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武闘家 ゼルヴァ・ケンプフェルト
武闘家 ゼルヴァ・ケンプフェルト(3)
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「アンタが皆さんと知り合ったときのことを
教えてもらおうとしていたのよ」
大剣を置いてある工房の机に、並べて鎧を置くように指示しながらリュドミラが応じる。
「ああ。俺がスキル上げをしていたときに、
リリィさんに声をかけてもらったんですよ。
その後もずっと仲良くしてもらっていて、
嬉しいし、有り難いです」
アジムはリュドミラの言葉にそう返しておいて、リリィに向けて笑みを浮かべてみせた。
アジムが姉に出会いを素直に話してしまったらどうしようとあたふたしていたリリィだったが、アジムの返事を聞いて「ああ、それでよかったんだ」と納得しつつホッとする。「仲良く」と、意味深に呟くメルフィナを睨んでおいて、
「思い切って声をかけてよかった。
アジムくんもゲームでの冒険を楽しんでくれてるなら、
私も嬉しいな」
リリィもアジムに笑みを返す。
笑い合うアジムとリリィを見ていたリュドミラは羨ましさを隠すために軽く息をついてから、
「そんなに仲良くしてもらっているなら、
現実でも遊びに来てもらったら?」
そう声をかけた。
思いもよらない提案に目を丸くしたが、内容を理解できるとリリィの顔にじんわりと喜色が広がっていく。まだアジムへの好意は漠然としたものだが、ゲーム内だけでない現実の繋がりができるのは嬉しいことだ。
だが、それとは対照的にアジムは渋面になった。
「わざわざウチなんかに来てもらわなくても……」
「いいじゃない。
無駄に広くて無駄に静かな家に来てもらって、
少し騒がしくするのも。
リリィさんはその気になってるみたいだし」
リュドミラに言われてアジムが目を向けると、笑顔全開になったリリィが迎えてくれる。
「アジムくんの家って、どこ!?」
その勢いに気圧されつつ、
「ええと……奈良の南の方です。
私鉄からもJRからも離れていて、
不便なところなんですが」
「でも、関西なんだね。
私は兵庫のJR沿線だから、
電車で奈良まで楽に行けるよ。
そこからはバスになるのかな?」
「いや、途中の駅で降りてもらうほうが近いです。
車で迎えに行くほうが……」
と、そこまでリリィに流されてからアジムはハッとなった。
「いや、本当に来るんですか?」
「え、ダメかな……」
改めて確認すると、リリィがしょぼんとなって上目使いに聞いてくる。
「あ……いや、そんなことはないです!」
悲しむリリィの顔を見て咄嗟に否定しまった。リリィがまた笑顔になるが、それでも自分の良識に従って断らなければいけないと、アジムは自分を必死に奮い立たせる。
「でも、俺の家は山の中にある一軒家なんで、
隣の家まですごい距離があるんですよ」
なぜそれが問題なのかわからないリリィは少し首を傾げる。
「だから、俺に襲われて助けを求めても誰も来ません。
この前の週末みたいな目に合わされたらどうするんですか」
「え、嬉しい」
ほかの男ならともかく、相手はアジムだ。
リリィに即答されて、アジムはがくっと頭を落とした。
「現実でされるんですよ!?
もう少し自分の貞操を大事にしてください!」
雷を落とされたリリィが首をすくめる。
そんなリリィを見下ろして、アジムは腕を組んだ。
「だから、ウチにくるのは……」
と、断りの言葉を続けようとしているところで、肩をつつかれた。
アジムが目を向けるとこちらも満面笑みを浮かべたメルフィナがいた。自分をアピールするために、人差し指で自分を指し示しながら、
「私、住んでる、三重。
私、行く。アジムさん家」
何故かカタコトの日本語で言いながらずんずん近づいてくる。圧に押されてアジムが下がると、しょんぼりして立ちすくんでいたリリィにぶつかってしまった。
「あ、ごめんな……」
「リリィちゃん、ひとりじゃない。
私も、行く。アジムさん家。それならOK?」
ぶつかったリリィに謝ろうとするも、メルフィナがさらに圧をかけてきて遮られる。さらに近づいてきたメルフィナにとうとう抱きつくようにしてカタコトで圧をかけられ、リリィはメルフィナの言葉を聞いてまた期待するように目を向けてくる。
アジムはそれでも二人を気遣って言葉を絞り出した。
「お、女の人が二人だけだと
心許ないので、せめて誰か男の人を……」
リリィとメルフィナの目がクラウスに向く。
クラウスは無表情に言った。
「ボクは関東在住なんだよね」
断る大義名分を得て、アジムの顔が明るくなる。
だが、そこでクラウスがにんまりと笑みを浮かべた。
「でも、勤め先が大阪に本社工場あってさぁ?
