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復讐の騎士 リリィ・フランネル
復讐の騎士 リリィ・フランネル(6)
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食人鬼族長を斬り倒して、アジムは仲間たちに視線を向けた。
リリィはルナロッサの弩での援護を受けながら、目の前の食人鬼を一方的に刻んでいる。ルナロッサの毒矢で鈍った動きでは、回避主体のリリィの動きを捕らえられないようだ。逆に、ミランダはクラウスの魔法で傷を癒してもらいながら、盾を使ってギリギリで食人鬼の攻撃を受け止め続けていた。魔法も使える防御型のミランダは速度面で見るとアジムとそう変わらない。リリィのように攻撃を避けることができず、アジムほどの腕力とタフさがないので盾で食人鬼の攻撃を逸らしきれず、そのたびに傷が増える。後ろにクラウスがいなければ、とうに殴り倒されて巣に連れ込まれ、食人鬼たちの玩具にされていただろう。
アジムは首を動かすたびに全身に走る痛みを堪えて、大剣を肩に担いだ。
ミランダと戦っている食人鬼に近づくと、ミランダに向かって棍棒を振るったところを狙い、横合いから顔面を思いっきり大剣で薙ぎ払う。鼻から上が削ぎ飛ばされ、半分になった頭から血しぶきをあげて食人鬼が仰向けに倒れた。食人鬼の暴力から解放されたミランダは大きく息をつきながら盾を下ろし、疲れた顔に笑みを浮かべてアジムを見上げた。
アジムはそれに軽く頷いて、まだ戦っているリリィに目を向ける。
リリィは危なげなく食人鬼の手足を削り、耐えきれなくなった食人鬼が膝をついたところで首を刺しぬいたところだった。首を刺しぬいたサーベルをひねり、骨を避けながら首を大きく斬り裂いてから身体ごと剣を引く。最後の抵抗に腕を伸ばした食人鬼は腕の届く範囲から素早く下がったリリィを害することもできず、そのまま地面に崩れ落ちてこと切れた。
リリィも目前の敵を倒したので視線を仲間に向ける。全員が戦闘を終えて無事なことを確認してから自分を見つめるアジムと視線を合わせて笑みを浮かべ、剣を振るって血糊を払い、それを静かに鞘に納めた。西洋ファンタジックな装備と見た目のリリィだが、時代劇でよく見る納刀の動作が不思議と似合う。
リリィの仕草に「おおー」と手を叩いていたアジムも真似してみたいと思ったが、自分の剣はバカでかすぎて片手での血振りはできそうにない。そんなことをやっている間にメルフィナが回復魔法を使ってくれていた。背骨の中を抜ける痛みが消えていく。さらにクラウスが<液体浄化>で血の匂いを消してくれる。
「ありがとうございます」
魔法使い二人はアジムに礼の言葉に笑みを返してくれた。
「それにしても……本当に、頑丈だねぇ。
OLさんに何発か殴られてなかったかい?」
「2・3発もらった。不覚だった。
食人鬼を斬ったところでテンション上がりすぎて
真正面から斬りかかってしまったのが反省、かな」
クラウスの言葉にアジムは眉間に皺を寄せて応える。
あの最初のぶつかり合いで胸への一撃をもらっていなければ、メルフィナの支援なしでも一人でなんとかできたはずだ。そうなればメルフィナの<魔力矢>はミランダを助けるために撃てたことになる。ミランダももっと楽に戦えたはずだ。
「いやぁ、OLさんと初めて戦ったんだし、
相手の力を見誤っても仕方ないんじゃないかな。
それよりも、ダメージを受けても下がらずに踏ん張ってくれてたんだし、
パーティ戦闘の前衛としても及第点どころか合格点だよ。
どこに傭兵に出ても問題ないと思うよ」
前衛に一番求められるのは「後衛のメンバーに敵前衛を接敵させないこと」だ。その求められることから今回のアジムの動きを評価すると、すごくいい動きをしていたとクラウスは思う。まず最初に食人鬼を一匹瞬殺して、無理やり手を開けて食人鬼族長を自分の前に呼び込んだ。そして食人鬼族長と戦っているときにダメージを受けても後ろに下がらず、食い止め続けてくれていた。食人鬼族長を倒しきってしまえた部分も凄いことなのだが、それ以上にパーティの前衛として求められることを理解し、それを実行しきったことが凄いのだ。正直、初めてパーティ戦闘したとは思えない。
