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付与魔術師 メルフィナ・ノースウィンド
付与魔術師 メルフィナ・ノースウィンド(1)
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付与魔法、という魔法の種類がある。
付与とは「授け、与えること」を示す。魔法で行う場合は「物体に魔法の力を授け、与えること」となる。魔法剣士などが使う強化魔術との違いは、強化の対象が生物なのか、物体なのかが大きな違いだ。また、強化魔法は一定時間が過ぎると効果を失うものであるのに対し、付与魔法は種類によっては永続的に物体にかかり続けるものが存在する。このため、武具などを特定の付与魔法で強化すると、永続的に強化されるようになる。それに加えて物体自体が魔力を帯びるようになるので、極端に壊れにくくなる。
敵の攻撃を回避せず、鎧や剣で受け止める戦い方をするアジムには、防御力の向上も助かるが、それ以上に「壊れない鎧」になるのはありがたい。
アジムは付与魔術師を訪ねるため、一週間近い旅を経て、ようやく魔術師が住むという塔にたどり着いていた。
街から離れた荒野にぽつんと立つ一本の塔。
塔が見えたので、もうすぐつくだろうと思ってから、ずいぶんと移動させられた。塔の根元に来て見上げてみれば、遠くから見えていたのか時間がかかるのは仕方ないと納得する。目算で4・5階程度はあるだろうか。塔の幅も大きなもので、一回りするだけで5分くらいはかかりそうだ。窓のほとんどない石造りの重厚な塔が、聳え立っていた。
入り口は両開きの大きな木の扉が一箇所あるだけで、ほかに出入りできそうな場所はない。獅子の顔をかたどったドアノッカーがついている。
アジムは移動中の砂塵を軽く払い、汗を拭いてからドアノッカーを使ってノックする。
こんな小さな音で住人に聞こえるのだろうかと思っていたら、すぐに「どうぞ」という女の声が聞こえてきた。どうもドアノッカー自体が魔法の品で、音や声を中継しているらしかった。
アジムが扉を開けて中に入るとさえぎるものの何もない、酷く殺風景な玄関ホールに出迎えられる。1・2階部分が丸ごと玄関ホールになっているらしく、奥側が階段になっていて、階段を上った場所に一つだけ扉があった。玄関ホールというよりも大広間のようだ。石造りがそのままの壁面には魔法の照明が掲げられているが、壁面に変化があるのはそれくらいで、外壁となんら変わらない。床はつるつるとした得体の知れない材質で、かなり滑りやすい。
アジムが食料や天幕などを一まとめにした荷物を床に降ろしていると、塔の主人が階段上の扉から姿を見せた。
長い紫の巻き毛の肉感的な女だった。
女性として高めの身長で、年のころは20代前半から半ばに見える。きつめの顔立ちの、すっと通った鼻筋と髪と同じ色の瞳が華やかな印象の美女だ。そんな女の白い肌の中にある赤い唇と、右目のしたの泣きぼくろが、女に色を加えていた。豊かな胸は黒のキャミソールドレスから零れ落ちそうなほどで、肌を隠す気のない首筋や肩を流れてきた癖のある紫の髪が、腕を組んで持ち上げられたその胸の上にのっている。
女は酷く冷たい目をして、アジムを階段上から見下ろしていた。
「あんたが、付与魔術師のメルフィナさんかい?」
「ええ。私がメルフィナ・ノースウィンドよ」
「俺はアジム。あんたに鎧を強化してもらいたくて……」
「お断りよ」
言葉の途中でぶった切られたアジムは鼻白んだ顔になった。
「おいおい、はるばる訪ねてきたのに、いきなりそりゃないだろう。
何だってんだよ」
ハスキーな声に嫌悪感をむき出しにしたメルフィナが、吐き捨てるように応える。
「私はリリィの友人よ。
それ以上、説明はいるかしら」
メルフィナの言葉を、アジムは鼻で笑った。
