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他人の決定に従うばかりだった私の道へ陰が差し始めたのは、中学に上がってからだ。
「真奈って、何でも他人任せだよね」
文化祭の出し物で創作ダンスを行うことになった一年生の秋、優ちゃんが突然声を尖らせた。私と優ちゃんがペアになって踊るところがあったのだ。二人でその部分の振り付けを考えている最中のことだった。
「全部あたしが決めてんじゃん。少しは考えなよ」
「ごめん……」
キツい口調にたじろぎながら返せば、優ちゃんは非難の気配を滲ませたまま「じゃあ、今から考えて」と腕を組んだ。突き放したような態度に気圧されて、うんと応えたものの何も思いつかない。俯き、必死で考えたけれど、何も浮かばない。優ちゃんの鋭い視線が痛くて、滲んできそうな涙を堪えているうちに、その日の作業時間が終わった。
チャイムと共に無言で私の傍を離れていった優ちゃんが、他の友だちに話す声が聞こえてきた。
「真奈とのペア、マジでやなんだけど」
私と優ちゃんは最初のうち、休み時間や放課後に誘い合って二人でダンスの振り付けを考えたり練習したりしていた。けれど少しずつ、優ちゃんは疎ましそうな態度を取るようになった。注意されても、私がまともに振り付けを考えなかったからだ。いや、本当は考えていた。ずっとダンスのことを考えていた。でも、優ちゃんを目の前にすると、ちょっとのミスも許さないと言いたげな視線が怖くて、上手く言葉が出なかった。それで優ちゃんに、真奈は何も考えてくれないし協力もしてくれない、と思われてしまったのだ。
「真奈、もう帰っていいよ。あたし、一人でやるから」
「え?」と、私が躊躇っても、優ちゃんの眉はつり上がったままだった。
「後で振り付けは教えるから」
早く帰って。
口にされていないはずの声が、聞こえた気がした。私は「分かった」と応えるしか、なかった。スクールバッグを肩に提げて背を向けた時、気持ちを切り替えるような張りのある声が聞こえてきた。
「よーし、やるぞぉ! お兄ちゃんに良いとこ見せなきゃ!」
優ちゃんには、五つ年上のお兄さんがいる。ものすごいイケメンで、怪我で引退するまでサッカーをやっていたらしい。ポジションはゴールキーパーだった。普通チームで人気になるのは、見せ場の多いオフェンスに強い選手だけれど、お兄さんはその顔面偏差値の高さからチームの他の誰よりも、女子からの熱い声援を浴びていた。これは優ちゃんから聞いた話だ。優ちゃんは自分のことは遠回しに自慢する子だったけれど、お兄さんのことになると、いつも直接的な言葉を使った。うちのお兄ちゃん、顔が良いだけじゃないんだよ。頭も良いし、すっごく優しいし。あたし、お兄ちゃんがいれば彼氏とか、いらないなぁ。結婚もしないでさぁ、ずーっとお兄ちゃんの傍にいたい。
意地悪な男子に「ブラコン、キモいし」なんて言われても、「そうだよ、あたしブラコンだよ」と笑い飛ばしていた。
文化祭前日まで、優ちゃんの振り付けは決まりきらなかった。私が「教えて」と訊きに行くと「まだできてないから待ってよ!」と震えや潤みを堪えたような声が返ってきて、不安が募った。優ちゃん、大丈夫かな? 私、練習する時間、あるのかな? とうとう本番が明日に迫った日、ようやく優ちゃんが振り付けを教えてくれた。
しかし、当日、私は失敗した。やはり一日で振り付けを全て覚えきることができず、加えて照明の光で頭が真っ白になった。私と優ちゃんとで踊るのは、約一分。その内の三十秒もの間、私は棒みたいに立ち尽くしていた。照りつける明かりの熱で皮膚がチリチリしているのに、冷や汗は冷たく骨にまで沁みてきた。困惑に満ちた客席の様子が目に滲むと、客席だけでなくあらゆる角度から白い目で見られているような気がして、胃がキリキリ縮んだ。長い長い三十秒が終わり舞台袖に戻ると、優ちゃんがワアッと泣きだした。真奈のせいで台無し。せっかくお兄ちゃんが見に来てくれたのに!
