【R18】VRMMO 最強を目指す鍛錬記

市村 いっち

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武闘家 ゼルヴァ・ケンプフェルト

武闘家 ゼルヴァ・ケンプフェルト(1)

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 週末をまるごと使って<戦乙女たちの饗宴ヴァルキリーフェスト>の戦乙女たちを叩きのめし、犯し尽くしたアジムは、翌日の夜遅くにソフィアの商館を訪ねた。街中ということもあって、分厚い鎧と大剣はではなく、綿のシャツと麻のズボンに片手剣だけの軽装だ。安物の綿のシャツだが、大きすぎるアジムの体格でもダボダボにして着られるほど大きいこともあって分厚すぎるアジムの筋肉を隠してくれている。おかげで圧迫感はほんの少しだけ薄らいでいる。

「こんばんは」

 ヴェネツィアの港近くの商館通りにあるソフィアの商館は、ほかの商館よりも少し小さめだが色彩が豊かだ。レンガの赤一色だけで頑丈さを優先した無骨な印象になりがちなほかの商館とは違い、随所に華やかな装飾が施され、ほかの商館にはない植え込みに緑があふれるソフィアの商館は小さくともほかの商館にはない余裕を感じさせる。
 アジムが挨拶とともにソフィアの商館の扉をノックすると、扉が内側に開いて笑みを浮かべたリリィが出迎えてくれた。歓迎会のときのように髪をポニーテールに結び、白いブラウスだが下は黒のズボンを履いている。

「いらっしゃい、アジムくん」

 先に立って奥へと招くリリィを追って真っ暗で人気のない事務所を抜けて階段を上がり、初めて訪ねたときに歓迎会をしてもらった居間まで足を進めると、魔法で灯されたらしい柔らかな光と一緒にソフィアとブリュンヒルドが迎えてくれた。
 ブリュンヒルドも今日は戦乙女の装束ではなく、青のワンピースを着ていた。そのワンピースよりも少し色の深い青のサンダルと合わせて、落ち着いた大人の女性らしい装いが目に爽やかだ。
 ソフィアはリリィと同じように白のブラウスだが、上から若草色のカーディガンを羽織っている。下はデニムのズボンで活動的な印象だ。

「こんばんは」
「やあ、アジム」
「こんはんは、アジムさん」

 歓迎会を開いてもらったときには長いテーブルが中央に置かれていてそれを囲む形で椅子が並べられていたが、今は客を迎える部屋らしくソファとテーブルが用意されていた。
 挨拶もそこそこに、リリィに促されてソフィアとブリュンヒルドに向かい合う形でソファに浅く腰を下ろす。暖色系でまとめられた室内にあった淡いベージュのゆったりとしたソファで、大きな身体のアジムが座っても窮屈さを感じることはない。同時に、重いアジムが座っても沈み込みすぎない程よい反発がある。
 テーブルには赤ワインのボトルがあって各自のグラスにそれが注がれていた。リリィのグラスのものはあまり減っていないが、ソフィアとブリュンヒルドのグラスはほぼ空だ。二人がほんのり赤らんだ顔をしているのはそのせいだろう。おつまみにはチーズとナッツが皿にまとめて盛られていたが、こちらもかなり量が減っている。 

「はい」
「ありがとうございます」

 リリィがグラスを差し出し、アジムが受け取るとそこにワインを注いでくれた。アジムが礼を言うと、リリィは笑みを返してくれて、テーブルのグラスを取ってそのままアジムの隣に腰を落ち着けた。その様子を見ていたソフィアが、ものすごくにやにやしている。
 アジムはそれに気づかないまま目線でグラスを掲げあって乾杯すると、注がれたワインを口にする。ワインに馴染みのないアジムには良し悪しはわからないが、渋みの控えめなこのワインは美味いと感じた。テーブルのナッツを一つ摘んで口に放り込むと、香ばしい風味と淡白な旨味が口に広がる。それだけでも十分に美味いが、ワインの後味と合わさるとさらに美味い。その後に手にとったチーズもワインに良く合った。

