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25 おいしいおいしいきのこパスタ

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 その日も学校終わると、斗歩と一緒に斗歩ん家行った。あいつは「今日、オレ、すぐバイト行くぞ」つったが、ンなこたハナから分かってる。木曜は、だいたいこいつはバイトへ行く。だったら飯作っといてやるから、早く帰ってこい、っつって見送った。
 斗歩のいねぇ斗歩の部屋。ぐるりと見回してあいつの気配を探そうとしたが、やっぱり本人がいねぇと「あいつの部屋感」は極端に薄くなる。好きなモン貼ったり並べたりして自分の空間作ってるオレの部屋とは全く違ぇ。貼ったり並べたりすりゃいいって訳じゃねぇだろうが、それでも、生活空間に好きな物の気配が全くないってのは、どうなんだ? それがあれば気持ちが満たされるようなもの、あいつ自身の言葉で言やあ「人となりと関わってるようなもの」ってのが、一切ねぇのはおかしい。オレやジャージ女みてぇに、へこんだ時でもそれがありゃ何とか持ち直せるってモンが、あいつにも必要だ。そう思った時、昨日のことが頭過った。
 セーター。
 斗歩にとって、あのセーターは自分の気持ちを慰められるようなモンなんじゃねぇか? それを趣味に結びつけることは――。そう考えたら、一つのことに思い至った。
 編み物……。
 思いついた瞬間、オレの脳裏には二本の編み棒を手に、どんどん毛糸を編んでいく斗歩の仏頂面が浮かんだ。似合わねぇ。クッッッッッソ似合わねぇ。そういうんじゃねぇ。
 大きく息を吸って、吐く。一度の深呼吸でも心はだいぶ平たくなった。オレが焦ったってしょうがねぇ。あいつのことなんだから、あいつに見つけさせねぇと。自分に言い聞かせ、気ぃ取り直して台所に向かった。

 斗歩が帰ってきたのは、十一時半頃だった。聞いてたより一時間遅い。
「てめぇ、今何時だと思ってやがる。飯冷めたぞ」
 斗歩が戻ってくるまでに、オレはもう一度冷蔵庫ン中チェックし、買い物行って今日使いそうなモンと日持ちしそうな食材揃え、風呂洗い、料理作って待ってた。なのに、こいつは連絡の一つも寄越さねぇまま平気な面して帰ってきた。もちろん、こっちからのラインもド無視だ。既読つけてやがんのに。
「連絡しようと思ったんだけど、忘れてた。木曜は帰り遅くなるし、返信もすぐはできないこと多いぞ」
「謝罪はなしか?」
「謝んない方がいいんじゃないのか?」
「必要な時は謝れよ」
「悪い」
 思わず、肩で息ついた。
「もういい。とりあえず、飯あっため直すから座ってろ」
「いや、オレも手伝うよ」
「クソ程も役に立たねぇんだよ、いいから座ってろ」
 声の調子凄めても、斗歩は淡々とオレに逆らった。
「いや、手伝う」
 そう言って、斜めに掛けたボディバッグ下ろすと、まっすぐこっちにやって来た。
「何すりゃいい?」
「何もすんな」
「お前、強情だよな」
「てめぇこそ、しつけぇんだよ!」
 斗歩は眉寄せ、真剣な眼差しをオレへ向けた。
「悪かったと思ってんだよ。手伝いくらいさせてくれ」
 カッと顔が熱くなった。真顔で見つめられたせいか、至近距離で吐息混じりのイケボ聞いたせいか分からねぇが、急に恥ずかしさが突き上げてきた。咄嗟に目ぇそらすしか、なかった。
「しようがねぇな、じゃあフォーク持ってっとけ。そんで深めの皿用意しろ」
「分かった」
 応えた斗歩の口調は、軽やかになってた。
 今日のメニューは、パスタだ。エリンギやシメジ、マイタケら辺のキノコとベーコンを、醤油とバターで炒め、パスタに絡めた簡単なやつ。ついでにコンソメスープとサラダも作ってやった。
 テーブルに皿が揃うと、斗歩はすぐさまキノコパスタを口に運んだ。モグモグやってるうちに、頬は柔らかく緩んでく。
「こないだの親子丼もうまかったけど、これもめちゃくちゃうまい」
「うまいうまい聞き飽きてんだよ。黙って食え」
「分かった」
 オレの言葉を真に受けたらしい斗歩は、マジで黙々とパスタを食い進めた。ちっせぇ口には入り切りそうもない量のパスタを上手く口に収め、ゆっくり、大事そうに顎動かす。膨らんだ頬は、やっぱり嬉しそうだった。どんだけ腹減ってんだよって心ン中で突っ込んで、オレもパスタをフォークに絡めた。

