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お正月
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よし、放すぞ。
リッキーがそう言って手を放すと、タコはすぐにグーンと高く舞い上がった。糸を持って走っていた宮崎くんが止まっても、ひとたび風をつかまえたタコは、ドンドンドンドンドン空を上っていく。ついには糸がいっぱいに伸びて、宮崎くんは綱引きみたいに体を低くして足を踏ん張った。
「ヤバい! めっちゃ引っ張られてる!」
顔いっぱいに笑みを広げて叫んだ宮崎くんへ、リッキーがすぐに手を貸す。
「ほんと、すっげぇ力! タコってこんな飛ぶのかよ!」
息の弾みにも喜びが表れていた。
今日は風が強くてタコもあがりやすいんだろうけど、それにしたってかなりの高さだ。リッキーと宮崎くんが、タコに引っ張られて空を飛んで行ってしまっても不思議ではないような気がして、ちょっとヒヤヒヤした。
「三角形のタコはあがりやすいのよ」
おばあさんが台所からやってきて、言った。
「そろそろお昼よ。おせち食べましょ」
「でも、これ戻ってこないよ……!」
宮崎くんが声を上げても、おばあさんは、ふふ、と笑うばかりだった。そのうち下りてくるから、そしたら二人で居間にいらっしゃい。
タコと格闘するリッキーと宮崎くんを置いて、私と上島くんはおばあさんの後についていった。居間の戸を開けると、テーブルの上に、色とりどりの具材の詰まったお重が、たくさん並んでいた。大きなエビや厚切りのチャーシュー、イクラ、数の子、それにお花の形に切ったハスやニンジンの煮物に、きれいな色のたまご焼きなど、見ているだけで気持ちが華やいでくるようなお料理だった。
食卓には、ゴリラの妹だという女の子が座ってスマートフォンをいじっていた。私たちと同じ六年生らしいけれど、ずっと大人びた感じの子だ。長い髪を茶色く染めていて、丈の長めなパーカーに、そこからちょっとだけ覗くくらいの短いスカートを履いている。太ももまである長い靴下も、なんだか自分には手が届かないほど大人というか、女性的な雰囲気に見えた。ゴリラのお母さんが、台所から最後のお重を持ってきた。
「力也と和真はまだ遊んでんのかよ」
しょうがねぇな、とこぼしながら、ゴリラのお母さんが足を踏み鳴らして庭へ向かっていった。
「リュウキくんは、なんで来てないんですか?」
私がおばあさんへとも、イスに座る女の子へともなく尋ねると、おばあさんが答えてくれた。
「カノジョと初詣に行くんですって」
「毎年そうだよ」
ゴリラの妹がスマホへ顔を向けたまま話した。
「で、毎年、相手は違うの。チャラチャラしすぎなんだよ」
「リュウキくんはモテるのよ」
だろうな、と思った。顔もいいし優しいし、それでもちゃんと間違っていると思うことははっきり言ってくれるし、女の子からしたらゴリラ以上にかっこいい男子もそうそういないかもしれない。
でも、ゴリラのことを考えると、ちょっと胸がザワザワする。彼がここへ来ていない本当の理由は、私なんじゃないかと思ったからだ。私に、会いたくないからじゃないか、と。
『力也には、もうお前に何にも話すなって言っとく』
ゴリラはそう言っていたけれど、冬休みに入っても、私に対するリッキーの態度は、変わらなかった。ゴリラは結局、何も話していないのだろうか? それとも私がおばあさんにバラしてしまったことは言わずに、ただ言葉通り、私には話すなと伝えたのだろうか?
