世界で一番やさしいリッキー

ぞぞ

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決闘

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 それからは特訓漬けだった。何の習い事もしていない暇な男子三人は、毎日リッキーの家に集まって、動画で研究したプロレス技をかけあったり、石を的に当てる練習をしたりしていた。私はミニバスの練習が週二であったから毎日は行けなかったけれど、それ以外の日は夕方までずっと、あの平屋の広い庭にいた。ゴリラは毎日部活があるので全然来れなかったけれど、リッキーいわく、ゴリラだけあって喧嘩も強い、とのことで、問題なさそうだ。
 そして、特訓の合間、リッキーの案で作戦にもう一つ重要なことが加わった。私と上島くんで、三人の中学生が小学生相手にコテンパンにされている様子を動画に撮影したらどうかと言い出したのだ。上島くんにこれ以上意地悪なことを続けるなら、それをネットに公開すると脅すつもりらしい。意外なほどの周到さに、ちょっと驚きつつ、それって犯罪になったりしないんだろうか、と少し怖くなった。でも怖いからこそ、自分の日常にはない危険な香りに、ちょっとワクワクしてしまった。
 ちなみに、リッキーの作った果たし状は特訓初日の翌朝、リッキーと宮崎くんが渡しに行ったらしい。上島くんにボールを投げようと待ち構えていた中学生三人へ果たし状を突きつけて、ダッシュで逃げてきたという。勇敢なんだか臆病なんだか。
 そんな調子で、あっという間に一週間たち、決闘当日、私たちは緑公園に集合し、例の三人を待っていた。空気は乾いていて冷たくて、木の葉を揺らして風が吹くと、頬がピリピリ痛む。
 緑公園の周囲は木々に覆われていて、外からは中が見えにくいようになっている。逆に言うと、中からも外の様子ははっきりうかがえない。だから三人組が来たかどうかは入り口に姿が見えない限り、分からない。
 私はじっと入り口へ視線を貼り付け、ときおりスマートフォンで時間を確認していた。十四時四十五分。四十八分。五十二分。五十七分。そしてその次に見た時には、指定した十五時を過ぎていた。
 一気に肩から緊張が消えて、私は意識を入り口から離した。来なかったね。ほっとしたような物足りないような気持ちでリッキーに言いかけた時、
 私たちより少し背の高い少年が三人、横に並んで入り口に入ってきた。一人は髪の毛が茶色っぽくて、一人は髪をツンツン立てている。最後の一人の右耳では、輪っかのピアスが光っていた。ポケットに手を突っ込んだり、スマホをいじったりしながら、ダラダラ歩いてくる。
 私はリッキーを見た。三人を見る彼の目には嫌悪がこもっていて、私はあの三人が例の三人なんだと確信した。再び彼らの方へ視線を移す。ドキドキと心臓が、耳の奥が、強く脈打ち始めた。血の巡りが変になったみたいで、冷えていたはずの手が熱っぽくなる。すると、その手にもっと熱い、湿ったものが触れた。はっとして見ると、私の手をもう一つの手が握っている。顔を上げると、その手の主はメガネ越しの拡大された目を少しゆるめた。そして、私の視線を捕らえてから、小さく頷く。大丈夫。そう言ってもらった気がして、私の心も、手のひらの温度に包まれたように落ち着いた。
 リッキーは三人組に顔を向けた。お腹の底から出したような声が、乾いた空気を走っていく。
「三人で寄ってたかって弱っちいかみっちょいじめやがって。オレらが相手になってやる」
 中学生たちはそれぞれに口の片端を持ち上げて、目配せした。それから、茶髪が笑いを声に滲ませて言う。
「お前らも五人じゃねえか。正義の味方ぶりたいなら、三対三でやれっての」
