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「露悪的」な彼
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「露悪的」という言葉の意味を知ってすぐ、私は斜め前の席に座るリッキーへ目をやっていた。寝癖か天然パーマかややウェーブのかかった、カラスみたいに艶のある黒髪。頬杖をついているらしく、その後頭部は少し傾いている。でも、大人しく丸まった背中は、数分もすればしゃんと伸びて、快活な声を教室中に響かせるに違いない。リッキーを叱って効果があるのは、せいぜいそのくらいだ。
今は国語の時間。昨日の宿題でそれぞれに割り振られた新出語句の意味調べを、クラスメイトが発表している最中だった。運悪く指された清水さんがたどたどしくした説明によると、「露悪的」とは、欠点や悪いところを、わざわざさらけ出すことを言うらしい。要するに、わざと嫌なことを言ったり、やったりする人のこと。間違いなくリッキーのことだ。
私がそう思った矢先、リッキーの傾いた頭が持ち上がり、背筋がピンとなった。そして、高らかに手をあげて、
「先生! 上島くんがうんこしたそうでーす!」
突如、嵐が起こったみたいに、教室がドカンと沸いた。
私はとっさに、リッキーの隣の席へ視線を向けていた。斜め後ろから見える上島くんの横顔は、机の一点を凝視するように、じっと動かない。涼しいはずなのに首の辺りでは汗の玉がチラチラ光っている。その滴を、あちこちで張り上げられる男子のちょっと太い声が、ブルブル震わせている。
「静かにしろ!」
先生が凄みのかかった声で一喝すると、教室はしんと静まった。水を打ったよう、とはこういうことだ。
「上島」
先生が目元を緩め、上島くんへ視線を向けた。
「調子悪かったら、休んできていいぞ。保健室でもなんでも、行ってこい」
上島くんの頭が、わずかに縦に揺れた。そして、ゆっくり立ち上がる。水をこぼさないよう、気をつけ気をつけ動いているみたいなその様子が、なんだか気の毒だった。周りにも、ぬるい同情に目を細めて彼を見つめる子が何人かいた。
一方、リッキーは、勇敢な手柄をたてたと言わんばかりに、得意げな顔をしている。先生の目に、再び厳しさが戻ってきた。
「力也。お前、そうやって友だちを笑いものにして面白いのか?」
リッキーはわざとらしく目を見開き、驚いた顔をして見せた。
「えー、オレ、親切で言ったんですよ。だって、先生、全然かみっちょがうんこしたいの、気づいてなかったじゃん。うんこしたい時にうんこできないのって、すげぇ辛いしー。うんこ我慢しすぎたら、うんこたまって病気んなっちゃうかも知んないしー」
リッキーが「うんこ」という度に数人の男子が口元を意地悪く歪める。でもそれは、ひっそりと、リッキーを睨みつける先生の目を盗んで行われていた。
先生は、リッキーがひょうひょうと人を食ったような口ぶりで話す様子に、ただ、ただ、眉間のしわを深くしていった。そうして、とうとうリッキーを怒鳴りつけようと口を開いた瞬間、全く別のところから手があがった。
「せんせーい。オレ、かみっちょ心配だから、ついて行ってやってもいーい?」
サーっと風を吹き込むような爽やかな声が、意地悪く揺らいだ気配をかき消した。空気を読まない、いや、読めないことにかけてはピカイチの宮崎くんだ。先生の顔からも厳しい雰囲気が引いていった。先生は、ふぅー、と肩が大きく上下するほど大きく息をつくと、
「ああ、行ってやってくれ。悪いな、和真」
「はーい、行ってきまーす」
言い切るや否や廊下へ飛び出した宮崎くんの足音は、すぐに遠くなった。教室へ、しんと気まずい空気が降りてくる。けれど、それを破ったのもリッキーだった。
「和真もうんこしたかったりして」
宮崎くんのおかげでお目玉を食らわずにすんだはずのリッキーは、結局、雷のごとく叱られた。
今は国語の時間。昨日の宿題でそれぞれに割り振られた新出語句の意味調べを、クラスメイトが発表している最中だった。運悪く指された清水さんがたどたどしくした説明によると、「露悪的」とは、欠点や悪いところを、わざわざさらけ出すことを言うらしい。要するに、わざと嫌なことを言ったり、やったりする人のこと。間違いなくリッキーのことだ。
私がそう思った矢先、リッキーの傾いた頭が持ち上がり、背筋がピンとなった。そして、高らかに手をあげて、
「先生! 上島くんがうんこしたそうでーす!」
突如、嵐が起こったみたいに、教室がドカンと沸いた。
私はとっさに、リッキーの隣の席へ視線を向けていた。斜め後ろから見える上島くんの横顔は、机の一点を凝視するように、じっと動かない。涼しいはずなのに首の辺りでは汗の玉がチラチラ光っている。その滴を、あちこちで張り上げられる男子のちょっと太い声が、ブルブル震わせている。
「静かにしろ!」
先生が凄みのかかった声で一喝すると、教室はしんと静まった。水を打ったよう、とはこういうことだ。
「上島」
先生が目元を緩め、上島くんへ視線を向けた。
「調子悪かったら、休んできていいぞ。保健室でもなんでも、行ってこい」
上島くんの頭が、わずかに縦に揺れた。そして、ゆっくり立ち上がる。水をこぼさないよう、気をつけ気をつけ動いているみたいなその様子が、なんだか気の毒だった。周りにも、ぬるい同情に目を細めて彼を見つめる子が何人かいた。
一方、リッキーは、勇敢な手柄をたてたと言わんばかりに、得意げな顔をしている。先生の目に、再び厳しさが戻ってきた。
「力也。お前、そうやって友だちを笑いものにして面白いのか?」
リッキーはわざとらしく目を見開き、驚いた顔をして見せた。
「えー、オレ、親切で言ったんですよ。だって、先生、全然かみっちょがうんこしたいの、気づいてなかったじゃん。うんこしたい時にうんこできないのって、すげぇ辛いしー。うんこ我慢しすぎたら、うんこたまって病気んなっちゃうかも知んないしー」
リッキーが「うんこ」という度に数人の男子が口元を意地悪く歪める。でもそれは、ひっそりと、リッキーを睨みつける先生の目を盗んで行われていた。
先生は、リッキーがひょうひょうと人を食ったような口ぶりで話す様子に、ただ、ただ、眉間のしわを深くしていった。そうして、とうとうリッキーを怒鳴りつけようと口を開いた瞬間、全く別のところから手があがった。
「せんせーい。オレ、かみっちょ心配だから、ついて行ってやってもいーい?」
サーっと風を吹き込むような爽やかな声が、意地悪く揺らいだ気配をかき消した。空気を読まない、いや、読めないことにかけてはピカイチの宮崎くんだ。先生の顔からも厳しい雰囲気が引いていった。先生は、ふぅー、と肩が大きく上下するほど大きく息をつくと、
「ああ、行ってやってくれ。悪いな、和真」
「はーい、行ってきまーす」
言い切るや否や廊下へ飛び出した宮崎くんの足音は、すぐに遠くなった。教室へ、しんと気まずい空気が降りてくる。けれど、それを破ったのもリッキーだった。
「和真もうんこしたかったりして」
宮崎くんのおかげでお目玉を食らわずにすんだはずのリッキーは、結局、雷のごとく叱られた。
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『オレはこいつの「半分ヒーロー」』で「BL小説大賞」に参加しています。よろしければこちらもご覧ください。
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