いや、もしかしたら、リッキーは全部分かった上で――私がおばあさんに明かしてしまったことを何もかも知った上で、私と普通に接してくれているのかもしれない。彼はこの二年間、そういう風にしてきたんだから。
廊下の方からドタドタ騒がしい音がしたと思ったら、リッキーと宮崎くんが転がり込むように部屋に入ってきた。
「和真、タコ糸巻くの下手すぎ。すっげぇからまってんの」
「だって長いんだもん」
「長くなかったら高く飛ばねぇし」
二人がいるだけで部屋の雰囲気は一気に活気づく。彼らはさっさと引き戸に近い席へ座り、テーブル一面に並ぶおせち料理を見て目を輝かせた。箸を持って食べようとした二人にゴリラのお母さんの怒声が響く。
「食う前に手ぇ洗え! つーかお前ら待ってたのにさっさと食うな!」
リッキーと宮崎くんが、揃って肩をすぼめて苦い顔をする。彼らは大人しく手を洗いに行った。
二人が戻ってくると、みんなで手を合わせて、いただきますをした。リッキー、私、宮崎くん、上島くん、リッキーのおばあさんにゴリラのお母さん、それにゴリラの妹。ゴリラと、そしてお正月から仕事だというゴリラのお父さんは不在だけれど、もう一人、清水さんも来ていなかった。
冬休みに入ってから、清水さんも含めたみんなが、ほぼ毎日リッキーの家に来ていた。
宮崎くんも上島くんも、両親の実家が近いらしく(宮崎くんの家では、お父さんが亡くなってからも、おじいさんおばあさんのお家にはよく遊びに行くらしかった)、年末年始に田舎へ帰省するということはないようだった。私の場合は、父方のおじいちゃんおばあちゃんはもう亡くなり、母方のおじいちゃんおばあちゃんは沖縄にいて、飛行機を使う煩わしさから毎年は遊びに行かない。清水さんも、両親どちらの実家も県内にあるらしく、訪ねていっても日帰りだと言っていた。一日《ついたち》にリッキーの家でするおせちパーティーには、行くと話していたのに。
「こんなにおいしいのに、清水さん、来れなくて残念だね」
私が言うと、なぜか向かいに座るリッキーが砂利でも噛んだみたいに表情を歪めた。
「そうだよねー。来るって言ってたのに、どうしたんだろ?」
リッキーの横から宮崎くんがケロッと言う。
「でも、その分、たくさん食べれるから、それはそれで嬉しいかも」
なによ、それ。そう返しながら、私は、何も言わずにチャーシューのかたまりをモグモグ食べるリッキーの、ちょっと曇った顔を、そっとうかがっていた。
リッキーがそう言って手を放すと、タコはすぐにグーンと高く舞い上がった。糸を持って走っていた宮崎くんが止まっても、ひとたび風をつかまえたタコは、ドンドンドンドンドン空を上っていく。ついには糸がいっぱいに伸びて、宮崎くんは綱引きみたいに体を低くして足を踏ん張った。
「ヤバい! めっちゃ引っ張られてる!」
顔いっぱいに笑みを広げて叫んだ宮崎くんへ、リッキーがすぐに手を貸す。
「ほんと、すっげぇ力! タコってこんな飛ぶのかよ!」
息の弾みにも喜びが表れていた。
今日は風が強くてタコもあがりやすいんだろうけど、それにしたってかなりの高さだ。リッキーと宮崎くんが、タコに引っ張られて空を飛んで行ってしまっても不思議ではないような気がして、ちょっとヒヤヒヤした。
「三角形のタコはあがりやすいのよ」
おばあさんが台所からやってきて、言った。
「そろそろお昼よ。おせち食べましょ」
「でも、これ戻ってこないよ……!」
宮崎くんが声を上げても、おばあさんは、ふふ、と笑うばかりだった。そのうち下りてくるから、そしたら二人で居間にいらっしゃい。
タコと格闘するリッキーと宮崎くんを置いて、私と上島くんはおばあさんの後についていった。居間の戸を開けると、テーブルの上に、色とりどりの具材の詰まったお重が、たくさん並んでいた。大きなエビや厚切りのチャーシュー、イクラ、数の子、それにお花の形に切ったハスやニンジンの煮物に、きれいな色のたまご焼きなど、見ているだけで気持ちが華やいでくるようなお料理だった。
食卓には、ゴリラの妹だという女の子が座ってスマートフォンをいじっていた。私たちと同じ六年生らしいけれど、ずっと大人びた感じの子だ。長い髪を茶色く染めていて、丈の長めなパーカーに、そこからちょっとだけ覗くくらいの短いスカートを履いている。太ももまである長い靴下も、なんだか自分には手が届かないほど大人というか、女性的な雰囲気に見えた。ゴリラのお母さんが、台所から最後のお重を持ってきた。
