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31 ごめんね祭り

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 放課後ンなってから田井にラインした。自分の送ったシンプルなメッセージを、ちょっとの間見つめてっと、ソッコーで既読が付き、ソッコーで返信が来た。
『朝のこと、ごめん』
 ごめん、じゃねぇだろ。頭沸いてんのか、こいつ。そういう気持ちを拳で握り潰して、質問の答えを催促する。
『斗歩ん家、行くのか行かねぇのか、どっちだ?』
『行くよ』
 また即レス。つい頬の筋肉が緩んだ。
 田井はもう帰っちまってたらしく、斗歩ん家の近くで待ち合わせた。先に着いてた田井は、オレの隣にジャージ女がいるの見ると、ギョッと目ぇひん剥いた。
「え? なんで北島さんが……?」
「だって、あんたら二人でちゃんと話せるか、心配だもん。話が変な方に行きそうになったら、あたしが軌道修正したげるから」
「面白がってんじゃねぇだろうな?」
 ジャージ女はニッカリ笑う。
「まぁ、そこは否定しないけどさぁ、あんたら二人だけに任せらんないってのも本当だって。だって、今までずっと尻込みしてたんでしょ? 澤上目の前にして、ちゃんと話せる自信、ある?」
 最後のフレーズ口にした時、瞳が真剣さを帯びた。静かでまっすぐな眼差しに、少し怯んで俯く。
「ちゃんと話すっつってんだろ。そう決めて来たんだ」
「田井は?」
 少しの間ぁ置いて話しだした田井の口調は、慎重そうだった。
「正直、ちゃんと話せるかは分からない。けど、ずっと気になってたことなんだ。僕が心配してることも伝えたいし、澤上くんが嫌じゃなければ、彼の話も聞きたい」
 ジャージ女は、また目ぇ細めて笑う。
「澤上って、結構幸せだよねー。こんなに心配してくれる友だちも、恋人もいんだからさぁ。まぁ、二人とも心配しすぎって言うか、大げさだとは思うけど」
「北島さん! 恋人って……」
 田井の顔が一気に真っ赤ンなった。
「こんな時にまで二人の関係をからかうのは良くないと思うよ。同性同士で仲がいいのを見て、そういう言い方するのは本人たちに――」
「田井って、マジで鈍いよねぇ」
 ため息混じりに言ったジャージ女の頭を、オレは軽く小突いた。
「黙れ」
 まっすぐ前向いてても、視界の隅でジャージ女がきょとんとしたのが分かった。
「ごめん、調子乗っちゃった」
 その言葉を最後に、会話は途絶えた。ヒュウッと風が音立てて吹き、オレらの髪を揺らした。

 斗歩ん家着いた。二階建てで横長のアパートが、いつもよりよそよそしく見える。
 ジャージ女が、へぇ、と声出した。
「綺麗なとこ住んでんだねぇ、澤上」
「ああ、澤上くんも気に入ってるらしいよ。大きくは見えないけど、中は案外広くて住みやすいんだって」
 ついため息が漏れた。そりゃ広いわ。必要最低限の家具以外、なんにもねぇからな。その家具だって、おそらく備え付けのやつだ。
「ンなこた、どうでもいいんだよ」
 オレはインターフォンを押した。ピンポーンって電子音。少しすると、斗歩の声が応じてきた。
「悪い、ちょっと待っててくれ」
 オレは田井、ジャージ女と顔を見交わした。田井は困ったように眉下げ、ジャージ女はきょとんとしてる。
 オレは高まってくる動悸を抑えて、目ぇつぶった。謝んねぇとな。昨日のこと。それにちゃんと訊かねぇと。ジャージ女の――北島の言う通り、何一つ訊きもしねぇで勝手にグズグズ悩んでっから見えてこねぇんだ。斗歩のこと掴めたと思っても、結局それはオレが勝手に作ったあいつのイメージでしかねぇ。だからすぐに見失っちまいそうで、怖ぇんだ。はっきり、斗歩の口から色々聞いて、それ真正面から受け止めて、本当の斗歩を知ってかなきゃなんねぇんだ。
 ドアが開いた。出てきた斗歩は、半袖のシャツにデニム姿で、要はちゃんと外に出れる格好してた。体調の話聞いてたせいか、それだけでドッと安心した。
「今日、ちょっと疲れてたからさ、休んじまった。心配させたよな、悪い」
「いや! それはいいよ! もう体は大丈夫?」
 田井の問いに、ああ、と返事があった。
「平気だ。ありがとな。それと、」
 斗歩はオレへ視線向けた。
「高橋、昨日は悪かった」
「あ??」
