不滅の誓い

小達出みかん

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可愛い継娘

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話が終わり、団長とセレンは医師の部屋から退出した。


「お前は何か心当たりはないのか?どんな些細なことでもいい」


 歩きながらセレンは少し考えた。


「厨房を調べていますが、なかなか。団長は、ウツギのものの仕業とお考えですか?」


 団長は声を低くした。


「ああ。そう思っている」


 セレンは慎重に聞いた。


「ですが…ウツギの者が城に入り込むのは不可能ではありませんか?」


「いや、最近城内で不審な動きがある。お前が牢で寝過ごしたときもそうだが、ウツギが出てきて動いている形跡がある」


 セレンは内心、青くなった。


「そ…そうなんですか?」


 団長はいまいましげに言った。


「あいつらの中には、妙な技を使う者もいる。イベリスにはそれを信じているヤツは少ないが…。とにかく弱いように見えて、やつらは油断ならない」


「だから、毒を盛るのも可能かもしれないと?」


「そうだ。だからお前も、身の回りに気をつけろ。とくに夜はな。兵の方でも捜査はするが。怪しいものをみかけたらすぐ俺に伝えろ。后様にまた何かあってからでは遅い」


 彼がミリア様の心配をするなど初めてだ。セレンはその理由がすぐわかった。


「…大事なお体ですからね」


「そうだ。何であれ、陛下のお子はお守りせねば」


 その言い草にセレンはかちんときたが、団長は全くそんなことには気が付かず去っていった。




(アサギリに、伝えなくては…兵士の捜査の手が入ると)


 ミトラスの事と、アジサイの事はぜったいに彼らからは隠さなくてはならない。事前にそれを教えておかなければ、彼女の身があぶない。アサギリが頻繁に村を出ていることも露見すれば、ただでは済まないだろう。セレンははやる気持ちを抑えながら、夜を待った。


(捜査の手は今日から広がっているはず。気をつけていかなければ)


 セレンは注意しながら城を出て、庭を抜けようとした。が、その瞬間後ろから肩をつかまれた。


「あ、あなたは」


 振り向くと、そこには若い兵士が立っていた。一瞬取り乱したが、相手に敵意がないことがわかりセレンは落ち着きを取り戻した。


「あなたは…もしかして、」


 アサギリに聞いた名前が出てこず、セレンは口ごもった。


「そう、エリックだ。あんたも、行くところだったのか?」


「ええ。そうよ」


 エリックは声を低めて言った。


「俺は今日、アサギリとこの先で落ち合ってるんだ。危険を伝えに」


 やはり。セレンもうなずいた。


「私も。毒の花のことで、ウツギが疑われている。城に内通者がいることも、団長はカンづいている。エリック、あなたは大丈夫?つけられてはいない?」


 エリックは首をふった。


「まさか。そんなへまはしねえよ。ま、あんたは戻んな。同じことを伝えるんなら、俺一人でいい」


 が、セレンは少し不安だった。


(昨日の今日で、大丈夫?この人、罠にかけられてはいないか?)


 その時、セレンの耳は下草が鳴る音を聞きつけた。


(だれかくる!)


 セレンとエリックはさっと裏庭に目を走らせた。夜半、様々な木が生い茂っているこの場所では視界が悪い。が、がさがさという音は近づいてきている。それも複数人だ。


「まずい、捜索隊だ。逃げるぞ」


 エリックはセレンの手をつかんでひっぱった。その時――


「おい、そこにいるのは、だれだ!」


 大きい怒鳴り声がすると同時に、セレンはとっさにエリックに抱きついた。

 エリックもその意図を理解したのか、すばやくセレンの腰に手をまわした。そこへ、ランプがかかげられ、2人の姿が照らされた。


「きゃっ」


 セレンはあわててエリックから離れ、顔を手で覆う仕草をした。心臓が、ばくばく言っている。小さいころ盗みを働いた現場を抑えられたときのことを思い出した。


「お、お前ら、何をしてるっ!!!」 


 目の前にいるのは案の定、団長だった。 


「なんだ、エリックかよ…」


「后様の侍女に手ぇだすなんて…」


 後ろの兵士が、はぁとため息をつく声がぼそぼそと聞こえた。


「答えろ!」


 怒る団長の前に、頭をかきながらエリックが進み出た。


「いや…少しその、交流を」


 後ろの兵士達の忍び笑いが漏れ聞こえてくる。一方団長は歯をくいしばっている。怒り爆発寸前といった感じだ。


「お前も捜査にくわわれ。今すぐだ」


「はい、団長」


 エリックは逆らわず団長についていった。一人取り残されたセレンは、とりあえずほっとした。


(よかった、なんとかばれずにすんだ)


 しかし、エリックはいけなくなってしまった。とすれば、自分が行くしかない。

 セレンは裏庭から出ようと足を一歩踏み出した。が、その時強い視線を感じた。


(見られている?誰!?)


