上 下
29 / 122
侍 シズカ・トモエ

侍 シズカ・トモエ(2)

しおりを挟む
 出だしこそ置いてけぼりだったが、歓迎会なのでアジムを中心にギルドメンバーが話を振ってくれる。アジムは内心ではわたわたと、しかし表情には出ないまま、質問されることに応えていく。リリィが最初に決闘メインでプレイすると言っておいてくれていたおかげで、その関連の話が多く振ってもらえて、知らないことが多いアジムにはすごくありがたい。

「リリィとメルフィナとローズガーデンの二人とやったのか。
 それぞれのアジムさんの評価はどんなもんなの?」
「初心者だっていうのを考慮すると、ものすごく強いと思うよ。
 タフなのはモチロンだけど、ずっと防ぐだけの状況でも、
 動揺してくれないんだもん」
「私はゴーレムをぶつけただけなので強い弱いはなんとも言えませんけど、
 アジムさん、確かに動揺はしないですねぇ。
 落下して閉じ込められかかっているのに、
 冷静に<夜目>のポーションを飲んでましたし」

 リリィとメルフィナがアジムに興味があるらしい獣人の少女に応えている間、アジムはルナロッサが作り、ソフィアが並べてくれた料理を口に運んでいた。ヴェネツィアはアドリア海に突き出た港町だ。その地元料理はアドリア海で採れる豊富な魚介を使ったものが多い。どこか日本の南蛮漬けに似たサルデインサオール鰯と玉ねぎの酢漬けや薄く切ったパンに干ダラのマンテカート戻しペーストを塗ったもの、新鮮な小エビを茹でて塩を振ったものなど、ワインに合うものもあれば、スカンピ海老のタリアテッレ幅広パスタやイカ墨リゾットなど、腹にたまるものもしっかりと用意されていた。それ以外にも広場で露店で見かけたスップリライスコロッケやフェガト・アッラ・ベネチ仔牛レバー玉ねぎ炒めアーナのような魚介以外の料理も用意されている。
 現実リアルのアジムはあまり開けているとは言い難い山育ちだ。マグロやサバ、アジのような一般的な魚であれば刺身や焼き魚、煮魚として食卓に並ぶが、新鮮な魚やエビ、イカを使ったヴェネツィア料理など、そもそも存在自体知らなかった。ルナロッサの作ってくれた料理はどれも馴染みはなかったが、目新しくて旨い。
 ほかのギルドメンバーたちがワインを傾けつつ、話をしつつであまり料理が減らないなかで、アジムの前に並んだ皿からは料理があっという間に消えていく。表情はあまり変わらなくとも口元を緩めて満足げな息を漏らしながら、もりもり食べる姿はルナロッサとソフィアにしっかりと見られていたらしい。気が付くと料理がなくなっていたはずの皿に新たに料理がてんこ盛りになっていた。
 アジムが二人に目を向けると、食べるアジムをにこやかに見ていた。特にルナロッサはにっこにこだ。作ったものを美味しそうにたくさん食べてもらえるのは嬉しいらしい。

「で、そっちのアジムさんを餌付けしている姉妹の評価は?」

 獣人の少女から問われたルナロッサとソフィアは顔を見合わせてどちらが応えるのか視線で譲り合ってから、ルナロッサがアジムに向き直った。

「気を悪くしないで聞いてもらいたいんけど……
 ぶっちゃけ、ONオンの都市決闘は絶望的に向いてないな」

 アジムは口の中のエビを飲み込みながら、ルナロッサの気遣う視線に向かって頷く。勝って二人を陵辱するまでに、8連敗していた。最後の勝ち方も、アジムが待ち構えているところを襲いに来るという、二人にとってかなり不利なシチュエーションで勝たせてもらったようなものだ。

「まず、ONの都市決闘やるにはアジムは目立ちすぎるんだよ。
 でかい! いかつい! だから、一万人とかの都市でも普通に噂になる。
 決闘相手に簡単に居場所がばれるから、一方的に不利な状況にされるんだ」

 ギルドメンバーの視線がアジムに集中して、全員が納得して頷いた。身長だけみても大航海時代直前のヴェネツィアのような世界有数の大都市でもアジムは頭二つ分は飛び出て見えるので、遠くからでもおそろしく目立つ。「集合はアジムの下」で解散しても簡単に合流できる。そのうえ、アジムの身体は馬鹿げて分厚い筋肉に覆われているので、容易く噂になる。

「あと、アジムは結構、潔癖だよな。
 ONの都市決闘やるなら人でなしじゃないと戦術が制限されるぞ。
 例えば……リリィ、アタシらとONの都市決闘やるならまず何する?」
「街を焼く」
「クラウスは?」
「井戸水を毒に変える」
「ほら。途中から教えたけど、
 アタシらみたいな社会スキルで戦うキャラクターと
 直接戦闘スキルを使う戦士や魔法使いがONの都市決闘をやるなら、
 NPCノンプレイヤーキャラを間引いて社会をぶっ壊す戦術をとらないと」

