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最後に思い出すのはきっと
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セレンは翠玉の光を確認しながら暗い道を進んだ。歩きながらセレンは痛みと戦っていた。トラディスがすぐ後ろにいるので平静を装ってはいるが、額には脂汗が浮いている。
(でも…今ので時間を無駄にしてしまった。進まないと)
セレンの足取りがにぶくなっていることに、トラディスはとっくに気が付いていた。
「おい、お前、腹は大丈夫なのか」
「大丈夫です。団長こそ」
そう答えたとき、腹の痛みが最高潮に達した。セレンは思わず立ち止まった。
「おい、どうした」
「なんでも…ないです」
「腹を見せろ」
「い…いやです」
「俺がつけた傷だ」
セレンの抵抗むなしく、団長はセレンを無理やり抱き上げその場に腰を下ろした。傷の部分を見たトラディスは、ハァと息をついた。
「お前、よくこれで歩いてこれたな」
トラディスは自分の外套を裂き、セレンの腹部をきつくまいた。細い腹部だ。
「こんなことしかできんが…ないよりはましだろう」
痛みは依然としてあるが、抑えられているおかげですこし柔らいだ。セレンは立ち上がった。
「ありがとうございます。先へ、進みましょう」
「待て、少し休んでいくべきだ。倒れるぞ。そう一刻を争う話なのか、女長の危険とやらは」
「そうです、早く行かないとアジサイの命があぶない…」
「その女はアジサイという名なのか」
セレンはしまったと思ったが、トラディスは平静に言った。
「別に名がわかったところでどうという事はない。とにかく今は歩くな…どうしても進むというのなら、俺が背負っていく」
背に腹はかえられない。しぶしぶセレンは団長の背におぶさった。
「すみません…方向は、私が指示するので…」
樫の木のように、広くて大きな背中だ。そして温かい。だがその感触を素直に受けいれることはできなかった。敵だった男に、子どものように背負われているなんて…。セレンは居心地が悪くて体が硬くなった。そんなセレンに、トラディスは聞いた。
「アジサイというのは、どんな女なんだ」
「アジサイ「様」ですよ。ウツギの人々は皆、彼女を心から慕っているのですから」
「だがお前は名前で呼んでいるではないか」
「それは…彼女がそれを望んだから」
さすがに、彼女と近い関係にあるとはいえない。
「だがその口ぶりだと、生きた人間ではあるんだな」
「あたり前ですよ。でも私のように、ただの人間ではありません。彼女は…ウツギの巫女様なのですから」
「不思議な力を持っているのというのか?ウツギにあるという」
セレンは口をつぐんだ。彼の大きな背中から、歩く振動が伝わってくる。受け入れがたいと思いながらも、セレンはだんだんと心地よさを感じ始めていた。
「俺はウツギの力など存在はしないと思っていたが…今ならその巫女の力も、わかる気がする」
「…ここに来たからですか?」
「違う。お前だ、セレン。俺の傷を、お前の手が治しただろう。お前に不思議な力があるというのなら、わかると思ったんだ」
セレンは自分の手をぎゅっと握った。そして多くの人が無意識にするように、痛む箇所に手を当てた。
(私の力は…人の痛みを治すこと、なのかな)
そう思いながら傷に触れていると、不思議と痛みが引いた。
「あ…痛みが、ましになりました。もう歩けそうです」
セレンはトラディスの背から降りた。トラディスはしぶい顔をした。
「大丈夫か?」
「はい。歩いても大丈夫そうです。いきましょう」
セレンは自分の手に熱い力を感じた。その力は爆発を起こしたように体中をめぐって、新しいエネルギーを作り出しているようだった。
(そうか…これが私の力、だったんだ)
トラディスとの関わりによって、皮肉なことに死ぬ直前になって、セレンの力は目覚めたのだった。
休みなしで歩き、二人は祈りの滝へとたどりついた。セレンはまっすぐ仮屋へ向かい中を覗いたが、もちろんアジサイはいなかった。
「ここは一体、何なんだ?」
背後からトラディスがセレンに聞いた。
「ここは…いつもアジサイが寝起きをして居て、祈っている場所です」
「ここでか」
トラディスは粗末な小屋の中を見渡した。
「ええ。でも今はいない。一応確認しただけです」
「では、どこにいるんだ」
「この洞窟の、最深部と呼ばれる場所です」
二人は仮屋を出た。天井からしたたる細い糸のような滝と、そこしれない深さをたたえた池に、トラディスは目を奪われた。一方セレンは、池の淵にひざをついて水面を覗き込んだ。