「そうかな……。
じゃあ、自信をもって傭兵稼業を始めようかな」
「うん、いいと思う。
まあ、とりあえず戦利品をもって帰ろうか」
「まだ奥があるけど、この奥は何が出る?」
「あー。次は闇森妖精が出るんだよ。
魔法抵抗強化系の装備を持ってきていないから、また今度だね」
「そうか」
闇森妖精たちは全員が優秀な魔法戦士だ。知性も高いので戦術に幅がある。後衛のメルフィナやクラウスを遠距離から集中砲火して先に撃破したり、待ち伏せと迂回戦術を合わせて挟撃したりと、単純に魔法を使う以上に多彩な戦術が恐ろしい相手だ。前衛メンバーがどれほど頑張っても後衛が無傷で済むとは思えない。そんな相手と準備もなしに戦うのは勇気ではなく無謀だ。
アジムが素直に「また今度」という言葉に素直に頷いてくれたことにほっとしつつ、クラウスはルナロッサを探す。
「ルナさん?」
「おう。もう開いてるぜ」
ルナロッサは食人鬼たちが持っていた宝箱の解錠を済ませて、中の宝石をざらざらと戦利品を入れる袋に放り込んでいるところだった。
「雑いよ、ルナさん」
「別に価値は落ちねーだろ」
苦笑するクラウスにそう返して、ルナロッサは「どっこいしょー!」と宝石でぱんぱんになった袋を担ぎ上げた。それを見てアジムはルナロッサの肩から宝石の袋を取り上げて、代わりに戦闘中は放り出されていた松明を押し付けた。
「あ、悪いな。助かるよ」
アジムはルナロッサに頷いてから、宝石がなくなった宝箱をのぞく。長剣が一本と、短剣が一本。それに指輪がいくつか残っている。それもルナロッサが回収して、別の袋に放り込んだ。回収が終わると、全員の視線がクラウスに集まる。
「それじゃ、帰ろうか。
隊列は今まで通りでいいかな」
「ん……<帰還の門>は?」
「ああ。<帰還>や<帰還の門>は装備品以外は
体重の5%までしか持っていけないんだよ。
宝石や戦利品が重すぎて無理なんだ」
重量制限に加えて、水や食料は<帰還><帰還の門>では輸送できない。
これらルールがなければ、大量の交易品を<帰還の門>で輸送ができて一瞬で莫大な富が築けてしまうし、船の上から<帰還の門>を街に開けば大量の食糧や水を寄港なしにできてしまう。物の価値がおかしなことになってしまうし、シルクロードなどをはじめとする交易での文化交流もなくなってしまう。
「ああ、それで行きは消耗品を俺に持たせていたのか」
「そうだよ。理由もなく小間使いみたいなことはさせないよ」
松明やルナロッサの毒小瓶などを持たされたのを思い出す。アジムでも5%だと6kgそこそこだ。ルナロッサだと盗賊の七つ道具を持ち込むだけでギリギリだろう。一番小柄なクラウスだと、笑えるくらい少なくなりそうだ。
「それじゃ、帰ろうか」
隊列を組みなおしたパーティはクラウスの声で地上への道を歩き出す。行きに魔物はすべて蹴散らしてあったので、帰りは気楽なものだ。何事もなく地上にたどり着くと、ソフィアが乗った荷馬車が待っていた。
「おかえりなさい。
アジムさん、大活躍だったみたいですね」
にこやかに言われて、アジムは照れて頭を掻く。
「では、ざっと鑑定してしまいましょう。
宝石を荷台に広げてください」
ソフィアに言われて宝石を重ならないように注意して袋から幌付きの荷台にぶちまける。ソフィアは鑑定スキルの乗った目で宝石をざっと眺めて、
「合計で19万といったところでしょうか。
一割を売買手数料としていただいて、17万とちょっとですか」
「ややこしいから17万でいいよ。
6人で2万5千ずつで15万と、残りはMVPボーナスにしようか」
ソフィアとクラウスの間でさくさくと分配が決められていく。
その金額の大きさにアジムはちょっとドキドキだ。
「みんな、今日のMVPはアジムでいいよね?」
