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第9話 ディッキーとダン

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 ジョンたちはダンのことを、ディッキーと同じような少年なのだろうと想像していた。でもそれは見当違いだった。
 ディッキーはいたずら好きでとんでもなく失礼な悪ガキだったが、無邪気で愛嬌がある。しかし、ダンにはそれが一切ない。周りの人間、特に年長者を強く警戒していて、自分の物差しで判断を下し、色眼鏡で見る。そういう類の可愛げのない子どもだった。ディッキーというよりは、むしろデレクから分別を取り去ったような印象だ。デレクがジョンや弟のラリーに優しかったように、ダンもまたディッキーにだけは、これでもかという程思いやりを発揮していた。
 ダンの眼鏡に適ったのはデレク一人。ジョンとトミーは完全になめられ、サミーは元から嫌われている様子だった。だから、ダンは三人を困らせる方法をいくつも考え、いたずらを仕掛けてきた。人が困っているところを見るのが大好きなディッキーも、大張り切りで手伝っていた。尤も、極端に空気の読めないディッキーがそれを嫌がらせだと認識しているかは怪しいものだったけれど。何度も服の中へサソリを忍ばせられたりして、ジョンとトミーは辟易していたが、不幸中の幸いだったのは、ダンがデレクの言うことだけはよく聞くことだ。彼はデレクが叱り飛ばすとすぐさまにいたずらを止め、まだ物足りなそうにしているディッキーをたしなめさえするのだった。

 でも悪いことばかりではない。ダンは大人の戦車へ罠を仕掛けるのが、ディッキーよりさらに上手かった。というより、どうやらディッキーにそういった罠の数々を教えたのはダンのようで、ピアノ線の罠についても熟知していた。ジョンはてっきりピアノ線がキャタピラに巻き付いて戦車が動かなくなるのかと思っていたのだけれど、ダンが言うにはそうではないらしい。キャタピラに巻き付いてもピアノ線はちぎれるだけ。でも、帯の内側にある車輪の軸に絡みつくと、食い込んで焼き付きを起こすのだという。そうすると、車輪の回転が止まってしまい、動かなくなるのだ。焼き付き部分が多くなれば、どんなに大きな戦車だって走り続けることはできないのだ。それを利用し、ダンはディッキーの罠にさらにピアノ線を足して、より広範囲に焼き付きができるようにした。成果は上々で、それまで稀に見られた罠を突破して走り続ける戦車が一つもなくなった。

 ジョンたちに仕掛けるいたずらも、大人たちに仕掛ける罠も、ダンとディッキーが組めばちょろいものだったのだ。
 二人の間に亀裂が入るなど、誰も想像できなかった。

 ディッキーとダンの活躍もあり、ジョンたちの戦車は次々に大人の戦車を負かした。その度に仲間はどんどん増えていく。中にはジョンとデレク、それにサミーと共に売られてきた子もいた。見知った少年の無事が分かると、それだけでひどく気持ちが楽になる。同時に、この戦車へ移る前は夢物語のようにすら思えていた革命が、いよいよ現実味を帯びて目の前に立ち上がってくるのだった。

「こんな風に大人たちと渡り合えるなんて、正直思ってなかったよ」
 戦車へ寄りかかり、遠方に仲間たちの姿を眺めながら、ジョンがデレクへ言う。視線の先の仲間たちは、たまたま見つけた小さな湖へ「水を取りに行く」という名目で遊びに出かけていた。デレクも彼らを見つめながら応じる。
「オレもだよ。本当のこと言うと、あいつらには期待してなかったんだ。自分でなんとかして、掃除兵の仲間を助けてやろうって、そう思ってた。自惚れもいいとこだ」
 彼はそこで自嘲気味に息を漏らして笑い、続けた。
「ディッキーとダンがいなかったら、こんなにうまくいってない。オレは今んとこ、あのガキ二人に助けられてばっかだ」
「そんなこと――」
 ジョンが言いかけると、デレクがそれを遮った。
「お前さ」
 彼はズボンのポケットからおもむろに何やらを取り出していた。
「――これ覚えてるか?」
 デレクの手の中の物を目にし、ジョンははっとなる。それは一年前、人買いの車で見せられた、あの藁馬人形だった。
「ラリーは十二歳になってるはずだ。ディッキーやダンと同い年だ」
 一年の月日を経て、少しくたびれた小さな藁馬。それはデレクの思いが何度も何度も通って跡を付けていったみたいに見える。彼はずっとこの藁馬と共に、弟のことを胸にしまっていたのだ。
「――だからってのも変だけど、オレはあいつらを、あいつらみんなをちゃんと助けてやりたいんだ。ラリーのことは最後まで面倒見てやれなかったから」
 デレクは言葉を切ってうつむく。ジョンが声をかけようとしたのと同じくして、彼は気持ちを切り替えるように大きく息を吸った。そして顔をまっすぐに持ち上げて、
「悪い。意味分かんないよな。忘れてくれ」
 それで、ジョンも努めて明るい声で返した。
「分かった。でも意味分かんなくなんてないから、話したくなったらいつでも言ってよ」
 ジョンとデレクは顔を見交わして、笑った。