実は今も大阪のホテルから
ヘッドセット型でゲームに接続してるんだよねー。
嫁との交渉次第だけど、
土曜日はボクもお邪魔できそうだよ」
味方だと思ったクラウスに裏切られたアジムが愕然となるのを見て、ようやく日本語機能を取り戻したメルフィナが胸を押し付けるようにしてさらに押す。
「さあ、これで問題はなにもなくなりましたよね?
お姉さんの公認もありますし、
遊びに行かせてもらっても問題ないですよね?
ね? ね? ね?」
柔らかなものを押し付けられて顔を赤らめながらも、後ろにリリィがいるのでそれ以上逃げることもできずにアジムは言葉を失う。一人暮らしの男の家に女性だけでくる危うさもクラウスが来ることで解消された。後はアジムが抱く、ずっと一人で生活していた場に人が来るということに対する忌避感だけだ。
それもメルフィナの勢いで押しつぶされそうになっていたところで、後ろからリリィにそっと手を引かれた。
「あの……ごめんね。
本当にアジムくんが嫌だったら、
遠慮するよ?」
「そんなことないです!
遊びに来てほしいです!!」
アジムは叫ぶように言ってから「あっ」という顔になった。叫びを聞いたリリィが「ありがとう!」と、後ろから抱きつく。
詰みだ。
一人だけ黙っていたソフィアは苦笑しながら「えげつない……」と呟いた。クラウスが裏切りから崩し、そこをメルフィナが押し込み、トドメにリリィが引くふりをしたダメ押しである。あまり交渉慣れしていなさそうなアジムはすっかり術中にはめられてしまった。
アジムは困ったように頭を掻いていたが、しばらくして笑みを浮かべた。本当に嫌で拒んでいたわけでもなかったので、押し切ってもらえたことにホッとしている自分に気がついたからだ。メルフィナとクラウスはそんなアジムの表情を見ながら、上手く押し切れたことに「いえーい」と声を合わせてハイタッチ。
しかし、アジムの修羅場はまだ続く。
「ねぇ……この前の週末みたいなって、どういうこと?」
「はぉっ!?」
不審げに眉をよせた姉に問われ、アジムが変な声を上げた。
珍しくあからさまに動揺したアジムの後ろでリリィがあわあわと助けを求める視線を周りに向けるが、誰もその視線に応じない。
「アンタ、リリィさんに酷いことしてるんじゃないでしょうね!?」
「いや、その、あの……」
リュドミラに尖った声で言われて、アジムはしどろもどろになってしまう。ここでリリィ本人から「酷いことをしてほしい」と言われていると説明してしまわないのはアジムのいいところなのかもしれないが、それが逆にリュドミラの不信感を加速させてしまっている。
「ちゃんと説明しなさい!」
「あー……えーと。
な、何を説明したらいいかなと、
考えをまとめているところで」
「週末にアンタが何をしたのか説明するだけなんだから、
考える必要もないでしょう?」
アジムがリュドミラに問い詰められているのに耐えられなくなって、リリィがアジムの後ろから顔をのぞかせてそろりと手を上げた。うつむき加減の顔は、耳や首まで真っ赤になっている。
「それにつきましては、
私の方からご説明させていただければと……。
その……弟さんには
なにも責められるところはないんです……」
性癖を暴露せずに説明しきれそうもない。今度はリリィの修羅場が始まった。
○
どういう出会い方をして週末に何が合ったかを説明させられ、合わせて自分の性癖まできっちり説明させられたリリィは「弟との付き合いを控えてちょうだい」と言われることに怯えていたが、弟の性事情を聞かされて顔を赤らめていたリュドミラの反応は「まあ、無理に聞き出した私が悪かったわ」というリリィが拍子抜けするほど寛大なものだった。
逆にそれを不思議に思ったリリィが問いかけてみると、
「そもそもがそういうことができることも、