「えっ」
「いいんじゃないかな。アジムくんがいなかったらOLさん狩りにいけなかったし」
「邪妖精や豚面鬼も含めたら、
撃破数も凄いことになってるしなぁ。アタシも賛成だよ」
「えっ、えっ」
リリィとルナロッサの言葉に、ミランダやメルフィナも頷いている。
「じゃあ、各自2万5千だね。
MVPのアジムは4万5千だ」
戸惑っている間に、今までの稼ぎを全部あわせても足りないほどの報酬が決まっていて唖然とする。
「それじゃ、トレントの街まで行きましょうか。
そこの銀行で小切手を発行しましょう」
ソフィアが馬に声をかけて馬車を進め始める。他のメンバーはそれぞれに馬車の近くを歩いて護衛を務め、ルナロッサだけは馬車に乗り込んで鑑定のために撒いた宝石を片付けている。唖然としていて出遅れたアジムが馬車に駆け寄ると、歩く足を緩めて待っていてくれたリリィが笑いかけてきた。
「金額が大きくてびっくりした?」
「はい。俺、今までの稼ぎを全部合わせても2万もないと思います」
「傭兵に出るようになると、これよりもっとたくさん稼げるようになるよ」
「金貨だけでものすごい重量になりそうですね……」
「ああ、そっか。
アジムくん、今まで小切手を使う機会がなかったか」
納得したようにリリィが頷く。
「金貨でもたくさんになると、アジムくんが言うようにすごく重いから、
銀行でまとまったお金を小切手にすることができるんだ。
どんなにたくさんのお金でも一枚の小切手で持ち歩くことができるから、
プレイヤー同士のお金のやり取りは小切手でやるのが一般的だね」
「そうなんですか」
「そうなんです……といっても、実際に見てみないとピンとこないよね」
リリィはちょっと笑って見せてから「小切手はすごく便利だけど、盗まれるときも一枚ですごい金額を盗まれるから気を付けてね」と続けた。
からりからりと音を立てて馬車が進む。リリィが教えてくれる冒険の心得に耳を傾けながら、馬車について足を進める。まだ日は高い。濃い緑の向こうから、きらきらとした光が零れ落ちてきている。明るい森の中は爽やかな空気に満たされていて、さっきまでジメジメとした洞窟の中にいた身としては呼吸するだけで浄化されていくような気分だ。襲撃を警戒するために森に視線を向けているが、馬車と仲間たちも目に入る。ソフィアが御者台で手綱を握り、気づけば歩き疲れたらしいメルフィナがその横に座っていた。クラウスも疲れた様子を見咎められ、ミランダに御者台に放り込まれたらしく不本意そうに座っている。ミランダはそんなクラウスをからかいながら歩いていた。荷台では宝石を片付け終えたルナロッサが調理器具を出してきて何やら作業中だ。
一人でスキルを上げて、ステータスを上げて、少しばかりのクエストをこなすだけのプレイだったのが嘘のように、世界が、世間が広がっていっている。その切っ掛けを作ってくれたのはリリィだ。
アジムは視線をリリィに向ける。アジムにアドバイスをしながら森を警戒するリリィも洞窟から出て森の空気を心地よく感じているのか、足取りが楽し気だ。ツインテールに結んだ金髪も踊る。木々の間から細くきらきらとした糸のような陽光が落ちてきて、踊るリリィの髪に触れると、陽光も髪と一緒になって踊る。リリィが輝いているように見えて、アジムは目を細めた。
ふと、視線を感じたのか、リリィが口を噤んで視線を向けてくる。
首をかしげて問いかけるような視線に、見とれていた自分に気が付いたアジムははっとなって視線を逸らした。視線を逸らしてからあまりに失礼な態度であることに気が付いて慌てて視線を戻すと、リリィはアジムのあまりに不自然な動きに、こらえきれないようにくすくすと笑いだした。
「アジムくん、どうしたの?」
リリィに見とれていたとは言いにくい。
アジムは頭を掻いて、慣れない愛想笑いを浮かべてみる。
「んもぅ、笑ってごまかしてるでしょう。
何を見てたの?」
リリィが笑いながら追及してくるが、無理に聞き出すつもりもなさそうだ。