「ああ。決闘で負けて泣いてよがらされたリリィちゃんが、
あちこち泣きついたのかよ」
怒りのあまり言葉を失ったメルフィナを無視して、アジムは背負っていた大剣を手に取る。
「しょうがねぇな。
普通に金を払って強化してもらうつもりだったが、ヤメだ。
ちょっとかわいがって、やらせてくださいと言わせてやろう」
にやにやと笑みを浮かべてみせるアジムに、メルフィナも殺意に満ちた笑みを返す。
「今から肉片になる人が、どうやったらそんなことができるのかしら」
「あぁん?」
アジムが訝しむ声を上げたのと、メルフィナが指を鳴らしたのは同時だった。
アジムの足元が消失する。
「うおおぉ!?」
殺風景な玄関ホールには咄嗟につかまれるようなものもなく、アジムはなすすべもなく落下した。
落下距離はたいしたことはなく、アジムは怪我もなく着地したが、やはり外壁と同じ石壁に覆われた落下場所からは、重装備のアジムにはとても上れそうにない。
「いいざまね」
そんなアジムにメルフィナが声をかけてくる。
見上げると、メルフィナがもともとアジムがいた階段下まで降りてきていた。
「そこは私が付与魔法で作ったゴーレムたちの倉庫よ」
メルフィナがまた指を鳴らすと、消失していた玄関ホールの足場がふたたび現れ始め、メルフィナの姿が見えなくなっていく。
「あの子に……リリィにしたことを後悔して、
ぐちゃぐちゃに潰れて死んでしまいなさい」
玄関ホールの足場が確かなものになり、メルフィナの姿が見えなくなると、同時に玄関ホールから落ちてきていた照明の明かりもなくなり、落下場所は真っ暗になった。
アジムはいつも身に付けているポーションバックの中から「夜目」のポーションを抜き取り、口に運ぶ。落下場所を問題なく見渡せるようになると、扉が一つあることに気がついた。扉の向こう側からは、機械音が聞こえてきている。あれがゴーレムの倉庫なのだろう。
アジムはにんまりと口元に笑みを浮かべ、剣を構える。
倉庫なのであれば、出入りは必要だろう。閉じ込められたわけではない。
アジムは扉を蹴破って現れたゴーレムに斬りかかった。
付与とは「授け、与えること」を示す。魔法で行う場合は「物体に魔法の力を授け、与えること」となる。魔法剣士などが使う強化魔術との違いは、強化の対象が生物なのか、物体なのかが大きな違いだ。また、強化魔法は一定時間が過ぎると効果を失うものであるのに対し、付与魔法は種類によっては永続的に物体にかかり続けるものが存在する。このため、武具などを特定の付与魔法で強化すると、永続的に強化されるようになる。それに加えて物体自体が魔力を帯びるようになるので、極端に壊れにくくなる。
敵の攻撃を回避せず、鎧や剣で受け止める戦い方をするアジムには、防御力の向上も助かるが、それ以上に「壊れない鎧」になるのはありがたい。
アジムは付与魔術師を訪ねるため、一週間近い旅を経て、ようやく魔術師が住むという塔にたどり着いていた。
街から離れた荒野にぽつんと立つ一本の塔。
塔が見えたので、もうすぐつくだろうと思ってから、ずいぶんと移動させられた。塔の根元に来て見上げてみれば、遠くから見えていたのか時間がかかるのは仕方ないと納得する。目算で4・5階程度はあるだろうか。塔の幅も大きなもので、一回りするだけで5分くらいはかかりそうだ。窓のほとんどない石造りの重厚な塔が、聳え立っていた。
入り口は両開きの大きな木の扉が一箇所あるだけで、ほかに出入りできそうな場所はない。獅子の顔をかたどったドアノッカーがついている。
アジムは移動中の砂塵を軽く払い、汗を拭いてからドアノッカーを使ってノックする。
こんな小さな音で住人に聞こえるのだろうかと思っていたら、すぐに「どうぞ」という女の声が聞こえてきた。どうもドアノッカー自体が魔法の品で、音や声を中継しているらしかった。