優ちゃんの声に続けて、外から湿った雨音が聞こえ始めた。
「真奈って、何でも他人任せだよね」
文化祭の出し物で創作ダンスを行うことになった一年生の秋、優ちゃんが突然声を尖らせた。私と優ちゃんがペアになって踊るところがあったのだ。二人でその部分の振り付けを考えている最中のことだった。
「全部あたしが決めてんじゃん。少しは考えなよ」
「ごめん……」
キツい口調にたじろぎながら返せば、優ちゃんは非難の気配を滲ませたまま「じゃあ、今から考えて」と腕を組んだ。突き放したような態度に気圧されて、うんと応えたものの何も思いつかない。俯き、必死で考えたけれど、何も浮かばない。優ちゃんの鋭い視線が痛くて、滲んできそうな涙を堪えているうちに、その日の作業時間が終わった。
チャイムと共に無言で私の傍を離れていった優ちゃんが、他の友だちに話す声が聞こえてきた。
「真奈とのペア、マジでやなんだけど」
私と優ちゃんは最初のうち、休み時間や放課後に誘い合って二人でダンスの振り付けを考えたり練習したりしていた。けれど少しずつ、優ちゃんは疎ましそうな態度を取るようになった。注意されても、私がまともに振り付けを考えなかったからだ。いや、本当は考えていた。ずっとダンスのことを考えていた。でも、優ちゃんを目の前にすると、ちょっとのミスも許さないと言いたげな視線が怖くて、上手く言葉が出なかった。それで優ちゃんに、真奈は何も考えてくれないし協力もしてくれない、と思われてしまったのだ。
「真奈、もう帰っていいよ。あたし、一人でやるから」
「え?」と、私が躊躇っても、優ちゃんの眉はつり上がったままだった。
「後で振り付けは教えるから」
早く帰って。
口にされていないはずの声が、聞こえた気がした。私は「分かった」と応えるしか、なかった。スクールバッグを肩に提げて背を向けた時、気持ちを切り替えるような張りのある声が聞こえてきた。
「よーし、やるぞぉ! お兄ちゃんに良いとこ見せなきゃ!」
優ちゃんには、五つ年上のお兄さんがいる。ものすごいイケメンで、怪我で引退するまでサッカーをやっていたらしい。ポジションはゴールキーパーだった。普通チームで人気になるのは、見せ場の多いオフェンスに強い選手だけれど、お兄さんはその顔面偏差値の高さからチームの他の誰よりも、女子からの熱い声援を浴びていた。これは優ちゃんから聞いた話だ。優ちゃんは自分のことは遠回しに自慢する子だったけれど、お兄さんのことになると、いつも直接的な言葉を使った。うちのお兄ちゃん、顔が良いだけじゃないんだよ。頭も良いし、すっごく優しいし。あたし、お兄ちゃんがいれば彼氏とか、いらないなぁ。結婚もしないでさぁ、ずーっとお兄ちゃんの傍にいたい。
意地悪な男子に「ブラコン、キモいし」なんて言われても、「そうだよ、あたしブラコンだよ」と笑い飛ばしていた。
文化祭前日まで、優ちゃんの振り付けは決まりきらなかった。私が「教えて」と訊きに行くと「まだできてないから待ってよ!」と震えや潤みを堪えたような声が返ってきて、不安が募った。優ちゃん、大丈夫かな? 私、練習する時間、あるのかな? とうとう本番が明日に迫った日、ようやく優ちゃんが振り付けを教えてくれた。
しかし、当日、私は失敗した。やはり一日で振り付けを全て覚えきることができず、加えて照明の光で頭が真っ白になった。私と優ちゃんとで踊るのは、約一分。その内の三十秒もの間、私は棒みたいに立ち尽くしていた。照りつける明かりの熱で皮膚がチリチリしているのに、冷や汗は冷たく骨にまで沁みてきた。困惑に満ちた客席の様子が目に滲むと、客席だけでなくあらゆる角度から白い目で見られているような気がして、胃がキリキリ縮んだ。長い長い三十秒が終わり舞台袖に戻ると、優ちゃんがワアッと泣きだした。真奈のせいで台無し。せっかくお兄ちゃんが見に来てくれたのに!
優ちゃんの声に続けて、外から湿った雨音が聞こえ始めた。
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