落からも離れた山の中の一軒家だった。何一つ乱れたところのないほどアジムの手入れが行き届いた日本家屋で、リリィの言葉通りとても広い。家主であるアジムを含めて7人が家の中に居ても、何ら不自由を感じることはないほどだ。皆でわいわいと騒いでいれば楽しいその広さも、独りでいれば痛いほどの静けさに満ちて心を冷やすものになるだろうとリリィは思う。

 その冷たさから、弟を遠ざけてもらえたら。
 きっとリュドミラはそう考えて自分たちを招待するようアジムに言ってくれたのだろう。

 そのリュドミラの考えに少しでも協力できていたらいいな、ともリリィは思う。
 生活感はあるのにあまりにも整った、死装束のような家の中で独りで生きるアジムの生活を、強引にでも賑やかしてしまいたい。リリィはそう強く感じた。

 おせっかいかもしれない。けれど、拒否はされなかった。
 訪ねて行ったら、楽しそうにしてくれていた。

「そうね。
 無駄に広くて、無駄に静かな……と、
 リュドミラさんが言っていたのがとても正しかったわね」

 メルフィナの言葉にリリィは頷いた。

「無理矢理にでも賑やかにしちゃうんだから!」
「また来てください、とアジムさんは言ってくれているし、
 ちょくちょくお邪魔しましょう」
「ちょくちょく、くらいじゃ済まさないよ!
 ストーカーかと思われるくらい頻繁に……!」
「さすがにそれはどうかと思うわ……」

 メルフィナはお茶をすすりながら、拳を握りしめるリリィに苦笑する。現実リアルで会ったことで、さらにアジムをちかしく感じて踏み込んでいくのに躊躇いがなくなったようだ。ちょっと暴走気味な気もするが、遠慮しがちなアジムを押し切るならそのくらいのほうが良いのかもしれない。
 メルフィナがそんなことを考えていると、ギルドのメンバーたちが次々にオンラインになりはじめた。何人かはリリィやメルフィナが現実リアルでアジムと会っていたことを知っているので、情報が回れば話を聞きに<帰還リコール>で飛んでくるだろう。

 メルフィナはソファから腰を上げるともてなしのために、キッチンでやかんを火にかけた。

 ほどなくして湯が沸いたのでやかんを手に居間に戻ると、予想通り続々と<帰還リコール>の魔法でやってきた仲間たちがリリィを囲んでいるところだった。

「アジムさんってどんな人だった!?」
現実リアルアジムって大きいの?」
「シズカさんも会ったんですよね?
 ゲーム内でもなんだかとても年上っぽい感じですけど、
 どうだったんです?」

 一斉に質問されてリリィがわたわたと対応している。
 メルフィナは黙ってカップを用意して、やってきた仲間たちの分のお茶を注いでいく。

「ちょっと、メルフィナも一緒に行ったんだから、
 メルフィナもみんなに応えてよ!」
「あ、やっぱり?」

 リリィに責められてメルフィナも話に参加する。
 そうして現実リアルの話をしていると居間の片隅に光の粒がふわりと現れ、それが収束して褐色の大きな男が現れた。

「アジムくん」

 リリィが笑みを浮かべて迎えると、迎えられたアジムも笑みを返した。

「こんばんは。
 お邪魔します」

 メルフィナに向かって軽く頭を下げてアジムが近づいてくると、待ち構えていた仲間たちに質問攻めにされる。アジムはその勢いに戸惑いつつも、楽しそうに応えていく。

 やっぱりリリィちゃんに押せ押せにされるほうがいいのかしら。

 その様子を見ていたメルフィナがそんなことを考えていると、また光の粒が居間の片隅に現れた。今度の光の粒が収束して現れた人影は、リリィとそう身長の変わらない少女だった。肩まであるグレーアッシュの髪をウルフカットでまとめ、普段はぱっちりと楽しげに開かれている髪と同じ色の瞳が、今日は何故か不機嫌そうに半眼だ。身につけている鎧は肩当てなどもなく、動きやすさを最重視して胸元と腹部、それに手足とその関節あたりしか覆われていない。剣は佩いておらず短刀ダガーを一本、腰の後ろに隠し持っているだけだ。少女のなによりの特徴は、その頭の上にぴょこんと乗っている獣の耳とお尻の後ろで揺れる尻尾だ。どちらも髪と同じ色をしている。耳は前向きに倒れていて、尻尾も低い場所でゆらゆらと揺れていた。これも不機嫌の証だ。
 メルフィナはその少女に声をかけた。

「あら、ゼルヴァちゃん。
 いらっしゃい」
「こんばんはー……」

 挨拶と一緒になんだか恨めしそうな視線を投げかけられて、メルフィナは首をかしげる。
 ゼルヴァと呼ばれた少女はそんなメルフィナをそのままにどんよりした空気をまとって歩みを進めると、気がついたアジムとリリィが目を向けた。

「アジムさーん。
 現実リアルでリリィさんたちと遊んだんだってー?」
「あ、はい。
 ウチに来てもらいました」

 その返事を聞いたゼルヴァは、がくーっと肩を落としてから、恨めしそうに顔を上げた。

「ボクは?」
「はい?」
「ボクはどうして誘ってもらえなかったの?」

 アジムが返答に困ってリリィに視線を向ける。
 リリィは首を傾げながら、

「アジムくんのお姉さんの
 リュドミラさんの家で現実の話をしていたときに、
 ゼルヴァがログインしてなかったんだよ」
「タイミング、悪かったのか……」

 リリィの返事を聞いて、ゼルヴァがまた肩を落とす。

「シズカさんの後に戦ってもらえると思ったら、
 その週末はリリィと遊んでるし……。
 その次は! と思ってたら、
 <戦乙女たちの饗宴ヴァルキリーフェスト>に行っちゃうし……」

 そう言えば、いつかの歓迎会で戦うのを楽しみにしてくれていた獣人の少女が居たのを、アジムは今更のように思い出した。
 アジムはちょっと申し訳ない思いをしながら、頭を掻く。

 ゼルヴァはしばらくブツブツと文句を言ってから、顔を上げて宣言した。

「次はボクだからねっ!
 絶対にボクと戦ってもらうから!」
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