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夢はかなえるもの※

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「んっ……痛く、ない、ですか」

 丁寧すぎるほど丁寧に、服を脱がせて、肌に触れ――サイラスはイリスと身体を重ねながら、不安そうに聞いた。

「ぜんぜん――サイラス」

 今日が初めて。そんな彼の不安を取り除きたくて、イリスは言った。

「すごく……ん……きもち、いい、です……」

 ゆっくりと出し入れされて、実際にイリスの体は蕩け切っていた。
 けど、それだけじゃなくて。

「サイラス……あなたが、こうやって私を求めてくれるのが、嬉しい」

 ――発情期じゃなくても。

「っ……イリス」

 サイラスの顔がくしゃっとゆがんだ。
 うれしさと欲情と、いろんな感情がこらえきれなくなった顔。

「あぁ、そんな、こと、言われたら……ッ」

 切なげに寄せられた眉根を、辛抱できずにぎゅっと閉じられた目を見ると。
 ――もっと喜ばせてあげたいような、もっとそんな顔をさせたいような、ドキドキする衝動がイリスの中に沸き起こった。

「こうやって――つながるのも、だけど……ッ」

 言いながら、イリスはサイラスの背中に手をまわした。

「肌と肌が触れ合って――んっ……あなたに、ぎゅっと抱きしめられるのが、すごく好き……」

 すると、ゆっくり優しかった動きが、ぐっ、と強くなった。

「はぁ、ぁ、わ、私も……私もです……ッ」

 腰の動きに、力がこもる。

「っあ……!」

「あなたの肌に……ッ、触れる、のが、好きです」

 ぐぷ、とおくまで彼のものが届く。

「この華奢な体を、こうやって抱きしめるのも、奥をついて、あなたのかわいい声をきくのも――ぜんぶ、ぜんぶ好きです」

 そんなに声を出していたっけ。イリスは少し恥ずかしくなった。

「でも……ッ、思ってもいませんでした、あなたが、身体だけじゃなくて――心まで、私を受け入れてくれるなんて」

 その声は、いたいほどに真剣だった。

「知りませんでした。あなたが――私を求めてくれることが、こんなに、こんなに――」

 サイラスが、イリスを上から切なく見下ろす。

「おかしくなるくらい、嬉しいなんて……」

「サイラス……」

 その目がいまにも泣き出しそうだったので、イリスはぎゅっと身体のすべてで彼を抱きしめた。
 自分も同じ気持ちだよ、と伝えるために。

「好き……です、サイラス」

 抱きしめながら伝えると、サイラスの体にぎゅっと力が入って、痛いくらいに抱きしめ返された。

「私も――ああ、イリス……イリス……!」
 
 奪うのではなく、与えてあげるのでもなく。
 二人は初めて、夢中でお互いを求めあった――。




「……すみません。なんだかいろいろ、恥ずかしいことを言った気がします」

 イリスを抱きしめながら――サイラスはそうつぶやいた。

「ううん。サイラスの気持ちを……聞けて、よかった」

 イリスは腕の中でサイラスを見上げた。

「嬉しかった」

 そして、ふとつぶやいた。

「またしたいです――その、普通の日の、こういうことも」

 するとサイラスは、あの優しい笑みを浮かべて言った。

「私もです……イリス」

 この恋人と明日も一緒なのだ。そう思うとイリスは嬉しくなって、眠いにもかかわらず聞いた。

「明日は先に起きないで、私と一緒に朝寝しましょう? それでのんびりしてから、朝ごはんを食べに行きましょうよ」

 するとサイラスはふふ、と微笑んだ。

「そうですね。でも、あなたの食べるものを用意するのは、私の喜びなんです」

「でもいつもそうだから、なんだか悪いです。もう私たち、取引とかじゃない、対等な関係なんですから――気を使わないで?」

 イリスがいうと、サイラスはさらに笑みを深くした。

「対等――ですが、それでも、私は……したくてしているんですよ。なんだか、ハマッてしまったようなんです」

「な……何に?」

「あなたが私の作った食事を綺麗に平らげてくれた時――すごく嬉しかったんです。私の作ったものがあなたの血肉になると思うと。だからまた、あなたに私が用意したものを食べてほしい。なんでも好きなものを作りますから」

 そう言われて、イリスはたった一つ、心残りだったことを言った。

「それなら――いつかまた、サイラスが作ったローストビーフ、食べてみたいです。すごく美味しかったから」

 あの時、結局食べ損ねてしまったので。

「ええ、もちろん――あの時はすみませんでした。そうだ、明日の朝は何を食べたいですか。このあたりはフルーツや穀物が美味しいそうですよ」

「果物、たしかに美味しそうですねぇ……でも……」

 だんだん眠くなってきたイリスは、夢見心地でつぶやいた。

「また朝市にいくんなら、私も、ついて……いきたい……です……」

「ええ、いいですよ。あなたが望むのなら」

「ほんとですか……約束ですよ、おいて……行かないで、ください……ね」

「もちろん、起こしてあげますよ。眠気が覚めるまで、待ちますから」

「ありがとう、ございます……フルーツ……たのしみ……」

 最後の言葉は、むにゃむにゃと消えてしまった。
 ――なんて幸せなんだろう。大好きな恋人が、大好きな朝食を用意してくれるというのは。
 そんなイリスを見て、サイラスは言った。

