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武闘家 ゼルヴァ・ケンプフェルト

武闘家 ゼルヴァ・ケンプフェルト(4)

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 リリィたちがリュドミラの作った服を試着している間に、次々にギルドメンバーたちがゲームにログインしてくる。ログインの度にメッセージが飛び交い、メルフィナが開く<帰還の門リコール・ゲート>で店の客が増えていく。それぞれに違った魅力を持った女性たちやってくると、リュドミラは笑みを浮かべて似合いそうな服を次々に用意する。

 シズカは普段遣いできる着物に目を輝かせ、ルナロッサはサイズの合った機能的な下着に喜び、エルフの女性はリュドミラに勧められた活動的なショートパンツとシャツの間に、こそこそとダボダボのジャージーを挟んで更衣室に消えていった。

 ちょっとしたファッションショーのような状況に目を楽しませてもらっていたアジムだったが、やはり異性の目は気になるらしい女性たちからコメントを求められるのには困った。

「とても良く似合っていると思います」

 少ない語彙の中から頑張ってコメントをひねり出していたアジムだったのだが、最終的にそれしか言えないロボットと化した。女性たちから大変不評だったが、アジムとしてはすごく頑張ったのだ。これ無理を言わないでほしいと思う。

 もうひとりの異性であるクラウスは、二人の嫁の玩具になっていた。フリルたっぷりの甘ロリから、うっすら透けて乳首や幼い男根が妙に強調されるナイトウェア、ボンテージ風の拘束着など「なんでそんなの作ったんだろう……」と、アジムが姉の趣味を疑いたくなるようなものを色々と着せられたクラウスは、死んだ魚の目になってぐったりしている。

 アジム自身もリュドミラに言われていくつか服を着てみたが、最終的にシャツの上からレザージャケットをはおり、下は色の濃い古いデザインの太いデニムに落ち着いた。重たそうに見えるはずの衣類だが、アジムの身体の分厚さがあるとまったくそうは見えず、むしろ逞しさが強調されて見える。ゴツいはずのワークブーツも違和感がない。

 リュドミラはそんなアジムに満足して頷いた。弟の身体のサイズに合わせて作っておいた自信作だ。意図した通りに古き良きアメリカン・カジュアルの良さが出せた。アジムの体格ならオシャレ系の細身の服を着せるより、無骨な服のほうがよく似合うだろうと考えた自分を褒めてやりたい。

「おー。
 アジムくん、カッコよくなったねぇ」
「リリィさん」

 更衣室から出てきたリリィに声をかけられて振り返ったアジムは、そこで動きが止まった。

「私は、どうかな?
 似合う?」

 アジムの目の前で期待を目に浮かべてくるりと回って見せるリリィは、足首まであるタータンチェックの紺のスカートを履いていた。白いタートルネックのニットを着て、上からベージュのジャケットを身につけている。ベレー帽をかぶり、髪はツインテールを解いてかっちりと一本に結び直して広がらないようにしてあった。足元は歩きやすい柔らかな革を使ったブラウンのローファーだ。
 クラシカルな品の良さを押し出したよそおいのリリィに微笑みかけられ、普段の快活さと違う魅力に緊張したアジムはがくがくと頭を縦に振った。

「よく似合ってます。
 可愛いです」
「ありがと」

 リリィは頬を染めながら、笑みを深くする。

 更衣室に一緒に入ってコーデを一緒に考えていたメルフィナはカーテンの奥から顔だけを出して二人の様子を伺っていたが、満足して頷いた後に、自分を見つめていたリュドミラの視線に気がついた。

 そして、なにも言わずにお互いにサムズアップして称え合った。

「うわぁ、リリィさん、可愛くなりましたねぇ」
「アジムさんは悪カッコいいですね。
 迫力あるぅ!」

 クラウスを玩具にしていたラシードとミランダが、白と黒のモノトーンで彩られたメイド服を着せられたクラウスを間に挟んで声をかけてきた。ふたりとも片手は死んだ魚の目になっているクラウスの肩を拘束するように抱いていて、もう片方の手は大量の服をいれた袋を抱えていた。

