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ギルド 戦乙女たちの饗宴

ギルド 戦乙女たちの饗宴(5)

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 アジムは雪深い山道を歩いていた。

 旅の道具を入れた愛用の背負い袋を背に、行き来するもののほとんどない、雪が積もったけもの道を行く。かなり急な角度のある道を、雪をかき分けながら確実にゆっくりと登る。板金鎧プレートメイルを身に着けた上から分厚い毛皮をまとい、脚甲グリーブ手甲ガントレットを外してブーツや手袋で防寒しているが雪をかき分けて歩く手足はちぎれそうなほどに冷たい。

 時々上を見上げて木々に積もった雪がまとまって落ちるのに注意しながら、かじかむ手に息を吐きかけつつ足を進め、山を登っていく。

 そして、ついに頂上にたどり着く。アジムが歩いてきた山道を覆っていた森が途切れ、視界が開けると、眼下に今まで見ることができなかった山の反対側の風景が広がる。遮るもののない陽光が、雪の降り積もった森に降り注いでいる。寒空の陽光はどこか色薄く感じられ、雪の白さをさらに際立たせて見えた。アジムの目の届く範囲すべてが緑と白で覆われた寒々しい景色だったが、その中で一つだけ、人の気配を感じるものがあった。
 三角の屋根をした建物が白と緑だけしかない風景の中で、赤と茶色の温かさのある色をしている。煙突からは煙が出ていて、そこで火を使う人の営みが行われていることを示していた。

 アジムはそれを見て、にたりと口元に歪んだ笑みを浮かべる。

「あれか」


   〇


「この人が、今回の依頼で討伐の対象になる人物です」

 ギルドハウスの一室で、エイルはそう言ってメンバーに対して人相書きを広げて見せた。

「ローズガーデン商会からの依頼で、
 この男を斬り、その証明に髪を切り取って持ち帰れば良いそうです」

 広げた人相書きには細い目をした浅黒い肌の男が書かれていた。嫌らしい笑みを浮かべたそれはアジムの人相書きだ。大柄な男。体格と腕力に注意と書き込みがある。エイルの説明を受けた<戦乙女の饗宴ヴァルキリーフェスト>の面々は人相書きに落としていた目を上げた。

「こいつが、ルナやソフィアさんを襲ったヤツ?」
「ローズガーデンのお二人だけでなく、リリィさんやメルフィナさん、
 シズカさんも襲われたそうです」

 エイルの頷きながらの回答に嫌悪感をあらわにしたうめき声をあげて、ウルとスクルドの姉妹が顔を見合わせる。

「酷いッス!
 女の人をなんだと思ってるんスかね!?」

 そういって気炎を上げるのはロタだ。そばかすが散った頬を赤らめて、唸り声をあげて拳を振り回している。
 その隣でたたずむシグルドリーヴァだけは表情を変えることはなかったが、改めて人相書きに目を落として小さな拳を握りしめた。

 ギルドメンバーたちの反応にエイルは大きく頷くと、

「今、団長がローズガーデン商会に
 契約の締結と最新の情報をもらいに行っています。
 団長が帰ってこられたら行動開始です。
 各自、戦いの準備を始めておいてください」

 エイルの言葉に戦乙女たちが頷いて、各々の武具を手入れするために部屋を後にしていく。
 最後まで部屋に残っていたエイルは仲間たちが怯えることなく、戦意を高揚させたことにほっとしつつ広げたままの人相書きに目を落とした。ソフィアから、この男に何をされたのかを聞かされた。弱々しく身を震わせながら、それでもそれも情報だからと必死に話すソフィアを思い出し、押し殺していた嫌悪感が浮かび上がってくる。

「嫌な男」

 つぶやきを残し、エイルは自分も武具を手入れするために部屋を後にする。
 人相書きの男はその言葉を下卑た笑みのまま受け止めた。

 エイルは部屋を出て、武具の手入れのために槍を保管している武器庫に足を向けた。途中で剣を保管している部屋をのぞくと、ウルとスクルドが真剣な顔で剣の手入れを始めていた。ロタがいないのが気になったので聞いてみると、

「今日のご飯当番ですよ」

 と、スクルドに返されて「そうだった」と思い出した。討伐対象への嫌悪感で入れ込みすぎていたようだ。礼を言ってから炊事場を経由して「ご苦労様」とロタに声をかけて、槍を保管している武器庫に足を踏み入れる。

 すでにシグルドリーヴァが槍の手入れを始めていた。エイルが武器庫に足を踏み入れたことに気づき、少しだけ視線を向けてよこしたが、かすかに頭を下げただけでそのまま槍の手入れに戻った。感情の動きが見えにくいシグルドリーヴァだが、討伐対象の説明の際に見せた握りこぶしは女性たちを陵辱した男への怒りだ。エイルはこの同じ武器を扱う無表情だが優しい少女に、特に目をかけている。

