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第34話 敵地へ
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踏みしめる床の硬さが足の裏から伝わって、心臓を冷たくする。ドクドクドクドクと鼓動が際立ってくる。ダンがランディと対峙する少し前、ビリーもトミー、サミーと共にビンセントの戦車へ乗り込んでいた。
侵入してすぐに見つかると思っていた彼らは作戦を立てていた。トミーが敵を引きつけて、その隙にビリーとサミーが奥へ走る、と。けれど実際は――見張りは一人もおらず、廊下はまるで彼らを誘《いざな》うかのように悠然と伸びていた。
「来るなら来いってことかもね」
サミーが言うと、トミーが「だろうな」と返す。
ビリーはゾクリと首筋が寒くなった。そっと首から下げた小さな飾りに触れる。藁を馬の形に編んだ人形だ。デレクが出発前にお守りだと言って渡してくれた。おそらく、ビリーが内心怯えていることに気づいていたのだろう。藁の繊維のつるつるとした手触りに、なんとなく気持ちが解れていく。大丈夫だ。ひとりじゃないんだから。
デレクやトミーの話から察するに、ビンセントはこっちの手の内を全て見透かしているような感じの奴なのだろう。少年たちが自分を狙ってくることも分かっているはずだ。それでも見張りを立てないのは、寄せ集めの子どもが何人で来ようと、簡単にねじ伏せられると確信しているからだ。そして、それは当たっているのだろう。たぶん。でも、きっと気づいていない。ビリーたちがはじめに狙うのはビンセントではないということまでは。
*****
決戦の前日、デレクはビリーたち三人に計画を告げた。
「うまく潜入したら人質になる奴を探すんだ。短く刈り込んだ金髪の子どもで、名前は確かルーク。ビリーより小さいから見つけりゃ簡単に捕まえられる」
トミーが不満げに目を細める。
「そんなガキ一人、どうなったってビンセントは構わないんじゃねえのか?」
ビリーが思ったことをなぞるような言葉。サミーも同意見らしく、ビリーへ目配せするとちょっと肩をすくめてみせた。けれどデレクは動じる素振りも見せずに続ける。
「構うさ。バードの話じゃ、ビンセントの奴、子どもの頃に飢えをしのぐために孤児の友だちを殺して食ったらしくてな。その罪滅しか、戦車を持ってからは孤児を拾っちゃ面倒見てるんだってよ。確かに、オレがあそこで使われてる時もそうだった。特にそのルークってガキには目ぇかけてるみたいだったから、多少の隙はできるはずだ」
トミーの目が、さっきよりもさらに険しくなる。歪んだ眉間と引きつった頬に怒りの気配が見て取れた。
「てめぇ、それで自分じゃなくオレを選んだってわけか?」
「そうだ」
全く悪びれず、涼しげに言ってのけるデレク。トミーは苦いものを噛んだみたいに不快そうな顔をした。
「本当に嫌な野郎だな」
二人の間に漂っていた不穏な空気が一段と濃くなった。たまらず、ビリーは声を上げる。
「とにかくさ――」
デレクとトミー、ついでにサミーが一斉に視線を向けてきた。ちょっとだけ怯んでしまった気持ちを立て直すように、声に力を入れる。
「ルークだっけ? そいつをとっ捕まえればいいんだろ? いい方法があって良かったじゃん」
「うん。問題はその子をすぐに見つけられるかどうかだね」
サミーがビリーの言葉に乗ってくれた。彼はディッキーやダンと違って、空気が読めなかったり、読むことを放棄してきたりしないので、やりやすい。
デレクは相変わらず落ち着いた調子で応える。
「孤児のほとんどは、戦闘中、銃に弾を装填したり、武器の付け替えを手伝ったりしてる。だから、十中八九、狙撃手のそばにいる」
「じゃあ、ハッチか視察口ってこと?」
ビリーが言うと、デレクは口の端を少し上げてうなずく。
「戦車の造りは覚えてる。バードが修理した通信機を何台か分けてくれたから、一人一台持っていけ。そうすればオレが誘導できる」
聞いているうちに、ビリーは恐怖に覆われていた気持ちがむくむくと起き上がってくるのを感じた。口元が笑みで歪んでくる。何とかなるかもしれない――。
*****
闇へ誘い込むような廊下をじっと見つめていると、
「デレクに繋ごう」
サミーがそう言って通信機を取り出し、耳に当てた。ビリーとトミーは何も言わず、ただサミーを見つめる。目を伏せたままピクリともしない表情。数十秒が過ぎると、しかし、サミーの目に色が差した。
「デレク、正面のハッチから入れたよ。周りには誰もいない」
しばしの間。サミーは何かを思い描くかのように、視線をやや上へ向け、時折うなずきながら通信機の向こうへ耳を傾けている。
(何話してんだよ?)