このゲームのウリの一つですからね。
それに、ある種の変身願望の一つだと思えば、
私も心当たりがないわけではないですから」
「変身願望」
リリィが呟いた言葉に頷いて、リュドミラは自分が現実ではとても身長の高い女性であると答えた。そして、それが自分のコンプレックスであることも合わせて告げる。可愛らしいデザインの服はないし、あったとしても似合わないと。
その情報を得てからリュドミラを見てみると、なるほど、変身願望かと納得した。西洋人形のような容姿は彼女が現実で着てみたかった服たちがよく似合う容姿なのだろう。作業用のツナギを着ていても、その愛らしさはまったく損なわれない。
「私が服を作っているのは、
自分や他の人の変身願望を満たすためかもしれませんね。
まあ、仕事の合間の息抜きに、
普段とはまったく違うもののデザインをやってみたいから、
というのもありますけど」
リュドミラは現実での職業を駆け出しの建築デザイナーだと自己紹介して、話を締めくくった。
「色々と突っ込んだところまで
お話してもらっちゃった感じがありますけど」
リリィがおずおずと言うと、
「なんというか、
一方的に性癖まで説明させてしまった罪滅ぼしというか。
私の方も少しくらいは
知ってもらわないと申し訳なかったというか……」
リュドミラはそう返した。
そして、なんとなくお互いに苦笑を交わし合う。
そこにメルフィナが突っ込んできた。
「リュドミラさんは
ちっちゃくってかわいい子が好きなんですね!?」
ものすごく語弊のある言い方にリュドミラは頷きにくいものを感じつつも、間違いでもないのでそのまま首を縦に振る。
「じゃあ、リリィちゃんなんかはモデルとしては最高なのでは!?」
メルフィナにそう言われたリュドミラはそのつもりでリリィの身体を上から下までじっくりと目を這わせると、満足そうに頷いた。
「そうね。私は黒髪にしてしまったから、
金髪のリリィさんのほうがよく似合う服がたくさんあるわ」
「お店に並んでるんですか?」
「それもあるし、奥にしまい込んでいるものもあるわ。
お店に更衣室があるから、
よかったら着て見せてくれる?」
「いいんですか!?
アジムくんから服屋さんをされてるって聞いて、
楽しみにしてたんです!」
「それは嬉しいわ。
あ。メルフィナさんもソフィアさんも、
遠慮なく試着してみてね。
お店には大人向けのものもたくさんあるし、
手を抜いて作ったつもりはないから」
「ありがとうございます!」
女性たちがにこにこしながら店に向かおうとするのを見送っていたアジムとクラウスに、リュドミラが振り返った。
「アンタたちも来るのよ」
「えっ」
「いつも服を見立てさせろって言ってもすぐ逃げ出すんだから、
今日はいろんな服を着させて堪能させてもらうわ」
「クラウスのほうは女の子向けのも似合いそうですよね」
「男の娘に仕立てるのも面白そうだね」
「男の娘にするなら、
嫁さんを呼びましょう!
エロいやつとか喜んでくれそう!
そのついでに週末の話もしてしまえば早いですし!」
顔を青くしながら首を横に振るクラウスの肩を、力強い手が叩いた。
見上げると、含むもののある笑顔でアジムがクラウスを見下ろしていた。
「諦めましょう」
「いや、アジムは男物を着せられるだけだからいいけどね!?
ボクは嫌だよ!
あ、さり気なくさっき裏切られた復讐のつもりだな!?
復讐は何も産まないよ!」
<帰還>で逃げようと集中に入ろうとするクラウスを揺さぶって邪魔していると、先にメルフィナが開いた<帰還の門>から、恰幅のいい褐色の男と一緒に灰金髪の女性もやってきた。予めメッセージで目的を伝えられていたせいか、二人揃ってとんでもなく下衆い笑顔になっている。
「た、助けてーっ!
