上 下
21 / 40

21 観覧車は心臓がバックバク

しおりを挟む
 ジェットコースター、船の形した大型ブランコのバイキング、垂直落下を楽しむフリーフォール――。オレらは目に付いた絶叫マシンに乗ってった。怖いと有名なお化け屋敷は、斗歩が嫌だっつったから入らなかったが。とにかく、どれも人気のアトラクションだったから待ち時間もやたら長く、最後の観覧車に並んだ時には、もう閉園時間が迫ってた。
 長ぇこと突っ立って、ようやく一つ前に並んだ田井とジャージ女がゴンドラに乗り込む。その背を見ながら、オレは言った。
「てめぇ、絶叫系乗っても、マジで無表情なのな」
「そうか? 今も結構心臓バックバクだぞ。高いとこ、そんな得意じゃないし」
「ンなケロッとして、よく言うよな」
 本当に心臓バックバクか確かめてやろうと、斗歩の胸に手ぇ当てた。
 途端に、斗歩の顔が真っ赤ンなった。すぐに伏せられても、頬と口元が苦しそうに歪んだのは見逃さなかった。デカい手がオレの手掴んで胸から引き離す。
「急にこういうことすんの、やめろ」
 斗歩の声が聞こえた後、随分遅れて手のひらにバックバクの鼓動の感触が来た。
「はい、次、どうぞ」
 乗り場スタッフに促されて、オレらの番だと気がついた。オレは斗歩の手ぇ引っ掴むと、駆け込むみてぇにゴンドラに乗った。

