不滅の誓い

小達出みかん

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男たち

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セレンはアジサイと別れ、スグリの案内で外へ出た。


「・・・アジサイはいつも、あそこで過ごしているのですか?」


 セレンの問いに対し、スグリは少し眉を上げた。


「知らないのか?ウツギの洞窟のこと」


「・・・知らないのです。私は、両親の顔すら覚えていなくて」


「そうか、そうだよな・・・すまん。あの洞窟の奥には翠玉が祀ってあって、アジサイ様は、ずっと毎晩、そこで祈りをささげているんだ。巫女になってからずっと、彼女はめったに洞窟は出ない」


 アジサイが異様なほど肌が白く、浮世離れした様子だったのはそのせいかとセレンは合点がいった。


「毎晩、ですか・・・。病弱な身体には辛い勤めですね」


「ああ。でもそれだけじゃない。アジサイ様は常に民のために働いているんだ。みんなの母さんみたいなもんだよ。今日、兵士が立ってた場所、覚えてるだろ?あそこは採掘口の入り口で、日中ウツギは皆あそこに入って採掘をしている。あそことアジサイ様の居場所はつながっていて、アジサイ様は具合の悪い人や病人を「力」を使って治してあげているんだ」


「イベリスの兵は、彼女のことは・・・?」


 スグリは首をふった。


「いいや。アジサイ様の存在は、奴らにはずっとかくしている。もし彼女が奪われでもしたら、ウツギはお終いだからな・・・」


 なんと危ない橋を渡っているのか・・・今日の話を聞いたセレンは、もはや人事という気はしなかった。


「・・・アジサイが大変な立場にあるということは、よくわかりました」


「だけど最近アジサイ様も疲れが出てきている。昔のようには・・・だからアンタが代わってくれればいいんだけど」


 そういうスグリの事がふときになって、セレンはきいた。


「スグリ、あなたはアジサイに仕えているのですか?それとも、夫?」


スグリはふきだした。


「まさか!アジサイ様は皆の巫女さまなんだ。皆、アジサイ様の事を心配してるんだよ。・・・俺はただの玉造り職人さ。手先が器用だからって、役に立つため今日ついてったんだ」


セレンははっとした。


「そうだ、スグリ。私にも牢屋の鍵を開ける方法、教えてくれませんか?そうしたら自由に動ける・・・!」


「いいぜ。やりかた自体は、そう難しくないからな。ただあんまり頻繁にこの技を使うなよ。鍵やぶりって言うのは、相手が油断しているから使える方法であって、相手が警戒し始めたら二度と使えなくなるからな」