「さて。それではアジムさんの傭兵価格を決めましょうか」

 アジムがリリィに二杯目を注いでもらったところでソフィアに声をかけられた。

「あ、はい。お願いします」

 食べる方に気を取られていたことに気がついて軽く頭を下げると、ソフィアは気にした風もなく笑みを深くした。

「まずは、ヒルドからの評価を聞かせてもらえるかしら?」

 ブリュンヒルドは話を振られて一つ頷いて見せてから、

「前衛の冒険傭兵として、とてもいいな。
 アジムは耐久型だから、回避型と違って怪我は多いが事故が少ない」
「事故?」
「避けられるはずの攻撃を偶発的にもらってしまうようなことを言うんだ。
 回避型だと格下の攻撃はめったに当たらないが、
 当たってしまうとそれが大ダメージになってしまい、
 前線が崩壊して格下相手にパーティが全滅してしまうことも少なくないんだ」

 アジムが不思議に思ってつぶやいた言葉に丁寧に応えてから、ブリュンヒルドが続ける。

「それに、怪我をしても怯まない、下がらないのもいい。
 戦闘中はともかく、大まかな判断は雇用主に委ねてくれるのもいいな。
 鋼鉄人形アイアンゴーレムを倒す方法を、
 魔法に任せてくれたのがよかった」

 よい評価をもらえて喜んでいたアジムだが、判断を委ねてくれるという言葉を聞いて首を傾げた。

「雇われているんですし、当たり前の話ではないんですか?」
「いや、意外と当たり前じゃなかったりするんだ。
 自分のほうが強いと思ったら、
 侮った態度を取る傭兵は少なくない」
「そうなんですか」

 ブリュンヒルドはアジムの言葉に頷いて見せてから、少し考えて続ける。

「敢えてマイナス点を上げるとするなら、
 怪我をしてからの突撃癖くらいか。
 ただ、あれも押されているときの反転攻勢への切欠になったり
 前線維持にとてもいいから、単純に悪いとも言い切れない。
 まあ、素手で鋼鉄人形アイアンゴーレムとやり合い出したときは
 ドン引きだったがな。せめて剣を使え」
「えぇ……?」

 ブリュンヒルドにそう言われて、アジムは頭を掻いた。
 初めて話を聞いたリリィとソフィアはブリュンヒルドの言葉通りにドン引きだ。

「壁として脇役に徹することを厭わず、状況が悪くなっても踏ん張ってくれて、
 自分が主力、主役になれなくてもふてくされない。
 耐久型だから安定して前線を構築できて、
 身体が大きいから多数の敵を足止めできる。
 冒険傭兵として最上じゃないか?」

 自分で思っていたよりはるかに高い評価をされて、アジムは照れて、また頭を掻く。

「では、一日に五万円くらいでいいかしら」
「えっ」
「いや、経験が少ないからと言っても安すぎるだろう。
 十万円だとちょっと高いかもしれないが、
 七、八万円くらいじゃないか」
「えっ」
「じゃあ八万円で募集してみますね、アジムさん」
「少し経験を積んだら十万円にすればいいさ。
 それだけの価値は十分にあるよ」

 あれよあれよという間に自分にとんでもない価格がついて、アジムは慌てて割り込んだ。

「高すぎませんか!?」
「そうでもないですよ。
 基本的にこのゲームでは前衛が不足しているので、
 どんな前衛の人でも三万円を下回ることはないんです」
「私が傭兵にでると八万円で同じくらいだな。
 戦闘だけだとアジムに劣るが、
 私は<言語>スキルが入っているから通訳できるんで高めなんだ」
「私も同じくらいだよ、アジムくん。
 私も<言語>スキルがあってちょっとお高め。
 言語スキルのない魔法戦士だと一般的には五万円くらいかな」
「冒険傭兵だとこんなものだが、
 戦争傭兵とかになると一晩で百万円とかも珍しくないぞ」

 口々に説明されて驚嘆のため息をついていたアジムだったが、最後のブリュンヒルドの言葉に首を傾げた。

「冒険傭兵とか戦争傭兵とかって何が違うんですか?」
「冒険傭兵はダンジョンに入ったりするときの戦力だな。
 戦争傭兵はギルド戦争ウォーに雇われて参加する傭兵だ。
 戦争傭兵のほうは戦争の勝敗を左右したりするから、
 実力が認められると報酬もすごいんだ」
「へぇ……」
「アジムは対人をやるんだろう?
 将来的には戦争傭兵を目指してもいいかもしれないな」

