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いなくなったリッキー
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「人によって態度変える女子って、ウザイよなー」
「ほんっと、そう! 見てるだけでムカつくよねー」
底抜けに明るい弾んだ声が、教室に響いた。例の女子たちは、何、あの二人、と顔をしかめている。
リッキーと一緒にみんなに恨まれるようにする、と言っていた宮崎くんは、その言葉通り、翌日からリッキーに乗っかって女子の悪口を言いまくっていた。女子ってこうだよね、ああだよね、だからだめなんだよね、とかなりムカつくことをものすごく楽しそうに連発している。あまりの陽気さに、本気で面白がって言っているに違いないとさえ思えてきた。宮崎くんのことだから、やってみたら案外楽しくてハマってしまったのだろう。男子は単純でいいな、本当に。
私の方は真美ちゃんとなるべく一緒にいるようにし、でも清水さんがまたクラスで浮いたりしないように気をつけて、過ごしていた。毎日やたらと神経を使う。もし、真美ちゃんと清水さんが仲良くなってくれたら三人のグループでいられるのだけど、真美ちゃんはやっぱり清水さんのことをよく思っていないらしい。清水さんを見かけると「おはよう」と声はかけるものの目はそむけているし、私と話している時に清水さんが近づいてくると、それとなく離れていく。宮崎くんと仲良くしているのは私だって同じなのに、どうして清水さんのことばかり気にするんだろう? そう思いはするものの、本人にそれを尋ねるのは問題を蒸し返すようで、できなかった。リッキーとふざけ回っているだけでいい宮崎くんが、うらやましい。
けれど、リッキーと宮崎くんの活気ある女子への悪口が聞こえてきたのは、数日だけだった。突然、リッキーが何日も続けて学校を休みだしたのだ。欠席初日に、みんなで家を訪ねてみても、おばあさんは、ごめんなさいね、と言うばかりで詳しいことは教えてくれなかった。それからずっと、リッキーは登校してこない。宮崎くんがLINEしても、返事はなかった。もう十二月。このまはまではリッキーが復活してくるより前に冬休みが始まってしまう。
「インフルじゃない?」
再びリッキーの家の前で集まったはいいものの、どうすることもできなくて、みんなで迷っている時、宮崎くんが呑気な調子で言った。でも、私は納得しなかった。
「それなら、おばあさんもそう言うよ。何かもっと別の理由があるんだよ」
胸がさざ波だっているせいで、口調が強くなってしまった。宮崎くんが目じりを下げる。
「じゃあ、メスゴリラは何だと思うんだよ?」
「それは、分かんないけど……」
私が答えると、清水さんが控えめな声で言った。
「中に入って、様子うかがってみたら?」
私も宮崎くんも上島くんも、ギョッと目を見開いて清水さんを見た。言い方に全く似合わない、思いがけなくて大胆な発言だった。
「あの、ちょっと思いついただけだから……」
「いや! それいいよ!」
宮崎くんの表情には、驚きに代わって期待が広がっていた。彼はいつもの張りのある声で言った。
「すっげぇいい! なんか楽しそうだし!」
楽しそうって、あんたね……。そう思う反面、私も賛成だった。大賛成だ。リッキーに何があったか早く知りたくて、仕方がないんだから。
「でも、それって犯罪じゃない? 不法侵入的なやつ」
上島くんの声に、揃って視線を向ける。せっかく高まっていた気持ちに水を差されたためか、宮崎くんの目も清水さんの目も、冷たい気配を帯びている。上島くんは怯んだように目をそらした。
「別に、みんながやるのはいいけど、オレはやらないよ」
「じゃあ、かみっちょは見張りね。人が来てもバレないように」
宮崎くんはそう言って、返事も待たずに敷地内へ入った。私と清水さんも目配せしてうなずき合うと、オロオロする上島くんを置いて、宮崎くんに続いた。
リッキーの後について毎日通っていた場所を、そっと、音を立てないように歩く。幸い、敷地内にはきれいに刈り揃えられた木や石造りの飾りなんかがたくさんある。宮崎くんが先頭になって、大きな松の木の陰に隠れた。宮崎くんはちょっと首を伸ばして中の様子をうかがっている。
リッキーの家の入口側は、いつも座っている縁側と外を仕切るように、ほぼ一面窓になっている。普通の家ならベランダなんかにある、床まで届く大きな窓だ。窓が閉まっていたとしても、その奥の、部屋と縁側の間の障子が端に寄せてあれば敷地内からは家の中が見える。だからこそ、高い塀やいろいろな木で外から見えないように隠しているのだろう。
「おばあさん、飯食う部屋にいるよ。電話してるっぽい。後ろ向いてるし、近づいてもバレないよ」
そう言い、宮崎くんは振り向いて私と清水さんの視線をとらえると、首をクイッと家の方へ向けて振った。行くぞ、という合図だ。私たちは木の陰から出て小走りに進んだ。