 火の魔法剣士リリィ水の魔法使いクラウスが使う魔法属性に合わせた虐殺手段を即答するのをひきつった顔で聞いていたアジムは、ルナロッサに言われて頭を掻いた。

「や、こっちから襲っても反撃してくる人なら遠慮はしないんですが、
 逃げ惑うのを後ろからばっさりというのは、抵抗があって」
「まあ、逃げてる人を躊躇ためらいなく後ろから切れる人間よりは
 仲間として信用できるけどさ。
 NPCはNPCなんだと割り切れないとなー」
「極論ですが、ONの都市決闘は
 赤ちゃんをみたら爆発物を仕込むのに適しているな、と、
 ごく自然に考えられるくらいの外道さ、非道さがないと強くなれませんし、
 アジムさんはプレイヤー的にもキャラクター的にも向いていないと思いますよ」

 ルナロッサの説明をソフィアが締めくくる。アジムももう一度、二人に向かって頷いた。

「自分の都合のためだけにNPCを斬るのは心苦しいので、
 ONの都市決闘は俺としてもあんまり好きになれそうにないです」
「それにしたって……アジムくん、8連敗もしたんだっけ?
 一試合一晩なんていう超スピード決着だし、
 現実リアルで一週間以上負けっぱなしでしょ。
 ルナもソフィアももうちょっと手加減してあげてもよかったんじゃないの?」
「いや、途中からONの都市決闘の戦い方とかレクチャーしてたんだぜ?」
「真っ向勝負になりやすいように、
 決闘する都市の人口をどんどん減らしていったりもしたんですよ」

 リリィの言葉にルナロッサとソフィアがすこし気まずそうに言い訳する。

 今回はアジムがあまりにもへっぽこだったため、一試合が現実の一晩で済んだ。だが、平日夜の3時間そこそこでアジムが補足され、撃破されたわけではない。1時から24時までは現実の時間と同じ時間がゲーム内でも流れているが、日付変更の0時から1時までは現実の1時間がゲーム内の25時間に引き伸ばされている。

 つまり、現実の0時から1時までの1時間で、ゲーム内では1日が進むのだ。

 これはゲームのメインユーザーである若い勤め人の勤務時間に考慮した形だ。
 通勤時間にもよるだろうが一人暮らしをしている勤め人が仕事から帰ってきて食事や家事をこなして「さあログイン!」と構えると、22時を過ぎていることも多いだろう。中世ファンタジー世界は太陽の動きに合わせて生活しているのだ。22時など真夜中である。街は寝静まっているし、外に出れば夜行性のモンスターが活発化している時間だ。人との交流や冒険など楽しめるはずもない。これに対して運営が回答したのが「0時からの1時間で1日」という時間ルールだ。
 これにより平日の夜のログインでもゲーム内で昼間の活動ができるようになり、大多数のユーザーには喜びをもって受け入れられた。ただ「0時からの1時間」にログインできない深夜勤務などのプレイヤーが離れてしまう結果にもなってしまったが、そこは運営側も万人に完璧に合わせきるルールなどありえないことも理解しており、謝罪とともに残ってくれたユーザーを大事にしていく方針を打ち出している。

「まあ、
 自分がONの都市決闘に向いていないことがわかったのでよかったですよ。
 これで普通の決闘を中心に考えられますし」

 ルナロッサとソフィアが小さくなっているのを見てアジムは話に割り込んだ。せっかく都市決闘を教えてくれたのに、二人が責められるのはアジムのほうが申し訳ない。

「そうだねぇ。普通の決闘も決闘ルールがいくつかあるけど、
 とりあえずは一人ソロの戦闘経験を増やすのがいいかな?」

 アジムの意を酌んでくれたのか、リリィがアジムの話に乗ってきた。そのリリィの言葉を聞いて、前衛を担当するらしきギルドメンバーがうきうきした顔になった。獣人の少女が特に嬉しそうに表情を明るくしている。

「だったら、アタシはシズカさんとるのをオススメするな」
「あー。なるほど。シズカさんだったら直接戦闘の搦め手を覚えるのに適任だね」

 ルナロッサの言葉にリリィが納得したように声を出す。聞いていた獣人の少女も自分よりも適任だと思ったのか、立っていた耳が、ぺにょん、と悲し気に倒れている。

「ええと、俺は別に誰とでも構いませんよ」
「いや、ボクもシズカさんと先に戦っておくほうがいいと思う。
 ボクはシズカさんと戦った後の、強くなったアジムさんとやらせてもらうよ!」

 アジムが獣人の少女に声をかけたが、どうもバトルジャンキーのきらいがあるらしい少女は気を取り直したらしく、笑みを浮かべてそう答えた。倒れていた耳もぴんと立ち直っている。

「そうですか? それじゃあ、その、シズカさんにご挨拶を……」
「あー。シズカさん、今日はログインできてないんだよ。
 だから、私から連絡を入れておくね」

 そこまで言ってから、リリィが笑顔をにやりと悪ぶったものに変える。

「シズカさんは剣……っていうか、刀の専門家だからね。
 対処方法に気づくまで何度も死ぬと思うけど、がんばってね、アジムくん!」

 アジムはリリィに頷きながら会話の間も食べ続けていて空になった皿を、そろりとルナロッサとソフィアに差し出す。差し出された姉妹はてんこ盛りにしたはずの料理がいつの間にやらすべてアジムの腹に収まっていたことに目を丸くしたが、笑みを浮かべて差し出されたそれを受け取った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...