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第30話 少年たちの願い

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 翌日、日が昇るのを見計らったかのように少年たちは起きだしていた。みんな眠れなかったのだろう。ジョンも哀しみの余韻がいつまでも胸に残って、一晩中ベッドの上でもぞもぞとしていた。そんな気配を追い払うかのように日差しは強く、戦車の外で遊ぶ仲間たちの汗ばんだ体は砂まみれになっている。でも、誰一人そんなことに頓着する者はいなかった。みんなおかしいくらいにはしゃぎ回っている。
 ジョンが外へ出て行くと、トミーとダンを除いた全員が集まっていた。戦車の脇に座って仲間たちの様子を眺めるデレクの姿もある。ジョンはゆっくりと歩み寄り、彼のすぐ横に腰を下ろした。

     *****

「話してやろうよ。あいつらに」
 デレクの言葉に、ジョンはすっかり面食らってしまった。あの厳しくて現実主義のデレクが、まさかジョンが父から聞いてデレクに教えた「サンタクロース」の話を自分から持ち出すなんて、しかもこの大一番にそれを仲間たちに教えてやろうと言い出すなんて、にわかには信じられなかったのだ。ジョンが目をぱちぱちさせていると、デレクは笑った。
「オレだってたまには楽しいことも考えるんだよ」
 彼は細めた目を少年たちへ向ける。
「あいつら、今は不安だろうから、ちょっとくらい希望みたいなものを持たせてやりたいんだ」
 彼はそう言って立ち上がり、駆けまわる仲間たちの元へ歩いていった。

     *****

 デレクに言われて、みんなが厨房に集まっていた。朝食の支度をしている途中だったトミーは「なんでいつも集まんのは厨房なんだよ」とぶつくさ文句をつけていてる。それが少年たちにはおかしくて仕方がないらしく、口元をくすぐったそうに歪め、時折、そっと隣同士で目配せし合っては、くつくつ笑っていた。
 仲間が集合して数分後、デレクが立ち上がった。さざ波立っていた室内が静まる。
「明日はビンセントたちとのこと、どうするか話して、できれば作戦も立てたい。でも、今日はちょっと違うことをやりたいんだ」
 そこで彼は言葉を切り、片手に握った黒く四角い小さな機械を持ち上げてみせた。横長で、左側はスピーカーになっており、右側には透明の小窓がついていて、中に何か入っている。上部では、ガチャンと押すタイプの四角くて大きめのボタンが並んでいた。テープレコーダーだ。それを目にした途端、少年たちの目が好奇に光り始めた。いつも生真面目なデレクが、一体何を始めようというのだろう? そういう期待がそれぞれの表情の上で踊っている。
「オレとジョンは村にいる時、クリスマスに子どものところにやって来る『サンタクロース』って老人の話を聞いたんだ。赤い外套を着た白ひげのじいさんで、空飛ぶトナカイが引くそりに乗ってるらしい。それで、クリスマスの夜中に、こっそりプレゼントを置いていくって話だ」
 「プレゼント」という言葉にみんなの目の輝きが増した。何人かは、やはり隣同士でくすぐったそうな笑顔を交わし合っている。でも、
「なあ、クリスマスって、もしかして――」
 ビリーが言うと、サミーが頷いて言葉を繋ぐ。
「うん、明後日だよ」
 緩んだ気配に緊張が走った。ビンセントたちとの対決の日だ。
「だから――」
 デレクはそう言って、またテープレコーダーを掲げる。
「これで、みんなの欲しいものを録音しとこうと思ったんだ。その話が本当だとしたら、勝利を祝うのにちょうどいい」
 強張っていた空気が、ゆっくりと流れ始めた。けれど、まだそこには戸惑いがあるようだ。
「勝てるのかよ?」
 小さな声が上がる。みんなの心に引っかかっていた不安が、明るくなりかけた雰囲気に影を落とした。
「勝つしかねえだろ」
 ダンの言葉で、おぼつかなかった少年たちの表情に、ぽつぽつと決意の色がさしていった。

