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第15話 デレクの計画

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 いつもはギラギラと太陽が照り付けている昼の時間帯。なのにこの日は暗雲が天蓋となって分厚く空を覆っていた。外光に照らされない鈍色の戦車内は、さらに重たげな気配を帯びている。
 少年たちは厨房に集められていた。みんな何やら大変なことになっているのではないかと訝しみながら、それでも普段とは違う雰囲気にそわそわとして仕方がないらしい。隣同士で小突き合いながら、くつくつと笑い合う姿がここかしこに見られた。中には陽気に振る舞うことで暗い空気に明かりを灯そうとしている子もいるのだろうけれど、そこは好奇心旺盛な年頃の少年たち。ほとんどが不安より期待の方が勝っているようだ。そのどちらかは分からないが、ディッキーは「厨房はお前ら掃除兵の憩いの場じゃねえんだよ」とトミーの口真似をしながらゲラゲラと笑っていた(彼はトミーをからかうためにこの芸を身につけたのだが、模倣力が異様に高く、不機嫌なトミーの様子にそっくりだった)。ことの次第を知っているサミーと何かに勘付いているらしいダンだけが、神妙な面持ちで大事態が告げられるのを待っていた。

「みんな揃ったな」
 少年たちの声でさざめく中、デレクが切り出した。ぴたりとおしゃべりが止まる。みんな一斉にテーブル代わりにしている細長い調理台の一番奥へ視線を向ける。そこに立つデレクは一人一人の表情を確認するみたいに見つめてから、再び話し出した。
「今から話すのはかなり危険なことだ。嫌な奴は出てって構わない。でも、もう決まったことだから反対意見が出たからって変えるつもりはない。いいな?」
 デレクは言葉を切り、自分に向けられる少年たちの眼差しを受け返すようにじっと見た。幾人かが気圧されて視線を逸らす。物音を立てるのがはばかられるくらいに、狭い部屋の雰囲気は緊張した。反論は出ない。
「もうやたらに大人の戦車と戦うことはしない。標的を一つに絞る。オレが元いたビンセントって野郎の戦車だ」
 デレクの出した名に、また何人かが体をすくめた。向かい合った席で目配せして、お互いの表情にある驚きを確かめ合う者もいる。その中から声を上げたのはダンだった。
「オレのいた戦車の連中はみんなして『ビンセントにだけは手出しできない』って言ってた。強い奴を負かしたいってのは分かるけど、勝ち目ないんじゃねえの?」
「オレたちだけならな。でも大丈夫だ。ジョンが、元いたバードの戦車と話をつけてくれた。一緒にビンセントの戦車と戦うことになってる」
 室内の気配が、喜びと戸惑いに揺らいだ。今度はジョンに視線が集まり、彼は面映ゆくなって俯いてしまう。デレクは口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「勝算は十分にある。ジョンの聞いた話じゃ、ビンセントは二台の戦車を持ってるらしい。つまり、片方にはビンセントはいないんだ。オレたちが狙うのはそっちの戦車だ。バードたちがビンセントんとこの無線機を妨害してくれる。その隙にオレたちがもう一台に奇襲をかける」
 デレクが言葉を切る。空気に含まれる高揚感がより濃くなっていた。大きなことを成し遂げられるかもしれない。その期待に少年たちの目は輝いている。けれど、
「その戦車を指揮してるのだって、相当の人物なんじゃない? ビンセントって人に認められてるくらいなんだから」
 控えめな声で言ったのはサミーだ。瞬時に彼に向けられた仲間たちの視線には、期待に代わって非難の色が湛えられていた。サミーはしまったと言わんばかりに肩を縮こまらせて、下を向く。しかし、デレクはみんなをなだめるような柔らかい口調で応えた。
「心配いらない。オレの予想じゃ、指揮してるのは――」
 そう言いかけて、彼はディッキーへちらっと目を向ける。突然の意味あり気な一瞥に、ディッキーはきょとんとした。
「――大したことない奴だ」
 デレクが言葉を濁したことに、やや困惑の気配が生まれた。しかし、それはほんの一瞬だった。
「デレクがそう言うんなら、間違いねえよ」
 ダンの上げた快活な声で、不穏な空気は吹き飛んだ。

 そう、デレクとジョンは二台目の戦車を取り仕切っているのはランディだと踏んでいた。彼が「大したことない奴」であることは間違いないが、それでも長年戦車長を務めてきた経験がある。勝手の分かった人間に任せた方が何かと都合がいいだろうし、周りも納得しやすい。

 デレクはジョンと綿密に練り上げた計画を話した。

 まずはプランA。これは非常に簡単な方法で、いつも通りに罠を仕掛けて引っかかったところを後ろから攻撃するというものだ。そのためには、相手が通るであろうだいたいのルートを把握しておかなくてはならない。だが、うまくかからない可能性も十分考えられる。もしそうなったとしたら、逆に罠を発見されてこちらの存在に気づかれる危険も出てくるのだ。そこでプランBだ。罠にかからなかった場合、数人が罠を仕掛けた賊の振りをして襲撃する。その隙に、彼らの戦車が後ろから砲弾を撃ち込むのだ。
 囮になるメンバーは銃の扱いが上手い奴がいい、とデレクが言うので、ジョンの他にディッキー、ダン、そして最年少のビリーを指名することに決めていた。戦車の指揮を執るのでデレクが入っていないのは仕方がないが、ジョンの気がかりはやはりディッキーだった。
 二人で計画を練っている際、デレクがディッキーの名を出すとジョンは言った。
「ランディたちがいるんだよ。ディッキーが平気でいられるわけないよ」
「でも、他の奴らはここに来るまで銃を持ったこともなかったような連中だ。襲撃部隊に加えても足手まといになるだけだ。だからって、三人じゃ少なすぎる。あいつに頑張ってもらうしかない」
「でも……」
 ジョンが言い淀んでいると、デレクは一つ息を吐く。
「ダンには話しておこうと思ってる。なんだかんだ、あいつはディッキーのこと気にかけてるよ。ディッキーの側にいて、いざって時には守ってやってくれって頼んどく。その代わり、お前はビリーを頼む。戦い方は上手くても、あいつはまだ十歳だ」
「うん」
 心に引っかかるものを感じながらも、ジョンには頷くしかなかった。

 デレクがジョンを含む四人の名を挙げると、大丈夫だろうかと懸念されているディッキーとビリーは、大役を任されたことにすっかり興奮してしまったようだ。二人とも瞳を誇らしげにキラキラとさせていた。一方、デレクから全幅の信頼を得ているダンは深刻な面持ちを崩さなかった。彼らにジョンを加えた四人でランディたちの注意を何とか引きつけるのだ。自然と四人を讃えるように拍手が沸き起こった。ディッキーとビリーは、さらにくすぐったそうに顔を歪める。表情を固めていたダンは年少の少年たちの期待に応えようとしたのか、ちょっとだけ口の片端を持ち上げて笑んで見せた。その時、
「ぼくも一緒に行かせて!」
 珍しく大きく張ったサミーの声が、盛り上がった空気をぴたりと止めた。
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