 アジムが頷くとブリュンヒルドはワイングラスを手にしたまま、ソファにどかりともたれかかった。アジムが傭兵に出るための価格は決まったので、大体の話はこれで終わりだ。アジムもまたチーズを一つ摘んで口に入れると、隣のリリィが空いていたグラスにワインを注いでくれた。

 ソフィアはやっぱりにやにやしている。

 ブリュンヒルドは手のワインをちびちび飲んでいたが、思い出したようにアジムに視線を向けた。

「そういえば、鋼鉄人形を相手にしていたときに傷んだ剣。
 あれはどうするんだ?
 修理するならウチのギルドに請求してくれ」
「ああ」

 ブリュンヒルドに言われて思い出したアジムは口のものを飲み込んでから、

「あれは作ってくれた人に見てもらってから判断します。
 新しいのを作ってもらうかもしれないので」
「そうか。
 修理するにしても新しいものを作るにしても、
 代金はこちらで負担させてくれ。
 テストだからと無償で傭兵に来てもらったのに、
 武具を壊して帰らせてしまっては心苦しい」

 戦闘経験が積めたアジムとしては代金を負担してもらうことに躊躇うものはあったが、あまり遠慮しすぎるのも良くないかと考えて頷いた。

「わかりました。明日にでも見てもらいに行くので、
 それから連絡しますね」
「私と一緒にエイルにも連絡を入れておいてもらえるか?
 私は明日からギルドで監禁されて調教される予定になっているから」
「えー。あー。
 はい、わかりました」
「明日から一週間くらいかけて、
 ギルメン全員から人間の尊厳を踏みにじるような調教をされて、
 雌豚として躾けられるんだ。
 いやぁ、楽しみだ!」

 すごくいい笑顔で言われたが、反応に困る。
 アジムはとりあえず曖昧に笑っておいた。

 さすがにブリュンヒルドが調教される話に乗っかる気にもなれず、話題に困って場繋ぎにワインを飲んでいると、グラスがすぐに空になってしまう。テーブルのボトルに目を向けると、ちょうどリリィがそれを取り上げたところだった。そして、それをアジムに差し出してくれる。

「はい、おかわり」
「すみません、
 ありがとうございます」

 またリリィにワインを注いでもらって軽く口をつけると、ワインボトルを持ったままのリリィから物言いたげな視線を感じた。
 アジムが視線でリリィを促すと、

「剣を作ってくれた人って、鎧を作ってくれた人と同じ人?」
「ああ、そうですね。
 俺をゲームに誘って、装備一式をくれた人ですよ」
現実リアルの知り合いなの?」
「はい。<鍛冶><細工><裁縫>などで
 職人プレイをやっているそうで、
 こっちオンラインではリュドミラと名乗っています」
「女の人なんだ?」
「ええ、そうですよ」

 リリィは次の言葉を躊躇ちゅうちょした。
 現実リアルのアジムを知れるかもしれない。
 だが、その女性とアジムは、どんな関係なのか。
 恋人だ、と言われてしまったら、自分はアジムに上手く笑いかけられるだろうか。

「明日、私も一緒に行っていい?」
「いいですよ。姉も喜びます」
「……姉?」
「はい。現実リアルの姉です」

 リリィは結構な勇気を出して問いかけたのだが。
 安心したのかがっかりしたのか、自分でもわからないため息をつくリリィに、アジムは不思議そうに首をかしげる。
 リリィの表情から大体の感情を察していたソフィアは苦笑しながら声をかけた。

「私も一緒にお邪魔していいですか?」
「あ、はい。たくさん来てくれたほうが嬉しいです。
 姉と二人だけだと、お互いになんとなく気まずいので」

 勝手に緊張して勝手に裏切られた感のあったリリィは、八つ当たりを承知でちょっと悪ぶって笑ってみせる。

「なぁに、アジムくん。
 お姉さんと喧嘩でもしてるの?」

 だが、アジムから返ってきた言葉はリリィの想定を大きく超えていた。

「いや、俺が小さい時に離婚した両親の、
 母親に連れられて行っちゃった姉と
 最近になって再会したばかりなので、
 ちょっと気まずくて」
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