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騎士団の結成
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リッキーと一部の男子とのギスギス感は、ずっと続いている。でも、リッキーがあまりにも軽々と彼らの悪意をかわすので、それは教室に溶け込んだ風景の一つになってしまっていた。と言うか、リッキーはあの性格なので、他のクラスメイトとトラブルを起こすことは多い。清水さんの件があったので意識してしまったけれど、リッキーのことだけなら、もともと日常の風景みたいなものだったのだ。あ、リッキーが他人ともめている。今度はあの人たちをことを怒らせているのか、みたいな。
そして、男子数人との間のいざこざがクラスの風景にすっかり馴染んだ頃、リッキーは別の喧嘩相手を見つけたらしかった。でも、今回の相手は教室の外にいた。
「かみっちょに絡んでくる中学生、マジでウザいな」
ある日の休み時間、珍しくリッキーは低い声でボソリと言葉を落とした。いつもの快活さとは違う口ぶりが気になって、私はリッキーたちのすぐ後ろの席に座って頬杖をついたまま、そっと耳をそばだてた。
「ニキビ面のくそキモい野郎どものくせに、舐めたまねしやがって」
聞けば、すぐ向かいの郷城中学に通う生徒が上島くんをいじめているのだという。朝や放課後に上島くんが中学の前を通ると、待ち伏せしていた三人がボールを投げつけたり、ホースで水をかけてきたりするらしい。
「投げてくんのって、バスケのボールなんでしょ?」
宮崎くんの声が尋ねる。
「なら、バスケ部の連中かもしれないよね。ゴリラに聞いてみたら? 知ってる奴かもよ」
ゴリラって何だ? と疑問が頭をかすめたけれど、すぐ思い出した。リッキーのいとこだ。宮崎くんにまでゴリラって呼ばれてるのか……。
「学校違うし、知ってたとしても顔見知りってくらいで、どんな奴かまでは分かんないと思う。でも、まあ、ニキビだらけでかみっちょいじめてるって情報だけで十分」
リッキーは一度言葉を切った。そして次に口を開いた時には、その声にいっそう力が込められていた。
「オレらでぶっ潰してやろう」
キーンコーン……と始業ベルが鳴り始めると、教室のあちこちでそれぞれにたむろしていた生徒たちが急にキビキビ動き出し、自分の席へ戻っていく。ギイギイ椅子と床がこすれる音が鼓膜を傷つけるくらいに響いてきた。
私はリッキーへ目をやった。彼もおとなしく椅子へ腰を落ち着けていたけれど、彼が横を向いた時に見えた、ビンの底みたいなレンズによって拡大された目には、強い意志の光がてらてら光っていた。
彼らの話は変に私の胸をざわつかせた。大丈夫なのかな、という不安とその隙間からチラチラ光る好奇心とが重なって、心がうずいてしまう。リッキー、大丈夫? 本当に、大丈夫なの?
こういうソワソワした気持ちの時、いつも気になる出来事は私の横を素通りしていくだけで、ソワソワははっきり解消されないままうやむやに消えていく。でも、今回は違った。
「おい、メスゴリラ」
その日の放課後、突然、声が飛んできて、心臓が飛び上がった。ランドセルへ向けていた顔を上げると、石みたいな表情をしたリッキーと目が合った。
「お前、オレらに協力しろ」
リッキーのいつもより低い声には鋭さがあった。何のことかは、もちろん分かっている。喉がつまってすぐには声が出なくて、ほんの一瞬、私は視線を下げ、深呼吸して心を平たくした。改めてリッキーの方を見る。
「さっき話してたこと? 上島くんがって、あれ」
リッキーはちょっと目を見張って、それからまぶたをゆるめて、うん、と言った。
「あいつら、かみっちょいじめてヘラヘラ笑いやがってムカつくから、思いっきり痛い目にあわせてやりたい。お前、女だけど腕力あるし、一緒に戦ってくれよ」
戦ってって……。リッキーは結構なロマンチストで、昔から冒険活劇みたいなものが大好きだった。中世ヨーロッパ的世界の中で騎士が活躍する物語とか、大きな潜水艦の出てくる海洋アドベンチャー、飛行機が風を切って飛び回る大航空冒険ファンタジー。そういう小説や漫画やアニメにどっぷり浸かっているせいで、真剣な時ほどリッキーの言葉はきざったらしくなる。ふざけている時は出てこないリッキーの素顔だ。