 茶髪が私たちを小馬鹿にしたような口ぶりで話すすぐ横で、ツンツン頭とピアスの口からも意地の悪い笑いが漏れた。空気がいびつに揺れる。そうしてピアスがゴリラへ視線を向けた。
「お前、東鴨野中の榎本じゃん。なんでこんな奴らとつるんでんの? バカうつんじゃね?」
「かもな」
 ゴリラはちょっと笑って短く答え、でも三人組に相対したまま動かなかった。ピアスの眉間に、少し動揺の気配がよぎる。
 二人のやり取りになんて構わず、リッキーは、また声を張った。
「勘違いすんな。殴り合うのはオレら三人。かみっちょと女はやらない」
 ピアスはさっきの動揺を、せせら笑いの中に消し、ふーん、と言った。他の二人も同じように口を歪めている。
「力也」
 ゴリラがささやき声と共にリッキーの肩を肘で小突いた。リッキーは、ちょっと眉間を寄せてゴリラを睨んだけれど、すぐにまっすぐ向き直る。
「ついて来い」
 そう言ってリッキーは三人組に背を向けた。
 私たちは、森のように立ち並ぶ木々の下を進んだ。空を覆い隠す木の葉のすき間から陽の光がチラチラする道を抜けると、芝生の生い茂る広場がある。けれど、先頭を行くリッキーは、広場の手前で道を外れた。
 何度も体を斜めにし、木と木の間をすり抜けて少し歩くと、急に高い木がなくなり、光が入ってくる。ぽっかり開けた場所に出たのだ。
「ここだ」
 リッキーは立ち止まって振り返り、そう言った。私も後ろへ振り向き、ついてきているはずの中学生たちへ目をやった。彼らは相変わらず、私たちを見下したような笑いを口の端に漂わせている。その余裕の表情に、私の手は、また少し震えた。本当なら怒りが湧いてくるはずの態度なのに。
 こっそり辺りに視線を配り、仲間たちの様子を確かめてみる。上島くんの目は不安に底光っているようだったし、宮崎くんは落ち着かなさそうにキョロキョロしていた。でも、リッキーには全然怯んだ素振りはない。ただ、彼の顔は、さっきの嫌悪に歪んだままだ。その表情のまま石になってしまったみたいに。唯一、ゴリラだけは涼しい顔をしていたけれど、こいつはもう、例外だ。おそらく、相手の三人組と同い年な上、ここにいる誰よりも圧倒的にガタイが良いんだから。
 三人が、ゆっくりと開けた円い空間に入ってくる。
「ダラダラ歩いてんじゃねえよ! ニキビ面でキモい上に足も遅いのかよ!」
 リッキーの声が、木々の作るしんと重い静寂を切り裂いていく。中学生たちの目に、僅かに怒りの色が差した。
 彼らがリッキーに気を取られている隙に、
「ほら、あっち」
 ゴリラが私と上島くんに言い、低木でできた茂みを目で示す。そこには昨日のうちに用意した大量の石があるのだ。私たちは殴り合いの喧嘩から外れるようよそおって、茂みの陰へ行き、隠した石を手に取った。
 ゴリラは、もう私たちの方へは目もくれていなかった。リッキーがピアスに胸ぐらを掴み上げられていたからだ。
「てめぇ、調子乗んのもたいがいに――」
 言い切らない内に、ゴリラの右拳がピアスの頬をえぐっていた。それが合図だったかのように、リッキーは拳を空に向かって振り上げた。
「行くぞ! 野郎ども!」
 声と共に、私は石を投げていた。
 届く前から命中することが分かった。片目をつぶって目を凝らした時、周囲がぼやけ、標的の茶色い髪がはっきり見えて、そこへまっすぐ手の中の石が飛んで行ったのだ。私が思った通りの軌跡をたどって石は狙い通り、ゴリラの一発を間近で見て怯んだ茶髪へぶつかった。けれど同時に、ツンツン頭のストレートが思い切りリッキーに炸裂し、彼は大の字に伸びてしまった。
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