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人面マスクを贈りたい
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翌日、私は登校してすぐ、おはよう、と席に着いている宮崎くんに話しかけた。
「ゴリラ、何にも言ってこなかったの?」
昨夜、ずっと待っていたのに宮崎くんからの連絡はなかったのだ。宮崎くんは困り切った様子で言った。
「既読ついてんのに何もないから、しつこく連絡よこせって送ったんだ。そしたらさ……」
宮崎くんがLINEの画面を私に見せた。そこには人気アニメキャラクターのスタンプがあった。『黙れ』という大きな文字付きの。
「何か変なこと書いて送ったんでしょ?」
宮崎くんなら十分あり得ると思った。彼は、そんな言い方心外だと言わんばかりに口をとがらせ、スタンプの上の会話部分を見せてきた。
『リッキーのこと、みんなで心配してる』
『ゴリラん家にいるなら教えて』
といったメッセージが連なっていた。
「別に普通だろ?」
宮崎くんはスマホを机に置くと、頬杖をついた。
「どうすりゃいいんだろ……」
さみしそうに目を伏せた彼の顔を見ると、私も途方に暮れてしまった。宮崎くんが何か良い知らせを持ってきているだろうと、どこかで期待していたのだ。学校に来れば、きっとなんとなく良い方向へ行くだろうと思っていた。
けれど、意外な人物が意外な情報を持ってきた。清水さんのちょっと後に教室へ現れた上島くんは、少し得意そうな顔をして私たちの方へ駆け寄ってきたのだ。おはよ、と言ってすぐ、彼はせかせかと話す。
「オレも、あの人、どっかで見たことある気がして、調べてみたんだ。そしたらさ」
そこで言葉を切り、上島くんは私たちにスマートフォンの画面を見せた。そこにはあの男の人の写真が写っていた。横には『近藤寛也議員』という文字がある。
「最年少で市議会議員になった人なんだって。ほら、こっちの画像なんか、すっごい見覚えあるだろ?」
彼はそう言ってスマホを操作し、別の画像を見せてきた。選挙のポスターらしきものだ。それは確かに、記憶の底の底に曖昧に残っていた写真の輪郭とピッタリ重なった。おそらく、道を歩いている時に目に入っていたのだろう。
「でも、なんでそんな人がリッキーの家に来んだよ?」
「それは分かんないけど……」
少し視線を下げて応えた上島くんを見て、私はホッと胸をなでおろした。頭の中で、信じたくない嫌な想像が広がっていて、それに上島くんの言葉が重なってこなかったことに安心したのだ。隣の清水さんの体からも、強ばりが消えたのが分かった。
その他には特になんの進展もなかった。みんなで、どうしよう、と力ない言葉をポツポツ落とす。難しいテスト問題を、手の付けようもなく眺めているみたいな気分だ。このまま何もしないで、ただリッキーが登校してくるのを待つしかないのだろうか。
「手紙とか、書いてみる?」
湿った沈黙を破ったのは清水さんだった。私、宮崎くん、上島くんが視線を向けると、清水さんは鳥が羽毛に首をうずめるみたいに肩を縮こまらせた。
「力也くんに、みんな待ってるよってことだけでも伝えられたらいいかなって。どう……かな?」
「いいと思う!」
宮崎くんの顔がパッと輝いた。
「手紙でもいいし、みんなで寄せ書きみたいなの作ってもいいよね。どうせだから、面白くしようよ。なんかさ、見たらおかしくて笑っちゃうような感じにさ」
言葉を口にする度、雲が晴れていくように宮崎くんの表情は明るさを増した。清水さんの言ったこととは少しズレているような気もするけれど、それでも、リッキーを笑わせようと考えて寄せ書きを作ることを考えると、私の胸でも沈みきっていた心がムクムク動き出した。そうだ、リッキーを思い切り笑わせてやるんだ。
家に帰ると、私はすぐさまランドセルを置いて出かけた。公園で待ち合わせして、それからみんなで宮崎くんの家に行くのだ。
宮崎くんにはフルタイムで働いているお母さんと中学生のお兄さん、それに大学の側に下宿しているお姉さんがいるらしい。宮崎くんが私たちを家へ案内しながら話すのを聞いて、私は初めて彼の家が母子家庭なのだと知った。お父さんが残していったものは、お兄さんと宮崎くんとで分け合っているという。
