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36 奴がオレに絡む訳

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 消毒液っぽいにおいが漂う、白く細長い廊下。そこに置かれた長椅子へ腰掛け、オレ、田井、北島は名前呼ばれんのを待ってた。
 病院へ来るまでに聞いた話によると、オレがボコられてる時に田井が現れたのは、偶然だったらしい。田井と北島が二人で斗歩ん家向かってた途中、あの場面に出くわしたそうだ。とっさに田井は応戦し、北島は斗歩呼びに走ってったって話だった。その他にも、田井は実家が道場だから、柔道三段持ってるって情報まで聞いた。
 けど、そういう話全部、オレの心には届いてこなかった。斗歩のことが、ずっと気になってた。
「高橋くん」
 黙りっぱなしだったオレへ、田井が話しかけてきた。
「こんな時に訊くのもなんなんだけど、君、あの人に何かしたの? 相当恨んでるみたいだったけど」
 考えてたことと全く別の言葉が来て、一瞬、何言われたか分かんなかった。けど、すぐ理解が追いついた。あの金髪のことか。
「知るかよ。中三の頃から、なんか分かんねぇけど絡んでくんだよ。元々、同中だったらしいが、学年違ぇし、話した記憶すらねぇ」
 うーんと、田井は首捻る。
「でも、あれは何もないような様子じゃなかったよ。喧嘩して怪我させたとか、そういうことは?」
「ねぇよ。あいつ、人数揃えてくっから」
「そうか……」
 田井が考え込むように顎に手ぇ当てる。
「アゼカワって呼ばれてたな。その名前に覚えは?」
 ギョッと目ぇひん剥いちまった。急に耳に馴染んだ名前が飛び込んできて、心臓が痛てぇくらい縮む。バラバラだったモンが一気に組み合わさって、理解が押し寄せた。オレは手で額押えて俯いた。
「そういうことかよ、クソ」
「どういうこと!?」
 高い声がする。田井と、それに北島がこっち見てるのを視界の隅で感じつつ、深く息ついた。
「畔川って奴、中二ン時同じクラスで、うぜぇからいじめてた」
「それは君も悪いな!」
 さらに声高くした田井を「ここ病院」って北島が注意する。田井は肩すくめたが、すぐにオレに向かって言った。
「だけど、学年は違うんだろ? 同じクラスなわけは――」
「違ぇ。オレがいじめてた畔川って奴、ガラの悪い兄貴がいるらしい。その兄貴が、弟ボコられてた仕返ししてんだよ」
 田井はひどく神妙な顔で聞いてたが、オレが言い終えると、意を決したように言葉へ力込めた。
「なら、謝りに行こう」
「は!?」
 喉で声がひっくり返った。けど、田井の声は、全くぶれねぇ。
「さっきの様子じゃ、彼はまた君のこと狙ってくるだろ。このままでいいわけないよ。君にとっても、彼にとっても、それに、きっと彼の弟にとっても」
 そこで口調に、少し寂しげな気配が生まれた。
「いじめっていうのはね、受けた側は後々まで引きずるんだよ。僕も中一の時に少しあってね。大したものじゃなかったんだけど、クラスのみんなから嫌われた。クラス日誌に、みんな暗号みたいにして僕の悪口を書いて遊んだり、そういう感じで」
 田井は目ぇ伏せて続けた。
「僕にも問題があったんだっていうのは分かる。今でも『変わってる』って言われることは多いから」
「だからって、いじめが許されるわけないじゃん」
 今度は北島がデカい声出した。さっきは自分で田井を注意したくせに。
「誰だって嫌な奴くらいいるよ。そんなの当たり前。当たり前のことは、いじめていい理由にならない」
 田井に意見してるはずの北島は、けど、オレに厳しい目を向けてた。分かってるよ、クソ。
 また、田井が話しだす。
「だからこそ、なんだ。相手に問題があってもいじめたりしちゃいけないって、多くの人が思ってるからこそ、今でも不安になる。みんなが僕に嫌な態度を取らないのは、『いじめちゃいけない』って分別があるからで、本当は何か思うことがあるんじゃないかって、考えちゃうんだ。だからね、」
 言葉が途切れた。不思議に思って見れば、田井と視線がかち合った。真剣な眼差しが眩しかった。
「謝りに行ってあげてほしい。そうすれば、君にいじめられてたっていう彼の弟は、安心すると思う。君だって、本当は悪かったと思ってるんだろ?」
 隠してたはずの心の柔らかいところに、直に触れられた。あんまりにも唐突だった。歪んじまった顔を見られたくなくて、俯く。視界の隅で右手が少し震えてた。左手を重ねて、それを抑え込む。
「てめぇに何が分かんだよ」
「分かるよ。だって君はいい人だ。友人思いだし、謝罪は安くないって言いながら、僕たちに言ってくれただろ。お前らは悪くない、自分が悪いって。どんな事情があっても、相手に嫌な思いをさせたら、その人が悪いんだろ? 君が嫌な思いをしたのは、そのアゼカワくんが悪いけど、彼がいじめられて辛い気持ちになったのは、君が悪いって、本当はそう思ってるんだろ? 君はちゃんとそういう風に考えられる人――」
「うるせぇ」
 聞いてるうちに顔が熱くなってきて、たまらず遮った。田井は一度話すのやめ、それからゆっくり、言葉を手渡すように、言った。
「謝りに、行ってくれるよね?」
 オレは大きく息つき、俯いたまま、
「行きゃいいんだろ」
 それから、声の調子落とした。
 あと、どうでもいいけどよ、てめぇみてぇな奴いじめんのはクズだけだ。気にすんじゃねぇ。
 田井は、少し目ぇ見張った後、小さな、けど僅かに感情の波打った声で言った。
 ありがとう、高橋くん。
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