 セレンはすばやく振り向いた。視界のはしで、ガサガサッと木の葉が動いたような気がした。 セレンは視線を振り払うように城へと引きかえした。その間も不気味な視線は感じられた。


(兵に、つけられている?とりあえず、今は戻ろう)


 セレンは諦めて部屋へもどった。




 じりじりと日々は過ぎていった。セレンは常に抜け出すチャンスを伺っていたが、兵士たちが山を捜査しているのでおいそれと行けなかった。

 歯がゆく機会をうかがううちに、この冬最初の雪が降った。 


「あら…これが、雪なのね」


 窓の外を舞う白い羽のような雪を見て、ミリアネスは驚きの声を漏らした。

 トリトニアではめったに雪は降らない。

 一方セレンは幼いころ雪を何度も見た。ゆえに気持ちは沈んだ。


(山に雪が積もれば、山道は悪くなる。足跡も残る。ますますウツギの村に行きづらくなる…)


「寒いですね…ミリア様、お体は平気ですか」


 シザリアがミリア様を気遣って声をかけた。


「大丈夫よ。幸いこの部屋は、暖房があるもの」


 そういわれて、セレンはウツギの村風景を思い出した。あそこには寒さを防ぐ石の家も、暖房もない。あんな茅葺きの粗末な小屋で、どうやってこの寒い冬を越すのだろう。セレンはスグリたちが心配になった。



「ここ数日浮かない顔ね、セレン」


 そんなセレンの顔を、ミリア様は覗き込んだ。


「すみません、ミリア様」


 セレンの状況を知っているミリアネスは気遣わしげに言った。 


「いいのよ。早く夜間の見回りが緩むといいのにね…」


「全くです。兵団も遊んでいるわけではないと思いますが、一向に手がかりは見つかりませんね。ミリア様は、誰が犯人だと思いますか?」


 セレンよりも視野が広く聡明なミリア様はどう考えているのだろう?セレンは気になった。シザリアも答えを待つようにミリアネスを見た。


「私と王に、同じ毒が盛られた、やりかたも似ている。でも同一犯かはわからないわ。私が死んで得する層と、陛下が死んで得する層は、かぶらないのよ」


 たしかに。陛下が死ねば、ウツギの人にとっては好都合だ。しかしミリア様が死んで好都合なのは…。

 ふとセレンの脳内に、あの宰相の嘲笑が浮かんだ。もし2人が死ねば、王座は彼のものにできる。


「家臣が王座を狙って、という事は考えられませんか」


 セレンが誰のことをさしているのか思いあたったらしく、ミリアネスはすぐ言葉を返した。


「その可能性もゼロではないけれど。でも私が死ねば、イベリスとトリトニアの関係はこじれるのよ。彼がそれを望むかしら?それを狙う人が、おそらく城内のどこかにいるのよ」


 セレンはその言葉について考えた。


「つまり、イベリスが孤立するのを望んでいるという事ですね。とすると考えたくありませんが、やはりウツギが?」


 ミリアネスは首を振った。


「いいえ、アジサイもアサギリも、トリトニアとの交渉を望んでいるでしょう。私が死ねば、かえって不都合だわ」


 たしかにアサギリははっきりとミリア様の暗殺には関わっていないといった。そして、アジサイはむしろ姫を助けてくれたのだった。


(でも、アサギリは何か知ってそうだった。そこを、探れれば…)


 悩みこむセレンを見て、ミリアネスはくすりと笑った。


「ここにいて、ソファに座っていても犯人はわからないわ。罠でもはって、おびきよせれば別だけど」


「いけません!ミリア様、そんな危険なこと。」


 シザリアがあわてて言った。セレンも続いた。


「そうですよ、もう大事なお体なのですから。おてんばはいけませんよ」


「まぁ、セレンらしくない言葉…」


 ミリアネスが笑ったその時、バタンとドアがあいて、桃色の物体が飛び込んできた。


「おかあさま!おかあさま!」


 そう言ってミリアネスのそばに来たのは、末姫のシャルロットだった。


「おかあさまに、あたらしい赤ちゃんができたって、ほんとうーー??」


 走ってきたからか、子どもたしいまん丸なその頬はりんごのように赤く染まっていた。

 その可愛らしい表情に、セレンもシザリアも思わず笑みがこぼれた。


「本当よ、シャルロット。お父様からきいたの?」


 シャルロットは力強くうなづいた。


「うん!そう!今朝、教えてくれたのっ!」


 すると戸口の所で声がした。


「シャルロット!いきなり入ってはダメよ!」


「まぁ、お母様、ノックもせずにごめんなさい」


 シャルロットは姉姫たちをふりむいてぷうっと頬をふくらませた。


「だって…」


 ミリアネスは笑顔で言った。


「いいのよ。さあ、2人もどうぞ入って」


 ユリアとパディータは子どもながらもきちんとお辞儀をして、ミリアネスにお祝いを述べた。


「おかあさま、おめでとうございます。これ、私たちからです、うけとってください」


 ミリアネスは驚きに目をまるくしながら差し出されたものをを受け取った。


「まぁ、何かしら。ありがとう」


 それは、手のひらにおさまるくらいの、陶器でできた丸い卵のようなものだった。

 姉のユリアが説明をした。 


「これ、中にお湯を入れて使うんです。夜、お布団に入れたり、お腹にくっつけたりすると、あったかくなるんです。おかあさまの来た国より、ここは寒いから…。おなかの赤ちゃんもさむいかなって」