アジムはじゃれる様なリリィの追及に困るような嬉しいような、くすぐったい気持ちになりながら街への道をゆっくりと進んでいった。
リリィはルナロッサの弩での援護を受けながら、目の前の食人鬼を一方的に刻んでいる。ルナロッサの毒矢で鈍った動きでは、回避主体のリリィの動きを捕らえられないようだ。逆に、ミランダはクラウスの魔法で傷を癒してもらいながら、盾を使ってギリギリで食人鬼の攻撃を受け止め続けていた。魔法も使える防御型のミランダは速度面で見るとアジムとそう変わらない。リリィのように攻撃を避けることができず、アジムほどの腕力とタフさがないので盾で食人鬼の攻撃を逸らしきれず、そのたびに傷が増える。後ろにクラウスがいなければ、とうに殴り倒されて巣に連れ込まれ、食人鬼たちの玩具にされていただろう。
アジムは首を動かすたびに全身に走る痛みを堪えて、大剣を肩に担いだ。
ミランダと戦っている食人鬼に近づくと、ミランダに向かって棍棒を振るったところを狙い、横合いから顔面を思いっきり大剣で薙ぎ払う。鼻から上が削ぎ飛ばされ、半分になった頭から血しぶきをあげて食人鬼が仰向けに倒れた。食人鬼の暴力から解放されたミランダは大きく息をつきながら盾を下ろし、疲れた顔に笑みを浮かべてアジムを見上げた。
アジムはそれに軽く頷いて、まだ戦っているリリィに目を向ける。
リリィは危なげなく食人鬼の手足を削り、耐えきれなくなった食人鬼が膝をついたところで首を刺しぬいたところだった。首を刺しぬいたサーベルをひねり、骨を避けながら首を大きく斬り裂いてから身体ごと剣を引く。最後の抵抗に腕を伸ばした食人鬼は腕の届く範囲から素早く下がったリリィを害することもできず、そのまま地面に崩れ落ちてこと切れた。
リリィも目前の敵を倒したので視線を仲間に向ける。全員が戦闘を終えて無事なことを確認してから自分を見つめるアジムと視線を合わせて笑みを浮かべ、剣を振るって血糊を払い、それを静かに鞘に納めた。西洋ファンタジックな装備と見た目のリリィだが、時代劇でよく見る納刀の動作が不思議と似合う。
リリィの仕草に「おおー」と手を叩いていたアジムも真似してみたいと思ったが、自分の剣はバカでかすぎて片手での血振りはできそうにない。そんなことをやっている間にメルフィナが回復魔法を使ってくれていた。背骨の中を抜ける痛みが消えていく。さらにクラウスが<液体浄化>で血の匂いを消してくれる。
「ありがとうございます」
魔法使い二人はアジムに礼の言葉に笑みを返してくれた。
「それにしても……本当に、頑丈だねぇ。
OLさんに何発か殴られてなかったかい?」
「2・3発もらった。不覚だった。
食人鬼を斬ったところでテンション上がりすぎて
真正面から斬りかかってしまったのが反省、かな」
クラウスの言葉にアジムは眉間に皺を寄せて応える。
あの最初のぶつかり合いで胸への一撃をもらっていなければ、メルフィナの支援なしでも一人でなんとかできたはずだ。そうなればメルフィナの<魔力矢>はミランダを助けるために撃てたことになる。ミランダももっと楽に戦えたはずだ。
「いやぁ、OLさんと初めて戦ったんだし、
相手の力を見誤っても仕方ないんじゃないかな。
それよりも、ダメージを受けても下がらずに踏ん張ってくれてたんだし、
パーティ戦闘の前衛としても及第点どころか合格点だよ。
どこに傭兵に出ても問題ないと思うよ」
前衛に一番求められるのは「後衛のメンバーに敵前衛を接敵させないこと」だ。その求められることから今回のアジムの動きを評価すると、すごくいい動きをしていたとクラウスは思う。まず最初に食人鬼を一匹瞬殺して、無理やり手を開けて食人鬼族長を自分の前に呼び込んだ。そして食人鬼族長と戦っているときにダメージを受けても後ろに下がらず、食い止め続けてくれていた。食人鬼族長を倒しきってしまえた部分も凄いことなのだが、それ以上にパーティの前衛として求められることを理解し、それを実行しきったことが凄いのだ。正直、初めてパーティ戦闘したとは思えない。