 その時、湖の方から一段と大きな声が聞こえた。二人はぱっと仲間たちへ顔を向ける。大騒ぎしているのかと思いきや、みんな立ち尽くしているようだ。何やら不穏な様子に、二人は再び顔を合わせてから仲間たちの元へ走った。

 ジョンとデレクが着いたのとほぼ同時に、ディッキーが戦車へ駆け戻っていった。すれ違いざまにデレクが呼びかけても、彼は振り返ることも立ち止まることもしなかった。
 ジョンがその場の少年たちを見回すと、彼らは一様に呆然としている。中でも、ひときわ目に驚きと悲しさを湛えているのはダンだ。
「何かあったの?」
 ジョンはダンに向かって言ったが、答えは別のところから返ってきた。
「ふざけてたんだ」
 最年少のビリーという名の少年だ。
「湖に入って遊ぼうって言ってて。でもディッキーが濡れるのに服脱がないから――オレたちあいつがいつもみたいにふざけてるんだと思ったんだ。それでダンがみんなで脱がせようって言って、オレたちも面白くなって――」
「もういい。分かった」
 デレクが言うと同時に、ダンが助けを求めるように声を上げた。
「あいつ、なんであんな怪我してんだよ?」
「もう治ってるから心配ない。傷跡が残ってるだけだ」
「そうじゃない!」
 叫んだダンはうつむいていたが、その声は空に高く高く響いた。顔を上げると、いつも斜めに構えていたはずの彼は、ひどく幼く頼りなく、今にも泣き出しそうに見えた。
「オレ、知らなかったんだ。全然知らなかったんだよ。だって、あいつ何にも言わなかったし、ひどいことする気なんかなかった……」
 ダンはまた顔を伏せる。ジョンは彼の肩へそっと手を置いた。
「分かってるよ。みんな分かってる。ディッキーだって、そうだよ」
 ダンはうつむいたままかぶりを振った。
 ジョンはダンの肩を優しく叩いてやりながら、デレクへ目配せした。彼は頷いて、静かに近づいて来る。そしてジョンの横に屈み、ダンの顔を下からのぞき込むようにして話した。
「ディッキーのことは、これからジョンが見に行くから大丈夫だ。オレらは水をトミーのところに届けに行こう」
 ダンは何も言わず、頑なに地面を見つめ続けていた。

 ジョンは急いで戦車へ戻る。ディッキーはすぐに見つかった。自身の寝床で抱きかかえた膝に顔をうずめて座っていた。
「ディッキー」
 ジョンが呼びかけると、ディッキーはそのままの体勢で告げる。
「ダンなんて、もう友達じゃない」
「そんなこと言っちゃだめだよ」
 ジョンは彼のすぐ横に腰を下ろして、背中を撫でた。
「悪気があったわけじゃないんだよ。知らなかったんだ」
「関係ない」
「ダンだって驚いたんだ。それに、すごく辛い気持ちに――」
 そこで、ディッキーは勢いよく顔を上げて、
「あいつはやめろって言ってもやめてくれなかった。みんなのことけしかけてきた。オレは、すごく、すごく……怖かった」
 ディッキーの頬は涙で濡れて、目元と鼻は真っ赤になっていた。彼は再び顔を膝へうずめる。
「みんなに火傷を見られた。ダンのせいだ」
 ジョンは何も言えなくなってしまった。掃除兵をしている間、ディッキーは誰よりひどくいじめられてきた。性的虐待さえ受けた。その現場を目撃したジョンには、そのことが彼をどれだけ傷つけているか、容易く想像できた。たとえ友人であったとしても、体に触れられたり見られたりするのは恐ろしいのだ。まして、何人もに囲まれて無理矢理にでは……。
 ジョンは他にどうしようもなく、ディッキーの背をそっとさすった。ダンの肩を軽く叩いたのと同じように。
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