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復讐の騎士 リリィ・フランネル
復讐の騎士 リリィ・フランネル(3)
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「私は元々可愛い男の子を可愛がってあげるのが好きだったんですよねー。
だから、戦争でプリンセス登録していたクラウスを
勝ったときに襲ってあげたんですよー」
ルナロッサを斥候に出し、アジムとミランダを前において、中央にクラウスとメルフィナの魔法使い二人。最後尾に不意打ち警戒のためにリリィを置いた隊形で洞窟を進む。ルナロッサが斥候してくれているので気楽なものだ。視線はさすがに左右を警戒しているが、歩くたびに音を立てる鎧のせいで敵がいれば接近には気づかれるだろうし、黙っている理由はないので適当に雑談している。
「戦争ってギルドの戦いなんですか?」
「はい、個人同士じゃないギルド単位での戦いですね。
これもランキング化されて戦争ギルドの頂点を目指したりするんですよー」
ミランダが光を放つ盾を構えて行く先を照らし、後ろからリリィが手にした松明の炎がパーティを照らしてくれているので視界の確保は問題ない。<夜目>の魔法もかかっているが、やはり明かりがあると安心する。
「戦争はランキング戦でポイント制なんですが、
同時に何かをかけて戦うことも多いんです。
お金や武具、何かの権利だったりすることもありますが、
たいていはギルド所属のプレイヤーの身柄をかけて戦うんです」
「それがプリンセス登録というやつですか?」
「はい。負けたら陵辱される対象としての登録ですね。
もちろん、男性でもなれます。一晩好きにされるのが一般的ですね」
アジムは肩越しにちらりとクラウスに視線を向ける。
「知り合いのギルドが戦争やるのに人数が足りない時に声をかけられたんだよ。
せっかく参加するんだし、試しにプリンセス登録してみたら、
さくっと負けて襲われちゃったんだよねー」
クラウスがそう言って気楽に笑う。
アジムが視線をミランダに戻すと、
「その時は私が所属していたギルドが勝ったので、
クラウスを可愛がってあげたんですよ。
ああ、延々と寸止めされて
泣きながら腰をカクカクさせていたのは可愛かったですねぇ」
ミランダが妙に熱っぽく息をつく。
「でも、その後に同じように戦争で戦ったら
こちらが負けてしまったんですが……。
今度はクラウスに徹底的にいぢめられまして」
顔を赤らめて、ミランダが自分の身体を抱いてよじる。
「私が勝ってかわいがってあげた時には
可愛いおちんちんだったのに、
そのときは足が三本に見えるようなとんでもないものがぶら下がっていて、
気絶するまで徹底的に犯られて目覚めさせられちゃったんですよねー」
嬉しそうに笑いつつもその時のことを思い出したのか、頬を赤らめてさらに熱っぽい息を漏らす。
アジムはどう反応していいのかわからず、曖昧な笑みだけ返した。
「こっちのギルドに移籍してからはクラウスの奥さんとする
寝取り寝取られ修羅場プレイもいいですし、
本当に充実してるんですよー」
ミランダの言葉を聞いたアジムはクラウスに視線を向けた。
「ボクは<巨根>スキル入れてるからね。
意図的にサイズ変更できるんだよ」
「いや、そうじゃなくて」
なぜか誇らしげに胸を張るクラウス。アジムは「サイズだけならアジムにだって負けないよ!」と言い募るのをスルーして、
「ミランダさんが奥さんじゃないの?