「まぁ、そうなの…」


 じっと手のひらのそれを見るミリアネスの目が、少しうるんでいる。


「ありがとうね…大事に使うわ」


 それを見て、3人娘はにっこりとわらった。


「よかった、おかあさまによろこんでもらえて」


「あ、でもシャルロット、もうおかあさまの膝の上にとびのったりしちゃダメよ、お腹のあかちゃんがつぶれちゃうもの」


 パディータのその言葉をきいて、シャルロットの眉が今にも泣きそうな八の字になった。


「そんなの、いやだよう」


 ミリアネスは笑って両手を広げた。


「ありがとう、パディータ。でもいいのよ、シャルロット」


 シャルロットの顔が輝いた。


「ほんとう!?でも…あかちゃん、くるしくない?」


 だが次の瞬間には、心底心配そうな表情が浮かんでいた。


「大丈夫よ、赤ちゃんはまだまだ小さいけど、ちゃんとお腹の中で守られているの。だからシャルロットがおひざにのっても、平気よ」


 それを聞いて、シャルロットは遠慮がちにミリアネスの膝の上にすわった。


「えへへ、よかった」


 パディータは肩をすくめた。


「まっ、シャルロットったら。いつまでたっても、赤ん坊なんだから」


 シャルロットが大口をあけてそれに反論した。


「ちがうもん!赤ちゃんじゃないもん!おかあさまが、すきなだけ!」


 ミリアネスはシャルロットを抱っこしたまま、2人に手招きした。


「さ。ユリアもパディータも、どうか一緒に座ってちょうだいな。午後のお茶にしましょう?」


 ユリアは遠慮がちに、妹のパディータは嬉しそうにそれぞれミリアネスの隣に座った。

 2人とも、姉姫とはいえまだ子どもだ。本当は彼女に甘えたかったのだろう。そうおもうと何ともいじらしく、セレンは姫たちのお茶を用意しながら口元をほころばせた。


 そして、妊娠が発覚してから食欲が落ちているミリアネスが、久々にお茶の用意を命じたことも、嬉しかった。


(おっと、いけないいけない。また変な物が混ざっていないか、しっかり確認しないと)


 セレンとシザリアはそれぞれお茶と茶菓子の確認をし、姫たちのもとへ運んだ。


「わあ。おいしそうです」


「きれいなカップ」


「これは、なんのお菓子なのぉ?」


 金色にふちどられ、花の模様が描かれた白いティーカップに、銀の取っ手のついた3段重ねの菓子皿。テーブルに広げられたトリトニア式の「午後のお茶」の光景に、3姉妹は目を輝かせた。出てきた菓子を見て、ミリアネスは天真爛漫に笑った。


「まぁ、うふふ。このお菓子の名前はね、あなたと同じ、シャルロットというのよ」


 シャルロットは目を丸くした。


「えっ、本当?」


 用意したシザリアが説明した。


「本当でございます、シャルロットさま。トリトニアでは、柔らかいパンにこうしてクリームをはさんだケーキを、シャルロットと呼ぶのです」


 あの事件以来、簡単な茶菓子などはすべてシザリアが手作りしている。彼女はセレンとはちがい、トリトニアの娘のたしなみとして料理や裁縫の腕は一級だ。

 なかでもシザリアのシャルロットは、乳とバターがたっぷり入ったパン生地の中にクリームとともにぎっしりと季節の果物がつまっていて美味だった。

 トリトニアにいたころ、よくミリアネスは料理番の菓子よりもシザリアにそれをリクエストしていたものだった。


「わぁ、おいしい!」


 シャルロットもパディータも、遠慮がちなユリアもこれには笑顔になった。

 さすがにトリトニアにいたときのように贅沢な材料は使えないので味が落ちてしまうとこぼしていたシザリアも、それを聞いてほっとした表情になった。


「でしょう?シザリアはお菓子つくりの名人なのよ」


「いいなぁ、ねぇ、また食べたいなぁ」


「もちろん、いつでもお作りいたしますよ」


「やったぁ」


 琥珀色のお茶から白い湯気が立ち上る中、皆なごやかに笑いあった。

 テーブルに並んだ4つの花形のカップは、まるで冬のただなかに咲いた暖かい花のようだった。

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