「そうかな……。
じゃあ、自信をもって傭兵稼業を始めようかな」
「うん、いいと思う。
まあ、とりあえず戦利品をもって帰ろうか」
「まだ奥があるけど、この奥は何が出る?」
「あー。次は闇森妖精が出るんだよ。
魔法抵抗強化系の装備を持ってきていないから、また今度だね」
「そうか」
闇森妖精たちは全員が優秀な魔法戦士だ。知性も高いので戦術に幅がある。後衛のメルフィナやクラウスを遠距離から集中砲火して先に撃破したり、待ち伏せと迂回戦術を合わせて挟撃したりと、単純に魔法を使う以上に多彩な戦術が恐ろしい相手だ。前衛メンバーがどれほど頑張っても後衛が無傷で済むとは思えない。そんな相手と準備もなしに戦うのは勇気ではなく無謀だ。
アジムが素直に「また今度」という言葉に素直に頷いてくれたことにほっとしつつ、クラウスはルナロッサを探す。
「ルナさん?」
「おう。もう開いてるぜ」
ルナロッサは食人鬼たちが持っていた宝箱の解錠を済ませて、中の宝石をざらざらと戦利品を入れる袋に放り込んでいるところだった。
「雑いよ、ルナさん」
「別に価値は落ちねーだろ」
苦笑するクラウスにそう返して、ルナロッサは「どっこいしょー!」と宝石でぱんぱんになった袋を担ぎ上げた。それを見てアジムはルナロッサの肩から宝石の袋を取り上げて、代わりに戦闘中は放り出されていた松明を押し付けた。
「あ、悪いな。助かるよ」
アジムはルナロッサに頷いてから、宝石がなくなった宝箱をのぞく。長剣が一本と、短剣が一本。それに指輪がいくつか残っている。それもルナロッサが回収して、別の袋に放り込んだ。回収が終わると、全員の視線がクラウスに集まる。
「それじゃ、帰ろうか。
隊列は今まで通りでいいかな」
「ん……<帰還の門>は?」
「ああ。<帰還>や<帰還の門>は装備品以外は
体重の5%までしか持っていけないんだよ。
宝石や戦利品が重すぎて無理なんだ」
重量制限に加えて、水や食料は<帰還><帰還の門>では輸送できない。
これらルールがなければ、大量の交易品を<帰還の門>で輸送ができて一瞬で莫大な富が築けてしまうし、船の上から<帰還の門>を街に開けば大量の食糧や水を寄港なしにできてしまう。物の価値がおかしなことになってしまうし、シルクロードなどをはじめとする交易での文化交流もなくなってしまう。
「ああ、それで行きは消耗品を俺に持たせていたのか」
「そうだよ。理由もなく小間使いみたいなことはさせないよ」
松明やルナロッサの毒小瓶などを持たされたのを思い出す。アジムでも5%だと6kgそこそこだ。ルナロッサだと盗賊の七つ道具を持ち込むだけでギリギリだろう。一番小柄なクラウスだと、笑えるくらい少なくなりそうだ。
「それじゃ、帰ろうか」
隊列を組みなおしたパーティはクラウスの声で地上への道を歩き出す。行きに魔物はすべて蹴散らしてあったので、帰りは気楽なものだ。何事もなく地上にたどり着くと、ソフィアが乗った荷馬車が待っていた。
「おかえりなさい。
アジムさん、大活躍だったみたいですね」
にこやかに言われて、アジムは照れて頭を掻く。
「では、ざっと鑑定してしまいましょう。
宝石を荷台に広げてください」
ソフィアに言われて宝石を重ならないように注意して袋から幌付きの荷台にぶちまける。ソフィアは鑑定スキルの乗った目で宝石をざっと眺めて、
「合計で19万といったところでしょうか。
一割を売買手数料としていただいて、17万とちょっとですか」
「ややこしいから17万でいいよ。
6人で2万5千ずつで15万と、残りはMVPボーナスにしようか」
ソフィアとクラウスの間でさくさくと分配が決められていく。
その金額の大きさにアジムはちょっとドキドキだ。
「みんな、今日のMVPはアジムでいいよね?」
「えっ」
「いいんじゃないかな。アジムくんがいなかったらOLさん狩りにいけなかったし」
「邪妖精や豚面鬼も含めたら、
撃破数も凄いことになってるしなぁ。アタシも賛成だよ」
「えっ、えっ」