一夫多妻?」
「ああ、ミランダはネット嫁で、
今言われたのは現実嫁だね。
現実嫁もプレイヤーだから、
ミランダからボクを寝取ったり、ボクからミランダを寝取ったりしてるんだよ」
アジムはクラウスの返事を聞いて黙り込む。つまりクラウスの現実の奥さんはオンライン上とは言え、自分の旦那から旦那の女を寝取るプレイも楽しんでやっていることになる。
「……オンラインってすごいなぁ」
アジムのシミジミとつぶやいた声に、パーティメンバーからくすくすと笑い声が返る。そうこうしている間に、斥候に出ていたルナロッサが闇の中から帰ってきた。
「何を和んでんだよ。
いたぜ。邪妖精が20だ」
その言葉を聞いて頭を振って切り替える。さすがに邪妖精相手でも色ボケしているとろくなことはない。
「数や編成は?」
「族長が1に杖持った祈祷師が2。
ちょっと大柄な戦闘職らしきのが4と弓もったのが2。
後は普通の邪妖精だな。
ああ、見張りをやってた一匹はアタシが処理したから見えた範囲では19になってる」
「距離は?」
「ここからだとだいたい50mくらいかな。
ただ、曲がりくねった道の向こうだから、
魔法や射撃武器の射線は接敵まで通らないと思う」
クラウスは少し考え込んでから顔を上げると、アジムに視線を向けた。
「今日はアジムの戦い方が見たいから、
最前線をお願いできるかな」
その言葉にアジムは頷く。
敵を前に。味方を背に。それはアジムの望むところでもある。
「アジムを中心に左右にリリィさんとミランダ。
ボクとメルフィナさんが中央で後方警戒をルナにお願いするね」
それぞれから了承の声が返るのを確認して、クラウスはもう一度アジムに視線を向けた。
「本当ならあらかじめ支援魔法をかけておくんだけど、
アジムの普段の戦闘が見たいから
あまり援護もしないでおくよ。邪妖精ていどなら楽勝だよね?」
その言葉にも、アジムは自信をもって頷く。
クラウスは笑みを浮かべると、
「それじゃあ、隊列変更が終わったらゆっくり近づこうか」
クラウスの言葉に従って、リリィは後ろに下がるルナロッサに松明を手渡して魔法使い二人を追い越し、アジムの隣まで移動する。リリィがやってきたことに気づいたアジムが視線を向けてきたので笑みを返しておいて、リリィは腰の鞘からゆっくりと剣を抜く。
アジムと決闘をするときに使っている剣ではなく、冒険用に鍛冶屋で作ってもらい、メルフィナに強化してもらった剣だ。刀身がわずかに反ったサーベル状の剣で、片手で使うように小さめに作られた持ち手には手を保護するためのガードがつけられている。リリィはそれを右手で軽く振るって感触を確かめた。
リリィが目を向けると、アジムも背負っていた大きな剣をベルトから外して手にしていた。絞るようにその柄を握りしめて感触を確かめてから、会話の邪魔にならないようにと外していた兜をかぶっている。そんなアジムの向こう側で、鈍器を手にしたミランダも軽くそれを振るって準備運動をしていた。
前衛を担う三人はそれぞれに準備が終わると視線を交し合い、最後にクラウスに目を向ける。それに応じてクラウスが頷くと、ゆっくりと足を奥へ奥へと進めていく。
途中、矢を顔面に受けてこと切れた邪妖精が転がっていた。これがルナロッサが処理したという見張りの邪妖精だろう。さらに足を進めると邪妖精たちのいる場所から光と物音が聞こえるようになってくる。戦闘が近づくのを感じ、武器を持つ手に緊張が漲ってくる。
リリィがふとアジムに目を向けると、アジムは緊張してはいるようだが血気に逸る様子もなく、邪妖精のいる方向を鋭い目でうかがっていた。向けられているリリィの視線に気が付いたのか、兜の中の目がこちらを向いたと思うと、鋭かった目が勇気づけるようにわずかに緩む。
