上 下
14 / 40

14 人生ワーストファイブのクソ

しおりを挟む
「おい、澤上」
 家に斗歩呼んだ次の週の木曜日、登校するなりオレは斗歩へ円盤突き出した。
「これ、貸してやる」
 斗歩がきょとんとして、こっち見た。
「なんで?」
「なんでじゃねぇよ。てめぇ、こないだ聴いてみるっつってただろ。まさか忘れてんじゃねぇだろうな?」
「いや、自分で探してみるつもりだったんだけど……いいのか?」
「よくなきゃ渡さねぇっての」
 オラッて押し付けると、斗歩は困ったように眉下げて受け取った。ありがとなって、手の中のモン見つめる。
「返すの、ちょっと遅くてもいいか?」
「ああ、気ぃ済むまで聴いてろ」
 薄くて控え目な唇に、笑みの気配が差した。
「ありがとな」
 もう一度言ったその声には丸みがあって、戸惑いはさっぱり消えていた。
 オレが満足して席へ戻ろうと踵返しかけると、声が飛んできた。
「おはよう、澤上くん!」
 見てみれば、斗歩とよくつるんでるメガネとデブが、こっちに寄ってきてやがった。
「高橋くんは、また澤上くんに用なのか」
 メガネは前と同じこと言ってきたが、その声に険はなかった。でも、ムカつくことに変わりはねぇ。
「てめぇにンなこと言われる筋合いねぇんだよ。オレが澤上と話すのと、てめぇらが話すのと、何が違うってんだ?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
 メガネはなんか焦ったらしく、声乱した。
「今日も仲が良いなと思ったんだよ」
「あ?」
 脅すみてぇに語気が強まった。メガネに対する威嚇なのに、なぜかデブの方がビクッとする。ケロリとしたメガネが、メガネのブリッジを指で押し上げると、メガネの縁がキラッと光った。
「澤上くんに仲のいい友だちが増えて、僕も嬉しいよ。君のこと、誤解してたみたいだ。ごめん」
 オレの目の前に、手が差し出された。は? って思って視線上げれば、メガネはにこやかに笑った。
「握手しよう! 今日からは僕たちも友だちだ!」
「は!?」
 思いがけない発言に、思いがけないでけぇ声が出た。
「なんだそれ、キモ……。握手とか、しねぇだろ、フツー」
「握手くらいしてやれよ」
 斗歩の低い声がした。頬杖ついて、机の上にあるバンプのアルバム眺めてやがる。
「そうだよ。澤上くんは素直に握手してくれたぞ」
「きンめぇ!!」
 声へさらに力が入った。キメェ。マジでキメェ。なんなんだ、こいつ。握手した? 斗歩と? 斗歩の手ぇ握ったのか? 
 オレは机へ目ぇやった。そこに置かれた斗歩の右手の白い傷跡が、やけに目立って見える。ふと、この傷に触ったら、どんな感じなんだろうって疑問が過った。
 そん時、ボソッとした声が聞こえた。
「自分はもっとすげぇことするクセに」
 一気に血が上って来て、顔がマジで発火するかと思うほど熱くなった。今、この瞬間までなかったことになってたあの二回のキスの件が、とんでもねぇスピードで投げつけられた。
「すげぇこと?」
 メガネとデブが、声揃えて追い討ちかけてきた。
「ああ、こないだ呼び出された時――」
「おい、こら、てめぇ」
 オレは反射的に斗歩の顔――口んとこ掴んでた。
「わざとやってんじゃねぇだろうな。殺すぞ?」
「お前、殺害予告し過ぎだ」
 そう言って、斗歩はオレの手ぇ払った。
 ムカついて声へさらに凄みがかかる。
「てめぇは、いつもすっとぼけ過ぎなんだよ」
 他人に言わねぇだろ、アレ。てめぇだって、知られたかねぇはずだ。
 斗歩は肩で息ついた。
「まぁ、オレらのことはいいけど、あんま田井にひでぇこと言うんじゃねぇよ。お前が当たり前に言ってることで、傷つく奴もいんだぞ」
「あ?」
 とっさに出た声の後、やっとオレは察した。こいつ、怒ってやがんのか?
 斗歩は、あんま表情が変わらねぇ。困ったり戸惑ったりした時に眉ひそめるくらいはするが、その程度だ。だから分かりにきぃが、よく見れば、こん時のこいつの顔は感情全部とっぱらわれたみてぇで、ただ瞳にだけ静かで冷てぇ真剣さが宿ってた。
「いいんだよ、澤上くん。僕も不躾だったんだから」
 メガネは相変わらずの妙にハキハキした口調で言ったが、斗歩の尖った態度は崩れなかった。
「お前はそんな不躾じゃないよ。こいつの態度のがよっぽどひどい」
「何キレてんだよ、てめぇ。オトモダチは大事にしたいってか? てめぇら全員クソきめぇな」
 言い捨てて、背ぇ向けた。腹の底に淀んだ気持ちが、ずんと重かった。

 後ろめたがった。ただ、それはメガネに言ったことに対するモンじゃなく、斗歩を怒らせたことに対する感情だった。あいつに悪く思われたことが、堪えてた。情けねぇ。何がって、斗歩が怒ったその原因は、どうとも思えねぇってことがだ。自分のしたこと省みる気なんか一ミリだってありゃしねぇのに、ただ斗歩に嫌われたくねぇって気持ちだけが心乱してた。クソだな、と我ながら思う。オレのこれまでの人生でワーストファイブに入るレベルのクソさ加減だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...