「別に、いいけど」
私が答えると、リッキーは頬を緩ませた。
「よし、じゃあ、オレとお前と和真とかみっちょ。それと、ゴリラであいつらに決闘を申し込む。日にちは一週間後だ。明日、果たし状作ってくる」
は、果たし状……。ここまで漫画みたいなことをするってことは、それだけリッキーが本気だということだ。それに、私は初めて、リッキーのいとこで年下の小学生たちにゴリラ、ゴリラと呼ばれる中学生ゴリラに会うことになりそうだ。休み時間に感じていた好奇心が膨れ上がって、心がドクン、ドクンと脈打ち始めた。
白い紙に、下手くそな筆で「果たし状」の文字。翌日、早速リッキーは仕上げた「果たし状」を私たちに披露した。中身を出して広げると、山折りと谷折りを交互に繰り返した紙は、ビロロロンと伸びてアコーディオンみたいになった。折りたたまれた中には、やはり下手くそな筆文字で、
「ニキビづらのくそ野郎ども お前たちに決闘を申し込む。11月15日15時に緑公園にて待つ 郷城小学校の騎士団」
とあった。
いつ、私たちは郷城小学校の騎士団になったんだ? っていうかゴリラとか呼ばれてる人は郷城小の人間ですらないじゃん。郷城中の生徒じゃないっぽいから、卒業生でもないだろうし……。
「さすがリッキー! すげぇカッコイイ!」
そう言う宮崎くんの目は興奮の色を映してキラキラ光っていた。きっと彼の心は新しい物語のページを開くみたいにワクワクしている。実は、私もそうだから。
リッキー、やりすぎだよ、と理屈では思いながら、胸が高まってくるのは抑えられない。こんなことでウキウキするなんて、いじめられている上島くんに悪いとも感じるけれど、でも、やっぱりそれは理性の方で考えることで、心はどうしたって浮き立ってしまう。上島くんは、少し眉間に困ったような気配を漂わせていたけれど、リッキーと宮崎くんと、そしてきっと私の顔に表れた意気込みを見て、すぐに観念したように息をついた。
上島くんが諦めたので、試合が始まること確定だ。いや、試合じゃなくて決闘か。
リッキーは満足そうに唇の端を持ち上げた。
「あと一週間あるから、みんなで特訓するぞ。ゴリラもLINEしたらOKつってたから来てくれる。今日の放課後、オレん家に来いよ」
そして、男子数人との間のいざこざがクラスの風景にすっかり馴染んだ頃、リッキーは別の喧嘩相手を見つけたらしかった。でも、今回の相手は教室の外にいた。
「かみっちょに絡んでくる中学生、マジでウザいな」
ある日の休み時間、珍しくリッキーは低い声でボソリと言葉を落とした。いつもの快活さとは違う口ぶりが気になって、私はリッキーたちのすぐ後ろの席に座って頬杖をついたまま、そっと耳をそばだてた。
「ニキビ面のくそキモい野郎どものくせに、舐めたまねしやがって」
聞けば、すぐ向かいの郷城中学に通う生徒が上島くんをいじめているのだという。朝や放課後に上島くんが中学の前を通ると、待ち伏せしていた三人がボールを投げつけたり、ホースで水をかけてきたりするらしい。
「投げてくんのって、バスケのボールなんでしょ?」
宮崎くんの声が尋ねる。
「なら、バスケ部の連中かもしれないよね。ゴリラに聞いてみたら? 知ってる奴かもよ」
ゴリラって何だ? と疑問が頭をかすめたけれど、すぐ思い出した。リッキーのいとこだ。宮崎くんにまでゴリラって呼ばれてるのか……。
「学校違うし、知ってたとしても顔見知りってくらいで、どんな奴かまでは分かんないと思う。でも、まあ、ニキビだらけでかみっちょいじめてるって情報だけで十分」
リッキーは一度言葉を切った。そして次に口を開いた時には、その声にいっそう力が込められていた。
「オレらでぶっ潰してやろう」
キーンコーン……と始業ベルが鳴り始めると、教室のあちこちでそれぞれにたむろしていた生徒たちが急にキビキビ動き出し、自分の席へ戻っていく。ギイギイ椅子と床がこすれる音が鼓膜を傷つけるくらいに響いてきた。
私はリッキーへ目をやった。彼もおとなしく椅子へ腰を落ち着けていたけれど、彼が横を向いた時に見えた、ビンの底みたいなレンズによって拡大された目には、強い意志の光がてらてら光っていた。
彼らの話は変に私の胸をざわつかせた。大丈夫なのかな、という不安とその隙間からチラチラ光る好奇心とが重なって、心がうずいてしまう。リッキー、大丈夫? 本当に、大丈夫なの?
