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ギルド 戦乙女たちの饗宴

ギルド 戦乙女たちの饗宴(1)

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 付与ふよ魔術師メルフィナの夜は早い。

 一人暮らしである現実リアルの用事を済ませ、たいていは20時ごろにログインして注文を受けた武具に対する魔法の付与を始める。メルフィナの武具を待つ冒険家たちは多い。洞窟ダンジョン内で見つけるプレイヤー生産品でない武具と比較されると見劣りするが、それでも手に馴染んだ得物をさらに強化するため、熟練冒険家から初々しい冒険家まで幅広い層がローズガーデン商会を通じてメルフィナに依頼してくる。
 そんな依頼者たちの期待に応えるべく、メルフィナも武具への付与を行うのだ。

 まあ、実際のところは冒険前に余っている魔力がもったいないので、付与魔術による生産でお金を稼いでいるだけの話なのだが。

 一通り今夜に魔力を付与する予定だった武具の魔力付与を済ませ、メルフィナは自室に戻って紅茶を飲みながら一息入れる。ソファに深く腰掛け、目を閉じてギルドメンバーのログイン状況を確認すると、珍しく早い時間にリリィがログインしているのが見えた。改めて現実リアル時間を確認するが、まだ21時を少し過ぎたところだ。普段は24時を過ぎてからログインしていることが多いリリィに、珍しいと思ってメッセージを送るとしばらくして部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

「リリィちゃんよね?
 どうぞ、開いているわよ」

 メルフィナの声でドアが開けられると、思った通りリリィの姿があった。

「本当に、珍しく早いわね。
 紅茶はいかが?」
「まあ、いつもよりは早いかな?
 あ、ありがと」
「スコーンもあるわよ」
「わーい」

 メルフィナはゴーレムに魔法で指示を飛ばし、スコーンを持ってこさせてお茶請けに口にする。少し時間が経って渋みが出始めた紅茶に、しっかりとした口当たりのクロデットクリームを乗せたスコーンよく合う。現実リアルでは寝る前のお茶菓子など体重計が怖くて食べられたものではないが、ゲーム内ならお構いなしだ。
 
「コーヒーもいいけど、紅茶もやっぱりいいなー。
 スコーンと紅茶は出合いものね!」

 テーブルをはさんだ向かい側のソファに腰を落ち着けたリリィが満足そうに言葉を漏らす。片目を閉じて瞼の裏で何やら確認しながら口にしたコーヒー、という単語で、メルフィナはリリィがこの週末をどう過ごしていたのかを思い出した。

「そういえば、ずっとアジムさんと一緒にいたのよね?
 どうだったの?」
「どう、とは?」

 メルフィナはリリィに問い返されて、首を傾げた。

「……うん?
 アジムさんと戦って、負けて、
 部屋に連れ込まれてしまう予定じゃなかったかしら?」
「あ、うん。そうだよ。
 監禁されて物凄い回数犯されちゃった」

 リリィはそう応えただけで、いまだに片目を閉じたままで紅茶をすする。

「そう……」

 メルフィナは顔に出さないまま訝しく思う。ギルド内ではお互いの性癖はだいたい把握しあっているので、猥談はわりとえぐいところまで話すことも多い。どう押し倒されて、何をされて、何度絶頂させられたくらいなら可愛いもので、前戯がイマイチだとか、フニャフニャだとか、早漏だとか、スタミナ不足だとか、男が聞いたら心をへし折られそうなものも話題に上る。

 メルフィナはリリィと特に仲が良いのでリリィが初めてアジムと戦い、負けて犯された後にお茶をしたときなどは、アジムの逞しすぎる肉体を熱く語られ、無理やり突っ込まれた肉棒の感想を延々並べ立てられ、薬漬けにされて絶頂かされまくった夜を顔を赤らめながらも細かいところまで語りつくされたものである。

 その経験からすると、今日のリリィは不自然だ。週末を丸ごと監禁されて犯されまくったはずなのに、その感想が淡白すぎる。アジムと何かあったのだろうか。片目を閉じたまま紅茶をすするリリィを盗み見ると、何を思い出したのか少し顔を赤らめていた。

 ますますよくわからない。メルフィナが心中で首をかしげていると、片目を閉じていたリリィが「あっ」と小さく声を漏らした。

「アジムくん、ログインしたみたい。
 メッセージ送ってここに誘ってもいい?」
「え? あ、もちろん。
 いいわよ」

 メルフィナの言葉を聞いて、嬉しそうに微笑むリリィがメッセージ作成のために両目を閉じた。

「んん……?」

 OLさんオーガロードを狩った日の言葉で、アジムがリリィに好意を抱いているのはよくわかった。あの後、ほかのメンバーたちと酒場に繰り出して、なんとも甘酸っぱいアジムの言動にものすごく盛り上がってしまったのはアジムとリリィには秘密だ。