うわああぁぁぁぁ!!」
クラウスはやってきた二人にものも言わずに肩を掴まれ、そのままお店に拉致された。
一人残ったアジムも、苦笑しながらその後を追ってゆっくりと歩き出す。自分よりもリリィのほうが、姉と仲良くなっちゃったなぁ、などと思いつつ、週末に向けて掃除してお布団を干しておかないと、と考えるアジムだった。
教えてもらおうとしていたのよ」
大剣を置いてある工房の机に、並べて鎧を置くように指示しながらリュドミラが応じる。
「ああ。俺がスキル上げをしていたときに、
リリィさんに声をかけてもらったんですよ。
その後もずっと仲良くしてもらっていて、
嬉しいし、有り難いです」
アジムはリュドミラの言葉にそう返しておいて、リリィに向けて笑みを浮かべてみせた。
アジムが姉に出会いを素直に話してしまったらどうしようとあたふたしていたリリィだったが、アジムの返事を聞いて「ああ、それでよかったんだ」と納得しつつホッとする。「仲良く」と、意味深に呟くメルフィナを睨んでおいて、
「思い切って声をかけてよかった。
アジムくんもゲームでの冒険を楽しんでくれてるなら、
私も嬉しいな」
リリィもアジムに笑みを返す。
笑い合うアジムとリリィを見ていたリュドミラは羨ましさを隠すために軽く息をついてから、
「そんなに仲良くしてもらっているなら、
現実でも遊びに来てもらったら?」
そう声をかけた。
思いもよらない提案に目を丸くしたが、内容を理解できるとリリィの顔にじんわりと喜色が広がっていく。まだアジムへの好意は漠然としたものだが、ゲーム内だけでない現実の繋がりができるのは嬉しいことだ。
だが、それとは対照的にアジムは渋面になった。
「わざわざウチなんかに来てもらわなくても……」
「いいじゃない。
無駄に広くて無駄に静かな家に来てもらって、
少し騒がしくするのも。
リリィさんはその気になってるみたいだし」
リュドミラに言われてアジムが目を向けると、笑顔全開になったリリィが迎えてくれる。
「アジムくんの家って、どこ!?」
その勢いに気圧されつつ、
「ええと……奈良の南の方です。
私鉄からもJRからも離れていて、
不便なところなんですが」
「でも、関西なんだね。
私は兵庫のJR沿線だから、
電車で奈良まで楽に行けるよ。
そこからはバスになるのかな?」
「いや、途中の駅で降りてもらうほうが近いです。
車で迎えに行くほうが……」
と、そこまでリリィに流されてからアジムはハッとなった。
「いや、本当に来るんですか?」
「え、ダメかな……」
改めて確認すると、リリィがしょぼんとなって上目使いに聞いてくる。
「あ……いや、そんなことはないです!」
悲しむリリィの顔を見て咄嗟に否定しまった。リリィがまた笑顔になるが、それでも自分の良識に従って断らなければいけないと、アジムは自分を必死に奮い立たせる。
「でも、俺の家は山の中にある一軒家なんで、
隣の家まですごい距離があるんですよ」
なぜそれが問題なのかわからないリリィは少し首を傾げる。
「だから、俺に襲われて助けを求めても誰も来ません。
この前の週末みたいな目に合わされたらどうするんですか」
「え、嬉しい」
ほかの男ならともかく、相手はアジムだ。
リリィに即答されて、アジムはがくっと頭を落とした。
「現実でされるんですよ!?
もう少し自分の貞操を大事にしてください!」
雷を落とされたリリィが首をすくめる。
そんなリリィを見下ろして、アジムは腕を組んだ。
「だから、ウチにくるのは……」
と、断りの言葉を続けようとしているところで、肩をつつかれた。
アジムが目を向けるとこちらも満面笑みを浮かべたメルフィナがいた。自分をアピールするために、人差し指で自分を指し示しながら、
「私、住んでる、三重。
私、行く。アジムさん家」
何故かカタコトの日本語で言いながらずんずん近づいてくる。圧に押されてアジムが下がると、しょんぼりして立ちすくんでいたリリィにぶつかってしまった。
「あ、ごめんな……」
「リリィちゃん、ひとりじゃない。
私も、行く。アジムさん家。それならOK?」
ぶつかったリリィに謝ろうとするも、メルフィナがさらに圧をかけてきて遮られる。さらに近づいてきたメルフィナにとうとう抱きつくようにしてカタコトで圧をかけられ、リリィはメルフィナの言葉を聞いてまた期待するように目を向けてくる。
アジムはそれでも二人を気遣って言葉を絞り出した。
「お、女の人が二人だけだと
心許ないので、せめて誰か男の人を……」
リリィとメルフィナの目がクラウスに向く。
クラウスは無表情に言った。
「ボクは関東在住なんだよね」
断る大義名分を得て、アジムの顔が明るくなる。
だが、そこでクラウスがにんまりと笑みを浮かべた。
「でも、勤め先が大阪に本社工場あってさぁ?
