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10 うまいうどんが食いたいんだ

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 春の夜は、暗いっつうのが気ぃ引けるくらい柔けぇ感じがする。ぬるく、ちょっと湿った感じの風も優しげで、長ぇこと外で突っ立ってても、それほど苦じゃねぇ。たまに強ぇ風が吹くと、目に砂入ってうぜぇが。
 カラン、って音がした。見れば二つの空き缶が転がってくとこだった。なぜかゴミ箱ン隣に行儀よく並べられてたヤツだ。しゃあねぇなって肩で息つき、空き缶の方へ行って拾い上げようと屈んだ時、頭上から声が降ってきた。
「わりぃ、ありがとな」
「あ?」
 睨み上げたら、ボディバッグ斜めに掛けた斗歩と目が合った。
「最近、空き缶、灰皿替わりにして煙草吸ってく人たちがいるらしくて。捨てもしないで置いてっちまうんだ」
 言われて見てみれば、確かに缶の中には煙草の吸殻が入ってやがった。オレはゴミ箱に二つまとめて放り込んだ。
「クソだな。オレにンなモン捨てさせやがって」
 オレの不満を無視して、斗歩は口調軽くした。
「で、何食うんだ?」
「てめぇは何食いてぇんだよ?」
「んー、腹減ってるし、なんでもいいぞ」
「クソ意見ありがとよ、死ね」
 仕方なく、スマホで近所の食い物屋調べた。
「お、うまいラーメン屋があるっぽいな」
「ラーメンだったら、うどんのがいいな……」
「てめぇ、さっき何でもいいっつっただろ」
「悪い。けど、うどん食いたくなってきた」
「自分で調べろ」
「分かった」
 斗歩はスマホへ視線貼り付けていじってやがったが、すぐに顔上げっとオレを見た。
「評判いい店があった。ちょっと歩くけど、いいか?」
「ちょっとって、どんくらいだよ?」
「四キロくらい」
「は!?」
 予想の遥か上を行く距離――つーか、バグり過ぎた距離感覚だった。
「おい、ちょっとって距離じゃねぇだろ、それ。今から四キロ歩くのか? 一時間ぐれぇかかんぞ」
「急げば、そんなにかかんないよ」
「そんなにうどん食いてぇのかよ……」
「食いたい」
「てめぇ、オレに迷惑じゃねぇかって、気にしてなかったか?」
 斗歩が大きく息吸った。
「迷惑じゃないっつってくれた奴に、遠慮しても良くねぇなって思っただけだよ。嫌なら別のとこでいい。オレにも遠慮しなくていいし、オレも嫌なら断るから」
 オレに向けられた目が細まった。それ見ると、顔面に熱が駆け上ってきちまう。何、珍しくちゃんと笑ってやがんだよ。そういう思いをぐっと飲み込んで、顔背ける。
「嫌じゃねぇよ」
「あ、でも家の人、心配するか?」
「しねぇよ。心配する親なら、今ここに来ちゃいねぇ」
「そっか、良かった」
「良くねぇ。死ね」
「お前、死ね死ね言い過ぎだぞ」
 くたばれ。くたばんねぇ。喋んな。分かった。――マジで黙んじゃねぇ。オレ、どうすりゃいいんだよ? 死ね。死なない。そんなこと言い合いながら、オレらは四キロちょっとの距離を歩いた。

 斗歩の言う通り、うまいうどん屋だった。あんま食ったことのねぇ表面のざらついた麺で、だからか汁がよく絡んでた。麺に歯ぁ立てた瞬間の感触は柔けぇのに、しっかり噛むとコシがあって、一口目から市販の麺を家で茹でんのとは違ぇって分かった。
 二人で割り勘して勘定済ませっと、また会話って言えるかも怪しいくらいの短い言葉ポツポツ交わしつつ、のんびり歩いて帰った。
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