アジムが扉を開けて中に入るとさえぎるものの何もない、酷く殺風景な玄関ホールに出迎えられる。1・2階部分が丸ごと玄関ホールになっているらしく、奥側が階段になっていて、階段を上った場所に一つだけ扉があった。玄関ホールというよりも大広間のようだ。石造りがそのままの壁面には魔法の照明が掲げられているが、壁面に変化があるのはそれくらいで、外壁となんら変わらない。床はつるつるとした得体の知れない材質で、かなり滑りやすい。
アジムが食料や天幕などを一まとめにした荷物を床に降ろしていると、塔の主人が階段上の扉から姿を見せた。
長い紫の巻き毛の肉感的な女だった。
女性として高めの身長で、年のころは20代前半から半ばに見える。きつめの顔立ちの、すっと通った鼻筋と髪と同じ色の瞳が華やかな印象の美女だ。そんな女の白い肌の中にある赤い唇と、右目のしたの泣きぼくろが、女に色を加えていた。豊かな胸は黒のキャミソールドレスから零れ落ちそうなほどで、肌を隠す気のない首筋や肩を流れてきた癖のある紫の髪が、腕を組んで持ち上げられたその胸の上にのっている。
女は酷く冷たい目をして、アジムを階段上から見下ろしていた。
「あんたが、付与魔術師のメルフィナさんかい?」
「ええ。私がメルフィナ・ノースウィンドよ」
「俺はアジム。あんたに鎧を強化してもらいたくて……」
「お断りよ」
言葉の途中でぶった切られたアジムは鼻白んだ顔になった。
「おいおい、はるばる訪ねてきたのに、いきなりそりゃないだろう。
何だってんだよ」
ハスキーな声に嫌悪感をむき出しにしたメルフィナが、吐き捨てるように応える。
「私はリリィの友人よ。
それ以上、説明はいるかしら」
メルフィナの言葉を、アジムは鼻で笑った。
「ああ。決闘で負けて泣いてよがらされたリリィちゃんが、
あちこち泣きついたのかよ」
怒りのあまり言葉を失ったメルフィナを無視して、アジムは背負っていた大剣を手に取る。
「しょうがねぇな。
普通に金を払って強化してもらうつもりだったが、ヤメだ。
ちょっとかわいがって、やらせてくださいと言わせてやろう」
にやにやと笑みを浮かべてみせるアジムに、メルフィナも殺意に満ちた笑みを返す。
「今から肉片になる人が、どうやったらそんなことができるのかしら」
「あぁん?」
アジムが訝しむ声を上げたのと、メルフィナが指を鳴らしたのは同時だった。
アジムの足元が消失する。
「うおおぉ!?」
殺風景な玄関ホールには咄嗟につかまれるようなものもなく、アジムはなすすべもなく落下した。
落下距離はたいしたことはなく、アジムは怪我もなく着地したが、やはり外壁と同じ石壁に覆われた落下場所からは、重装備のアジムにはとても上れそうにない。
「いいざまね」
そんなアジムにメルフィナが声をかけてくる。
見上げると、メルフィナがもともとアジムがいた階段下まで降りてきていた。
「そこは私が付与魔法で作ったゴーレムたちの倉庫よ」
メルフィナがまた指を鳴らすと、消失していた玄関ホールの足場がふたたび現れ始め、メルフィナの姿が見えなくなっていく。
「あの子に……リリィにしたことを後悔して、
ぐちゃぐちゃに潰れて死んでしまいなさい」
玄関ホールの足場が確かなものになり、メルフィナの姿が見えなくなると、同時に玄関ホールから落ちてきていた照明の明かりもなくなり、落下場所は真っ暗になった。
アジムはいつも身に付けているポーションバックの中から「夜目」のポーションを抜き取り、口に運ぶ。落下場所を問題なく見渡せるようになると、扉が一つあることに気がついた。扉の向こう側からは、機械音が聞こえてきている。あれがゴーレムの倉庫なのだろう。
アジムはにんまりと口元に笑みを浮かべ、剣を構える。
倉庫なのであれば、出入りは必要だろう。閉じ込められたわけではない。
アジムは扉を蹴破って現れたゴーレムに斬りかかった。
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