ビリーは気持ちが急いてしまって、変に腹の底がむず痒くなってきた。
「手分けした方がいいよね?」
サミーは尋ねると、再び全神経を耳に集中しているみたいな顔をした。
「分かったよ。何かあったら、また連絡する」
彼が耳から端末機を離すと、ビリーは待ちきれずにせっついた。
「デレクは何だって? これからどうすんの?」
返事の代わりに、サミーはちょっと口角を上げてみせ、それからトミーへ目配せした。
「トミーには上の階へ進んでほしいって。途中のハッチや視察口にも注意して、狙撃手がいれば倒せって。一番はじめの視察口は正面ハッチのすぐ上の階らしいから、そのフロアに着いたらデレクに連絡して」
トミーは乱暴に息をつく。
「簡単に言ってくれるな」
サミーは困ったように眉をひそめて笑い、ビリーの方を向く。
「ビリーはぼくと一緒に階下へ向かおう。一つ下のフロアにハッチが三つあるだけみたいだけど、ルークがいないか確かめる。狙撃手はなんとかするに越したことはないけど、無理はしなくていいって」
「オレには無理しろってことか」
トミーが口を挟むと、サミーはまた苦笑いを浮かべた。
「信頼してるんだよ」
どうだかな、と既に興味をなくしたようにトミーは呟き、腰から拳銃を抜いた。
「オレは行く。お前らも急げよ」
そう言い残し、目線の高さに銃を構え、彼は廊下を歩いていった。
侵入してすぐに見つかると思っていた彼らは作戦を立てていた。トミーが敵を引きつけて、その隙にビリーとサミーが奥へ走る、と。けれど実際は――見張りは一人もおらず、廊下はまるで彼らを誘《いざな》うかのように悠然と伸びていた。
「来るなら来いってことかもね」
サミーが言うと、トミーが「だろうな」と返す。
ビリーはゾクリと首筋が寒くなった。そっと首から下げた小さな飾りに触れる。藁を馬の形に編んだ人形だ。デレクが出発前にお守りだと言って渡してくれた。おそらく、ビリーが内心怯えていることに気づいていたのだろう。藁の繊維のつるつるとした手触りに、なんとなく気持ちが解れていく。大丈夫だ。ひとりじゃないんだから。
デレクやトミーの話から察するに、ビンセントはこっちの手の内を全て見透かしているような感じの奴なのだろう。少年たちが自分を狙ってくることも分かっているはずだ。それでも見張りを立てないのは、寄せ集めの子どもが何人で来ようと、簡単にねじ伏せられると確信しているからだ。そして、それは当たっているのだろう。たぶん。でも、きっと気づいていない。ビリーたちがはじめに狙うのはビンセントではないということまでは。
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決戦の前日、デレクはビリーたち三人に計画を告げた。
「うまく潜入したら人質になる奴を探すんだ。短く刈り込んだ金髪の子どもで、名前は確かルーク。ビリーより小さいから見つけりゃ簡単に捕まえられる」
トミーが不満げに目を細める。
「そんなガキ一人、どうなったってビンセントは構わないんじゃねえのか?」
ビリーが思ったことをなぞるような言葉。サミーも同意見らしく、ビリーへ目配せするとちょっと肩をすくめてみせた。けれどデレクは動じる素振りも見せずに続ける。
「構うさ。バードの話じゃ、ビンセントの奴、子どもの頃に飢えをしのぐために孤児の友だちを殺して食ったらしくてな。その罪滅しか、戦車を持ってからは孤児を拾っちゃ面倒見てるんだってよ。確かに、オレがあそこで使われてる時もそうだった。特にそのルークってガキには目ぇかけてるみたいだったから、多少の隙はできるはずだ」
トミーの目が、さっきよりもさらに険しくなる。歪んだ眉間と引きつった頬に怒りの気配が見て取れた。