実は今も大阪のホテルから
ヘッドセット型でゲームに接続してるんだよねー。
嫁との交渉次第だけど、
土曜日はボクもお邪魔できそうだよ」
味方だと思ったクラウスに裏切られたアジムが愕然となるのを見て、ようやく日本語機能を取り戻したメルフィナが胸を押し付けるようにしてさらに押す。
「さあ、これで問題はなにもなくなりましたよね?
お姉さんの公認もありますし、
遊びに行かせてもらっても問題ないですよね?
ね? ね? ね?」
柔らかなものを押し付けられて顔を赤らめながらも、後ろにリリィがいるのでそれ以上逃げることもできずにアジムは言葉を失う。一人暮らしの男の家に女性だけでくる危うさもクラウスが来ることで解消された。後はアジムが抱く、ずっと一人で生活していた場に人が来るということに対する忌避感だけだ。
それもメルフィナの勢いで押しつぶされそうになっていたところで、後ろからリリィにそっと手を引かれた。
「あの……ごめんね。
本当にアジムくんが嫌だったら、
遠慮するよ?」
「そんなことないです!
遊びに来てほしいです!!」
アジムは叫ぶように言ってから「あっ」という顔になった。叫びを聞いたリリィが「ありがとう!」と、後ろから抱きつく。
詰みだ。
一人だけ黙っていたソフィアは苦笑しながら「えげつない……」と呟いた。クラウスが裏切りから崩し、そこをメルフィナが押し込み、トドメにリリィが引くふりをしたダメ押しである。あまり交渉慣れしていなさそうなアジムはすっかり術中にはめられてしまった。
アジムは困ったように頭を掻いていたが、しばらくして笑みを浮かべた。本当に嫌で拒んでいたわけでもなかったので、押し切ってもらえたことにホッとしている自分に気がついたからだ。メルフィナとクラウスはそんなアジムの表情を見ながら、上手く押し切れたことに「いえーい」と声を合わせてハイタッチ。
しかし、アジムの修羅場はまだ続く。
「ねぇ……この前の週末みたいなって、どういうこと?」
「はぉっ!?」
不審げに眉をよせた姉に問われ、アジムが変な声を上げた。
珍しくあからさまに動揺したアジムの後ろでリリィがあわあわと助けを求める視線を周りに向けるが、誰もその視線に応じない。
「アンタ、リリィさんに酷いことしてるんじゃないでしょうね!?」
「いや、その、あの……」
リュドミラに尖った声で言われて、アジムはしどろもどろになってしまう。ここでリリィ本人から「酷いことをしてほしい」と言われていると説明してしまわないのはアジムのいいところなのかもしれないが、それが逆にリュドミラの不信感を加速させてしまっている。
「ちゃんと説明しなさい!」
「あー……えーと。
な、何を説明したらいいかなと、
考えをまとめているところで」
「週末にアンタが何をしたのか説明するだけなんだから、
考える必要もないでしょう?」
アジムがリュドミラに問い詰められているのに耐えられなくなって、リリィがアジムの後ろから顔をのぞかせてそろりと手を上げた。うつむき加減の顔は、耳や首まで真っ赤になっている。
「それにつきましては、
私の方からご説明させていただければと……。
その……弟さんには
なにも責められるところはないんです……」
性癖を暴露せずに説明しきれそうもない。今度はリリィの修羅場が始まった。
○
どういう出会い方をして週末に何が合ったかを説明させられ、合わせて自分の性癖まできっちり説明させられたリリィは「弟との付き合いを控えてちょうだい」と言われることに怯えていたが、弟の性事情を聞かされて顔を赤らめていたリュドミラの反応は「まあ、無理に聞き出した私が悪かったわ」というリリィが拍子抜けするほど寛大なものだった。
逆にそれを不思議に思ったリリィが問いかけてみると、
「そもそもがそういうことができることも、
このゲームのウリの一つですからね。
それに、ある種の変身願望の一つだと思えば、
私も心当たりがないわけではないですから」
「変身願望」
