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第43話 友の死

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 飛び交う弾丸が地面に着弾し、あちこちで飛沫|《しぶき》のような砂が巻き上がっている。視界が悪く、ジョンは目を細めた。
 彼はちょうどドクターを連れて戦車の外へ出てきたところだ。事情を話すと、ドクターは二つ返事で動き出してくれたのだけど、あっちへこっちへと必要なものを揃えている間に随分と時間が経ってしまった。こんなことならダンを直接連れてきてやればよかった。
 砂煙に霞む仲間たちの戦車。距離は僅か。全力で走れば数十秒だ。しかし、銃弾が止まない中に迂闊に飛び出すこともできない。ジョン一人ならまだしも、ドクターがいるのだ。それに荷物に弾が当たってもまずい。これは大事な治療道具なのだから。
 ジョンは後ろのドクターへ振り向く。
「向こうの戦車まで走って、どのくらいで行けそうですか?」
 ドクターの眉間に不安の気配が過ぎる。
「どうかな……悪いがオレは足は速くないからな」
 ジョンは再び仲間たちの戦車へ目を向けた。そこまでの短い空間を見定めようと、じっと意識を集中する。
「飛んでくる弾は、そんなに多くはないです。ビンセントの戦車が撃ち損ねた弾が流れてくるくらい。ぼくたちの戦車へも攻撃してきてるんだったら危ないけど、今はそういう感じじゃないし、飛び出す瞬間さえ気をつければ大丈夫。行けますか?」
 ドクターの緊張が空気を通して背中に伝わる。
「ああ、なんとかやってみるよ」
「荷物はぼくが持ってきます。ドクターはとにかく全力で走って」
 ふう、と深く息をつく気配がした。
「よし、じゃあ、一二の三で行くか」
「うん」
 二人は揃って視線を目標の少年たちの戦車へ向けて、
「一、二の、三!」
 
     *****

 室内の雰囲気が、しん、と固まった。バード戦車長は辺りをぐるりと見回すと、横たわる大男の姿に目を止めた。
 彼はビリー、サミー、トミー、デレクの横を通り過ぎて、ビンセントのすぐ脇に、そっと跪く。トミーの目には、その丸めた背が哀愁を纏っているように見えた。
 戦車長は黙ってビンセントを見つめていたけれど、しばらくするとおもむろに立ち上がり、トミーたちの方へ戻ってきた。そうして、少年たちの疑問の視線に気がついたらしく、
「お前らだけじゃ心配でな。戦況は悪くなかったから、来ちまった。居場所は分からなかったが、運良く一人とっ捕まえられてな。聞いたらすぐに教えてくれた」
 彼は静かに俯くと、深く息を落とした。空気を鉛色に変えるくらい、悲しげなため息だった。
「いや、違うな」
 彼らしくない、淡々とした口調。少年たちではなく、自身と対話するかのようだった。
「オレはずっと気になってたんだよ。ビンセントのこと。自分では、それはあいつのことが怖いからだと思ってた。そりゃ、もちろんそうなんだが、でもな……それだけじゃなかったんだよ。オレはずっと、昔のことを――ケンが襲われてるのを黙って見てるしかなかったことを、ビンセント一人に向かって行かせちまったことを、悔やんでたんだ。もし、あの時、オレがビンセントと一緒にケンを助けてたら、何か変わってたかもしれない。ケンは死んだりせず、ビンセントもこんな風にならなかったかもしれない。そう、どこかで思ってたんだ。もともと、ビンセントは癇は強かったが、決して悪い奴じゃなかった。ビンセントが死ぬ気だって気がついて、ようやく自分の気持ちが分かった」
「死ぬ気?」
 ビリーが頓狂な声を上げた。
「どういうことだよ?」
 バード戦車長は、力なくかぶりを振った。
「あいつはこんな回りくどいことする奴じゃないんだよ。必要があれば誰のことだって、その場で叩きのめす。そういう奴だ。でも、お前らに対しては違った。オレらとの撃ち合いも、あいつが指揮とってんなら勝ち目はないはずなのに、どういうわけかこっちの優勢だ。なんでだ、なんでだって考えてるうちに、思い当たったのが、奴が負ける気でいるってことだった」
 妙な話だけれど、トミーには合点がいった。殺されるつもりだったからこそ、ビンセントは自分たちをあれだけ挑発していたのだ。
「ビンセント……さんは、」
 まだ涙の余韻が残る声で、サミーが話し始めた。
「きっと、疲れてたんですね。ずっと勝ち続けることに。他人を蹴落として頂点に立って、這い上がってきた人を蹴落として。それが、もう嫌だった。でも、ケンっていう友だちへの償いのために、止めるわけにはいかなくて――誰かに終わりにしてもらうしか、なかったんだ」 
「気に入らねえ」
 口をついて言葉が出ていた。急にムカムカしたものが腹の底からせり上がってきていた。
「死にたいんだったら、一人で勝手に死ねばいいだろ。償いだかなんだか知らねえが、そんな自己満足のために大袈裟なことしやがって。そのせいで何人死んでんだよ」
 料理長がそんな茶番のために殺されたのかと思うと、堪らなかった。ぐっと拳を握る。爪が皮膚に食いこんだ。
 バード戦車長は息をつき、トミーの肩を軽く叩いた。
「お前の言う通りだよ。でもな、ビンセントはもう死んじまったんだ。オレと同じくらいのはずなのに、あんなに老け込んでな。あいつはあいつで大変な人生だったんだよ。許してやろう」
 くそ……。言葉にならない悔しさを噛み殺した時、
 バァァン!
 ものすごい衝撃で、戦車が縦に大きく揺れた。続けて、殴りつけるような強風が吹き込んできて、体が後ろへ倒れそうになる。トミーは足を踏ん張ったが、サミーとビリーは見事に転んだ。デレクは近くの椅子につかまって持ちこたえたらしかった。戦車が攻撃を受け、ちょうど彼らの部屋のところに大きな風穴が空いたのだ。
「あいつら、オレがいなくてもやりやがるな」
 戦車長が無線機を取り出し、指示を出そうとする。
 しかしその前に、ごうごうと吹き荒ぶ風の中で、パンッとくぐもった音がした。何だ? トミーが音を追って振り返ると、ルークが彼らへ向けて真っ直ぐに腕を伸ばし、銃を構えていた。胸に緊張が突き上げて、トミーは仲間の方へ視線を走らせる。
 ビリーが先程空いた穴へ吸い込まれるように、落ちていった。
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