アジムの笑みに不必要な緊張が緩んだリリィも笑みを返し、アジムとミランダに歩調を合わせて洞窟を進んでいく。
そして、強い光が漏れてきている曲がり角を曲がると、身構えた邪妖精たちがいる広場にたどり着いた。
ルナロッサの言葉の通りの数と編成の邪妖精たちが、それぞれに「ガウ」「ギャウ」と威嚇の声を上げている。一番奥に草と茨で編んだ冠をかぶった、偉そうな邪妖精が見える。それが族長だろう。その左右を祈祷師らしいけばけばしい衣装を身に着けた杖を持った邪妖精が固めている。大柄な戦闘職とそれ以外の邪妖精は粗末な槍や錆びた剣を振りかざしてあざけるように前に出てきているが、弓を持っているという邪妖精の姿が見えない。遮蔽物の陰から狙っているのだろうか。
「ミランダ、弓を警戒して!」
クラウスから指示が飛んで、ミランダは魔法使い二人を庇える場所に立ち位置を変える。ミランダが持っているのは光を放つ盾だ。弓を射るために狙いをつけようとするとその光が目に入るので、隠れている弓使いはまぶしい思いをするだろう。
邪妖精たちが威嚇の声を上げながら、じりじりと近づいてくる。女性の多いパーティであることから、孕ませる相手の品定めをしているらしい。ただでさえ醜悪な顔が下品な欲望に歪んで、生理的な嫌悪感を感じる。自分たちのほうが数が多いからか、完全に侮ってかかる邪妖精どもに<火の矢>でもぶち込んでやろうかとリリィが左手を上げたところで、アジムがその肩に大剣を担いで大きく息を吸った。
突撃の準備と感じてリリィが右手の剣の柄を握り直し、邪妖精どもが警戒して剣や槍の切っ先をアジムに向けた瞬間に、それが響き渡った。
「……おおおおおぉぉぉぉぉ!!」
地面が、空気が、びりびりと震える。
身体に衝撃を感じるほどの咆哮が、アジムから発せられた。
邪妖精どもの半端な威嚇とはものが違う。聞くものすべての心胆を握りつぶす、捕食者が餌に対してその存在を叩きつけて動きを封じる威圧の咆哮だ。正面からそれを叩きつけられた邪妖精どもはその凄まじいまでの圧力に、喰われる恐怖を理解させられて完全に竦みあがっている。横にいて、正面からその咆哮を叩きつけられなかったリリィだが、その余波だけでも驚きで戦いを忘れてしまっていた。後ろにいてさらに余波が少なかったはずのクラウスやメルフィナですら、驚きのあまり固まっている。
そして、アジムが大剣を肩に担いだアジムが、無造作に突っ込む。
敵も味方すらも動けない空間を、アジムだけが駆け抜けていく。
そのまま大きな背中を見送ってしまったリリィはアジムが邪妖精たちの前までたどり着き、その剣を振りかぶったところでようやく気を取り直した。敵中に孤立させてしまってはいけないと、慌ててその背を追って走りかける。ミランダも同じように慌てた様子で動きかけていた。
だが、その心配は杞憂だった。
正面からアジムの咆哮を受けた邪妖精たちは未だに立ち直っていない。そこに、大剣の薙ぎ払いが襲い掛かる。
ぶづっ、と、湿った切断音がした。
アジムの大剣は邪妖精の肉を、臓腑を、背骨を切断して、腰と胴を断ち切った。頭からの意志を失った下半身はその場で膝をつき、下半身の支えを失った上半身は生暖かい血と臓物をまき散らしながらくるくると宙を舞って、びちゃりと地面に叩きつけられた。アジムの大剣は邪妖精の命を刈り取っても勢いを落とさず、そのままさらに横にいた別の邪妖精を襲って同じ惨劇をもう一つ作り出した。
地面に落ちた邪妖精はまだこと切れていなかった。急激に光が失われていく目を同族に向け、助けを求めるように手を差し出し「ギ……ガ……」と訴えかけるように声を上げて、そのまま力尽きた。
