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リッキーと清水さんのうわさ
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冬休みはあっという間に終わり、七日から新学期がスタートした。久しぶりにランドセルをしょって、通学路を歩く。頬に触れる空気は、ピンと張りつめたように冷たい。空には雲一つなく、とてもとても鮮やかな青がどこまでも広がっている。新年初めての学校ということもあってか、心もなんだか真新しくなったようだった。
気持ちのいい天気のおかげか、ずっと頭の中を占領していたリッキーと清水さんのことが、あまり気にならなくなった。きっと、学校へ行ったら、いつも通りの二人がいる。リッキーは宮崎くんとはしゃぎ回っているだろうし、清水さんは静かに本を読んでいて、私が話しかけたら恥ずかしそうに少し笑って答えてくれる。そうに決まってる。
学校に着き、廊下を歩き、ガラリと引き戸を開ければ、教室の雰囲気はやっぱりいつも通りだった。男子は大声で騒いでいて、女子たちは仲良し同士で集まってしゃべり、たまに高い声をあげて笑っている。
ホッとして自分の席へ向かうと、でも、女の子たちのうわさ話が耳に入ってきた。
清水さん、よりによって告る相手が榎本って、超趣味悪いよね。
ギョッとして、立ち止まり、気づけば耳をそばだてていた。
しかもフラれたらしいし。マジでウケるわ。榎本にフラれるとか。
全身の血が逆流したみたいに、体が熱くなった。ドクドクドクドクと、胸を叩くほど強く心臓が脈打つ。私は視線を巡らして、リッキーを、清水さんを、探した。リッキーはすぐに見つかった。うわさ話なんてそっちのけで、宮崎くんと、何やら手を叩いて笑っている。けれど、清水さんが見当たらない。いつも自分の席に座っているはずなのに……まだ来ていないのだろうか? 私は清水さんを探しながら、女の子たちの話にも耳を傾け続けていた。
構ってくれる男子が、榎本と宮崎くんくらいしかいなかったからじゃない? 宮崎くんが無理だったから、しょうがなく榎本、みたいな。
にしてもさ、榎本だよ? 万が一、オッケーされたら、ヤバくない? 榎本と付き合うとか、悪夢じゃん。
彼女たちの言葉を聞くうちに、私の心は真っ黒い煙が充満していくみたいに、すすけていった。この子たちはリッキーのこと、何にも知らないのに。何にも知らずに、好き勝手なこと言って。
「かなちゃん!」
背後から声が飛んできた。真美ちゃんだ。振り向くと、彼女は小走りにこっちへやって来た。
「私が来てからずっと、女子がリッキーと清水さんのこと話してるの」
真美ちゃんは声を低めて、私に話した。
「男子も二人の机に変な落書きしたり。落書きはリッキーと宮崎くんが消してたんだけどね。清水さんは……今、トイレで泣いてるみたいで。私、前にちょっとあったから声かけにくくて。一緒に行ってくれる?」
驚いて、返事を忘れて固まってしまった。うわさ話だけじゃなく、男子が落書きしていたなんて。でもそれ以上に、清水さんのこと、よく思っていないはずの真美ちゃんの口から、こんな言葉が出てくるなんて、思いもよらなかった。
真美ちゃんの困りきったような表情に意識がとまって、私はあわてて答えた。
「分かった。行こう」
教室から一番近いトイレの、一番奥の個室。閉められたドアの向こうから、確かにすすり泣くような声が、かすかに聞こえた。
ドアを叩き、清水さん、と声をかけた。
「大丈夫?」
ドアの奥で、何かが動く気配がする。コン、と鍵をスライドさせる音がして、ドアが開く。
ずっとうつむいていたのか、髪全体が前に寄っていて、清水さんの顔をほとんど隠していた。大丈夫? ともう一度聞くと、清水さんは静かに首を振った。
「あんな風にうわさして、落書きまでして、ひどいよね」
私が言うと、清水さんはまた、首を振る。そうして、小さな低い声で話した。
「私のことだけだったら、別にいい。うわさ話も落書きも。でも、私のせいで力也くんまでいろいろ言われて、嫌がらせもされて、それが、すごく悔しい」
