世界で一番やさしいリッキー

ぞぞ

文字の大きさ
上 下
16 / 38

鈍感は誤解を招く

しおりを挟む
 私が教室へ入るなり、真美ちゃんはすっ飛んできた。目はキラキラ輝いて、ほっぺは赤く、嬉しそうに緩んでいる。
「私、宮崎くんに告白されちゃった!」
「は!?」
 澄んだ空から突然雷が落ちてきたみたいにびっくりした。一体何がどうなってそうなった?
「え? 何? 宮崎くんの方から?」
「そう!」
 声にまで喜びがにじみ出ていた。嬉しすぎてじっとしていられないのか、真美ちゃんは両手で口を覆い、足踏みしている。
「なんて言われたの?」
「『ちょっとオレと付き合ってくれる?』って」
 聞いた瞬間、理解が押し寄せてきた。ヤバい、という緊張が背筋を駆け上っていく。宮崎くんの「付き合う」と真美ちゃんの「付き合う」は意味が違ってるぞ。どうするんだ宮崎くん、これ、ヤバすぎでしょ……。
 私は真美ちゃんの元を離れると、すぐに宮崎くんの所へ向かった。リッキー、上島くんと輪になって話す彼の肩をつかみ、精一杯声を低めて、でもそこにありったけの非難を込めて、
「宮崎くん、どうすんのよ」
 振り返った宮崎くんは目を丸くして、それでも「メスゴリラ、おはよー」なんてあいさつしてくる。
「真美ちゃんに何か言ったでしょ? どういうつもりよ?」
「どういうって……」
 宮崎くんは、うーん、なんて言いながら、のんびり説明した。
「オレ、好きかどうか分かるほど真美ちゃんのこと知らないから、だったらちゃんと知った方がいいかなーって思って」
「で、何て言ったの?」
 宮崎くんはちょっと視線を上へ向けて、いかにも何かを思い出そうとしているっぽい表情をした。
「何か、近く通った時、今日の放課後、予定が変わってひまー、みたいなこと言ってたから、『だったら、ちょっとオレと付き合ってくれる?』って」
 やっぱりな……。心底呆れて、肺に溜まった空気を全部吐き出すくらい深く息をついた。
「それは誤解を招くわ、和真」
 珍しく、リッキーが真っ当なことを口にした。横で上島くんもうなずいている。でも、相変わらず宮崎くんはきょとんとしていた。本っ気でバカなんだな、こいつは。
「でも、一番悪いのはメスゴリラだろ」
 リッキーが突然風向きを変え、宮崎くんの鈍感っぷりに呆れていた私へ火の粉を浴びせてきた。
「なんでそうなんのよ?」
 私が反論すると、リッキーが真面目な顔で答える。
「だって、昨日、急に吉村さんが和真のこと好きだってバラしてさ。そりゃ和真だってテンパるだろ。で、テンパった結果が、これじゃん」
「急にって、あれは――」
 と言い返して、声がのどで詰まった。言葉が見つからなかったんじゃない。その逆だ。口にしようとした言葉の意味を、寸前で頭が捕まえて、一気に恥ずかしくなってしまったのだ。何も言わない私を、リッキーは眉間にしわをたくさん寄せて見た。
「あれは、何だよ?」
 とげのあるリッキーの声が、視線が、痛かった。私は顔をそむけ、心で叫んだ。リッキーのせいじゃん! リッキーが、私が好きなのは宮崎くんだなんて言うからじゃん! 私はリッキーにそんな風に言われたくなかったんだよ!
「別にいいじゃん、リッキー。あれはさ、なんか勢いで言っちゃった、みたいな感じじゃん。そんなんよくあるっしょ」
「他人事みたいに言ってるけど、ヤバい状況なのお前だからな」
 私をめちゃくちゃ責めようとしていたらしいリッキーは、斜め方向から飛んできた宮崎くんの言葉で毒気を抜かれたようだ。目から鋭い光が消えた。ほっとしたのと同時に、私は頭をフル回転させた。
「とにかく、誤解だって真美ちゃんに言わなくちゃ。みんなで一緒にどうするか考えよ」
 宮崎くんは、ちょっと眉をひそめて私を見た。
「ありがと。でもさ、何がまずかったか、オレ、よく分かってないんだけど……」
 今度は言葉が出なかった。リッキーと上島くんもフリーズしていたから、私と同じだったんだろう。最初から全部、説明してやるしかない……。
 
 気をつけ、礼、の号令が終わると同時に、教室の気配が動き出した。ランドセルをドスンと机の上に置いて荷物を詰め始めたり、リュックを背負って走り出したり、みんな忙しい。帰りのホームルームが終わると、いつもこうだ。私たちもあいさつが終わるや否やみんなで宮崎くんの机に集まっていた。
 リッキーが声を低めて話し出す。
「よし、じゃあ昼休みに話した通りにやるぞ。まず、メスゴリラから吉村さんに話す。吉村さんが和真のこと好きだってバラしちゃって、それで和真が気ぃつかっただけっぽいって。そんで、和真が一緒に帰ってもう一度吉村さんに、『付き合うつもりはない。一緒に過ごすって意味の付き合うだった』って言う。一応、謝っとけよ。女って変に恨んできたり、めんどくせぇから。で、終わり! 和真も変に気ぃ持たせるようなこと言うんじゃねぇぞ。あと、メスゴリラも妙なこと口走んなよ」
 あんたがいなきゃ、やらないよ。私はぐっと言葉をのどへ飲み込んだ。一応、小さくうなずいておいたけど、顔の筋肉が変に動いて、表情が引きつってしまったのが分かった。まぁ、いい。リッキーの言う通り、それで終わりなら何の問題もない。真美ちゃんはふわふわした感じのおとなしい子で物分りもいいから、文句を言ってきたりもしないだろう。きっと大丈夫。そう考えていると、胸がチクチク痛み出した。宮崎くんに告白されたと話していた時の、幸福感を満面に広げた真美ちゃんの顔が脳裏にちらつく。私は頭をブンブン振って、浮かんでしまったその顔を追い出した。
しおりを挟む
『オレはこいつの「半分ヒーロー」』で「BL小説大賞」に参加しています。よろしければこちらもご覧ください。
感想 0

あなたにおすすめの小説

浦島子(うらしまこ)

wawabubu
青春
大阪の淀川べりで、女の人が暴漢に襲われそうになっていることを助けたことから、いい関係に。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

Scissors link(シザーリンク)

伽藍 瑠為
青春
主人公、神鳥 切(コウドリ セツ)は過去の惨劇から美容師になる事を決意した。 そして、美容師になる為に通う学園はカットバトルが有名な名門だった。 全国大会センシビリティへ向け始まったバトル祭で様々な強敵とバトルをし、挫折や苦難を友情と努力で乗り越え、過去からの因果の渦に抗い全国大会へ向け進む物語。 壮絶なバトルあり、友情あり、涙あり、感動ありの美容師小説。

令和の中学生がファミコンやってみた

矢木羽研
青春
令和5年度の新中学生男子が、ファミコン好きの同級生女子と中古屋で遭遇。レトロゲーム×(ボーイミーツガール + 友情 + 家族愛) 。懐かしくも新鮮なゲーム体験をあなたに。ファミコン世代もそうでない世代も楽しめる、みずみずしく優しい青春物語です!  第一部・完! 今後の展開にご期待ください。カクヨムにも同時掲載。

処理中です...