 仲良くなったらいいよねー、という会話をして飲み会を終わったのだが、リリィのこの態度はもしかして、もしかするのか? メッセージを送り終わったリリィが目を開けて、改めてスコーンを手に取る。メルフィナの観察の視線に気づかないまま、嬉しそうにそれを口にしている。

 しばらくして、また部屋のドアがノックされた。今度はリリィがノックしたときよりも高い位置で、叩いた人物の力が強いのか、ごんごん、と重い音がする。

「アジムさんですよね。
 どうぞ」

 リリィの視線を感じつつメルフィナがそう言ってノックの人物を招くと、予想通りアジムが入ってきた。

「こんばんは。
 お邪魔します」

 頭を下げながら入ってきたアジムが、リリィの側のソファに腰を落ち着ける。無意識にリリィの近くに座りたがったアジムを、心の中だけでにやにやしながら観察していると、立ち上がってゴーレムに代わってアジムの分の紅茶を淹れたリリィがそれを差し出した。紅茶を受け取ったアジムが礼の笑みをリリィに向けると、リリィも笑みでそれに応じてアジムの隣に座る。

 なんだかずいぶんと距離が縮まってないかしら。自宅なのに居づらいわ……。

 苦みと渋みを増したように感じる紅茶をすすりながら遠い目をしていると、その視界にメッセージ受信の表示が重なった。ギルドマスターであるクラウス発信のそのメッセージはアジムとソフィアに向けたもので、新たな隊商キャラバン護衛契約の話と傭兵の話だった。

「クラウスとソフィアちゃんをここに招いたほうがよさそうね」

 リリィとアジムも同じものが視界に表示されたらしく、二人とも目を閉じてメッセージを確認していたが、メルフィナの言葉に頷いた。

「そうしてよければ、お願いできますか」
「ちょっと待ってね」

 メルフィナがメッセージを送信すると、さほど間を置くこともなく部屋のドアがノックされた。

「やあ」
「こんばんは」

 クラウスとソフィアが連れ立って入ってくる。二人はアジムに説明がしやすいようにとメルフィナの側のソファに座ってアジムと向かい合う。

「アレクサンドリアからスエズまで出している隊商って、
 ソフィアさんとうちの嫁が出してるものが半々なんだ。
 ソフィアさんとは護衛契約したけど、
 うちの嫁とも契約してもらおうと思って」
「私からはアジムさんの傭兵先を斡旋させてもらおうと思ったのですが、
 だいたいの金額を決めるにあたって
 一度知り合いのギルドと一緒に冒険に出てもらって、
 そのギルドの方と相談して金額を決めたいなと思いまして」

 さりげなく席を外し、紅茶を用意してきたメルフィナとリリィに礼を言いながらクラウスとソフィアがそれぞれに用件を説明する。アジムがそれに向かって頷く横にリリィが戻る。クラウスとアジムは隊商護衛を話し込んでいて気が付かなかったようだが、アジムの隣に戻ったリリィを見てソフィアの視線がメルフィナに向いた。

 リリィのアジムに対する距離が妙に近い。元々リリィは個人距離パーソナルスペースが狭く、他人との距離が近い人間だが、それにしてもアジムと膝を触れ合わせて座り、今にも腕に抱き着きそうなその距離は近すぎる。

 もの言いたげなソフィアの視線にメルフィナが頷くと、ソフィアはにまーっと獲物を見つけた猫のように笑った。多分、自分も同じような顔をしているだろうとメルフィナは思う。

 これ、絶対に何かあったよね。あったあった。

 視線だけでそんな会話を交わしていると、話がまとまったのかクラウスとアジムが立ち上がった。

「じゃあ、とりあえずうちの嫁がいる
 アレクサンドリアへ行こうか。そこで契約しよう」
「わかりました」

 クラウスが<帰還の門>を開くための集中に入る。

「メルフィナさん、お茶と場所の提供、ありがとうございました」
「いえいえ」

 アジムとそんな風に言葉を交わしている間にリリィも立ち上がった。あまりにも当たり前のようにアジムについていこうとしている様子に、心中で死ぬほどにやにやしながらも表情を取り繕って「あ、リリィちゃん、ちょっといいかしら」と声をかける。リリィが首をかしげている間に「それじゃ、行ってきます」とアジムとクラウスが<帰還の門>に飛び込んだ。リリィが二人の飛び込んだ<帰還の門>が消えていくのを名残惜しそうに見ているのは心が痛むが、応援しようにも、やはり一度は本人の胸の内を聞いておかなければ。

 リリィがソファに腰を下ろすとメルフィナは逆に席を立った。ソフィアも同じように立ち上がる。不思議そうに自分たちを見上げるリリィに微笑みかけながらリリィの座るソファまで移動すると、リリィをはさむようにソフィアと一緒に腰を下ろした。