「てめぇ、なんだよ、その心臓」
「バックバクだっつっただろ」
 斗歩はまだ顔を下へ向けたまま、応えた。
 違ぇだろ。そう思い、斗歩の顎掴んで無理やりこっち向かせた。
「じゃあ、さっきまで涼しい顔してたのに、いきなりこんな情けねぇ面ンなってんのは、なんでだ?」
 口角がひとりでに上がってた。オレの意地悪い笑みに気づいたのか、斗歩の眉間が険しくなった。手ぇ払いのけ、目ぇ背ける。
「お前、性格悪いよな」
「けど、てめぇから見たら、オレは口は悪くても優しいんだろ?」
 校舎裏連れ込んだ時、斗歩が言ってきたことに触れた。アレ以降、初めて、オレの方からあの件について言ってやった。
「なんでそんな動揺してんのか、言ってみろよ」
 口元は、さらに意地悪く歪んだ。斗歩を煽るオレの頭には、ジャージ女の言葉がよみがえってきてた。そうだ、あの女は言ってた。ポッキーゲームン時、斗歩が顔真っ赤にしてたって。見るからにドッキドキな感じだったって。そんで――
「てめぇ、もしかして、オレのこと、好きなんじゃねぇか? 『普通の友だち』とかじゃなくてよ」
 斗歩の肩が緊張で強ばるのが、分かった。唇ギュッと噛み締めるのが、見えた。
「やっぱ性格わりぃよな、お前。逃げ場ねぇ状態で、そういう話、すんだもんな」
「否定しねぇのかよ?」
 追い討ちかける。斗歩は目ぇつぶって大きく息ついた。
「しねぇよ」
「しねぇってことは、どういうことか、分かってんな?」
 え? って感じで、斗歩はそれまで伏せがちだった目ぇ、こっち向けた。まん丸くなった目を。
 分かってねぇのか、バーカ。頭ン中で罵ると、オレは斗歩に詰め寄り、薄く開いたその口を口で塞いだ。
 斗歩の唇は、あったかかった。あったかくて、ちょっとカサついてて、少し震えてた。オレはそのカサつきも震えも全部舐め取っちまいたい衝動に駆られて、斗歩の口へ舌入れた。ビクッとした体を押さえ込むように体重乗せて覆いかぶさり、舌で綺麗に並んだ歯列をなぞる。上も、下も。熱い口内を舐め回す。そうしてっと、ほんの一瞬、舌先にヌメっとした物が触れた。舌だ。斗歩の、舌だ。すぐに引っ込んだそれを追いかけ、舌と舌を絡めた。斗歩の舌のあらゆる部分に自分の舌を這わせたくて、そこにあるもの全部舐め取りたくて、急に体に電気が通って感覚が目覚めたみてぇに夢中ンなってた。斗歩の熱い息を貪る。斗歩の口内へ滴ったオレの唾液が斗歩のそれと混ざって、舌絡め合わせる度に音がする。クチュクチュクチュクチュクチュクチュ。
 ドン、と来た重い一撃で、全身に広がってた高揚感は霧散した。気がつくと、オレの体は狭いゴンドラの反対側に、打ち付けられてた。痛みの場所を見れば、斗歩の無駄に長ぇ足がオレの腹を蹴りつけたまま、靴の底こっちに向けてた。
「いてぇだろ! 足どけろ!」
 怒りで、つい、喧嘩腰の荒い口調ンなってた。せっかくその気になってたのに無理やり中断されたせいだ。けど、声凄めたところで、斗歩の足は動かなかった。
「急に、何すんだよ」
 声が、掠れてた。
「前に言っただろ。こういうことされっと、オレも、暴力で返すしか――」
「状況が違ぇだろ!」
 張り上げちまった声には、怒りよりも悲痛さが溢れてた。情けなくなり、顔伏せた。斗歩もオレと同じだと思ったのに、やっとそう思えたのに、こいつは今でも最初の頃のまんまだった。オレ一人で勝手に盛り上がってた。バカみてぇ。
 湿った口元を、手で拭った。
「てめぇ、嫌なら否定しろよ。言っただろ、オレ」
 今度は声に涙の気配すら滲んでて、みっともなくて消えたくなる。ちくしょう。ゴンドラの汚れた座面を見つめながら、頭ン中で呟いた。すると、
 急に頭上の気配が濃くなった。顔上げっと、思いがけず斗歩と目が合った。超至近距離で。そんで、斗歩の口が動いた。何か言ってんのは分かったが、びっくりしたせいか、即座には理解できなかった。言葉の輪郭確かめようと、頭回し始めた時、口にあったかいモンが触れた。下唇が、優しい温度に包まれてた。強ばってた心がほぐれた。
 けど、その温度は、すぐに離れた。少しだけ濡れた唇には、やわらかくて少し甘い、あったけぇソフトクリームみてぇな感触が残ってた。
 そん時になって、ようやくオレの頭は、さっきの斗歩の言葉を捕まえた。
『お前、オレのこと、からかって遊んでんじゃないんだな』
「ンな訳あるか!!」
 ほとんど叫んで言うと、斗歩がギョッと目ぇひん剥いた。顔は紅潮して、口は困りきったように歪んでた。
「え? わりぃ、やっぱ、違ったか? あ、オレ、てっきり、お前も……」
 ポロポロと固まり切ってなさそうな言葉が零れてきた。そうだよな、違うよな。男同士だし、お前だしな。ほんと、ごめん……。
「なんでそうなんだよ!!」
 声張ると、斗歩の肩がビクッと震えた。揺れる瞳を、オレはじっと見つめた。
「てめぇ、鈍すぎんだよ。フツー気づくだろ。男同士だろうがなんだろうが、必要に迫られもしねぇで自分からキスする理由なんて一つしかねぇだろ」
 オレはグッと体起こし、斗歩の方へ迫った。ゴンドラの端まで追い詰められた斗歩は、目ぇ丸くするばっかで動かない。 
「今度は逃げんじゃねぇぞ。オレもお前と同じだからな」
 斗歩の顔へ、顔寄せる。肌の温度が皮膚通して伝わってくる。斗歩が瞼下ろしたのか、まつ毛が頬の上を滑った。長ぇまつ毛だなって余計なこと思いながら、斗歩の唇咥えるみてぇにして塞ぐ。掴んだ肩に力入ったのが分かったが、逃げたり抵抗したりする気配はない。オレはちょっと唇離した。
「口開けろ」
 斗歩は戸惑ったように眉と目尻ぐっと下げたが、素直に薄く口開いた。ちっせぇ口って言葉飲み込んで、その唇に舌這わせ、端まで行くと口の隙間に先っぽ入れる。そうして、もっかい斗歩の口を唇で覆った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

処理中です...