「オレの部屋だと壁薄すぎてお兄ちゃんとカノジョの会話が丸聞こえになっちゃうから、リビング使うんでいい? その方がお菓子とか飲み物も取りやすいしさ」
宮崎くんの口ぶりはとても明るくて、母子家庭の暗さは全然感じられなかった。たぶん、彼にとって、自分の家庭の状況はごく普通のことなんだろう。そう感じていられるのが、なんだかすごくいいことだと思った。
「お兄ちゃん、すごい優しいんだけどさ、ガードが弱すぎて、カノジョと今どんな感じになってるかとか、オレにもお母さんにもバレバレなんだよ。でも、本人はバレてないと思っててさ、『コウジ、カノジョさんと仲直りできたー?』とか聞くと、毎回、すっげぇ慌てて『なんでケンカしたって知ってんの?』みたいな感じの反応でさあ」
宮崎くんの家族がなんだかすごく宮崎くんの家族っぽくて、笑ってしまった。
着いたのは、四階建ての団地だった。段差の大きな階段を一列になって上り、一番上の踊り場まで行く。そこで先頭の宮崎くんが右に曲がってすぐのドアを開けた。
狭い、というのが第一印象だった。私たちの靴でいっぱいになってしまう玄関も、二歩分くらいしかない短い廊下も、真ん中にテーブルを置いただけで圧迫感のするリビングも、リッキーの家はもちろん私の家と比べても、ものすごくきゅうくつだ。
「ちょっと狭いけど、イスは四つあるから全員座れるし、いいよね」
宮崎くんは体をななめにしてテーブルと食器棚の間の細いスペースを通り、反対側のイスに座った。
「テキトーに座って。どこでもいいからさ」
私たち三人は顔を見交わした。清水さんと上島くんは、ちょうどそれぞれイスの近くに立っていたので、とりあえずそのイスに腰かけ、私は宮崎くんと同じようにテーブルと食器棚の間を通って反対側のイスに座った。
みんなが自分の場所を決めたのを見ると、宮崎くんは笑顔を満面に広げた。
「オレ、ネットで調べたんだ。メッセージ伝えられそうな、面白い系のプレゼント。そしたら、すっげぇいいの見つけた」
彼は、ジャーンと言ってスマホを持つ手をテーブルの真ん中に突き出した。画面には、人の顔の形をした真っ白なかぶりものがあった。頭からすっぽりかぶるタイプの、お面というかマスクだ。ホラー映画で刃物を持って追いかけて来そうな感じがした。もしくは、殺人犯の怪人がかぶっていそうなイメージ。画像の横には「寄せ書きマスク」という商品名が書いてあった。
「このマスクにいろいろメッセージ書き込んで渡せるんだって。これなら、絶対ウケると思わない?」
宮崎くんは期待のこもった目を向けてきた。私たちは再び顔を見合わせる。清水さんも上島くんも、口角を上げてはいるけれど、それは無理矢理といった感じで、眉間には困惑の気配があった。でも、私は確信していた。
「すごくいい」
二人は黒目の輪郭が分かるくらい目を見開いて、こっちを見た。慌てて付け加える。
「私は全然好きじゃないよ。だって、めちゃくちゃ気持ち悪いし。でも、リッキーはこういうの、好きな奴じゃん。見たら絶対爆笑して喜ぶよ」
そうだ。きっとリッキーは、これを見たら大笑いしてくれる。キモっ、とか言いながら、かぶってはしゃぎ始める。私はリッキーに、そういう気持ちになってほしい。
清水さんと上島くんの顔から驚きが消えていき、口元に笑みが浮かんでくる。宮崎くんも顔がクシャクシャになるくらい笑顔を深めて言った。
「よし、じゃあ決まり。リッキーにみんなで、これあげよう」
私たちは、千五百円程度のこのマスクをネットで注文した。ネットで買い物をするなんてみんな初めてだから、ああでもない、こうでもないと言い合いながら(一番もめたのは支払い方法の選択だった)画面を進めていき、注文が完了した時には歓声を上げたりしてしまった。結局、支払いは「代引き」というものを選び、四人で割った金額を宮崎くんがまとめて払うことになった。
目の周りの彫りやほうれい線、厚ぼったそうな唇の陰影までリアル。注文して数日で届いた真っ白な人面マスクは想像以上の気持ち悪さだった。
見たらすげぇ笑うよ。再びみんなを家に集めた宮崎くんはそう言い、新品のマスクを披露した。もちろん、私たち三人は、あまりの不気味さに笑うより引いた。でも、大丈夫。白塗り無表情、おっさんっぽいシワや凹凸の印象的なマスクを見ながら、私は頭で言葉にした。リッキーの感性は私や清水さんや上島くんより、宮崎くんに近い。つまり、かなり趣味が悪い。だから、むしろこの気持ち悪いプレゼントは最高かもしれない。