邪妖精たちは同族の血の匂いと悲鳴に気を取り直したが、それゆえに惨劇を理解して恐慌に陥った。弱者を踏みにじり蹂躙する悪辣さはあっても、アジムという圧倒的な暴力に抗おうという気概など、邪妖精たちにはありはしない。すぐに族長や戦闘職も含めて逃げ散り始めた。1対19になるはずだった戦いだったが、たった一太刀ですでに掃討戦の気配だ。むろん、1が掃討する側だ。
アジムの大剣が容赦なく邪妖精たちを肉片に変えていく。
「うわぁ……」
その呟きは誰の口から洩れたものか。
5分と経たず、アジムによる一方的な掃討は幕を下ろした。
だから、戦争でプリンセス登録していたクラウスを
勝ったときに襲ってあげたんですよー」
ルナロッサを斥候に出し、アジムとミランダを前において、中央にクラウスとメルフィナの魔法使い二人。最後尾に不意打ち警戒のためにリリィを置いた隊形で洞窟を進む。ルナロッサが斥候してくれているので気楽なものだ。視線はさすがに左右を警戒しているが、歩くたびに音を立てる鎧のせいで敵がいれば接近には気づかれるだろうし、黙っている理由はないので適当に雑談している。
「戦争ってギルドの戦いなんですか?」
「はい、個人同士じゃないギルド単位での戦いですね。
これもランキング化されて戦争ギルドの頂点を目指したりするんですよー」
ミランダが光を放つ盾を構えて行く先を照らし、後ろからリリィが手にした松明の炎がパーティを照らしてくれているので視界の確保は問題ない。<夜目>の魔法もかかっているが、やはり明かりがあると安心する。
「戦争はランキング戦でポイント制なんですが、
同時に何かをかけて戦うことも多いんです。
お金や武具、何かの権利だったりすることもありますが、
たいていはギルド所属のプレイヤーの身柄をかけて戦うんです」
「それがプリンセス登録というやつですか?」
「はい。負けたら陵辱される対象としての登録ですね。
もちろん、男性でもなれます。一晩好きにされるのが一般的ですね」
アジムは肩越しにちらりとクラウスに視線を向ける。
「知り合いのギルドが戦争やるのに人数が足りない時に声をかけられたんだよ。
せっかく参加するんだし、試しにプリンセス登録してみたら、
さくっと負けて襲われちゃったんだよねー」
クラウスがそう言って気楽に笑う。
アジムが視線をミランダに戻すと、
「その時は私が所属していたギルドが勝ったので、
クラウスを可愛がってあげたんですよ。
ああ、延々と寸止めされて
泣きながら腰をカクカクさせていたのは可愛かったですねぇ」
ミランダが妙に熱っぽく息をつく。
「でも、その後に同じように戦争で戦ったら
こちらが負けてしまったんですが……。
今度はクラウスに徹底的にいぢめられまして」
顔を赤らめて、ミランダが自分の身体を抱いてよじる。
「私が勝ってかわいがってあげた時には
可愛いおちんちんだったのに、
そのときは足が三本に見えるようなとんでもないものがぶら下がっていて、
気絶するまで徹底的に犯られて目覚めさせられちゃったんですよねー」
嬉しそうに笑いつつもその時のことを思い出したのか、頬を赤らめてさらに熱っぽい息を漏らす。
アジムはどう反応していいのかわからず、曖昧な笑みだけ返した。
「こっちのギルドに移籍してからはクラウスの奥さんとする
寝取り寝取られ修羅場プレイもいいですし、
本当に充実してるんですよー」
ミランダの言葉を聞いたアジムはクラウスに視線を向けた。
「ボクは<巨根>スキル入れてるからね。
意図的にサイズ変更できるんだよ」
「いや、そうじゃなくて」
なぜか誇らしげに胸を張るクラウス。アジムは「サイズだけならアジムにだって負けないよ!」と言い募るのをスルーして、
「ミランダさんが奥さんじゃないの?