近づいて、いつも座っている縁側の陰に、三人並んで身をひそめる。息を殺して、じっと耳をそばだてる。はっきりしないおばあさんの話し声以外、特に何も聞こえなかった。
宮崎くんの低めた声が、風の音みたいに耳に流れ込んできた。
「リッキーの部屋、見てくるよ。二人はおばあさんのこと見てて。なんかあったらLINEで」
彼は靴を脱いで縁側に上がると、そっとした足取りで歩いていった。
宮崎くんがいなくなると、急に心細くなった。ドキドキと心臓が脈打って、手が熱くなってくる。宮崎くんがリッキーに会えるよう願いつつも、ここまで来たんだから、私だって中の様子を知りたいとも思った。けれど、下手に動いておばあさんに気づかれてしまうのも怖い。
「山崎さん」
清水さんに呼びかけられて、肩をいからせてしまった。何? と返すと、彼女はまたしても思いがけない、大胆なことを口にした。
「おばあさんが何話してるか、分かるくらい近づいてみよう」
え? と思った時には、清水さんは動いていた。縁側の陰になるよう体をかがめたまま、移動していく。この子、こんなに度胸があったんだ、と感心しながら、私も後に続いた。
角のところで直角に曲がって少し進むと、おばあさんのいる居間の近くまで行ける。ちょうどいいところで、私たちは足を止め、また耳に神経を集中させた。さっきまで不明瞭だったおばあさんの声が聞こえてくる。
「――ええ、だから行先は分かってるので。その日のうちに電話して確認も取ってますから」
そこで言葉は途切れ、しばらくするとまたおばあさんが話し出す。
「うーん、そうですね。あの子も、何か、こう、許せないところがあったんだと思うんですよ」
おばあさんはもう一度黙り、相手の話を聞いている様子だった。
「いえ、私はとても助かってるんです。私一人であの子を養ってはいけませんから……そうですね、働きに出れればいいんですけど、私もちょっと病気をしてしまって、それも難しくて……。娘が戻ってこられるのも、いつになるか分からないので」
「メスゴリラ、清水さん」
急に背後から声がして、清水さんと揃って、ちょっと飛び上がってしまった。振り向くと、宮崎くんがいた。
「なんでこんなとこにいんだよ? 探しちゃったよ」
ふうと息をついて心を落ち着けると、私は小さな声で言った。
「リッキー、いなかったでしょ?」
宮崎くんは目を丸くした。
「うん。なんで分かったの?」
私は縁側からちょっと頭を出して、おばあさんの様子をうかがった。まだ背を向けて電話している。
「行こう。向こうで話すよ」
「ほんっと、そう! 見てるだけでムカつくよねー」
底抜けに明るい弾んだ声が、教室に響いた。例の女子たちは、何、あの二人、と顔をしかめている。
リッキーと一緒にみんなに恨まれるようにする、と言っていた宮崎くんは、その言葉通り、翌日からリッキーに乗っかって女子の悪口を言いまくっていた。女子ってこうだよね、ああだよね、だからだめなんだよね、とかなりムカつくことをものすごく楽しそうに連発している。あまりの陽気さに、本気で面白がって言っているに違いないとさえ思えてきた。宮崎くんのことだから、やってみたら案外楽しくてハマってしまったのだろう。男子は単純でいいな、本当に。
私の方は真美ちゃんとなるべく一緒にいるようにし、でも清水さんがまたクラスで浮いたりしないように気をつけて、過ごしていた。毎日やたらと神経を使う。もし、真美ちゃんと清水さんが仲良くなってくれたら三人のグループでいられるのだけど、真美ちゃんはやっぱり清水さんのことをよく思っていないらしい。清水さんを見かけると「おはよう」と声はかけるものの目はそむけているし、私と話している時に清水さんが近づいてくると、それとなく離れていく。宮崎くんと仲良くしているのは私だって同じなのに、どうして清水さんのことばかり気にするんだろう? そう思いはするものの、本人にそれを尋ねるのは問題を蒸し返すようで、できなかった。リッキーとふざけ回っているだけでいい宮崎くんが、うらやましい。
けれど、リッキーと宮崎くんの活気ある女子への悪口が聞こえてきたのは、数日だけだった。突然、リッキーが何日も続けて学校を休みだしたのだ。欠席初日に、みんなで家を訪ねてみても、おばあさんは、ごめんなさいね、と言うばかりで詳しいことは教えてくれなかった。それからずっと、リッキーは登校してこない。宮崎くんがLINEしても、返事はなかった。もう十二月。このまはまではリッキーが復活してくるより前に冬休みが始まってしまう。
「インフルじゃない?」
再びリッキーの家の前で集まったはいいものの、どうすることもできなくて、みんなで迷っている時、宮崎くんが呑気な調子で言った。でも、私は納得しなかった。
「それなら、おばあさんもそう言うよ。何かもっと別の理由があるんだよ」
胸がさざ波だっているせいで、口調が強くなってしまった。宮崎くんが目じりを下げる。
「じゃあ、メスゴリラは何だと思うんだよ?」
「それは、分かんないけど……」
私が答えると、清水さんが控えめな声で言った。
「中に入って、様子うかがってみたら?」