「力也と和真はまだ遊んでんのかよ」
しょうがねぇな、とこぼしながら、ゴリラのお母さんが足を踏み鳴らして庭へ向かっていった。
「リュウキくんは、なんで来てないんですか?」
私がおばあさんへとも、イスに座る女の子へともなく尋ねると、おばあさんが答えてくれた。
「カノジョと初詣に行くんですって」
「毎年そうだよ」
ゴリラの妹がスマホへ顔を向けたまま話した。
「で、毎年、相手は違うの。チャラチャラしすぎなんだよ」
「リュウキくんはモテるのよ」
だろうな、と思った。顔もいいし優しいし、それでもちゃんと間違っていると思うことははっきり言ってくれるし、女の子からしたらゴリラ以上にかっこいい男子もそうそういないかもしれない。
でも、ゴリラのことを考えると、ちょっと胸がザワザワする。彼がここへ来ていない本当の理由は、私なんじゃないかと思ったからだ。私に、会いたくないからじゃないか、と。
『力也には、もうお前に何にも話すなって言っとく』
ゴリラはそう言っていたけれど、冬休みに入っても、私に対するリッキーの態度は、変わらなかった。ゴリラは結局、何も話していないのだろうか? それとも私がおばあさんにバラしてしまったことは言わずに、ただ言葉通り、私には話すなと伝えたのだろうか?
いや、もしかしたら、リッキーは全部分かった上で――私がおばあさんに明かしてしまったことを何もかも知った上で、私と普通に接してくれているのかもしれない。彼はこの二年間、そういう風にしてきたんだから。
廊下の方からドタドタ騒がしい音がしたと思ったら、リッキーと宮崎くんが転がり込むように部屋に入ってきた。
「和真、タコ糸巻くの下手すぎ。すっげぇからまってんの」
「だって長いんだもん」
「長くなかったら高く飛ばねぇし」
二人がいるだけで部屋の雰囲気は一気に活気づく。彼らはさっさと引き戸に近い席へ座り、テーブル一面に並ぶおせち料理を見て目を輝かせた。箸を持って食べようとした二人にゴリラのお母さんの怒声が響く。
「食う前に手ぇ洗え! つーかお前ら待ってたのにさっさと食うな!」
リッキーと宮崎くんが、揃って肩をすぼめて苦い顔をする。彼らは大人しく手を洗いに行った。
二人が戻ってくると、みんなで手を合わせて、いただきますをした。リッキー、私、宮崎くん、上島くん、リッキーのおばあさんにゴリラのお母さん、それにゴリラの妹。ゴリラと、そしてお正月から仕事だというゴリラのお父さんは不在だけれど、もう一人、清水さんも来ていなかった。
冬休みに入ってから、清水さんも含めたみんなが、ほぼ毎日リッキーの家に来ていた。
宮崎くんも上島くんも、両親の実家が近いらしく(宮崎くんの家では、お父さんが亡くなってからも、おじいさんおばあさんのお家にはよく遊びに行くらしかった)、年末年始に田舎へ帰省するということはないようだった。私の場合は、父方のおじいちゃんおばあちゃんはもう亡くなり、母方のおじいちゃんおばあちゃんは沖縄にいて、飛行機を使う煩わしさから毎年は遊びに行かない。清水さんも、両親どちらの実家も県内にあるらしく、訪ねていっても日帰りだと言っていた。一日《ついたち》にリッキーの家でするおせちパーティーには、行くと話していたのに。
「こんなにおいしいのに、清水さん、来れなくて残念だね」
私が言うと、なぜか向かいに座るリッキーが砂利でも噛んだみたいに表情を歪めた。
「そうだよねー。来るって言ってたのに、どうしたんだろ?」
リッキーの横から宮崎くんがケロッと言う。
「でも、その分、たくさん食べれるから、それはそれで嬉しいかも」
なによ、それ。そう返しながら、私は、何も言わずにチャーシューのかたまりをモグモグ食べるリッキーの、ちょっと曇った顔を、そっとうかがっていた。
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『オレはこいつの「半分ヒーロー」』で「BL小説大賞」に参加しています。よろしければこちらもご覧ください。
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