リッキーなら喜ぶよ。私が言うと、宮崎くんは、でしょでしょ、と得意そうな顔をした。そして人面マスクをテーブルの真ん中へ置き、四人でいろとりどりのペンを使ってメッセージや模様を書き込んでいく。
額の中央には騎士団の「騎」の文字。右頬には上島くんが「待ってるよ」、左頬には清水さんが「いなくてさみしい」と書いた。宮崎くんは鼻筋のところに大きく「リッキー大好き!!」と赤いペンを走らせた。
私はなんて書いたらいいか分からなくて、仕方なく細部にデコレーションをほどこしていった。ピエロみたいに片方の目の周りを星型に塗ったり、三人の書いた文字をかわいいデザインにしたり。宮崎君の書いた字は人に贈るとは思えない雑さで、私はそれをきれいに縁どって、ひときわ目立つようにデコった。ひとつひとつの文字を、丁寧に、丹念に。
初めは、ただ気持ち悪いだけだったマスクが、色をのせるごとに愛嬌を増して、なかなか愉快な雰囲気を帯びていく。三時間かけて、やっと完成したマスクはキモかわいさが映えた、かなりいい出来だった。
「これ最高」
宮崎くんはそう言ってスマホを取り出すと、パシャリと写真を撮った。
「オレ、これスマホの壁紙にしよっかな」
やめなよ、と苦笑い気味につっこんだけれど、「リッキー大好き!!」が強調されたキモかわマスクを見ていると、胸の底がうずいて、平気でこれを「スマホの壁紙にする」なんて言える宮崎くんが、少しねたましかった。
マスク完成の翌日に、四人揃ってリッキーの家を訪ねた。
「わざわざありがとう。これ、作るの大変だったでしょう」
リッキーのおばあさんはキモかわマスクを手に取り、頬を幸せそうにゆるめた。絶対に冷めた目で見られると思っていたので、私は心底ホッとした。宮崎くんは「大変だったけど、すっげぇいいでしょ? リッキー絶対喜ぶよね」と嬉しそうに話していた。
マスクを渡してしまうと、嬉しいような、ちょっと惜しいような、不思議な気持ちになった。私と同じだったのか、みんな「あれ、気に入ってくれるかな?」みたいな言葉をポツポツこぼすばかりで、それ以外に話題もやることも思いつかない様子だった。それで、私たちはすぐに解散した。
「ゴリラ、何にも言ってこなかったの?」
昨夜、ずっと待っていたのに宮崎くんからの連絡はなかったのだ。宮崎くんは困り切った様子で言った。
「既読ついてんのに何もないから、しつこく連絡よこせって送ったんだ。そしたらさ……」
宮崎くんがLINEの画面を私に見せた。そこには人気アニメキャラクターのスタンプがあった。『黙れ』という大きな文字付きの。
「何か変なこと書いて送ったんでしょ?」
宮崎くんなら十分あり得ると思った。彼は、そんな言い方心外だと言わんばかりに口をとがらせ、スタンプの上の会話部分を見せてきた。
『リッキーのこと、みんなで心配してる』
『ゴリラん家にいるなら教えて』
といったメッセージが連なっていた。
「別に普通だろ?」
宮崎くんはスマホを机に置くと、頬杖をついた。
「どうすりゃいいんだろ……」
さみしそうに目を伏せた彼の顔を見ると、私も途方に暮れてしまった。宮崎くんが何か良い知らせを持ってきているだろうと、どこかで期待していたのだ。学校に来れば、きっとなんとなく良い方向へ行くだろうと思っていた。
けれど、意外な人物が意外な情報を持ってきた。清水さんのちょっと後に教室へ現れた上島くんは、少し得意そうな顔をして私たちの方へ駆け寄ってきたのだ。おはよ、と言ってすぐ、彼はせかせかと話す。
「オレも、あの人、どっかで見たことある気がして、調べてみたんだ。そしたらさ」
そこで言葉を切り、上島くんは私たちにスマートフォンの画面を見せた。そこにはあの男の人の写真が写っていた。横には『近藤寛也議員』という文字がある。
「最年少で市議会議員になった人なんだって。ほら、こっちの画像なんか、すっごい見覚えあるだろ?」
彼はそう言ってスマホを操作し、別の画像を見せてきた。選挙のポスターらしきものだ。それは確かに、記憶の底の底に曖昧に残っていた写真の輪郭とピッタリ重なった。おそらく、道を歩いている時に目に入っていたのだろう。
「でも、なんでそんな人がリッキーの家に来んだよ?」
「それは分かんないけど……」
少し視線を下げて応えた上島くんを見て、私はホッと胸をなでおろした。頭の中で、信じたくない嫌な想像が広がっていて、それに上島くんの言葉が重なってこなかったことに安心したのだ。隣の清水さんの体からも、強ばりが消えたのが分かった。
