世界で一番やさしいリッキー

ぞぞ

文字の大きさ
上 下
21 / 38

「ブス」

しおりを挟む
 翌日、登校してすぐに、私は真美ちゃんのところへ行った。
「真美ちゃん、昨日、ごめんね。言いすぎちゃった」
 どんな反応が返ってくるか、ちょっと怖かった。鼓動がドクドク胸を叩くのを感じつつ待っていると、けれど、思いがけないくらいやわらかな声で真美ちゃんは答えてくれた。
「いいよ。私も感じ悪かったし」
 ホッとして肩から力が抜けた。だけど、真美ちゃんは穏やかな表情のまま、こう口にした。
「でも清水さんは、私やっぱりどうかなと思うんだ。だって、私と宮崎くんが毎日一緒に帰ってるの知ってるはずなのに、平気な顔して宮崎くんと一緒に勉強してさ。もしかしたら、清水さん、宮崎くんのこと好きなんじゃないかな?」
「違うよ」
 つい出てしまった言葉にハッとなった。真美ちゃんは、ポッカリ口を開けて私を見ている。慌てて頭の中で説明を組み立てた。まさか「清水さんが好きなのは宮崎くんじゃなくてリッキーだ」なんて言えないから。
「清水さん、宮崎くんだけじゃなく、私とかリッキーとかにも分かんないところ教えてあげるって言ってくれたんだ。みんなで勉強しようって。だから……ただの友だちだよ。友だちだから、宮崎くんにも私にもリッキーにも、教えてくれんの」
 私は前日のリッキーの言葉を思い出しながら話した。別に宮崎くんは特別じゃない。みんな同じ友だちだよ。
「そうかなぁ」
 真美ちゃんは心に何か引っかかりがありそうな様子だったけど、それ以上、清水さんのことを口にはしなかった。
 宮崎くんが教室にやって来たのはチャイムが鳴る間際のことで、始業前に真美ちゃんと話す時間はなかった。でも、彼の表情にはいつもの気楽な感じの笑顔に代わり真剣さがあって、ちゃんと真美ちゃんと話すつもりがあるのだと見て取れた。少し安心して、私は教卓の後ろに立つ先生の方を向いた。
 
「真美ちゃん、あのさ」
 お昼休み、給食を食べ終えた宮崎くんは真美ちゃんに話しかけていた。
「ごめんね、昨日。いきなりだったし、びっくりしたよね」
 私は自分の席に座って、彼の言葉一つ一つの形を確かめるくらい、じっと耳を傾けていた。また変なことを言い出すんじゃないかとドキドキする。
「ううん、大丈夫。初めから付き合えないかもって話だったし、宮崎くんは悪くないよ」
 朝、私と話したのと同じ、穏やかな口調で真美ちゃんは答えた。でも、真美ちゃんの心には、まだ清水さんのことがしこりみたいに残っていると、私は知っている。ここからだ。頑張って、宮崎くん。
「清水さん、宮崎くん以外の子にも勉強教えてあげるって、言ってたんだよね?」
「え……? うん、そう!」
 言おうと思っていたことが先に出てきたせいか、宮崎くんの声には動揺の気配があった。私は「ごめん」と心でつぶやき、それでも祈るような気持ちで宮崎くんの言葉を待った。
 でも、次に聞こえたのは宮崎くんの声じゃなかった。
「清水さんって、意外とずるがしこいねー。他のみんなと一緒なら、真美から宮崎くん取ろうとしてんの、バレにくいもんねー」
 ハッとして声の方を見ると、昨日、真美ちゃんの机に集まっていた女の子たちがいた。
「そういうんじゃないよ」
 宮崎くんが言ったけれど、それはひどく頼りない声で、既に女の子たちの尖った口調に負けていた。それでも、彼は続ける。
「清水さんに勉強教えてって頼んだの、オレだから。清水さんから言ってきたわけじゃない。それに、オレも清水さんも、お互いに何とも思ってないよ」
「そりゃ、宮崎くんは何とも思ってないでしょ。だって、清水さんだもん」
 そういう女子の声には意地悪な笑いがにじんでいた。
「清水さんは悪い子じゃないよ。いい子だよ。勉強の教え方だって上手いし――」
「宮崎くんって、優しいよねー」
「ほんとほんと。清水さんなんかのことかばってあげるなんて」
「でも、ブスは普通にしてたら男子に好かれたりしないし、実は必死なんじゃない?」
 違うよ。そんなことない。宮崎くんはそう言ったけれど、彼の言葉は全部「宮崎くんは優しいから」なんて言葉でかわされてしまっていた。
 私は視線を少し上げて、前の方の席に座る清水さんの後ろ姿を見た。きっと、彼女にはこの会話が全部聞こえている。そう思うと、胸がつぶされたようになって、私は口を開きかけた。でもちょうどその時、別のところから声が飛んできた。
「お前らより、清水さんの方が百倍マシじゃね?」
 リッキーだ。とっさに見ると、彼は自分のイスから立ち上がったところだった。
「そりゃ、清水さんは髪スチールウールみたいで変だけど、性格も顔もブサイクなお前らより全然いい。本気でブスな女って、自分が好かれない分、他人のこと蹴落とそうと必死なんだよな。自分から勉強教えてっつったって、和真、言ってんじゃん。清水さんが、和真がそう頼んでくるように仕向けたとでも思うのかよ? そんな器用な奴があんな風にクラスで浮いたりしねぇだろ」
 そこでリッキーは言葉を止め、厳しい目を真美ちゃんに向けた。
「吉村さんもさ、周りの女子がこんな風に清水さんのことバカにしたり悪者にしたりしてんの見て、いい気んなってんじゃねぇの? そういう女、和真に好かれると思うか? 女怖ぇって引くだけ――」
「リッキー、言いすぎ」
 思わず、声が出ていた。リッキーの口から言葉が出る度に、みるみる真美ちゃんの顔へ悲しさが広がっていって、今にも泣き出しそうで、見ていられなかったのだ。
 リッキーは、一瞬、目に驚きを映したけれど、すぐに不機嫌そうに眉間を寄せた。
「本当のことだ。吉村さんがくだらない嫉妬で清水さんに逆恨みすっから、他のバカが乗っかってくんじゃねぇの?」
「くだらなくないよ!」
 私が声を張ると、リッキーは語気を強めた。
「くだらねぇよ。吉村さんも周りの女も、みんなブスだしクズだ。スチールウール女に負ける勢いでブスだ」
 リッキーは投げるけるように言い、教室から出ていってしまった。
しおりを挟む
『オレはこいつの「半分ヒーロー」』で「BL小説大賞」に参加しています。よろしければこちらもご覧ください。
感想 0

