世界で一番やさしいリッキー

ぞぞ

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いこいの時間

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「ほんっとに、すごかったよな!」
 まだ興奮が冷め切っていないらしく、宮崎くんの口調には熱がこもっていた。
 つい十分ほど前、中学生三人をコテンパンに叩きのめした私たちは、みんなでリッキーの家にやって来ていた。縁側に五人並んで腰かけて、綺麗に手入れされた芝生の庭を眺めるかっこうで足をブラブラさせている。
「ゴリラ、やっぱりめっちゃ強いな! 殴られた奴、一発でヘロヘロになってた。メスゴリラも石のコントロール抜群! ほんと、一緒に来てもらって良かった! かみっちょの石も結構当たってたじゃん! ちゃんと動画も撮ったしな」
 宮崎くんの言う通りだ。勝てたのは、想像を上回る勢いで強かったゴリラと石作戦のおかげだった。三人は、普通にやり合ってもゴリラには敵わないと瞬時に悟ったらしく、さらに石がドンドン飛んでくる状況に明らかに慌て、一目散に逃げ帰っていった。お前らぶっ殺してやる! とピアスがひっくり返った声で叫ぶと、ゴリラは、動画撮ってっからな! 拡散されたくなきゃ、もうオレらの仲間に手ぇ出すなよ! と張りのある声で返した。
「逃げてく時のあいつらの顔、見た? 最高だよ!」
「力也は見れなかったけどな」
 ゴリラがニヤニヤしながらリッキーへ視線を向けた。彼はあの一発で完全にダウンしてしまったので、三人があっという間に逃げ帰っていく様を見逃していた。
「うるせえな」
 リッキーは眉間を歪め、ブンブン飛び回るハエをピシャンと払うように言った。でも、すぐ表情を解く。
「これであいつらも変にかみっちょに絡んでこなくなるぞ」
「先生に言われたりしたら、どうする?」
 私が気になっていたことを口にしても、リッキーは自信たっぷりに返してきた。
「小学生相手に負けたなんて、恥ずかしくて言えないだろ。だから動画撮ったんだし」
「じゃあ、ゴリラは?」
 私の言葉に、今度はゴリラ本人が応じる。
「平気平気。オレの名前出したら、小学生相手に喧嘩しようとしてたって言ってやるから。嘘じゃないだろ。あいつら三人だし、中学生だし、いくらオレがいたって小学生と喧嘩したってバレたら、まずいじゃん」
 言われてみればそうに違いないのだけど、胸の中で何かがわだかまって、落ち着かない。
「みんなで楽しそうに、何の話?」
 話すことに夢中になっていた私たちへ、背後から声がかかった。一斉に振り返る。そこには、ジュースを載せたお盆を手に、女の人がいた。
「ばあちゃん、いいよ別に」
 リッキーは苦いものを噛んだみたいな顔をした。
 リッキーのおばあさんは、「おばあさん」と言うのは申し訳ないくらい若い。柔らかな笑顔が目じりにたくさんのシワを作ってはいるけれど、肌にはまだまだ張りがあって、リッキーのお母さんと言っても、十分通用しそうだ。
「寒いから、あったかいものでも良かったんだけど、みんなポカポカしてそうだから」
 おばあさんは穏やかな表情のまま、ごゆっくり、と言って障子の向こうの部屋へ入っていった。
 あんな綺麗なおばあちゃん、なかなかいないよ。私は頭の中でそんなことを言葉にし、ジュースを手に取った。グラスを傾け、ごくごく飲む。気持ちのいい冷たさがのどを伝わって、胸へ、お腹へと落ちていく。全身が爽やかになって、頭も冴えた。
 すると、ふと、脳裏をよぎる。
 ここ一週間、毎日ここへ来ているのに、リッキーのお母さんを見かけない。
 転校前はいつもリッキーの手を引いて歩いていた、お母さん。毎回違った形に編み上げられた髪は黒くて、肌の白さが余計分かった。笑うとふっくら両ほほにえくぼができて、笑顔一つで周囲をほっと安心させてしまうような人だった。おばあさんと同じで、仕草も話し方もとても品があって、当時の私にはお姫様みたいに見えていた。それで、会う度に胸がぎゅっとした。こんな風になれたらな、と思いながら、自分の短い髪や日焼けした顔、運動ばかりで女の子らしくないところを恥ずかしく思った。でも、そう思えば思うほど、なぜか男勝りな雰囲気を演じずにはいられなくなってしまい、そのまま成長して気がつけば「メスゴリラ」だ。
 つい掘り起こした昔の感情が、お腹の底ですごく大きくなった。それがそのまま突き上げてきそうで、私はぐっと息を飲みこんだ。だめだ。みんなのいる前でこんなことを考えちゃ。でも……。
 リッキーへ視線を向ける。ジュースを一気に空にした彼の横顔はほころんで、くっきりとえくぼができている。その表情がお母さんの柔らかなほほと重なった。すると、手を繋いでニコニコ歩いていたあの頃の二人がまぶたに浮かんで、なんだか不思議な気持ちになってくる。それで、私は今度、ぐっとジュースを飲み干した。
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