「ええ。これからずっと――あなたが食べるものは、私が用意しますから」

――ん? なんか……プロポーズみたいだなあ……と思いながらも、イリスの意識は眠りの底へと沈んでいった。 





 寝入ってしまったイリスの肩に、サイラスは布団をかけてやった。
 彼女の寝顔をじっと見ていると、今までにない気持ちが、サイラスの胸の中に広がっていくのを感じた。
 愛する人を求めるだけではなく――求められて、心も体も一つになること。
 それを初めて、体感したのだ。

(――今、私はすごく……満たされています)

 胸の中に、幸福がいっぱい息づいている感覚がして、少し苦しいくらいだった。サイラスは、この身にすぎる幸せを逃がすように、深い溜息をついた。
 発情期の幸福が刹那的なものだとしたら、この幸福は『永遠』とつながっていた。
 その幸せの確かな重みを感じながら、それでもサイラスは安心はできなかった。

(絶対に――、もう絶対に、あなたを失いたくないです、イリス)

 前の恋人のように、イリスと別れるなんて、考えられない。
 そんな簡単に、愛する人と別れて他人となるようなことは、サイラスには不可能だった。

(一度あなたと決めたら、もうあなたでなければダメなんです)

 そう、『淫魔』は、相手を選ぶ。愛する相手とのセックスでなければ、心も体も満たされない。そんな生き物なのだ。

(哀れな生き物――やっぱり私は人間とは違います。だけど――ありがたいことに、この社会には……)

 そうならないための法律が存在しているのだ。サイラスはちらりと自分の荷物を見た。
 ――たくさん下調べしたガイドブックたちのファイルの下に、出すか出さないか迷いつつも持ってきたものがある。

(役場でもらってきましたが――あんな紙切れ一枚で、配偶者になれるなんて)
 
 ちょっと不思議な気がしつつも、サイラスはしっかりと自分の名前と住所、そして後見人として院長の名前も書いてもらった。

(あとは、あなたのサインをもらうだけです。イリス)

 サイラスは、寝入るイリスの顔を見た。

(結婚すれば――ずっと、ずっとあなたと一緒にいられますから)

 感情だけでなく法律でも、結びつけることができるようになる。

(そしたらもう、簡単には別れられませんね? 死ぬまで――あなたと一緒にいられますね?)

 この人生が終わるまで、彼女と一緒にいられる方法があるなんて、この社会はなんて素晴らしいんだろう。

 サイラスは夢見心地で、ふっと溜息をついた。

(イリス、絶対に、いずれはサインをしてもらいますよ。どんな手を使っても――)

 そう思うので、サイラスはやっぱり、明日は朝寝はやめて、早起きすることにした。

(まず開店直後に朝市に行って――イリスの好きそうなものを入手したあとに、戻ってあなたともう一度ゆっくり朝寝をしてから、改めて誘いましょう)

 自分を受け入れてくれた愛おしい彼女に、どこまでも尽くしたい。なんでもやってあげたい。

(あなたが望むなら、なんでもしたい。私といるとき、あなたが何一つ不自由しないようにしたい。朝はたくさん美味しいものを食べさせて、夜はたくさん抱き合って――)

 そして、彼女がついにサイラスなしでいられなくなった時、このサインをねだるのだ。

(そうしたら、きっと――きっとかなえてくれますね? 私のイリス)

 そう思いながら、サイラスは灯りを消して、愛しい彼女の隣に横たわった。
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みんなの感想(3件)

こゆ
2024.08.16 こゆ

とても素敵で、丁寧に紡がれたお話をありがとうございます!
これからも楽しみにしております😊


本当にありがとうございました☺️

小達出みかん
2024.08.17 小達出みかん

ご感想ありがとうございます…!
最後まで読んでもらえて、嬉しいです!

そう言ってもらええて、励みになりました!今後も頑張ります……!!!

解除
kokekokko
2024.08.15 kokekokko

最初の部分を一気読みして追いついて、更新するたび追っかけてますが、最新話の、

自制心がないとかーの部分の、レミングスのほうがよっぽど誠実の部分、

ホントですよね!って頷いてました。

権力振りかざした無能キモゲス男め。。そして世の中そんな奴ら沢山いすぎて困っちゃいますよね。

続きも楽しみです!

小達出みかん
2024.08.17 小達出みかん

ご感想ありがとうございます!嬉しいです…!
(あと誤字報告もありがとうございました!)

レミングスは、現実の例を取り込みつつ、こんな人いたらめっちゃやだなーっていう想像をもとに書いたので、嫌ってもらえてうれしいです!(?)
完結しておりますので、最後まで二人を見守っていただければ幸いです^^

解除
kokekokko
2024.08.13 kokekokko

【認証不要です】


ロディ君退院、内、

「今すぐ言って」←行って?かな?


解除

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