「土曜日の件は、オーケーです。
 旦那をよろしくおねがいしますね」
「あ、はい……」

 ものすごくいい笑顔のラシードはそれだけを言って、同じように満面の笑みを浮かべたミランダと一緒にクラウスを引きずるようにして去っていった。今夜はお楽しみなのだろう。

 クラウスにはちょっと悪いことをしたかもしれない。

 アジムが頭を掻いていると、今度はシズカから声をかけられた。

「アジムさん、わたくし
 土曜日はよろしくおねがいします」
「こちらこそ。
 来てもらえるのを楽しみにしています」

 リュドミラが作った小袖に着替えたシズカに頭を下げられ、アジムも頭を下げる。

 店に来たもの全員に声をかけてみたが、急な話だったのでアジムの家を訪ねられるのはシズカだけだった。最初から話に加わっていたソフィアも、九州在住なので奈良までは気軽に出てこれない。ルナロッサも住んでいるのは北海道。他のメンバーも都合がつかなかった。

 ルナロッサとソフィアの住まいが随分と離れているなと思ってそれを口にすると、ルナロッサとソフィアは現実リアルの血縁関係はないと説明された。別のゲームで仲良くなって、一緒にこのゲームを始めるときに姉妹関係にしたらしい。現実リアルではまだ会ったこともないと聞いて、アジムはとても驚いた。

「奈良だったら日本の真ん中のほうだし、
 集まるにはすごく良かったんだけどなぁ。
 いつかアジムんに遊びに行くときに
 会えたらいいな」
「ですねぇ」

 そんな風に二人が話していたのを聞いて、長期休み前には、早めにギルドメンバーたちに遊びに来てもらえるよう声をかけようとアジムは思った。

 だが、差し当たっては今回来てくれる人たちに楽しんでもらおう。
 アジムは頭を切り替えて目の前のシズカに意識を戻した。

「じゃあ、シズカさんは道の駅で合流で」
「はい。お昼に道の駅で。
 よろしくお願いします」 

 シズカだけは京都から直接車で来てくれるので、鉄道組を拾ってから途中の道の駅で合流することにした。直接家に来てもらうには、家周辺の道がややこしすぎる。
 嬉しそうにこちらに向かって頭を下げながらメルフィナに声をかけられて去っていくシズカを見送って、アジムはもてなすための食事をどうしようかと考えを巡らせ始めた。ぱっと思いついたのは鍋なのだが、まだ鍋を食べるには現実リアルの気候はかなり暑い。焼肉も思い浮かんだが、せっかく来てもらうので自分の作った野菜を食べてほしい。だからと言って、夏野菜たっぷりのカレーは美味しいだろうがおもてなしの料理というには、もてなす自分が納得できない。

「うーん……」

 頭を悩ませて難しい顔になっているアジムを、リリィがそわそわと見上げていた。

 新しい服を着て、お出かけしたくなった。できれば、精悍さを増してみえる服装のアジムと一緒に、どこかに行きたい。チューリッヒのプレイヤータウンを二人でぶらぶらと歩くだけで、きっと楽しい。

 アジムが顔を明るくしては、また悩み顔に戻る。その様子を微笑ましく思いながら見上げて考え事が一段落つくのを待っているリリィの肩を、先んじてメルフィナが叩いた。

「ちょっと、いいかしら」

 リリィがメルフィナに目を向けると、その後ろにシズカの姿があった。

「どうしたの?」
「アジムさんの家にお邪魔するのに、
 ちょっと相談したいの。うちに来てくれないかしら」

 メルフィナに言われてリリィは即答できずに黙り込んだ。メルフィナとシズカが揃っていてアジムの家を訪ねる相談なのだから、二人と一緒に場所を変えるのが正しいと、理性は理解している。ただ、アジムと一緒に出かけるつもりになっていた感情が、ワガママを言っていた。