こういうソワソワした気持ちの時、いつも気になる出来事は私の横を素通りしていくだけで、ソワソワははっきり解消されないままうやむやに消えていく。でも、今回は違った。
「おい、メスゴリラ」
その日の放課後、突然、声が飛んできて、心臓が飛び上がった。ランドセルへ向けていた顔を上げると、石みたいな表情をしたリッキーと目が合った。
「お前、オレらに協力しろ」
リッキーのいつもより低い声には鋭さがあった。何のことかは、もちろん分かっている。喉がつまってすぐには声が出なくて、ほんの一瞬、私は視線を下げ、深呼吸して心を平たくした。改めてリッキーの方を見る。
「さっき話してたこと? 上島くんがって、あれ」
リッキーはちょっと目を見張って、それからまぶたをゆるめて、うん、と言った。
「あいつら、かみっちょいじめてヘラヘラ笑いやがってムカつくから、思いっきり痛い目にあわせてやりたい。お前、女だけど腕力あるし、一緒に戦ってくれよ」
戦ってって……。リッキーは結構なロマンチストで、昔から冒険活劇みたいなものが大好きだった。中世ヨーロッパ的世界の中で騎士が活躍する物語とか、大きな潜水艦の出てくる海洋アドベンチャー、飛行機が風を切って飛び回る大航空冒険ファンタジー。そういう小説や漫画やアニメにどっぷり浸かっているせいで、真剣な時ほどリッキーの言葉はきざったらしくなる。ふざけている時は出てこないリッキーの素顔だ。
「別に、いいけど」
私が答えると、リッキーは頬を緩ませた。
「よし、じゃあ、オレとお前と和真とかみっちょ。それと、ゴリラであいつらに決闘を申し込む。日にちは一週間後だ。明日、果たし状作ってくる」
は、果たし状……。ここまで漫画みたいなことをするってことは、それだけリッキーが本気だということだ。それに、私は初めて、リッキーのいとこで年下の小学生たちにゴリラ、ゴリラと呼ばれる中学生ゴリラに会うことになりそうだ。休み時間に感じていた好奇心が膨れ上がって、心がドクン、ドクンと脈打ち始めた。
白い紙に、下手くそな筆で「果たし状」の文字。翌日、早速リッキーは仕上げた「果たし状」を私たちに披露した。中身を出して広げると、山折りと谷折りを交互に繰り返した紙は、ビロロロンと伸びてアコーディオンみたいになった。折りたたまれた中には、やはり下手くそな筆文字で、
「ニキビづらのくそ野郎ども お前たちに決闘を申し込む。11月15日15時に緑公園にて待つ 郷城小学校の騎士団」
とあった。
いつ、私たちは郷城小学校の騎士団になったんだ? っていうかゴリラとか呼ばれてる人は郷城小の人間ですらないじゃん。郷城中の生徒じゃないっぽいから、卒業生でもないだろうし……。
「さすがリッキー! すげぇカッコイイ!」
そう言う宮崎くんの目は興奮の色を映してキラキラ光っていた。きっと彼の心は新しい物語のページを開くみたいにワクワクしている。実は、私もそうだから。
リッキー、やりすぎだよ、と理屈では思いながら、胸が高まってくるのは抑えられない。こんなことでウキウキするなんて、いじめられている上島くんに悪いとも感じるけれど、でも、やっぱりそれは理性の方で考えることで、心はどうしたって浮き立ってしまう。上島くんは、少し眉間に困ったような気配を漂わせていたけれど、リッキーと宮崎くんと、そしてきっと私の顔に表れた意気込みを見て、すぐに観念したように息をついた。
上島くんが諦めたので、試合が始まること確定だ。いや、試合じゃなくて決闘か。
リッキーは満足そうに唇の端を持ち上げた。
「あと一週間あるから、みんなで特訓するぞ。ゴリラもLINEしたらOKつってたから来てくれる。今日の放課後、オレん家に来いよ」
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『オレはこいつの「半分ヒーロー」』で「BL小説大賞」に参加しています。よろしければこちらもご覧ください。
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