(ここでさえ、どのくらい深いのかわからないほど、深い…最深部はどの位なのだろう)
水は光と影がまざりあい深い輝きを放っている。その水面に映るセレンの顔が、ふと笑んだ。
(え…?わ、私じゃない)
それはアジサイだった。
―大丈夫、セレン…私は、生きているわ
頭のなかで、ぼんやりと優しい声がひびいた。
「あ、アジサイっ!どこにいるのですか!?無事なのですか?」
―あなたこそ、無理してはダメ…力をつかいすぎているわ、少し、休んで…
「まって、アジ、サイ、」
水面の顔からやわらかな笑みが消え、その顔は元のセレンへ戻った。それと同時に、セレンは池へ向かって倒れた。
はっと目を覚ますと、セレンはトラディスの腕にがばりとかかえられていた。セレンの髪はぬれていた。どうやら倒れたとき、頭が水に落ちてしまったようだ。
「すみません、団長。私…」
「この馬鹿!不注意にもほどがある!」
密着しているので顔は見えないが、トラディスは怒っていた。
「肝が冷えた…落ちてしまうのではないかと」
セレンはを強く抱きしめ、団長は搾り出すようにそういった。その声は、かすかに震えていた。いつもの無愛想な声とはちがって、感情がにじみ出ていた。
(ああ…本当に…この人は、私のことを)
その声から、抱きしめる腕から、セレンはその思いを感じ取った。杯から水が溢れるように、手ににぎった翠玉の光が指の間から漏れ出すように、その感情はトラディスの外へ溢れ、セレンへと伝わった。そしてセレンの心の中の、一番奥底の何かを呼び起こした。
それは、初めて知る感覚だった。ミリア様に感じる強い思慕とも、シリル様に感じた甘やかな憧れともちがう…熱い気持ち。この手で彼を抱きしめ、抱きしめられたいという願望。全身で力の限り、ここに彼の体と心があることを感じたいという、強い衝動。理屈抜きの、暴力的といえるくらいのその感情に、セレンの手は震えた。
(この衝動のままに動きたい。彼の気持ちに、こたえたい…)
だけれど、それに身を任せることのできるセレンではなかった。自分の肩に背負っている、最後の使命。それを投げ打つようなことはできない。だが理性が衝動に打ち勝ってもなお、セレンは認めざるをえなかった。
(最後に思い出すのは、シリル様のやさしいキスじゃない…この、力強い腕に抱かれた感触だ)
今更、今になって、こんな気持ちに気がつくとは。悲しみも怒りも通り越して、ただセレンはそう思った。
進むにつれ、闇は似凝るように濃く、セレンの手の中の青い光は強くなっていった。
(俺達が洞窟に入ってから、どの位たっただろうか)
前を歩くセレンの背中は、一歩あるくごとに存在感が薄く、現実味のないものになっていくようだった。
(この場所は、やはりどこか普通ではない…人の力ではない、何かが)
トラディスも、それを認めないわけにはいかなかった。そしてセレンは、その「何か」に属しているように見えた。
(最深部とは何だ?お前はそこへ行って、何をどうする気なんだ)
目的を聞いてもはっきり言わないくせに、決意だけは強くみなぎっていたその目。西の風と共にとつぜん自分の目の前に姿を現したセレンは、この山脈の地下でまたとつぜん、姿を消してしまうのではないか。そんな不吉な予感にトラディスはとらわれた。
(いや、そうはさせない。何があろうと…俺はこいつを連れて帰る)
敵同士だが、捕虜として手元に置けば命は守れる。トリトニアと戦になっても、自分が手をまわせば生き残れるはず…。トラディスは頭の中で策を練った。
(今までの俺なら、考えられないことだが―)
陛下よりも、イベリスよりも優先させたいことなどなかった。そのように育てられた。だがセレンは、最初現れたときからトラディスの常識を覆した。それは天地がひっくりかえるような衝撃だった。最初はそれを認めることができず抗ったが、結局は虚しい努力だった。
初めて目を見交わした瞬間に、セレンはトラディスの世界を変えてしまったののだ。理性も理屈も常識も、全て意味を成さなくなる極彩色の世界へと。
自分の中に沸き起こった制御不能のこの思いを言葉にするなら、それは。
(こいつを、手に入れたい)
この不可思議な空間の中でセレンの背を見つめていると、その気持ちが抑えようのないほど強くなっていった。
だがその時、ふいに目の前のセレンが歩みを止めた。
「どうした?」
トラディスはセレンの肩に手をかけた。セレンは手の平に目を落としてから、前方を見た。目の前は壁が狭まった、行き止まりのような場所だ。そこでまぶしく翠玉は輝いている。
(だから行き止まり…じゃない)
翠玉の光越しに見ると、狭く暗い、階段がその先におぼろに見えた。
(ここが、最深部への入り口?)