一夫多妻?」
「ああ、ミランダはネット嫁で、
今言われたのは現実嫁だね。
現実嫁もプレイヤーだから、
ミランダからボクを寝取ったり、ボクからミランダを寝取ったりしてるんだよ」
アジムはクラウスの返事を聞いて黙り込む。つまりクラウスの現実の奥さんはオンライン上とは言え、自分の旦那から旦那の女を寝取るプレイも楽しんでやっていることになる。
「……オンラインってすごいなぁ」
アジムのシミジミとつぶやいた声に、パーティメンバーからくすくすと笑い声が返る。そうこうしている間に、斥候に出ていたルナロッサが闇の中から帰ってきた。
「何を和んでんだよ。
いたぜ。邪妖精が20だ」
その言葉を聞いて頭を振って切り替える。さすがに邪妖精相手でも色ボケしているとろくなことはない。
「数や編成は?」
「族長が1に杖持った祈祷師が2。
ちょっと大柄な戦闘職らしきのが4と弓もったのが2。
後は普通の邪妖精だな。
ああ、見張りをやってた一匹はアタシが処理したから見えた範囲では19になってる」
「距離は?」
「ここからだとだいたい50mくらいかな。
ただ、曲がりくねった道の向こうだから、
魔法や射撃武器の射線は接敵まで通らないと思う」
クラウスは少し考え込んでから顔を上げると、アジムに視線を向けた。
「今日はアジムの戦い方が見たいから、
最前線をお願いできるかな」
その言葉にアジムは頷く。
敵を前に。味方を背に。それはアジムの望むところでもある。
「アジムを中心に左右にリリィさんとミランダ。
ボクとメルフィナさんが中央で後方警戒をルナにお願いするね」
それぞれから了承の声が返るのを確認して、クラウスはもう一度アジムに視線を向けた。
「本当ならあらかじめ支援魔法をかけておくんだけど、
アジムの普段の戦闘が見たいから
あまり援護もしないでおくよ。邪妖精ていどなら楽勝だよね?」
その言葉にも、アジムは自信をもって頷く。
クラウスは笑みを浮かべると、
「それじゃあ、隊列変更が終わったらゆっくり近づこうか」
クラウスの言葉に従って、リリィは後ろに下がるルナロッサに松明を手渡して魔法使い二人を追い越し、アジムの隣まで移動する。リリィがやってきたことに気づいたアジムが視線を向けてきたので笑みを返しておいて、リリィは腰の鞘からゆっくりと剣を抜く。
アジムと決闘をするときに使っている剣ではなく、冒険用に鍛冶屋で作ってもらい、メルフィナに強化してもらった剣だ。刀身がわずかに反ったサーベル状の剣で、片手で使うように小さめに作られた持ち手には手を保護するためのガードがつけられている。リリィはそれを右手で軽く振るって感触を確かめた。
リリィが目を向けると、アジムも背負っていた大きな剣をベルトから外して手にしていた。絞るようにその柄を握りしめて感触を確かめてから、会話の邪魔にならないようにと外していた兜をかぶっている。そんなアジムの向こう側で、鈍器を手にしたミランダも軽くそれを振るって準備運動をしていた。
前衛を担う三人はそれぞれに準備が終わると視線を交し合い、最後にクラウスに目を向ける。それに応じてクラウスが頷くと、ゆっくりと足を奥へ奥へと進めていく。
途中、矢を顔面に受けてこと切れた邪妖精が転がっていた。これがルナロッサが処理したという見張りの邪妖精だろう。さらに足を進めると邪妖精たちのいる場所から光と物音が聞こえるようになってくる。戦闘が近づくのを感じ、武器を持つ手に緊張が漲ってくる。
リリィがふとアジムに目を向けると、アジムは緊張してはいるようだが血気に逸る様子もなく、邪妖精のいる方向を鋭い目でうかがっていた。向けられているリリィの視線に気が付いたのか、兜の中の目がこちらを向いたと思うと、鋭かった目が勇気づけるようにわずかに緩む。
アジムの笑みに不必要な緊張が緩んだリリィも笑みを返し、アジムとミランダに歩調を合わせて洞窟を進んでいく。
そして、強い光が漏れてきている曲がり角を曲がると、身構えた邪妖精たちがいる広場にたどり着いた。