清水さんは、うつむいた。顔は見えないけれど、ときおり鼻をちょっとすするので、泣いているのが分かった。リッキーのことをいろいろ言われて、悔しい。その気持ちが自分の気持ちと重なって、私のまぶたも涙でふくれあがってきた。
「分かるよ」
すぐ隣でまみちゃんの声がして、少しびっくりした。見ると、真美ちゃんは清水さんの顔を下から覗き込むように体をかがめ、顔にかかった彼女の髪を、手でそっと横へやる。
「私だって、好きな人のことそんな風に言われたら、すごく嫌だよ。私も最近女の子たちが宮崎くんの悪口言ってるのよく聞いて、すごく嫌な気持ちになった。だから分かるよ」
真美ちゃんは、そこで言葉を止めて、口元を優しくゆるませた。
「それに、清水さんがリッキーのことが好きだっていうのも、分かるよ。リッキーはいい子だもん」
ハッとなった。突然、淀んだ気持ちが澄み渡った。清水さんもハッと顔を上げていた。涙に濡れた目元が見えた。真美ちゃんは続ける。
「前に、リッキーが宮崎くんと私のことで怒った時あったでしょ。あの後ね、リッキーは私に謝りに来てくれたの。私に言ったこと、本気じゃないって。ただ、みんなを黙らせたかっただけなんだって。ごめんなって」
真美ちゃんの言葉は、心にパッと投げ入れられた、花束みたいだった。誰もリッキーのことを分かってくれないと思っていたけれど、私たち「騎士団」のメンバー以外はみんな本当の優しいリッキーのことを知らないと思っていたけれど、ちゃんと見てくれている人もいるんだと感じた。
清水さんの顔が、土砂降り間際の空みたいに一気に歪んだ。それを見て、真美ちゃんはにっこり笑った。
「私もリッキーのこと、好きだよ。恋愛感情とかじゃないけど、でも、リッキーのこと、すごく好き。それに清水さんのことも好きだよ」
真美ちゃんは、清水さんの顔を見ながら続けた。今日から私、清水さんと一緒にいるよ。かなちゃんと私と清水さんとで、仲良くしよう。そうしたら、周りの子の嫌なうわさ話とか、ちょっとは気にならなくなるでしょ?
真美ちゃんのやわらかな声で、冷えた気持ちが、温かくなっていった。
気持ちのいい天気のおかげか、ずっと頭の中を占領していたリッキーと清水さんのことが、あまり気にならなくなった。きっと、学校へ行ったら、いつも通りの二人がいる。リッキーは宮崎くんとはしゃぎ回っているだろうし、清水さんは静かに本を読んでいて、私が話しかけたら恥ずかしそうに少し笑って答えてくれる。そうに決まってる。
学校に着き、廊下を歩き、ガラリと引き戸を開ければ、教室の雰囲気はやっぱりいつも通りだった。男子は大声で騒いでいて、女子たちは仲良し同士で集まってしゃべり、たまに高い声をあげて笑っている。
ホッとして自分の席へ向かうと、でも、女の子たちのうわさ話が耳に入ってきた。
清水さん、よりによって告る相手が榎本って、超趣味悪いよね。
ギョッとして、立ち止まり、気づけば耳をそばだてていた。
しかもフラれたらしいし。マジでウケるわ。榎本にフラれるとか。
全身の血が逆流したみたいに、体が熱くなった。ドクドクドクドクと、胸を叩くほど強く心臓が脈打つ。私は視線を巡らして、リッキーを、清水さんを、探した。リッキーはすぐに見つかった。うわさ話なんてそっちのけで、宮崎くんと、何やら手を叩いて笑っている。けれど、清水さんが見当たらない。いつも自分の席に座っているはずなのに……まだ来ていないのだろうか? 私は清水さんを探しながら、女の子たちの話にも耳を傾け続けていた。
構ってくれる男子が、榎本と宮崎くんくらいしかいなかったからじゃない? 宮崎くんが無理だったから、しょうがなく榎本、みたいな。
にしてもさ、榎本だよ? 万が一、オッケーされたら、ヤバくない? 榎本と付き合うとか、悪夢じゃん。
彼女たちの言葉を聞くうちに、私の心は真っ黒い煙が充満していくみたいに、すすけていった。この子たちはリッキーのこと、何にも知らないのに。何にも知らずに、好き勝手なこと言って。
「かなちゃん!」