リリィが呟いた言葉に頷いて、リュドミラは自分が現実ではとても身長の高い女性であると答えた。そして、それが自分のコンプレックスであることも合わせて告げる。可愛らしいデザインの服はないし、あったとしても似合わないと。
その情報を得てからリュドミラを見てみると、なるほど、変身願望かと納得した。西洋人形のような容姿は彼女が現実で着てみたかった服たちがよく似合う容姿なのだろう。作業用のツナギを着ていても、その愛らしさはまったく損なわれない。
「私が服を作っているのは、
自分や他の人の変身願望を満たすためかもしれませんね。
まあ、仕事の合間の息抜きに、
普段とはまったく違うもののデザインをやってみたいから、
というのもありますけど」
リュドミラは現実での職業を駆け出しの建築デザイナーだと自己紹介して、話を締めくくった。
「色々と突っ込んだところまで
お話してもらっちゃった感じがありますけど」
リリィがおずおずと言うと、
「なんというか、
一方的に性癖まで説明させてしまった罪滅ぼしというか。
私の方も少しくらいは
知ってもらわないと申し訳なかったというか……」
リュドミラはそう返した。
そして、なんとなくお互いに苦笑を交わし合う。
そこにメルフィナが突っ込んできた。
「リュドミラさんは
ちっちゃくってかわいい子が好きなんですね!?」
ものすごく語弊のある言い方にリュドミラは頷きにくいものを感じつつも、間違いでもないのでそのまま首を縦に振る。
「じゃあ、リリィちゃんなんかはモデルとしては最高なのでは!?」
メルフィナにそう言われたリュドミラはそのつもりでリリィの身体を上から下までじっくりと目を這わせると、満足そうに頷いた。
「そうね。私は黒髪にしてしまったから、
金髪のリリィさんのほうがよく似合う服がたくさんあるわ」
「お店に並んでるんですか?」
「それもあるし、奥にしまい込んでいるものもあるわ。
お店に更衣室があるから、
よかったら着て見せてくれる?」
「いいんですか!?
アジムくんから服屋さんをされてるって聞いて、
楽しみにしてたんです!」
「それは嬉しいわ。
あ。メルフィナさんもソフィアさんも、
遠慮なく試着してみてね。
お店には大人向けのものもたくさんあるし、
手を抜いて作ったつもりはないから」
「ありがとうございます!」
女性たちがにこにこしながら店に向かおうとするのを見送っていたアジムとクラウスに、リュドミラが振り返った。
「アンタたちも来るのよ」
「えっ」
「いつも服を見立てさせろって言ってもすぐ逃げ出すんだから、
今日はいろんな服を着させて堪能させてもらうわ」
「クラウスのほうは女の子向けのも似合いそうですよね」
「男の娘に仕立てるのも面白そうだね」
「男の娘にするなら、
嫁さんを呼びましょう!
エロいやつとか喜んでくれそう!
そのついでに週末の話もしてしまえば早いですし!」
顔を青くしながら首を横に振るクラウスの肩を、力強い手が叩いた。
見上げると、含むもののある笑顔でアジムがクラウスを見下ろしていた。
「諦めましょう」
「いや、アジムは男物を着せられるだけだからいいけどね!?
ボクは嫌だよ!
あ、さり気なくさっき裏切られた復讐のつもりだな!?
復讐は何も産まないよ!」
<帰還>で逃げようと集中に入ろうとするクラウスを揺さぶって邪魔していると、先にメルフィナが開いた<帰還の門>から、恰幅のいい褐色の男と一緒に灰金髪の女性もやってきた。予めメッセージで目的を伝えられていたせいか、二人揃ってとんでもなく下衆い笑顔になっている。
「た、助けてーっ!
うわああぁぁぁぁ!!」
クラウスはやってきた二人にものも言わずに肩を掴まれ、そのままお店に拉致された。
一人残ったアジムも、苦笑しながらその後を追ってゆっくりと歩き出す。自分よりもリリィのほうが、姉と仲良くなっちゃったなぁ、などと思いつつ、週末に向けて掃除してお布団を干しておかないと、と考えるアジムだった。
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