 手元の滑り止め用の布を巻き付けなおしているシグルドリーヴァの横に腰を下ろし、エイルは愛用の槍の穂先に錆止めの油を塗る。油を馴染ませている間に、塗りすぎた油をふき取るための布を用意しておこうと立ち上がりかけると、そっと視線の端から布が差し出された。

「あら、ありがとう」

 差し出してくれた布を受け取り礼を言うと、シグルドリーヴァは一つ頷いただけで自分の作業に戻る。そうして各々に武具の手入れをして時間を過ごしていると、早くも日が傾いていた。雪深い北国の昼の時間は短い。ローズガーデン商会との契約に行った団長は、今日は戻ってこれないだろう。

 エイルがそんな風に考えながら手入れが終わった槍から顔を上げた瞬間に、ギルドハウスを震わせる大きな爆発音が耳に飛び込んできた。

 驚いた気配はあまりないものの、シグルドリーヴァも音に反応して自分の槍から顔を上げている。お互いに視線を見合わせた後、得物を手にして腰を上げる。

「何スか!? 何があったんスか!?」

 遠くのほうでロタが驚いた声を上げているのが聞こえてきた。
 その声が聞こえたことで、姦しいウルとスクルドの二人が騒いでいないのが逆に不自然であることが思い浮かぶ。

「ロタ! 剣を取りなさい!
 警戒しなさい!」
「副長!? りょ、りょうか……かっ……」

 エイルの声に反応したロタの声が不自然に途切れた。
 間違いない。何者かの攻撃を受けている。

 ロタはおろかすでにウルとスクルドもやられてしまったかもしれない。

 エイルは突然の切迫した状況に、手にした槍を握りしめる。
 打って出るべきか。だが、敵が何者かもわからないまま打って出るのは危険すぎる。幸い、ここは武器庫だ。窓は一か所、出入りできる入口も一か所しかない。シグルドリーヴァと二人で立てこもるにはおあつらえ向きだ。
 しかし、立てこもるということはロタやウル、スクルドを助けに行かないという選択をするということだ。本当にそれでいいのか。

 迷うエイルの横を、するりと、槍を手にしたシグルドリーヴァがすり抜けてドアに向かう。

「リーヴァ?」
「助けに、いく」

 ドアの前で声に振り向いたシグルドリーヴァの、無表情な中で強い視線がエイルに返る。

「みんなが勇者に仕える資格を失うかもしれない。
 それは駄目。だから、助けに行く」

 彼女たちは戦乙女ヴァルキリーだ。
 ただ一人の勇者にその身を捧げ、生涯を通じてその勇者ただ一人に仕える。そういう存在だ。
 自分だけの勇者を見出すまで、その身は純潔を求められる。
 
 純潔を奪われてしまえば、奪った相手を勇者と認めて仕えるか、戦乙女であることを諦めるしかない。

「わかりました。
 でも、行くなら一緒に行きましょう」

 エイルは仲間たちが女性として最悪の未来を迎えるかもしれない選択をしようとしていた自分を叱咤しつつ、シグルドリーヴァに同行を申し出る。

「……うん」

 シグルドリーヴァは薄く微笑んで頷いた。その笑みは透き通るような無表情が色づくような、華やかなものだ。エイルも笑みを返してから、戦闘に向けて頭を切り替える。

 二人が槍を手に武器庫のドアを開けようと動き出したところで、ドアのほうが勝手に空いた。
 虚を突かれた二人が動かそうとした足を止める。

 その二人の前に、わずかに空いたドアの隙間から、黒い球が転がり込んだ。

 二人が反応できないでいるうちにドアはまた閉じられ、転がり込んだ球から煙が噴き出した。

「煙玉!?」

 ドアから少し距離があったエイルは煙が出るのを見てから咄嗟に後ろへ避けることができたが、ドアからの距離が近いシグルドリーヴァは噴き出した煙に巻かれ、思い切り吸い込んでしまった。シグルドリーヴァがせき込むのが聞こえてくるが、エイルからは煙がひどすぎてその姿が見えない。

 エイルが慌てて窓を開けようとしていると、また開けられたドアからのっそりと大きな人影が入ってきた。

 その人影はせき込むシグルドリーヴァに腕を伸ばすと、

「……か、はっ……!」

 その細い首に腕を絡めて彼女を締め上げ、あっさりと意識を刈り取った。

「貴方は……!」

 開けた窓から吹き込んだ冷たい風が、煙を流していく。
 そして煙がなくなった室内にいたのは、討伐対象として人相書きにかかれていた男だった。

「よう。俺に用があるらしいから、こっちから出向いてやったぜ?」

 人相書きの下卑な笑みをそのままに、気を失ったシグルドリーヴァを抱えてアジムがエイルを見下ろしていた。侵入するのに気を使ったのか、板金鎧は身に着けておらず音のしない綿のシャツとズボンだけがその身を包んでいる。