 左右を年上の女性たちに挟まれたリリィはよくわからないままに警戒の色を見せたが、すでに手遅れだ。

「さぁ、この週末、アジムさんにどんな風に可愛がられて、
 リリィちゃんがどんな風に思ったのか、
 じっっっっっくりと聞かせてもらいましょうか?」

 ソフィアと一緒にがっちりとリリィの肩をつかみ、メルフィナは顔を引きつらせるリリィに微笑みかけた。 


    〇


「あはひひひひひ!
 ゆっ、ゆるしうひはははははヒはは!?
 もっ、漏れちゃう! 色々漏れちゃうから許してえ!!
 話すからぁひあはははははは!!」

 二人がかりで左右からくすぐりまくって、どんな週末を過ごしていたのか吐かゲロさせた。リリィは陵辱された2日間の話を広げて3日分として話したりしようと抵抗はしたのだが、それだけのはずないだろうと苛烈さを増した容赦のないくすぐりに屈した。

「あはっ、はぁ、はぁ……。
 ほんとに、ヒドイ目に合わされたよ……」

 まだ少し笑いの発作が残るリリィが、解放されて呼吸を整える。

「リリィちゃんが変に隠し立てするからでしょ。
 いつもならこちらがうんざりするほど語るのに」

 メルフィナの言葉に、リリィが恥ずかしそうに頬を染めて唇を尖らせる。

「だって、私も自分がアジムくんをどう思ってるのか、
 まだわかってないんだもん……」

 俯くリリィの頭の上で、メルフィナとソフィアは視線を交し合った。

 マジか。この子、マジなのか。

 散々にくすぐられて叫ぶようにリリィの口からこぼれた3日目の話を、リリィがどう感じたかの感想を含めて聞いた二人からすれば、控え目に見てもリリィがアジムに惹かれ始めているように思う。今日のアジムに触れたがる様子を見ても間違いないだろう。しかし、それをリリィ本人が認識できていないというのはどういうことなのか。

 このゲームに合法的にログインできているということは、思春期を過ぎた大人であることは間違いないだろうに、なんなんだ、自分の好意が理解できないなどというこの幼いと言ってもいいような恋愛感情は。

 メルフィナはソフィアとともに黙って笑みを浮かべ、リリィに抱き着いて頬を寄せながらぐりぐりと頭を撫でまわす。子ども扱いされたリリィが抗議してもお構いなしだ。

「でも、アジムさんと仲良くはなりたいでしょう?」

 リリィの耳に唇を寄せてそっと囁く。
 その言葉にリリィは躊躇うように少しの間だけ動きを止めてから、それでもしっかりと頷いた。

 見れば、頬だけでなく首やら耳やらも真っ赤に染まっている。

 そんなリリィの頭の上で、メルフィナはまたソフィアと視線を交し合った。ソフィアの顔に浮かんでいる笑みは、妹をみる姉のような、温かくも優しいものだ。自分もそういう笑みになれていたらいいな、とメルフィナは思う。

 メルフィナはアジムを思い浮かべてみる。

 大きく、厳つく、武骨で、無表情な男ではあるが、素直で、顔には出ないのに意外と感情が読みやすいというこちらはこちらで見た目とは裏腹の可愛い男だ。筋肉マッチョすぎるところは減点対象とみる女性も多いかもしれないが、逞しい男が好みのリリィ的には加点対象だろう。自分たちを荒っぽく扱った後もそれを当たり前と思わず対応できるし、好意を寄せるリリィに対しては聞いたこちらが恥ずかしくなるほど甘い対応だ。

 まあ、ちょっと対応が丁寧すぎて、監禁系病んデレ彼氏にならないとも言い切れないあたりがちょっと不安だが。

「ねぇ、リリィさん。
 アジムさんと仲良くなるのは、
 ゲーム内オンラインだけ? 現実リアルも考えてるの?」

 メルフィナが考えを巡らせていると、ソフィアがリリィに声をかけた。
 まだゲームを初めて間もないアジムはそこまで考えが及んでいないだろう。ゲームの先輩であるリリィが配慮してやるべきところだ。けれど、自分の好意にすら自信の持てないリリィは俯いて首を横に振る。

「わからないよ……。
 だって、私、アジムくんの現実リアル、何も知らないし……」

 リリィが沈んだ声で呟くように応える。メルフィナが顔をしかめてソフィアに目を向けると、ソフィアはものすごく焦った顔をしていた。先走りすぎた自分に気が付いたらしい。

「まあ、まずは、アジムさんと仲良くなりましょう?
 ゲーム内オンラインだけとか現実リアルもとかは、
 その後で考えましょう。
 ね?」

 メルフィナがとりなすようにそう声をかけると、リリィが頷いた。
 ソフィアは声を出さずに唇だけでメルフィナに謝りつつ、ほっとした顔になっていた。
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