 少年たちは、それぞれに欲しいものをテープに吹き込んでいった。みんな仲間たちに聞かれたくないのか、テープレコーダーが自分の手にやって来ると、そそくさとどこかへ隠れて録音を済ませてくる。そうして、デレクとジョンを残して全ての元掃除兵たちが終え(最初のビリーが操作の仕方が分からずに、仲間たちに聞いて回っていたので予想以上に時間がかかったが)、無事にテープレコーダーはジョンのところに戻ってきた。
「じゃあ、次は君だ」
 そう言われたトミーは、ほとんどぎょっとしてジョンを見た。
「なんでオレまで――」
 トミーが言いかけたのを、ジョンが遮る。
「君だって仲間じゃないか。デレクたちのことも、ダンのことも、助けてくれただろう?」
 トミーのそばかすだらけの顔が、みるみる赤くなっていく。彼はひったくるようにしてテープレコーダーを受け取ると、どこかへ引っ込んでしまった。

 トミーの分が終わると、ジョンはサミーと共にデレクに連れられ、みんなのやってこないだろう階下の部屋へ向かった。着くとデレクは椅子に座って、
「よし、じゃあ聞くか」
「聞くの⁉」
 驚いたジョンはひっくり返った声で返してしまった。
 デレクは一瞬きょとんとしてから、同じく目を丸くするサミーと顔を見交わす。
「もしかして、お前、まだサンタクロースなんてのが本当にいると思ってんのか?」
 いないの⁉ と出かかった声をぐっと飲み込む。その様子を見たサミーが静かに笑った。
「絶対にいないなんて言うつもりはないよ。でも、昔からほとんどの家庭では両親がサンタクロースの振りをして、枕元にプレゼントを置いていたんだよ。つまりサンタクロースがどの子にもやって来てたわけじゃないんだ。だから本当にいたとしても、ぼくたちのところに来てくれるとは限らないんだよ」
 ジョンは、はっとした。両親がサンタクロースの振りをして。目の中に、紐で結った小さな箱を差し出す父の姿が蘇る。あれは父が用意してくれたものだったのだ。きっと、馬を売った金を使って。
 デレクが、やれやれとため息をつく。
「『限らない』って言うより、絶対に来ない。だから、オレらで手に入りそうなものは揃えてやらなきゃならないんだよ。それで、サミーにリストとして書き記してもらおうと思ったんだ」
 デレクはそう言って再生ボタンを押す。ガチャン、という乾いた音が響いた。

 最初はビリーだった。

『オレは、でっかくなりたい。ジョンより、デレクより、でっかくでっかくなりたい』

 三人そろって、ぽかんと口を開けてしまった。
 
「あいつ、なんで物を頼まないんだよ……」
 デレクが言うと、サミーは苦笑いを浮かべた。
「『空飛ぶトナカイ』って言っちゃったからね……。なんでも叶えてくれる魔法使いみたいなものだと思ってるのかも」
 
 気を取り直して、テープレコーダーに向かう。次はディッキー。

『ダンと仲直りしたい』

 普段、ゲラゲラと笑いながら大声で話す彼からは考えられないほど、おとなしい口調だった。ジョンとビリーが連れ戻しに行った時よりも、戻ってきてデレクに責められた時よりも、ずっとか細い、ノイズに紛れてしまいそうな声が、ジョンの耳の奥に沈んでいく。
 デレクが深く息を吐き出す。
「こいつも物じゃないのか……」
 ため息をつきたくなるのも分かった。叶えてやりたいのは山々だが、ダンとの仲直りを他人が準備できるわけがない。そもそも、ディッキーのことをあれだけ心配していたのだから、ダンだって仲直りしたいに違いないのだ。ジョンには、もう二人の間に何の問題もないように思えるのだが……。
 
