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記念日

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「なんだかドキドキするなぁ。帰ってきたら、俺たち、夫婦になってるんだから」
 小鳥遊が笑う。
「確かに。そう思うとふしぎですねぇ。紙切れ一枚、ってよく言いますけど」
 書類を入れた鞄を持って、さやかは言った。
「この紙に、感謝だなぁ」
 車はマンションの敷地を抜け、ビルの立ち並ぶ道路を抜けていく。
「提出したら、式場見学してーーランチしにいこう。予約してあるんだ」
「えっ、わざわざすみません」
「バレンタインだしね」
 さやかはありがたく思いながらも、言った。
「でも、ランチが終わったら、寄り道しないで帰りましょうね。チョコレートクッキー、焼く予定なんですから」
 その言葉に、小鳥遊は子供みたいに喜んだ。
「やった! さやかのクッキー大好き」
 車が走り出す。緑の多い区画を抜け、広々と整備された道路をいくと、老舗ホテルが立ち並ぶ通りへと入っていく。その中のひとつに、小鳥遊の車が吸い込まれる。
「お待ちしておりました、小鳥遊様」
 車を止めるやいなや、パリッとしたスーツ姿の女性が、二人をで迎えた。
「ありがとう、今日はよろしく」
 ウエディングプランナーなる女性に従って、二人は荘厳なチャペルや豪奢な披露宴会場を見て回った。
「そうだね、ここなら広さも十分かな。さやかはどう思う?」
 生花で飾られ、上品なアイボリーで統一された会場を見て、小鳥遊が聞く。
「えっ、こんな広い立派な場所……ですか」
 正直に言って、さやかにはそんなに招く人がいない。親族は母だけだし、あとは同僚くらいだ。それを告げると、小鳥遊はさらに聞いてきた。
「地元から呼ぶのは、お母さんだけでいいの? この間会った美奈子さんとかは?」
 さやかは少し考え込んだ。 
 美奈子は、さやかを結婚式に呼んでくれたのだ。彼女や、そのほかの少ない女ともだちも、許されるなら呼びたい。が。
「さすがに東京まで呼び出すのは気が引けるかなって。皆自分の生活があるわけだし」
 さやかが控えめにそう言うと、小鳥遊はいいこと思いついた、という顔をした。
「それなら、東京とあっちで、二回結婚式をしようか」
 さやかは度肝を抜かれた。
「い、いや、さすがにそれは」
 そこまでするのも、と二の足を踏むさやかと違って、小鳥遊は積極的だった。
「地元が遠い場合は、よくある話ですよね?」
 プランナーは笑顔でうなずいた。
「はい。東京では挙式と披露宴を、故郷では結婚パーティを、という形が多いですね。もちろん逆のパターンでも」
「なるほど、パーティね」
「親族や仲間内だけで簡単に、というお客様が多いですね。会費制にするという手もありますし」
「そっか。じゃあ地元はパーティでいいかな?」
 そう聞かれて、さやかの心は、開催へと傾いた。
(小さいパーティとかだったら……それなら、いいかな)
 広い会場を貸し切るような会ではなく、小さい場所で個人的に、クローズドで行うものなら、安心かもしれない。
 なにせ地元には、さやかの結婚をよく思わない人たちもいるから。
(万が一、圭介たちが乱入して、また空気が悪くなるようなことは嫌だし)
 考えるさやかに、プランナーはあれこれとアイディアを出してくれる。
「気取らないパーティでしたら、お気に入りのレストランを貸し切って、ですとか、地元の思い出の場所でガーデンパーティ、なども人気ですよ」
「ああ、海でとか? 最近流行ってるよね」
「ええ。海はなんといっても綺麗にお写真が撮れますから。まぁ、天気に左右されるという欠点がありますが」
 二人がちらり、と意見を聞くようにさやかを見る。
「い、いや、海はちょっと……」
 南国リゾートでするならば、写真写りもいいかもしれないが、さやかの地元の海は、北国の海特有の、重々しい鈍色をしている。
(写真写り的にも、侵入者を防ぎたいっていう目的からも……海はないな)
 さやかはそう判断した。
「ですが……レストラン貸しきり、というのはいいかもしれません」
 こちらも相手も気負うことなく参加できるし、参加者も選ぶことができる。
「レストランね! いいね。さやか、どこか心当たりある?」
 さやかが乗り気になったことが嬉しいのか、小鳥遊は嬉しそうだった。
「ぜんぶ、さやかのやりたい事をしよう。遠慮しないで! あっちでもドレスを着て、ウエディングケーキも用意しようよ」


 ウエディングのプランを立てて、ランチの後に、帰ってきたらクッキーを焼いて、二人で食べて。
 楽しくも忙しない1日は、あっという間に終わって夜となった。
 さやかはバスルームから出て、しみじみと思った。
(なんだろう。祐一郎さんといると、時間が早くすぎるなぁ)
 今日もいろいろあったのに、すべて一瞬のように感じた。
 それだけ、彼と一緒にるのは楽しいんだな。何度目かわからないそんな気づきを得ながら、さやかは夫婦の寝室へと向かった。
 あとは眠るだけ。と思っていたが、そんなすんなりいくはずもなくーー。
「さてーー今夜は、夫婦になって初めての夜……だね」
 寝室に入ると、小鳥遊はすでに待っていて、さやかをじっと見た。
「あ……夜。たしかに、そうですね」
 言われたらみればそうだ。
「妻を抱いてもいいかな?」
 にっこり笑って言われて、さやかもなんだか気が抜けて笑ってしまう。
(毎晩抱いてるくせに)
 そう、同棲し始めてから、毎晩だ。これはけっこう、想定外だった。
(よく、疲れないなぁ……)
 地味にジョギングと筋トレが趣味の小鳥遊は、毎晩激しい運動をしても、まったく応えないようだった。
(私は結構、つ、疲れるけど……)
 さやかもちょっと、鍛えた方がいいのかもしれない。などと思っていると、さっそく、小鳥遊が後ろから抱きついてくる。
 今日も長くなりそうだ。また、体力の限界を超えてへばってしまう未来が見えて、さやかは思わずつぶやいた。
「わ、私も祐一郎さんと一緒に、走ってみようかなぁ……」
 さやかの内心を知ってか知らずか、小鳥遊はふふと笑った。
「俺の奥さんは、かわいいなぁ」
 その手が、さやかの体をすべる。優しい手つきだ。
「今度、ジョギング用の装備を見に行こうか。俺とお揃いので」
 そう言いながらも、服の下にその手が入ってくる。
「わ、」
 彼の手は、ゆっくりお腹をなぞるように動く。さやかはくすぐったさに身を捩った。
「肌、すべすべで、手に吸い付くみたい……お風呂上がりのさやかをこうやって堪能できるのって、夫の特権だよね」
「た、堪能って……」
 旬の食材じゃあるまいし。くすっと笑ってしまいそうになったその時、彼の手が柔らかな乳房にかかった。
「っ……」
 下着をつけていない胸に、そのままむにゅりと小鳥遊の指が埋まる。
「ふふ、幸せのマシュマロも、一段とやわらかい。俺の手に馴染んでーーおいしそうだな」
「も、もう。何を言うんですか」
「んっ……」
 悪戯な指先が胸の頂きをかすめ、さやかは思わず息を詰めた。
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