その他には特になんの進展もなかった。みんなで、どうしよう、と力ない言葉をポツポツ落とす。難しいテスト問題を、手の付けようもなく眺めているみたいな気分だ。このまま何もしないで、ただリッキーが登校してくるのを待つしかないのだろうか。
「手紙とか、書いてみる?」
湿った沈黙を破ったのは清水さんだった。私、宮崎くん、上島くんが視線を向けると、清水さんは鳥が羽毛に首をうずめるみたいに肩を縮こまらせた。
「力也くんに、みんな待ってるよってことだけでも伝えられたらいいかなって。どう……かな?」
「いいと思う!」
宮崎くんの顔がパッと輝いた。
「手紙でもいいし、みんなで寄せ書きみたいなの作ってもいいよね。どうせだから、面白くしようよ。なんかさ、見たらおかしくて笑っちゃうような感じにさ」
言葉を口にする度、雲が晴れていくように宮崎くんの表情は明るさを増した。清水さんの言ったこととは少しズレているような気もするけれど、それでも、リッキーを笑わせようと考えて寄せ書きを作ることを考えると、私の胸でも沈みきっていた心がムクムク動き出した。そうだ、リッキーを思い切り笑わせてやるんだ。
家に帰ると、私はすぐさまランドセルを置いて出かけた。公園で待ち合わせして、それからみんなで宮崎くんの家に行くのだ。
宮崎くんにはフルタイムで働いているお母さんと中学生のお兄さん、それに大学の側に下宿しているお姉さんがいるらしい。宮崎くんが私たちを家へ案内しながら話すのを聞いて、私は初めて彼の家が母子家庭なのだと知った。お父さんが残していったものは、お兄さんと宮崎くんとで分け合っているという。
「オレの部屋だと壁薄すぎてお兄ちゃんとカノジョの会話が丸聞こえになっちゃうから、リビング使うんでいい? その方がお菓子とか飲み物も取りやすいしさ」
宮崎くんの口ぶりはとても明るくて、母子家庭の暗さは全然感じられなかった。たぶん、彼にとって、自分の家庭の状況はごく普通のことなんだろう。そう感じていられるのが、なんだかすごくいいことだと思った。
「お兄ちゃん、すごい優しいんだけどさ、ガードが弱すぎて、カノジョと今どんな感じになってるかとか、オレにもお母さんにもバレバレなんだよ。でも、本人はバレてないと思っててさ、『コウジ、カノジョさんと仲直りできたー?』とか聞くと、毎回、すっげぇ慌てて『なんでケンカしたって知ってんの?』みたいな感じの反応でさあ」
宮崎くんの家族がなんだかすごく宮崎くんの家族っぽくて、笑ってしまった。
着いたのは、四階建ての団地だった。段差の大きな階段を一列になって上り、一番上の踊り場まで行く。そこで先頭の宮崎くんが右に曲がってすぐのドアを開けた。
狭い、というのが第一印象だった。私たちの靴でいっぱいになってしまう玄関も、二歩分くらいしかない短い廊下も、真ん中にテーブルを置いただけで圧迫感のするリビングも、リッキーの家はもちろん私の家と比べても、ものすごくきゅうくつだ。
「ちょっと狭いけど、イスは四つあるから全員座れるし、いいよね」
宮崎くんは体をななめにしてテーブルと食器棚の間の細いスペースを通り、反対側のイスに座った。
「テキトーに座って。どこでもいいからさ」
私たち三人は顔を見交わした。清水さんと上島くんは、ちょうどそれぞれイスの近くに立っていたので、とりあえずそのイスに腰かけ、私は宮崎くんと同じようにテーブルと食器棚の間を通って反対側のイスに座った。
みんなが自分の場所を決めたのを見ると、宮崎くんは笑顔を満面に広げた。
「オレ、ネットで調べたんだ。メッセージ伝えられそうな、面白い系のプレゼント。そしたら、すっげぇいいの見つけた」
彼は、ジャーンと言ってスマホを持つ手をテーブルの真ん中に突き出した。画面には、人の顔の形をした真っ白なかぶりものがあった。頭からすっぽりかぶるタイプの、お面というかマスクだ。ホラー映画で刃物を持って追いかけて来そうな感じがした。もしくは、殺人犯の怪人がかぶっていそうなイメージ。画像の横には「寄せ書きマスク」という商品名が書いてあった。
「このマスクにいろいろメッセージ書き込んで渡せるんだって。これなら、絶対ウケると思わない?」