 続く少年たちの望みも、ほとんどが物ではなかった。戦車長になってみたいとか、毎日オアシスの泉で遊びたいとか、そんな叶えられない願いばかり。やっと物が出てきたと思ったら、空飛ぶトナカイが欲しい、というどうにもならない物で、三人はその日一番のため息をつくことになった。デレクはトナカイの話に触れたことを、心底後悔している様子だった。

 何人かが終わると、サミーが「あっ」と言って、苦い表情をした。そう、サミーの番だ。

『みんなが無事でありますように』

 デレクは目を見張ってから、すぐに眉間に不満げな気配を漂わせた。
「お前もかよ……」
「ごめん、つい……」
 サミーは困ったように、眉をハの字に歪めたまま返す。でも、デレクもサミーも口元にはうっすらと笑みを浮かべている。ジョンだって、自分の表情が解けているのが分かった。普段は聞けない仲間たちの本音に触れて、なんとなく温かい気持ちになっていた。

 次はダンだ。

『ディッキーの傷跡を消してやってほしい』

 いつも通りの淡白な口調。けれど、その言葉にある優しさがジョンの心に沁みた。すぐ脇から、サミーが穏やかな声で話す。
「ダンは一見冷たそうだけど、本当はすごく優しいんだよね。年下だったり、自分より弱い子のことを放っておけないんだ」
「それはそれで、厄介だぞ」
 感傷的な雰囲気が、デレクのとげとげしい声で壊された。
「どういうこと?」
 訝しみながらジョンは聞く。
「あいつ、たぶんディッキーのために何かしでかす気だ」
 驚いて、ジョンはサミーと見合った。
「だって、怪我してるのに……」
「そんなこと関係ないんだろうな。じゃなきゃ、今のあの怪我だってしてないだろ」
 デレクは言葉を切り、再びやれやれと肩を上下させる。
「とにかく、あいつが妙なことしないように注意はしとこう」

 最後はトミーだ。これまで何一つ準備できるものがなかった。彼が普通に物を頼んでくれないと、せっかくデレクが考えたプレゼントの計画が無意味になってしまう。とはいえ、コックのトミーならば便利な調理道具などを頼んでくれているかもしれない。そんな期待をちょっとだけしながら、ジョンは耳をそばだてた。

『顔のそばかすを消してほしい』

 三人はそろって一瞬固まった。続けて一斉に吹き出す。
「あいつ、気にしてたのか……!」
 デレクが笑い声の隙間から苦しそうに言うと、
「笑っちゃ、悪いよ……」
 サミーはそう返したけれど、こみ上げてくる笑いを抑えきれていない。なぜだか分からないが、ジョンもおかしくておかしくて仕方なくなってしまった。
 それにしても、トミーはしょっちゅう顔のことをディッキーにからかわれていたけれど(しかも、ディッキー自身は目を見張るほどの美少年だ)、それでも何だかんだ彼に対して優しい。トミーは不愛想で、料理の腕が良くて、そして良い奴なのだ。

 ひと通り笑い終えると、デレクがジョンの方を向く。
「お前は何かないのか?」
「ぼく?」
 はっとした。自分のことは全く考えていなかったのだ。何だろうか? ゆっくりと自分の心をなぞって探してみる。見つけたのは、紐で結ったプレゼントを持つ父と、その傍らで笑う母の姿だ。
「ぼくは――父さんと母さんに会いたいな」
 それを聞くと、またデレクとサミーは目を丸くした。
「お前まで物じゃないんだな」
 言葉とは裏腹に、デレクの目は優し気に緩んでいた。
「デレクは?」
 サミーが尋ねると、デレクの顔にふっと影さした。
「オレは――」
 そうしてちょっとの間、目を宙に泳がせてから、彼は答えた。
「いいリーダーになりたい」
 デレクの言葉に、なんだか胸に熱いものがつき上げてきた。
「デレクだって物じゃないじゃないか」
 ジョンが言うと、デレクもはっとして、それから声を上げて笑った。
「本当だ」

 結局、何も書き記すことなく終わってしまった。でも、デレクもジョンもサミーも、不思議と満たされたような気持ちになっていた。
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