私も宮崎くんも上島くんも、ギョッと目を見開いて清水さんを見た。言い方に全く似合わない、思いがけなくて大胆な発言だった。
「あの、ちょっと思いついただけだから……」
「いや! それいいよ!」
宮崎くんの表情には、驚きに代わって期待が広がっていた。彼はいつもの張りのある声で言った。
「すっげぇいい! なんか楽しそうだし!」
楽しそうって、あんたね……。そう思う反面、私も賛成だった。大賛成だ。リッキーに何があったか早く知りたくて、仕方がないんだから。
「でも、それって犯罪じゃない? 不法侵入的なやつ」
上島くんの声に、揃って視線を向ける。せっかく高まっていた気持ちに水を差されたためか、宮崎くんの目も清水さんの目も、冷たい気配を帯びている。上島くんは怯んだように目をそらした。
「別に、みんながやるのはいいけど、オレはやらないよ」
「じゃあ、かみっちょは見張りね。人が来てもバレないように」
宮崎くんはそう言って、返事も待たずに敷地内へ入った。私と清水さんも目配せしてうなずき合うと、オロオロする上島くんを置いて、宮崎くんに続いた。
リッキーの後について毎日通っていた場所を、そっと、音を立てないように歩く。幸い、敷地内にはきれいに刈り揃えられた木や石造りの飾りなんかがたくさんある。宮崎くんが先頭になって、大きな松の木の陰に隠れた。宮崎くんはちょっと首を伸ばして中の様子をうかがっている。
リッキーの家の入口側は、いつも座っている縁側と外を仕切るように、ほぼ一面窓になっている。普通の家ならベランダなんかにある、床まで届く大きな窓だ。窓が閉まっていたとしても、その奥の、部屋と縁側の間の障子が端に寄せてあれば敷地内からは家の中が見える。だからこそ、高い塀やいろいろな木で外から見えないように隠しているのだろう。
「おばあさん、飯食う部屋にいるよ。電話してるっぽい。後ろ向いてるし、近づいてもバレないよ」
そう言い、宮崎くんは振り向いて私と清水さんの視線をとらえると、首をクイッと家の方へ向けて振った。行くぞ、という合図だ。私たちは木の陰から出て小走りに進んだ。
近づいて、いつも座っている縁側の陰に、三人並んで身をひそめる。息を殺して、じっと耳をそばだてる。はっきりしないおばあさんの話し声以外、特に何も聞こえなかった。
宮崎くんの低めた声が、風の音みたいに耳に流れ込んできた。
「リッキーの部屋、見てくるよ。二人はおばあさんのこと見てて。なんかあったらLINEで」
彼は靴を脱いで縁側に上がると、そっとした足取りで歩いていった。
宮崎くんがいなくなると、急に心細くなった。ドキドキと心臓が脈打って、手が熱くなってくる。宮崎くんがリッキーに会えるよう願いつつも、ここまで来たんだから、私だって中の様子を知りたいとも思った。けれど、下手に動いておばあさんに気づかれてしまうのも怖い。
「山崎さん」
清水さんに呼びかけられて、肩をいからせてしまった。何? と返すと、彼女はまたしても思いがけない、大胆なことを口にした。
「おばあさんが何話してるか、分かるくらい近づいてみよう」
え? と思った時には、清水さんは動いていた。縁側の陰になるよう体をかがめたまま、移動していく。この子、こんなに度胸があったんだ、と感心しながら、私も後に続いた。
角のところで直角に曲がって少し進むと、おばあさんのいる居間の近くまで行ける。ちょうどいいところで、私たちは足を止め、また耳に神経を集中させた。さっきまで不明瞭だったおばあさんの声が聞こえてくる。
「――ええ、だから行先は分かってるので。その日のうちに電話して確認も取ってますから」
そこで言葉は途切れ、しばらくするとまたおばあさんが話し出す。
「うーん、そうですね。あの子も、何か、こう、許せないところがあったんだと思うんですよ」
おばあさんはもう一度黙り、相手の話を聞いている様子だった。
「いえ、私はとても助かってるんです。私一人であの子を養ってはいけませんから……そうですね、働きに出れればいいんですけど、私もちょっと病気をしてしまって、それも難しくて……。娘が戻ってこられるのも、いつになるか分からないので」
「メスゴリラ、清水さん」
急に背後から声がして、清水さんと揃って、ちょっと飛び上がってしまった。振り向くと、宮崎くんがいた。
「なんでこんなとこにいんだよ? 探しちゃったよ」
ふうと息をついて心を落ち着けると、私は小さな声で言った。
「リッキー、いなかったでしょ?」
宮崎くんは目を丸くした。
「うん。なんで分かったの?」
私は縁側からちょっと頭を出して、おばあさんの様子をうかがった。まだ背を向けて電話している。
「行こう。向こうで話すよ」
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『オレはこいつの「半分ヒーロー」』で「BL小説大賞」に参加しています。よろしければこちらもご覧ください。
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