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18 他人=モブじゃなかった

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 よく眠れたからかいつもの調子を取り戻した斗歩は、オレらと一緒に教室に戻った。もう平気なのかって訊いても、大丈夫だっつーし、実際、朝に見えた疲れの気配はすっかり顔から消えてた。
「でも無理したら、またぶり返すかもしれないから程々にね。今日、昨日休みだった代わりにバイトあんだろう? それも休んだ方がいいよ」
 言葉の輪郭が溶けてるような、優しい含み声でメガネが言った。けど、斗歩の返事は素っ気なかった。
「いや、行くよ。ただの寝不足だから、もう大丈夫だ」
「いや、でも――」
 言いかけたメガネを、オレは遮った。
「なんで寝れなかったんだよ?」
 昨日の夜は平気そうな面、してやがったのに。そういうニュアンス込めたのが伝わったのか、斗歩はごめんってこぼした。お前と一緒の時、何ともなかったもんな。悪い。
「お前と別れた後、何つーのかな……親戚? みたいな人が調子悪くなったって連絡があってさ、会いに行ってたんだ」
「実家から連絡があったの?」
 メガネの質問に、斗歩は首振った。
「違う、病院からだ。入院中の親戚がいて、オレんとこしか、連絡つかなかったらしい」
 斗歩の説明に、メガネは腑に落ちねぇって感じの面したが、それ隠すみてぇに笑み広げた。
「そっか! 大変だったね。大丈夫ならいいんだけど、本当に無理はしないでね」
「ああ。ありがとな」
 斗歩は薄く笑って応えた。

 学校からの帰り道、オレはいつも通り斗歩と並んで歩きながら、ずっとうわの空だった。特に何も訊きゃしなかっが、斗歩の説明はおかしいとこばっかだ。親戚って、誰だよ? 今のこいつに、里親ンとこ以外に「親戚」なんて呼べる人間がいるはずねぇこと、オレは知ってる。斗歩の言葉聞いてから、胸ン中にはしこりみてぇなモンが溜まって、どうしようもなかった。どういうことだって訊いて、納得いかねぇって思いを全部吐き出しちまいたかった。けど、歯切れ悪い斗歩の口調を思うと、できなかった。一緒にいると、つい問い詰めちまいそうで、その日は斗歩ん家寄らずに帰った。

 ベッドに体投げ出して、天井見る。電灯以外は何もねぇそこをぼんやり眺めてっと、いつの間にか頭には、斗歩の顔が浮かんでた。ちょっと困ったような眉間と、とりあえず口元に浮かべたって感じの薄い笑み。あの表情の後ろには、絶対に何がある。「親戚」ってのの存在が斗歩を眠れなくさせたり、あんなビミョーな顔させたりしてるに違いねぇ。どんどん勝手な想像が広がって、そうと気づくとベッドから起き上がった。だめだ。本人に訊けもしねぇのに妄想ばっか膨らませて、みっともねぇ。
 オレはどうにか思考を斗歩の言った「親戚」から引き離すため、全く別のこと思い浮かべようとした。真っ先に見つけたのは、あのメガネのことだ。
 いい奴だった。
 認めざる得なかった。あの野郎の口にした斗歩への「尊敬」の気持ちはニセモノなんかじゃなかった。オレに対して周りの奴らが向けてきた軽薄な褒め言葉とは、全然違った。上面だけじゃなく、ちゃんと斗歩の中身へ目ぇ向けて、あいつなりに斗歩を理解して「尊敬」してるっつってた。他人なんてのはただのモブだと、深い考えなんて持ってやいねぇと、そう思って生きてきたオレにとって、あいつの真摯さは鮮烈な発見だった。あいつはモブじゃない。そのことが、目の前でいきなり事実ンなった。メガネは――いや田井は、オレが嫌ってきた薄っぺらい奴らとは違うんだ。そう思うと視界遮る邪魔なモンが消えて、ちょっと世の中の見晴らしが良くなった気がした。
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