ルナロッサの言葉の通りの数と編成の邪妖精たちが、それぞれに「ガウ」「ギャウ」と威嚇の声を上げている。一番奥に草と茨で編んだ冠をかぶった、偉そうな邪妖精が見える。それが族長だろう。その左右を祈祷師らしいけばけばしい衣装を身に着けた杖を持った邪妖精が固めている。大柄な戦闘職とそれ以外の邪妖精は粗末な槍や錆びた剣を振りかざしてあざけるように前に出てきているが、弓を持っているという邪妖精の姿が見えない。遮蔽物の陰から狙っているのだろうか。
「ミランダ、弓を警戒して!」
クラウスから指示が飛んで、ミランダは魔法使い二人を庇える場所に立ち位置を変える。ミランダが持っているのは光を放つ盾だ。弓を射るために狙いをつけようとするとその光が目に入るので、隠れている弓使いはまぶしい思いをするだろう。
邪妖精たちが威嚇の声を上げながら、じりじりと近づいてくる。女性の多いパーティであることから、孕ませる相手の品定めをしているらしい。ただでさえ醜悪な顔が下品な欲望に歪んで、生理的な嫌悪感を感じる。自分たちのほうが数が多いからか、完全に侮ってかかる邪妖精どもに<火の矢>でもぶち込んでやろうかとリリィが左手を上げたところで、アジムがその肩に大剣を担いで大きく息を吸った。
突撃の準備と感じてリリィが右手の剣の柄を握り直し、邪妖精どもが警戒して剣や槍の切っ先をアジムに向けた瞬間に、それが響き渡った。
「……おおおおおぉぉぉぉぉ!!」
地面が、空気が、びりびりと震える。
身体に衝撃を感じるほどの咆哮が、アジムから発せられた。
邪妖精どもの半端な威嚇とはものが違う。聞くものすべての心胆を握りつぶす、捕食者が餌に対してその存在を叩きつけて動きを封じる威圧の咆哮だ。正面からそれを叩きつけられた邪妖精どもはその凄まじいまでの圧力に、喰われる恐怖を理解させられて完全に竦みあがっている。横にいて、正面からその咆哮を叩きつけられなかったリリィだが、その余波だけでも驚きで戦いを忘れてしまっていた。後ろにいてさらに余波が少なかったはずのクラウスやメルフィナですら、驚きのあまり固まっている。
そして、アジムが大剣を肩に担いだアジムが、無造作に突っ込む。
敵も味方すらも動けない空間を、アジムだけが駆け抜けていく。
そのまま大きな背中を見送ってしまったリリィはアジムが邪妖精たちの前までたどり着き、その剣を振りかぶったところでようやく気を取り直した。敵中に孤立させてしまってはいけないと、慌ててその背を追って走りかける。ミランダも同じように慌てた様子で動きかけていた。
だが、その心配は杞憂だった。
正面からアジムの咆哮を受けた邪妖精たちは未だに立ち直っていない。そこに、大剣の薙ぎ払いが襲い掛かる。
ぶづっ、と、湿った切断音がした。
アジムの大剣は邪妖精の肉を、臓腑を、背骨を切断して、腰と胴を断ち切った。頭からの意志を失った下半身はその場で膝をつき、下半身の支えを失った上半身は生暖かい血と臓物をまき散らしながらくるくると宙を舞って、びちゃりと地面に叩きつけられた。アジムの大剣は邪妖精の命を刈り取っても勢いを落とさず、そのままさらに横にいた別の邪妖精を襲って同じ惨劇をもう一つ作り出した。
地面に落ちた邪妖精はまだこと切れていなかった。急激に光が失われていく目を同族に向け、助けを求めるように手を差し出し「ギ……ガ……」と訴えかけるように声を上げて、そのまま力尽きた。
邪妖精たちは同族の血の匂いと悲鳴に気を取り直したが、それゆえに惨劇を理解して恐慌に陥った。弱者を踏みにじり蹂躙する悪辣さはあっても、アジムという圧倒的な暴力に抗おうという気概など、邪妖精たちにはありはしない。すぐに族長や戦闘職も含めて逃げ散り始めた。1対19になるはずだった戦いだったが、たった一太刀ですでに掃討戦の気配だ。むろん、1が掃討する側だ。
アジムの大剣が容赦なく邪妖精たちを肉片に変えていく。
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