宮崎くんは期待のこもった目を向けてきた。私たちは再び顔を見合わせる。清水さんも上島くんも、口角を上げてはいるけれど、それは無理矢理といった感じで、眉間には困惑の気配があった。でも、私は確信していた。
「すごくいい」
二人は黒目の輪郭が分かるくらい目を見開いて、こっちを見た。慌てて付け加える。
「私は全然好きじゃないよ。だって、めちゃくちゃ気持ち悪いし。でも、リッキーはこういうの、好きな奴じゃん。見たら絶対爆笑して喜ぶよ」
そうだ。きっとリッキーは、これを見たら大笑いしてくれる。キモっ、とか言いながら、かぶってはしゃぎ始める。私はリッキーに、そういう気持ちになってほしい。
清水さんと上島くんの顔から驚きが消えていき、口元に笑みが浮かんでくる。宮崎くんも顔がクシャクシャになるくらい笑顔を深めて言った。
「よし、じゃあ決まり。リッキーにみんなで、これあげよう」
私たちは、千五百円程度のこのマスクをネットで注文した。ネットで買い物をするなんてみんな初めてだから、ああでもない、こうでもないと言い合いながら(一番もめたのは支払い方法の選択だった)画面を進めていき、注文が完了した時には歓声を上げたりしてしまった。結局、支払いは「代引き」というものを選び、四人で割った金額を宮崎くんがまとめて払うことになった。
目の周りの彫りやほうれい線、厚ぼったそうな唇の陰影までリアル。注文して数日で届いた真っ白な人面マスクは想像以上の気持ち悪さだった。
見たらすげぇ笑うよ。再びみんなを家に集めた宮崎くんはそう言い、新品のマスクを披露した。もちろん、私たち三人は、あまりの不気味さに笑うより引いた。でも、大丈夫。白塗り無表情、おっさんっぽいシワや凹凸の印象的なマスクを見ながら、私は頭で言葉にした。リッキーの感性は私や清水さんや上島くんより、宮崎くんに近い。つまり、かなり趣味が悪い。だから、むしろこの気持ち悪いプレゼントは最高かもしれない。
リッキーなら喜ぶよ。私が言うと、宮崎くんは、でしょでしょ、と得意そうな顔をした。そして人面マスクをテーブルの真ん中へ置き、四人でいろとりどりのペンを使ってメッセージや模様を書き込んでいく。
額の中央には騎士団の「騎」の文字。右頬には上島くんが「待ってるよ」、左頬には清水さんが「いなくてさみしい」と書いた。宮崎くんは鼻筋のところに大きく「リッキー大好き!!」と赤いペンを走らせた。
私はなんて書いたらいいか分からなくて、仕方なく細部にデコレーションをほどこしていった。ピエロみたいに片方の目の周りを星型に塗ったり、三人の書いた文字をかわいいデザインにしたり。宮崎君の書いた字は人に贈るとは思えない雑さで、私はそれをきれいに縁どって、ひときわ目立つようにデコった。ひとつひとつの文字を、丁寧に、丹念に。
初めは、ただ気持ち悪いだけだったマスクが、色をのせるごとに愛嬌を増して、なかなか愉快な雰囲気を帯びていく。三時間かけて、やっと完成したマスクはキモかわいさが映えた、かなりいい出来だった。
「これ最高」
宮崎くんはそう言ってスマホを取り出すと、パシャリと写真を撮った。
「オレ、これスマホの壁紙にしよっかな」
やめなよ、と苦笑い気味につっこんだけれど、「リッキー大好き!!」が強調されたキモかわマスクを見ていると、胸の底がうずいて、平気でこれを「スマホの壁紙にする」なんて言える宮崎くんが、少しねたましかった。
マスク完成の翌日に、四人揃ってリッキーの家を訪ねた。
「わざわざありがとう。これ、作るの大変だったでしょう」
リッキーのおばあさんはキモかわマスクを手に取り、頬を幸せそうにゆるめた。絶対に冷めた目で見られると思っていたので、私は心底ホッとした。宮崎くんは「大変だったけど、すっげぇいいでしょ? リッキー絶対喜ぶよね」と嬉しそうに話していた。
マスクを渡してしまうと、嬉しいような、ちょっと惜しいような、不思議な気持ちになった。私と同じだったのか、みんな「あれ、気に入ってくれるかな?」みたいな言葉をポツポツこぼすばかりで、それ以外に話題もやることも思いつかない様子だった。それで、私たちはすぐに解散した。
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『オレはこいつの「半分ヒーロー」』で「BL小説大賞」に参加しています。よろしければこちらもご覧ください。
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