リリィとルナロッサの言葉に、ミランダやメルフィナも頷いている。
「じゃあ、各自2万5千だね。
MVPのアジムは4万5千だ」
戸惑っている間に、今までの稼ぎを全部あわせても足りないほどの報酬が決まっていて唖然とする。
「それじゃ、トレントの街まで行きましょうか。
そこの銀行で小切手を発行しましょう」
ソフィアが馬に声をかけて馬車を進め始める。他のメンバーはそれぞれに馬車の近くを歩いて護衛を務め、ルナロッサだけは馬車に乗り込んで鑑定のために撒いた宝石を片付けている。唖然としていて出遅れたアジムが馬車に駆け寄ると、歩く足を緩めて待っていてくれたリリィが笑いかけてきた。
「金額が大きくてびっくりした?」
「はい。俺、今までの稼ぎを全部合わせても2万もないと思います」
「傭兵に出るようになると、これよりもっとたくさん稼げるようになるよ」
「金貨だけでものすごい重量になりそうですね……」
「ああ、そっか。
アジムくん、今まで小切手を使う機会がなかったか」
納得したようにリリィが頷く。
「金貨でもたくさんになると、アジムくんが言うようにすごく重いから、
銀行でまとまったお金を小切手にすることができるんだ。
どんなにたくさんのお金でも一枚の小切手で持ち歩くことができるから、
プレイヤー同士のお金のやり取りは小切手でやるのが一般的だね」
「そうなんですか」
「そうなんです……といっても、実際に見てみないとピンとこないよね」
リリィはちょっと笑って見せてから「小切手はすごく便利だけど、盗まれるときも一枚ですごい金額を盗まれるから気を付けてね」と続けた。
からりからりと音を立てて馬車が進む。リリィが教えてくれる冒険の心得に耳を傾けながら、馬車について足を進める。まだ日は高い。濃い緑の向こうから、きらきらとした光が零れ落ちてきている。明るい森の中は爽やかな空気に満たされていて、さっきまでジメジメとした洞窟の中にいた身としては呼吸するだけで浄化されていくような気分だ。襲撃を警戒するために森に視線を向けているが、馬車と仲間たちも目に入る。ソフィアが御者台で手綱を握り、気づけば歩き疲れたらしいメルフィナがその横に座っていた。クラウスも疲れた様子を見咎められ、ミランダに御者台に放り込まれたらしく不本意そうに座っている。ミランダはそんなクラウスをからかいながら歩いていた。荷台では宝石を片付け終えたルナロッサが調理器具を出してきて何やら作業中だ。
一人でスキルを上げて、ステータスを上げて、少しばかりのクエストをこなすだけのプレイだったのが嘘のように、世界が、世間が広がっていっている。その切っ掛けを作ってくれたのはリリィだ。
アジムは視線をリリィに向ける。アジムにアドバイスをしながら森を警戒するリリィも洞窟から出て森の空気を心地よく感じているのか、足取りが楽し気だ。ツインテールに結んだ金髪も踊る。木々の間から細くきらきらとした糸のような陽光が落ちてきて、踊るリリィの髪に触れると、陽光も髪と一緒になって踊る。リリィが輝いているように見えて、アジムは目を細めた。
ふと、視線を感じたのか、リリィが口を噤んで視線を向けてくる。
首をかしげて問いかけるような視線に、見とれていた自分に気が付いたアジムははっとなって視線を逸らした。視線を逸らしてからあまりに失礼な態度であることに気が付いて慌てて視線を戻すと、リリィはアジムのあまりに不自然な動きに、こらえきれないようにくすくすと笑いだした。
「アジムくん、どうしたの?」
リリィに見とれていたとは言いにくい。
アジムは頭を掻いて、慣れない愛想笑いを浮かべてみる。
「んもぅ、笑ってごまかしてるでしょう。
何を見てたの?」
リリィが笑いながら追及してくるが、無理に聞き出すつもりもなさそうだ。
アジムはじゃれる様なリリィの追及に困るような嬉しいような、くすぐったい気持ちになりながら街への道をゆっくりと進んでいった。
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