「おい、大丈夫かっ」
強く呼びかけられて、セレンははっとした。
「どうした?行き止まりか」
やはり団長には見えていないのだろうか。
「どうでしょう?何か見えますか?」
トラディスは目を細めた。
「狭いが…道は続いているようだな。わかるか?」
セレンは目を見張った。
(見えているんだ!ということは、彼も入れるということ?でも…)
セレンは手のひらの玉をぎゅっとにぎりしめた。
「団長、この先が多分、最深部への入り口です。本来なら…ウツギ以外は入れない。何が起こるかわかりません、だから」
「ここで待っていろとでもいうのか」
トラディスはセレンをさえぎった。
「馬鹿を言え。ここではぐれたら俺は死ぬより他ない。早く行こう。とっとと長とやらを助けるんだ」
セレンはためらった。
「ですが…」
「何の問題がある?助ける邪魔はしない」
トラディスはじっとセレンを睨めつけた。一歩もひかないその面構えに、セレンは説得を諦めざるをえなかった。
「…わかりました。でも、何があってもおどろかないでください」
(でも…今ので時間を無駄にしてしまった。進まないと)
セレンの足取りがにぶくなっていることに、トラディスはとっくに気が付いていた。
「おい、お前、腹は大丈夫なのか」
「大丈夫です。団長こそ」
そう答えたとき、腹の痛みが最高潮に達した。セレンは思わず立ち止まった。
「おい、どうした」
「なんでも…ないです」
「腹を見せろ」
「い…いやです」
「俺がつけた傷だ」
セレンの抵抗むなしく、団長はセレンを無理やり抱き上げその場に腰を下ろした。傷の部分を見たトラディスは、ハァと息をついた。
「お前、よくこれで歩いてこれたな」
トラディスは自分の外套を裂き、セレンの腹部をきつくまいた。細い腹部だ。
「こんなことしかできんが…ないよりはましだろう」
痛みは依然としてあるが、抑えられているおかげですこし柔らいだ。セレンは立ち上がった。
「ありがとうございます。先へ、進みましょう」
「待て、少し休んでいくべきだ。倒れるぞ。そう一刻を争う話なのか、女長の危険とやらは」
「そうです、早く行かないとアジサイの命があぶない…」
「その女はアジサイという名なのか」
セレンはしまったと思ったが、トラディスは平静に言った。
「別に名がわかったところでどうという事はない。とにかく今は歩くな…どうしても進むというのなら、俺が背負っていく」
背に腹はかえられない。しぶしぶセレンは団長の背におぶさった。
「すみません…方向は、私が指示するので…」
樫の木のように、広くて大きな背中だ。そして温かい。だがその感触を素直に受けいれることはできなかった。敵だった男に、子どものように背負われているなんて…。セレンは居心地が悪くて体が硬くなった。そんなセレンに、トラディスは聞いた。
「アジサイというのは、どんな女なんだ」
「アジサイ「様」ですよ。ウツギの人々は皆、彼女を心から慕っているのですから」
「だがお前は名前で呼んでいるではないか」
「それは…彼女がそれを望んだから」
さすがに、彼女と近い関係にあるとはいえない。
「だがその口ぶりだと、生きた人間ではあるんだな」
「あたり前ですよ。でも私のように、ただの人間ではありません。彼女は…ウツギの巫女様なのですから」
「不思議な力を持っているのというのか?ウツギにあるという」
セレンは口をつぐんだ。彼の大きな背中から、歩く振動が伝わってくる。受け入れがたいと思いながらも、セレンはだんだんと心地よさを感じ始めていた。
「俺はウツギの力など存在はしないと思っていたが…今ならその巫女の力も、わかる気がする」
「…ここに来たからですか?」