あなたにおすすめの小説

浦島子(うらしまこ)

wawabubu
青春
大阪の淀川べりで、女の人が暴漢に襲われそうになっていることを助けたことから、いい関係に。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

Scissors link(シザーリンク)

伽藍 瑠為
青春
主人公、神鳥 切(コウドリ セツ)は過去の惨劇から美容師になる事を決意した。 そして、美容師になる為に通う学園はカットバトルが有名な名門だった。 全国大会センシビリティへ向け始まったバトル祭で様々な強敵とバトルをし、挫折や苦難を友情と努力で乗り越え、過去からの因果の渦に抗い全国大会へ向け進む物語。 壮絶なバトルあり、友情あり、涙あり、感動ありの美容師小説。

アイドルと七人の子羊たち

くぼう無学
青春
 数多くのスターを輩出する 名門、リボルチオーネ高等学校。この学校には、『シャンデリア・ナイト』と呼ばれる、伝統行事があって、その行事とは、世界最大のシャンデリアの下で、世界最高のパフォーマンスを演じた学生たちが、次々に芸能界へ羽ばたいて行くという、夢の舞台。しかしその栄光の影で、この行事を開催できなかったクラスには、一切卒業を認めないという、厳しい校則もあった。金田たち三年C組は、開校以来 類を見ない落ちこぼれのクラスで、三年になった時点で この行事の開催の目途さえ立っていなかった。留年か、自主退学か、すでにあきらめモードのC組に 突如、人気絶頂 アイドル『倉木アイス』が、八木里子という架空の人物に扮して転校して来た。倉木の大ファンの金田は、その変装を見破れず、彼女をただの転校生として見ていた。そんな中 突然、校長からこの伝統行事の実行委員長に任命された金田は、同じく副委員長に任命された転校生と共に、しぶしぶシャンデリア・ナイト実行委員会を開くのだが、案の定、参加するクラスメートはほとんど無し。その場を冷笑して立ち去る九条修二郎。残された時間はあと一年、果たして金田は、開催をボイコットするクラスメートを説得し、卒業式までにシャンデリア・ナイトを開催できるのだろうか。そして、倉木アイスがこのクラスに転校して来た本当の理由とは。

〜響き合う声とシュート〜

古波蔵くう
青春
夏休み明け、歌が禁じられた地域で育った内気な美歌(みか)は、打ち上げのカラオケで転校生の球児(きゅうじ)とデュエットし、歌の才能を開花させる。球児は元バスケのエースで、学校では注目の的。文化祭のミュージカルで、二人は再び共演することになるが、歌見兄妹(うたみきょうだい)の陰謀により、オーディションとバスケの試合が重なってしまう。美歌の才能に嫉妬した歌見兄妹は、審査員の響矢(おとや)を誘惑し、オーディションの日程を変更。さらに、科学部の協力を得た琴夢(ことむ)が得点ジャックを仕掛け、試合は一時中断。球児は試合とオーディションの両立を迫られるが、仲間たちの応援を背に、それぞれの舞台で輝きを放つ。歌見兄妹の陰謀は失敗に終わり、二人はSNSで新たな目標を見つける。美歌と球児は互いの才能を認め合い、恋心を抱き始める。響き合う歌声と熱いシュート、二つの才能が交錯する青春ミュージカル! 「響き合う声とシュート」初のオマージュ作品!

処理中です...