「てめぇ、それで自分じゃなくオレを選んだってわけか?」
「そうだ」
全く悪びれず、涼しげに言ってのけるデレク。トミーは苦いものを噛んだみたいに不快そうな顔をした。
「本当に嫌な野郎だな」
二人の間に漂っていた不穏な空気が一段と濃くなった。たまらず、ビリーは声を上げる。
「とにかくさ――」
デレクとトミー、ついでにサミーが一斉に視線を向けてきた。ちょっとだけ怯んでしまった気持ちを立て直すように、声に力を入れる。
「ルークだっけ? そいつをとっ捕まえればいいんだろ? いい方法があって良かったじゃん」
「うん。問題はその子をすぐに見つけられるかどうかだね」
サミーがビリーの言葉に乗ってくれた。彼はディッキーやダンと違って、空気が読めなかったり、読むことを放棄してきたりしないので、やりやすい。
デレクは相変わらず落ち着いた調子で応える。
「孤児のほとんどは、戦闘中、銃に弾を装填したり、武器の付け替えを手伝ったりしてる。だから、十中八九、狙撃手のそばにいる」
「じゃあ、ハッチか視察口ってこと?」
ビリーが言うと、デレクは口の端を少し上げてうなずく。
「戦車の造りは覚えてる。バードが修理した通信機を何台か分けてくれたから、一人一台持っていけ。そうすればオレが誘導できる」
聞いているうちに、ビリーは恐怖に覆われていた気持ちがむくむくと起き上がってくるのを感じた。口元が笑みで歪んでくる。何とかなるかもしれない――。
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闇へ誘い込むような廊下をじっと見つめていると、
「デレクに繋ごう」
サミーがそう言って通信機を取り出し、耳に当てた。ビリーとトミーは何も言わず、ただサミーを見つめる。目を伏せたままピクリともしない表情。数十秒が過ぎると、しかし、サミーの目に色が差した。
「デレク、正面のハッチから入れたよ。周りには誰もいない」
しばしの間。サミーは何かを思い描くかのように、視線をやや上へ向け、時折うなずきながら通信機の向こうへ耳を傾けている。
(何話してんだよ?)
ビリーは気持ちが急いてしまって、変に腹の底がむず痒くなってきた。
「手分けした方がいいよね?」
サミーは尋ねると、再び全神経を耳に集中しているみたいな顔をした。
「分かったよ。何かあったら、また連絡する」
彼が耳から端末機を離すと、ビリーは待ちきれずにせっついた。
「デレクは何だって? これからどうすんの?」
返事の代わりに、サミーはちょっと口角を上げてみせ、それからトミーへ目配せした。
「トミーには上の階へ進んでほしいって。途中のハッチや視察口にも注意して、狙撃手がいれば倒せって。一番はじめの視察口は正面ハッチのすぐ上の階らしいから、そのフロアに着いたらデレクに連絡して」
トミーは乱暴に息をつく。
「簡単に言ってくれるな」
サミーは困ったように眉をひそめて笑い、ビリーの方を向く。
「ビリーはぼくと一緒に階下へ向かおう。一つ下のフロアにハッチが三つあるだけみたいだけど、ルークがいないか確かめる。狙撃手はなんとかするに越したことはないけど、無理はしなくていいって」
「オレには無理しろってことか」
トミーが口を挟むと、サミーはまた苦笑いを浮かべた。
「信頼してるんだよ」
どうだかな、と既に興味をなくしたようにトミーは呟き、腰から拳銃を抜いた。
「オレは行く。お前らも急げよ」
そう言い残し、目線の高さに銃を構え、彼は廊下を歩いていった。
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