「違う。お前だ、セレン。俺の傷を、お前の手が治しただろう。お前に不思議な力があるというのなら、わかると思ったんだ」
セレンは自分の手をぎゅっと握った。そして多くの人が無意識にするように、痛む箇所に手を当てた。
(私の力は…人の痛みを治すこと、なのかな)
そう思いながら傷に触れていると、不思議と痛みが引いた。
「あ…痛みが、ましになりました。もう歩けそうです」
セレンはトラディスの背から降りた。トラディスはしぶい顔をした。
「大丈夫か?」
「はい。歩いても大丈夫そうです。いきましょう」
セレンは自分の手に熱い力を感じた。その力は爆発を起こしたように体中をめぐって、新しいエネルギーを作り出しているようだった。
(そうか…これが私の力、だったんだ)
トラディスとの関わりによって、皮肉なことに死ぬ直前になって、セレンの力は目覚めたのだった。
休みなしで歩き、二人は祈りの滝へとたどりついた。セレンはまっすぐ仮屋へ向かい中を覗いたが、もちろんアジサイはいなかった。
「ここは一体、何なんだ?」
背後からトラディスがセレンに聞いた。
「ここは…いつもアジサイが寝起きをして居て、祈っている場所です」
「ここでか」
トラディスは粗末な小屋の中を見渡した。
「ええ。でも今はいない。一応確認しただけです」
「では、どこにいるんだ」
「この洞窟の、最深部と呼ばれる場所です」
二人は仮屋を出た。天井からしたたる細い糸のような滝と、そこしれない深さをたたえた池に、トラディスは目を奪われた。一方セレンは、池の淵にひざをついて水面を覗き込んだ。
(ここでさえ、どのくらい深いのかわからないほど、深い…最深部はどの位なのだろう)
水は光と影がまざりあい深い輝きを放っている。その水面に映るセレンの顔が、ふと笑んだ。
(え…?わ、私じゃない)
それはアジサイだった。
―大丈夫、セレン…私は、生きているわ
頭のなかで、ぼんやりと優しい声がひびいた。
「あ、アジサイっ!どこにいるのですか!?無事なのですか?」
―あなたこそ、無理してはダメ…力をつかいすぎているわ、少し、休んで…
「まって、アジ、サイ、」
水面の顔からやわらかな笑みが消え、その顔は元のセレンへ戻った。それと同時に、セレンは池へ向かって倒れた。
はっと目を覚ますと、セレンはトラディスの腕にがばりとかかえられていた。セレンの髪はぬれていた。どうやら倒れたとき、頭が水に落ちてしまったようだ。
「すみません、団長。私…」
「この馬鹿!不注意にもほどがある!」
密着しているので顔は見えないが、トラディスは怒っていた。
「肝が冷えた…落ちてしまうのではないかと」
セレンはを強く抱きしめ、団長は搾り出すようにそういった。その声は、かすかに震えていた。いつもの無愛想な声とはちがって、感情がにじみ出ていた。
(ああ…本当に…この人は、私のことを)
その声から、抱きしめる腕から、セレンはその思いを感じ取った。杯から水が溢れるように、手ににぎった翠玉の光が指の間から漏れ出すように、その感情はトラディスの外へ溢れ、セレンへと伝わった。そしてセレンの心の中の、一番奥底の何かを呼び起こした。
それは、初めて知る感覚だった。ミリア様に感じる強い思慕とも、シリル様に感じた甘やかな憧れともちがう…熱い気持ち。この手で彼を抱きしめ、抱きしめられたいという願望。全身で力の限り、ここに彼の体と心があることを感じたいという、強い衝動。理屈抜きの、暴力的といえるくらいのその感情に、セレンの手は震えた。
(この衝動のままに動きたい。彼の気持ちに、こたえたい…)
だけれど、それに身を任せることのできるセレンではなかった。自分の肩に背負っている、最後の使命。それを投げ打つようなことはできない。だが理性が衝動に打ち勝ってもなお、セレンは認めざるをえなかった。