「どうして、ここが。
 いえ、それよりも、
 どうして私たちがあなたを討伐することを知ったのです」
「商人同士はお互いに何やっているのか色々きになるらしくてなぁ。
 最近、付き合いのできた
 女好きのクソ商人がソフィアの動きを俺に教えてくれたんだよ」

 アジムがエイルの質問に答えながら、視線を肢体に這わせる。蒼銀の鎧で身を包んでいてもはっきりとわかるほど豊かな身体をしているが、まだ仕える勇者を見出していないエイルの身体は男を知らない。獣欲を隠そうともしないアジムの視線に、身体が竦む。

「女だけのギルドに俺を狙わせてるってな。
 なら、こっちからご挨拶に出向いて
 可愛がってやろうと思ってな」

 にやにや笑うアジムが、気を失ったシグルドリーヴァを放り出す。受け身も取らないその身体は、モノのようにどかりと床の上に投げ出された。

「あいさつ代わりで順番にちょいと撫でてやったが、
 誰も彼もいい女ぞろいだ。
 後のことを考えるとたまらないな」

 エイルの得物は槍だ。室内戦闘に向いているとは言えない。
 ただ、長いので必ず最初の攻撃は自分からになる。
 それを必中で放つことができれば、何とかなるはずだ。

 エイルはシグルドリーヴァを手荒に扱われた苛立ちを、大きな息とともに吐きだした。
 そして、腰を落として槍をまっすぐにアジムに向けて構える。

 アジムはそれを見て、笑みを深くした。
 男の脳内で、自分はどんなおぞましい目に合わされているのか。
 勝てなければ、それは現実のものになってしまう。

 ともすれば恐怖で槍を握る手や肩に力が入りすぎてしまうのを、必死にこらえながら穂先をゆるゆると動かして機先を探る。

 二人がじりじりと間合いを探りあっているところに、シグルドリーヴァの弱々しい咳が聞こえた。

 その瞬間、二人は同時に踏み込んだ。
 槍を手にしたエイルの突きが先に届く。アジムは腕で身体をかばいつつ、それを踏み込みながら身体をひねって避けようとする。

「<麻痺パラライズ>!」

 それの回避を阻むのが、エイル得意の雷魔法だ。
 集中時間を取らない瞬間発動。
 それでも、ほんのわずかにアジムの動きが鈍り、回避のタイミングがずれる。

 驚いたようなアジムの顔。
 エイルは自分の勝利を確信して、槍を突きこみ、愕然となった。

 槍は身体をかばったアジムの腕に突き立った。
 だがそれだけだ。馬鹿げて分厚い筋肉に阻まれ、骨まで達するどころか筋を傷つけることもできずに止まってしまった。

 エイルは攻撃が通じなかったことに動揺して、癖で二撃目を送り込もうと槍をひいてしまう。
 アジムはそれに合わせてさらに踏み込んできた。

「<雷のサンダー……ぐ、ふぅ……!」

 槍での二撃目は間に合わないと、咄嗟に魔法攻撃に切り替えたがアジムが拳を腹にめり込ませるほうが早かった。魔法を途中で止められ、エイルは槍を取り落として膝をつく。

「……なかなかやるじゃねぇか」

 叩き込まれた衝撃に歪む視界と苦しい呼吸の中から男を見上げると、槍を突きたてられた腕の傷口を舐めながらこちらを見下ろしていた。ぎらぎらとした欲望を映した目が、戦う前よりも情欲の激しさを増してエイルの身体に注がれている。

 どうにか衝撃を飲み下して、エイルは震える身体を無理やり引き起こす。
 ここで自分が諦めてしまえば、気を失った仲間たちの未来も閉ざされてしまう。
 一度は仲間を見捨てる選択をしかかった副長の自分が、仲間たちに償えるとしたら、その身を清らかなまま保つ可能性に全力で縋り付くことだけだ。

 がくがくと震える手足を動かして、ふらつくながらも立ち上がる。

 そして、魔法を放つために腕を上げて……その手首をにやにやしながらエイルが立ち上がろうと足掻く姿を見物していたアジムに掴まれた。

「よーし、よくがんばったな。
 ご褒美だ」

 両方の手首をつかまれて万歳をするように手を上げさせられ、無防備になった腹に膝を撃ち込まれる。

「げ…ぽっ……」

 粘ついた水っぽい苦悶の声を漏らし、エイルは気を失った。
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