 だが、まだ確定させていなかった予定で先に済ませておくべき用事を先送りにするほど、子供でもない。リリィはメルフィナに頷いた。

「わかった。行こう」

 親しいからこそ、メルフィナはリリィが隠した不満を理解できて、申し訳ない気分になった。だが、アジムと現実リアルで顔を合わせるなら、先に話しておきたいこともある。メルフィナはリリィがアジムとリュドミラに声をかけて別れの挨拶をするのを聞きながら<帰還の門リコール・ゲート>の集中に入った。


  ○


 リリィとシズカを家に招いたメルフィナは客間のソファに腰を落ち着けた二人に紅茶を出してから、自分も向かい側のソファに座った。

「それで、相談したいことってなにかな?」

 気分を切り替えたらしいリリィが普段どおりの表情で聞いてくれる。それに対して、メルフィナは予め用意していた相談を口にした。

「アジムさんのお家にお邪魔するのに、
 手土産を相談したくて。
 似たようなものが重なってしまうと、
 一人暮らしのアジムさんだと
 消費するのが難しいかもしれないし」
「ああ、なるほど」

 納得したらしいリリィは少し考えを巡らせてから、

「私は近くの評判がいい洋菓子屋さんの
 ケーキを持っていこうかなって思う。
 二人も来るし、アジムくんとクラウスがいれば、
 一ホールで丁度いいかな」
「近くにオシャレなお店があるんですねぇ」

 リリィの手土産を聞いて羨ましそうに言うシズカにメルフィナが目を向けると、

わたくしは主人の洋酒棚を開けさせて、
 お酒を持っていこうと考えています」
「ああ。アジムくん、私たちを襲うときは、
 たいてい洋酒を飲んでるもんねぇ」
「はい。強めの洋酒の味が好みなのであれば、
 主人にほどほどのウィスキーか
 ブランデーを出させようと思っています」

 シズカは穏やかに言ったが「」「」というあたりに、家庭内でのパワーバランスが見え隠れする。

 メルフィナはそれぞれに手土産の案を語った二人に頷いた。

「……で、私は何を持っていったらいいと思う?」
「丸投げはずるいと思うんだ」

 リリィが苦笑する。
 シズカは少し首を傾げて、

「メルフィナさんは三重から来られるんでしたわよね?
 お伊勢名物のあのお餅では駄目ですか?」
「リリィちゃんと甘いものが被ってしまいますし、
 あれって私鉄駅まで出れば簡単に買えてしまいますし」

 シズカは返事を聞いて、それもそうかと頷く。

「メルフィナが住んでるのは伊勢方面だっけ?
 うーん。
 私ならおかげ犬グッズとかは嬉しいけど……」
「初めてお邪魔する男性のお家へのお土産で、
 ずっと残る可愛い小物を持っていくのもためらわれますねぇ」

 シズカの言葉にメルフィナは軽く頷く。

「他に伊勢方面の名物っていうと……
 松阪牛か、伊勢海老?」
「生物だから移動中に傷んでも嫌ですし、
 お高いからアジムさんに
 ものすごく気を遣わせそうですよね……」
「ああ、でも、
 アジムくんは海産物が好きだね。
 あまり高すぎない干物とかいいんじゃないかな」
「なるほど」

 干物ならものを選べば前日から購入しておいても傷んだりはしないだろう。
 メルフィナは手土産が決まって笑みを浮かべた。

 さて、リリィに話しておきたいことはどこからきっかけを掴もうか。
 メルフィナが紅茶をすすりながら考えていると、ちょうどよくシズカが話を振ってくれる。

「食べるものとお酒ばかりになってしまいましたね」
「まあ、アジムくんはたくさん食べるだろうし、
 大丈夫じゃないかな」

 そう、メルフィナがリリィに話しておきたかったのはそこだ。

「ねぇ、リリィちゃん。
 ゲームのアジムさんと現実リアルのアジムさんは同じ人だけど、
 見た目は違うだろうし、体格も違うかもしれない。
 食べる量も違っているかもしれないから、
 あまりこちらゲーム内でのイメージで
 現実リアルを想像しすぎるのはどうかと思うわ」
「そうですねぇ。
 お姉さんが身長の高さのコンプレックスから
 ゲーム内では小柄なキャラクターを使っているのですし、
 現実リアルのアジムさんが
 逆のパターンである可能性もありますからねぇ」