 反射的に尻上がりの挑発的な声が出た。オレが謝りに来たんだよ。なんで先に謝られなきゃなんねぇんだよ。
「悪くもねぇのに謝んじゃねぇっつっただろ」
 目ぇ逸らすと、「悪いと思うから謝ってんだよ」と返してきやがる。その感覚がおかしいっつってんだよ、クソ。
「というか、君ら、昨日揉めたの?」
 田井が思いっきり口挟んできた。大きなため息が漏れる。
「ああ、揉めた。こいつがバイト行ってる間、オレが勝手に五人くらいダチ呼んで、エロビ見ながら菓子食ったり酒飲んだりして騒ぎまくった。散らかし放題で、便所で抜いた奴は失敗して床に出しちまったりもしたらしい。十一時過ぎまで騒いで、こいつが帰ってきた時は部屋グチャグチャだった」
「それはひどいな」
 一息にぶちまけると、間髪入れずに田井が言う。でも、奴はそこで不思議そうに眉間寄せた。
「でも、なんで澤上くんが謝るんだ?」
 斗歩は少し瞼伏せた。
「オレ、みっともなくキレちまったから」
「いや、それは怒って当然だよ!」
 そうだ。それが普通の感覚だ。オレは斗歩をまっすぐに睨みつけた。
「田井の言う通りだ。昨日の件、悪いのはオレだ。てめぇは一ミリも悪くねぇ。悪くねぇのに謝ってんじゃねぇよ。まず、てめぇはさっき謝ったこと謝りやがれ」
「それはそれでおかしくないか?」
 また田井が嘴入れてくる。オレはきょとんとする斗歩から不満げな田井へ視線移し、睨み上げた。
「つーか、てめぇもなんだよ、クソメガネ。さっき、オレにラインで謝ってきただろ。あれだって、完ッ然に的外れな謝罪だ。いいか? 相手がどんな気持ちだろうが、どんな事情があろうが、関係ねぇ。自分がそいつのせいで嫌な思いしたんなら、そいつが悪い。そいつにキレんのは真っ当なことだ。だからてめぇらがオレにキレたのは当然で、謝る必要なんざ欠片もねぇ。謝罪ってのは、てめぇらが思ってるほど安かねぇンだよ。それなのに謝ってきやがって。素っ頓狂な謝罪ほどムカつくモンはねぇ。だから謝ってきたこと謝れ」
 まくし立ててる間、オレの頭には昔のことが浮かんでた。芝居がかった薄笑い口元に漂わせて、オレのこと「すげえ、すげえ」っておだて上げてくる連中の顔だ。そうだ。オレはムカついてたんだ。心にもねぇような中身空っぽの褒め言葉ばっか向けられてきた。奴らはオレを得意にさせようとしてたんだろうが、オレにとっちゃ、その言葉一つ一つは刃物みてぇだった。何より、そんなことでいい気になると思われてんのが屈辱だった。奴らに悪意があろうがなかろうが、オレは奴らに傷つけられてた。だから、オレにはキレる権利があったんだ。苛立たせてきた相手にキレんのは、間違ってなんかねぇ。たとえ畔川が、オレのこと怖くて学校来れなくなっちまったんだとしても、オレはばっかが悪いわけじゃねぇ。
 斗歩が露骨に煙たそうな顔した。
「お前、謝れって言ったり謝んなって言ったり、めんどくさいな」
「うるせぇ! てめぇの言動が素っ頓狂だからだろ!」
 怒鳴って俯く。腰に手ぇ当てて、ふーと深く息をついた。そうしてもう一度顔上げっと、しっかり斗歩の目ぇ捕え、
「昨日は悪かった」
 え……? ほとんど息みてぇな声漏らし、斗歩は目ぇ丸くした。こっち見つめる顔が、妙に幼く見える。そうだ、こいつは予期してねぇ言葉に直面すっと、急にガキみてぇな面になる。眩しいような気持ちがせり上がってきて、オレは目ぇ逸らした。
「オレぁ謝ったぞ。てめぇも、さっきの謝れ」
 一瞬の間ぁ置いて、低い声がした。
「いやだ」
「はァ!?」
 声荒らげて見れば、斗歩はまっすぐこっちに目ぇ向けてた。
「謝んないよ。オレはお前に謝ったこと、悪いなんて思ってないから」
 斗歩はオレと目ぇ合わせたまんま、続けた。
「謝ってくれたのは嬉しいけど、お前だけが悪かったわけじゃない。オレだって、お前の話なんにも聞かずに追い出したんだ。普段ならあんなことしないんだから、なんか理由があったはずなのに」
 はっ、と笑い飛ばしてやった。
「随分お優しいこったな。オレにはそんな考え方はできねぇや。マジで理解不能だ」
「お前だって優しいよ。けど、そうだな。オレとお前は違うんだな」
 斗歩はオレから視線外し、田井とジャージおん――北島へ目配せした。
「みんな、ありがとな。ちょっと待っててくれ」
 そう残しドアの向こうへ行っちまった。
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