背後から声が飛んできた。真美ちゃんだ。振り向くと、彼女は小走りにこっちへやって来た。
「私が来てからずっと、女子がリッキーと清水さんのこと話してるの」
真美ちゃんは声を低めて、私に話した。
「男子も二人の机に変な落書きしたり。落書きはリッキーと宮崎くんが消してたんだけどね。清水さんは……今、トイレで泣いてるみたいで。私、前にちょっとあったから声かけにくくて。一緒に行ってくれる?」
驚いて、返事を忘れて固まってしまった。うわさ話だけじゃなく、男子が落書きしていたなんて。でもそれ以上に、清水さんのこと、よく思っていないはずの真美ちゃんの口から、こんな言葉が出てくるなんて、思いもよらなかった。
真美ちゃんの困りきったような表情に意識がとまって、私はあわてて答えた。
「分かった。行こう」
教室から一番近いトイレの、一番奥の個室。閉められたドアの向こうから、確かにすすり泣くような声が、かすかに聞こえた。
ドアを叩き、清水さん、と声をかけた。
「大丈夫?」
ドアの奥で、何かが動く気配がする。コン、と鍵をスライドさせる音がして、ドアが開く。
ずっとうつむいていたのか、髪全体が前に寄っていて、清水さんの顔をほとんど隠していた。大丈夫? ともう一度聞くと、清水さんは静かに首を振った。
「あんな風にうわさして、落書きまでして、ひどいよね」
私が言うと、清水さんはまた、首を振る。そうして、小さな低い声で話した。
「私のことだけだったら、別にいい。うわさ話も落書きも。でも、私のせいで力也くんまでいろいろ言われて、嫌がらせもされて、それが、すごく悔しい」
清水さんは、うつむいた。顔は見えないけれど、ときおり鼻をちょっとすするので、泣いているのが分かった。リッキーのことをいろいろ言われて、悔しい。その気持ちが自分の気持ちと重なって、私のまぶたも涙でふくれあがってきた。
「分かるよ」
すぐ隣でまみちゃんの声がして、少しびっくりした。見ると、真美ちゃんは清水さんの顔を下から覗き込むように体をかがめ、顔にかかった彼女の髪を、手でそっと横へやる。
「私だって、好きな人のことそんな風に言われたら、すごく嫌だよ。私も最近女の子たちが宮崎くんの悪口言ってるのよく聞いて、すごく嫌な気持ちになった。だから分かるよ」
真美ちゃんは、そこで言葉を止めて、口元を優しくゆるませた。
「それに、清水さんがリッキーのことが好きだっていうのも、分かるよ。リッキーはいい子だもん」
ハッとなった。突然、淀んだ気持ちが澄み渡った。清水さんもハッと顔を上げていた。涙に濡れた目元が見えた。真美ちゃんは続ける。
「前に、リッキーが宮崎くんと私のことで怒った時あったでしょ。あの後ね、リッキーは私に謝りに来てくれたの。私に言ったこと、本気じゃないって。ただ、みんなを黙らせたかっただけなんだって。ごめんなって」
真美ちゃんの言葉は、心にパッと投げ入れられた、花束みたいだった。誰もリッキーのことを分かってくれないと思っていたけれど、私たち「騎士団」のメンバー以外はみんな本当の優しいリッキーのことを知らないと思っていたけれど、ちゃんと見てくれている人もいるんだと感じた。
清水さんの顔が、土砂降り間際の空みたいに一気に歪んだ。それを見て、真美ちゃんはにっこり笑った。
「私もリッキーのこと、好きだよ。恋愛感情とかじゃないけど、でも、リッキーのこと、すごく好き。それに清水さんのことも好きだよ」
真美ちゃんは、清水さんの顔を見ながら続けた。今日から私、清水さんと一緒にいるよ。かなちゃんと私と清水さんとで、仲良くしよう。そうしたら、周りの子の嫌なうわさ話とか、ちょっとは気にならなくなるでしょ?
真美ちゃんのやわらかな声で、冷えた気持ちが、温かくなっていった。
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『オレはこいつの「半分ヒーロー」』で「BL小説大賞」に参加しています。よろしければこちらもご覧ください。
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