(最後に思い出すのは、シリル様のやさしいキスじゃない…この、力強い腕に抱かれた感触だ)
今更、今になって、こんな気持ちに気がつくとは。悲しみも怒りも通り越して、ただセレンはそう思った。
進むにつれ、闇は似凝るように濃く、セレンの手の中の青い光は強くなっていった。
(俺達が洞窟に入ってから、どの位たっただろうか)
前を歩くセレンの背中は、一歩あるくごとに存在感が薄く、現実味のないものになっていくようだった。
(この場所は、やはりどこか普通ではない…人の力ではない、何かが)
トラディスも、それを認めないわけにはいかなかった。そしてセレンは、その「何か」に属しているように見えた。
(最深部とは何だ?お前はそこへ行って、何をどうする気なんだ)
目的を聞いてもはっきり言わないくせに、決意だけは強くみなぎっていたその目。西の風と共にとつぜん自分の目の前に姿を現したセレンは、この山脈の地下でまたとつぜん、姿を消してしまうのではないか。そんな不吉な予感にトラディスはとらわれた。
(いや、そうはさせない。何があろうと…俺はこいつを連れて帰る)
敵同士だが、捕虜として手元に置けば命は守れる。トリトニアと戦になっても、自分が手をまわせば生き残れるはず…。トラディスは頭の中で策を練った。
(今までの俺なら、考えられないことだが―)
陛下よりも、イベリスよりも優先させたいことなどなかった。そのように育てられた。だがセレンは、最初現れたときからトラディスの常識を覆した。それは天地がひっくりかえるような衝撃だった。最初はそれを認めることができず抗ったが、結局は虚しい努力だった。
初めて目を見交わした瞬間に、セレンはトラディスの世界を変えてしまったののだ。理性も理屈も常識も、全て意味を成さなくなる極彩色の世界へと。
自分の中に沸き起こった制御不能のこの思いを言葉にするなら、それは。
(こいつを、手に入れたい)
この不可思議な空間の中でセレンの背を見つめていると、その気持ちが抑えようのないほど強くなっていった。
だがその時、ふいに目の前のセレンが歩みを止めた。
「どうした?」
トラディスはセレンの肩に手をかけた。セレンは手の平に目を落としてから、前方を見た。目の前は壁が狭まった、行き止まりのような場所だ。そこでまぶしく翠玉は輝いている。
(だから行き止まり…じゃない)
翠玉の光越しに見ると、狭く暗い、階段がその先におぼろに見えた。
(ここが、最深部への入り口?)
「おい、大丈夫かっ」
強く呼びかけられて、セレンははっとした。
「どうした?行き止まりか」
やはり団長には見えていないのだろうか。
「どうでしょう?何か見えますか?」
トラディスは目を細めた。
「狭いが…道は続いているようだな。わかるか?」
セレンは目を見張った。
(見えているんだ!ということは、彼も入れるということ?でも…)
セレンは手のひらの玉をぎゅっとにぎりしめた。
「団長、この先が多分、最深部への入り口です。本来なら…ウツギ以外は入れない。何が起こるかわかりません、だから」
「ここで待っていろとでもいうのか」
トラディスはセレンをさえぎった。
「馬鹿を言え。ここではぐれたら俺は死ぬより他ない。早く行こう。とっとと長とやらを助けるんだ」
セレンはためらった。
「ですが…」
「何の問題がある?助ける邪魔はしない」
トラディスはじっとセレンを睨めつけた。一歩もひかないその面構えに、セレンは説得を諦めざるをえなかった。
「…わかりました。でも、何があってもおどろかないでください」
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