 食い終わると、二人で後片付けした。オレが皿洗い、斗歩が拭いてく。
「お前さ、いつもこんな時間になって、平気なのか?」
 皿に布巾当てながら、斗歩が聞いてきた。
「家のことか?」
「ああ」
「平気だっつっただろ。家族全員帰り遅ぇし、ダチん家行ってるって話してあっから、問題ねぇ。そもそも、オレは夜遊びしがちだったから、何とも思ってねぇだろうよ」
「でも、さすがに遅すぎるし、後片付けくらい一人でやるぞ」
「いいっつってんだろ。だいたい、もう終わる」
 オレは語気強めて言い、最後の皿の泡を水で落とした。それから、皿を斗歩に手渡す時、そっと口にした。
「オレはダチとは思ってねぇからな」
 え? 目ぇ丸くした斗歩は皿を受け取り損なった。手から滑り落ちた皿がガシャンと床に叩きつけられる――という間際に、斗歩が屈んでキャッチした。すげぇ反射速度だな、おい。
 っぶねぇ、と漏らした斗歩は立ち上がった。すかさず、オレはその後頭部へ片手回して引き寄せた。目ぇ見張った斗歩の唇に唇押し当てる。手ぇ離せば、斗歩は皿をシンクに置き、口元を抑えてうつむいた。
「いきなりは、やめろ」
「なんでだ? てめぇ、オレのこと、好きだっつっただろ?」
 斗歩はより深く顔伏せた。
「そうだけど」
「つーか、てめぇよォ」
 オレは斗歩の髪引っ掴んで、こっち向かせた。
「オレと付き合う気ぃあんのかよ?」
 目の前の間抜け面が、目ん玉飛び出しそうなくらい瞼開いて、もっと間抜けな顔ンなった。
「つき、合う……?」
「なんで疑問形ンなってんだよコラ」
 つい声が低くなった。どっちも気持ちあんのが分かってる状態で、毎日二人きりで家にいんのに、どうしてその反応になる?
「お前、付き合うつもりはなかったとか抜かすんじゃねぇだろうな?」
 斗歩は目ぇパチクリするばっかりだ。
「いや、なんつーか……忘れてた」
「忘れてた!?」
 声ひっくり返った。だってよ……忘れてたって、どういうことだ?
 斗歩は心底すまなそうに、眉を八の字にした。
「いや、オレ、お前がオレのこと好きでいてくれてるって分かったら、それで満足しちまって」
 無欲過ぎだろ! じゃあ、何か? オレばっかが、その先考えてたのか? オレばっかが、もっかいキスしてぇなとか、二人でどっか出かけてみてぇなとか、それから……男同士でエロいことどうやってすんのかなとか、考えてたってのか? 舐めんのもいい加減にしろよ。
 オレはまた斗歩へ顔寄せ、睨み上げた。
「じゃあ『思い出した』今はどうなんだよ? オレと付き合うつもり、あんのかよ?」
 ぽかんとして、こっち見つめる顔。
「付き合う……って、具体的に何すんだ?」
 チッと舌打ちし、斗歩の胸ぐら掴んで引き寄せた。咄嗟のことに身構えたらしく、体強ばったのが分かる。オレの方も握った拳に力込めた。そんで、胸に飛び込む形んなった斗歩を、ギュッと抱きしめた。
「こういうことじゃねぇのか?」
 耳元に口寄せて、息吹きかけるみてぇにして言うと、腕の中の肩が緊張した。
「お前、これはずりぃだろ」
「何言ってやがる。てめぇの真似だぞ」
「オレ、こんなことしないぞ」
「してんだよ、この無自覚鈍感たらし野郎」
 しょっちゅう至近距離で吐息混じりのイケボ聞かせてくんのは、どこのどいつだ? オレは斗歩の肩に手ぇかけて、そっと引き離した。
「いいか、オレはてめぇをオレのモンにするつもりだ。そういうつもりで今からキスすんぞ。嫌だったら、前ン時みてぇに突き飛ばすなりなんなりしろ」
 肩に置いた手へ力込める。ぐっと引き寄せる。歯と歯がガチリとぶつかった。腕ン中の体はガチガチだったが、抵抗しようって気配は、まるでなかった。
 顔同士が離れると、斗歩はほっと息を吐き、それから、オレを見て少し口角上げた。
「お前、帰んなくていいのか? もう日付、変わってんぞ」
「平気だ。舐めんな」
 そう返してから、閃いた。
「いや、やっぱ遅すぎだな」
 斗歩に聞こえるように呟いて、目ぇ合わせる。
「泊まってく」
 斗歩はきょとんとした。
「悪い、無理だ。布団、一組しかない」 
「それでいい」
「狭いぞ?」
「くっつきゃいいだろ」
「オレ、たぶん蹴るけど」
「したら、全力で蹴り返してやる」
「お互い寝れないな」
 斗歩は仕方なさそうに、肩で息ついた。
「分かった。歯ブラシとかは、さすがにないとまずいから、コンビニ行って買ってこよう」
「おう」
 言葉と同時に、オレも斗歩も、玄関へ向かってた。

「おい」
 天井から青白い光を爛々と注いでくる電灯見上げながら、オレは斗歩に声かけた。
「てめぇ、なんで寝るのに電気消さねぇ?」
「明るくないと寝れなくて」
「随分変わった野郎だな……」
「寝れないか?」
「普通、寝れねぇだろ」
 そうか、と斗歩は息を落とした。
「でも、オレ、暗いとこ怖ぇから消せないや」
「別にいいが、なんで最初に言わねぇ?」
「忘れてた」
「忘れんな。最重要項目だぞ」
 言い返しつつ、考えた。怖ぇって、やっぱり暗いと昔のこと思い出したりすんのか? けど、これはさすがにオレが寝れねぇ。なら――
 頭で言葉にし、オレは横向いて斗歩の方へ腕伸ばした。斗歩の顔、オレの胸に埋めて抱きしめてやろうと思ってた。そうすりゃ、きっとちょっとは安心すんだろうと。
 でもオレが斗歩の頭を引き寄せる前に、なぜかオレの頭が斗歩の腕ん中にあった。
「こうすりゃ、そんなに眩しくないだろ」
 腕にこもった力の優しさに、なんつーか、大事にされてる感じがした。違ぇ。そうじゃねぇ。オレが大事にしてぇんだ。なんでこうなる? そうは思うものの、斗歩の胸にぴったりくっついた頬を通して、トク、トクと鼓動が伝わってきて、気持ちが和んだ。これはこれで悪くねぇか。そう思って、オレは斗歩の心音聴きながら目ぇ閉じた。
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