 現実リアルのアジムが小柄な人かもしれないという可能性を、シズカが補足してくれる。

「え、あ……そ、そうだね……」

 二人の言葉に、リリィは目に見えて消沈した。
 可哀想だとは思ったが、リリィが自分の中に作ったアジムを信じて現実リアルのアジムに会った結果「これじゃない」という拒絶を抱いてしまえば、どちらにとっても良くない結果にしかならない。メルフィナは自分が悪者になってでも、偶像化してしまってそうな現実リアルのアジムへの期待を少し下げておいたほうが、リリィのためだろうと思ったのだ。

 だが、しばらくしてリリィはメルフィナとシズカの言葉を噛みしめるように頷いて、自分を納得させたようだった。

「うん……。ごめんね、二人とも。
 嫌なことを言わせちゃって。
 なんか、アジムくんに現実リアルで会える喜びが先走って、
 ちょっと暴走してたかもしれない」

 ちょっと苦笑してみせるリリィに、メルフィナはホッとする。悪者になる覚悟はあったが、それでもリリィと仲違いしたいわけではない。納得してもらえたなら、そのほうが嬉しい。
 メルフィナは緊張を解いて、紅茶に口をつけた。

「アジムさんのゲーム内と現実リアルの差異が
 どんなものかは会ってみてからのお楽しみ、ですけど。
 リリィさんのほうはどんなものなんですか?
 メルフィナさんは、お会いしたことがあるのかしら?」
「はい。大阪で何度か合流して遊んだことがありますよ」

 シズカに言われて現実リアルのリリィを思い浮かべる。現実リアルのリリィはゲーム内と身長は同じだが、ゲーム内とは違いつくべきところにしっかりと肉のついていて、引っ込むべきところはきちんと引っ込んでいる女性だ。遊んでいる途中で体重に悩んでいると言われて「ふざけるな」と抱きついたら、小柄だがとても抱き心地がよかった。黒縁メガネと真っ黒な髪をおさげに結んだちょっと野暮ったさが印象に残りそうなところを、ゲーム内と変わらない明るい笑みと快活さでひっくり返してくれる、いい意味でギャップのある女性だった。

現実リアルでもリリィちゃんは可愛いので、
 期待しておいてください」
「あら、楽しみ」

 メルフィナとシズカは笑みを交わしあった。
 だが、話題にされたリリィが何故か呆然と口に運びかけた紅茶のカップの動きを止めている。
 何事かと目を向けると、

「わ、私も現実リアルの姿をアジムくんに見られるんだ!?」
「いまさら!?」

 リリィはあたふたと紅茶のカップをテーブルに戻し、

「ど、どうしよう?
 美容院とか行ったほうがいいよね!?
 服はドレスとか……!」
「いやいやいや。
 もう今週末だから予約が取れないでしょう。
 それに、アジムさんから野菜の運搬に使っているバンで迎えに行くから、
 掃除はするけど埃っぽいので
 汚れていい服装でって言われたじゃないの!」
「いや、でも……!」

 メルフィナは急に落ち着かない様子になったリリィに苦笑してシズカに目を向けると、シズカはそんなリリィを微笑ましげにみていた。その視線は年長者の慈しみに満ちていたが、同時に羨ましそうなものを含んで見えた。
 メルフィナが思わず何度か瞬きをすると、それはシズカの視線からもう感じ取れなくなっていた。

 自分の気の所為だったのだろう。

 意識的に深く考えることをやめてそう結論づけたメルフィナは、空になっていたシズカのカップに紅茶を注いだ。

「あら、ありがとう」
「いえいえ」

 礼を言って新しい紅茶に口をつけたシズカが柔らかく微笑んだ。

「恋する女の子は、可愛いわね」
「はい」

 メルフィナも笑みを返し、あたふたするリリィが何を言い出すのか、楽しみにしながら見守ることにした。
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