セレンはうなずいた。頼りないように見えて、けっこう詳しい。


「いいか、まずはこれを鍵穴に差し込め。そしたら奥のほうで押し返すような手ごたえを感じるから、そのままぐるっとまわせ。わかったか?」


そういって彼は短い針金をセレンに手渡した。


「ありがとうございます。やってみます」


「くれぐれも慎重にな。あと、俺の家はそこ。なにかのときのために、覚えといてくれ」


「わかりました」


セレンは神妙に言った。たしかにこうして抜け出しているのがばれたら、ただでは済まないだろう。


「じゃ、入り口まで送っていくから」


その申し出をセレンは辞退し、少し低くなっている柵を指差した。


「大丈夫です、このくらいの塀なら飛び越えられるので。少し手を貸してもらえますか?」


「へぇ、すげえ。姫の侍女ってのはそんな事もできるのか」


「いや、そういうわけでは・・・」


そういいかけたセレンの表情がさっとかわった。塀が並ぶ向こうの道から、男がやってくるのが見えたのだ。


「スグリ、あれは誰ですか?こんな夜更けに・・・」


その人影を見て、彼は表情を固くした。


「・・・アサギリ」


男は片手を挙げてあいさつした。スグリの2倍は体の幅がありそうな、大きな男だ。


「ようスグリ、待ってたんだぜ。それが噂の次の巫女候補?本物なのか」


 なれなれしい態度だが、その雰囲気から荒々しいものが感じられた。

 彼は上から下までセレンを眺めた。


「・・・の、ようだな。顔がそっくりだ。話はまとまったのか?」


「話?何のことですか?」


 かばうように立っていたスグリの前に出て、セレンはまっすぐアサギリを見た。


「セレンとやら。アジサイと后が会う前に、俺はもう后様と話をしたぜ」


セレンは耳を疑った。


「それは・・・どういう?」


「察しが悪いな。あんたが牢に閉じ込められてうだうだしている間に、俺は内通者の手引きでもう姫と話したって言ってるんだよ」


 ウツギ側の味方が城内にいるのか。詳しく知りたかったがまずは彼の真意が知りたいとセレンは思った。


「・・・あなたの要求は、なんですか」


 アサギリはにやりとわらって、答えない。

 セレンはもう一歩踏み込んだ。


「トリトニアの兵力援助ですか?ですが重要なのはその後の条件ですよね。あなたの条件は?」


「そうだ。話してもいいが、お前は信用できるのか?」


アサギリは腕を組んでセレンを見下ろした。奴隷の身分だというのに、その姿は堂々としていて、身体の大きさはあの団長にもひけをとらない。


「私は、ウツギと手を結ぶ任務のため、ここにきました。なのでウツギを裏切ることはありえません。アジサイと共に、最善の道を探しています」


 アサギリはずいとセレンに顔を近づけ、その目を覗き込んだ。男のまとう獰猛な気配に気圧されそうになったが、セレンは負けじと彼を見つめ返した。


「なるほど。先にあっちに会ったのがまちがいだったな。もうすっかりアジサイの信者ってわけか」


「・・・あなたはアジサイのことが嫌いなのですか」


アサギリは肩をすくめた。


「好き嫌いの話じゃねえ。アジサイのやりかたに従って神頼みしてるうちは、俺達ウツギの民に未来はねえってことだよ」


「では、トリトニアの兵の力を借りて、イベリスを倒して独立するのがあなたの希望なのですか?」


 アサギリは歯をむき出しにしてうなった。


「簡単に言うな。だがまぁ・・・そうだ」


「しかしそれでは、次はトリトニアに従わなければならなくなるとアジサイは心配していました。その点はどう考えているのですか」


 アサギリは意外そうに眉を上げた。そうすると意外にもひょうきんな表情になった。


「おいおい、トリトニア側のあんたがそんなこと言っていいのかよ?そこを丸めこんで、そっちの都合のいいようにもっていくのがアンタの仕事だろうがよ」


セレンはむきになった。


「トリトニア公は、イベリスのような支配をするつもりはありません、我々は・・・」


「自由経済にのっとって、だろ?姫さまから聞いたぜ。だが具体的な条件は出してくれなかった。まずは正式な長と話してからだってよ。チッ」


 さすがミリア様、このような荒くれ者にそうそう手の内を明かすはずがない。セレンは心の中でうなずいた。


「だから俺のほうから条件を出させてもらった。まず出してもらう兵の費用はきっちり翠玉で払う。その後は貸し借りなし、対等に付き合う、ってな」


 セレンは度肝を抜かれた。それはあまりに型破りな条件だ。彼は国同士の外交というものを知らないにちがいない。

 だがセレンが言葉を返す前に、スグリが彼に食ってかかった。


「何をバカなことを!翠玉はそのようなもののために使っていいものではないっ!戦いの支払いにするなんて・・!」


 だがアサギリはバカにしたように笑った。


「ハッ。お前といい、アジサイといい、おめでてぇな。すでに翠玉は、イベリスに巻き上げられて、あいつらにいいように使われてるじゃねえか。あれがウツギにあるって外にばれたときから、戦いばかりだ。なら最大限に利用するほうがためになるってもんだろ」


 それは一理ある。が、その条件を大公は呑まないだろう。国同士の取引は、買い物のように行われるものではない。お互いの利益になり、かつ永続的に国の力になるよう協議を重ね、吟味し、落としどころをつけるものだ。彼にそれを説明する必要がある、と思ったセレンだが・・・


「あの、お話し中すみません。私もう戻ります。そろそろ戻らないとまずいので」


 その声に、二人は言い合いを中断した。


「おう、門番ならアジサイの術でまだグースカ寝てたから大丈夫だぜ。いい気味だぜ。あいつら明日、逆さづりの罰を食らうだろうな」


 アサギリは残忍な笑みを浮かべながらそう教えてくれた。


「門番って・・・アサギリ、お前今までどこいってたんだ、まさか城か?!」


 スグリの詰問に対して、アサギリは余裕綽々だった。


「ああ、そうだぜ。アンタらみたいに地下にこもっているだけじゃなく、俺にはあっちでやることがたくさんあるからな」


 その含みのある目つきに、スグリははっとした。


「お前・・・何をたくらんでいるんだ!?まさか、また危ないことを・・・!」


「さっきも言ったろ、お后様とまたつなぎをつけるためにいろいろしてたんだよ。疑うのもいいけど、濡れ衣を着せるなよ」


 そういってアサギリは去った。


「あぶないことって・・・なんでしょう?」


 重々しくスグリはつぶやいた。


「あいつは前、トルドハル王を暗殺しようとしていたんだ」


 その大それた前科に、さすがのセレンも言葉を失った。




――アサギリは、一方的な要求を言っていた・・・

――アジサイは密約を結ぶのに乗り気ではない

――私が、巫女を継ぐのを望んでいる・・・だがそれは・・・


無事牢に戻ってこれてほっとしたセレンだったが、いろいろな情報を聞きすぎて頭のなかは混乱していた。


(とりあえず明け方まで少しあるから、眠らなきゃ・・・)


 セレンは固いベッドに倒れこんで目を閉じた。






「おい、ウツギ、おいッ!」


 べチンと頬をたたかれて、セレンは目をさました。


「痛っ!」


 セレンはねぼけ眼を開けた。


「囚人の身分で寝坊とは、良い根性だな」


 上から兵団長の男が見下ろしていた。


(!!!)


 セレンは瞬時に跳ね起きた。まさかこんなことになろうとは。


「・・・・・なんですか?」


 セレンは怪訝な顔でたずねた。なぜこの男が、今朝こんなところに? 


 だがその問いには答えず、彼はいまいましげに吐き捨てた。


「お前は信用ならん。場所を移すぞ。こい」


 セレンは背筋が冷たくなった。

 まさか、昨日抜け出したことがもうばれてしまったのだろうか・・・?もっと厳重な牢に移されるのかもしれない。

 そう思って生きた心地がしないセレンだったが、外に出て連れていかれたのは思いがけない場所だった。


「・・・ここは・・・?」


 セレンは連れてこられた家の中を見回した。


 石造りのそこそこの大きさの建物の一室だ。だが中の廊下や部屋はどこも乱雑で、普段放っておかれている気配が濃厚にした。


「ここは、俺の居室だ」


(は!?!?)


  そんなところにつれこんでどうするのだろう。まさか、誰も見ていないところで、私を殺す

つもりだろうかーー!?


 抵抗のかまえを取るセレンに、団長は言い放った。


「昨夜、宿舎の不寝番が朝方までずっとねむりこけていた。居眠りなど、イベリスの隊ではありえない行為だ。不寝番の兵は誰が来た気がするが覚えていないという。一体何があった?正直に答えろ」


 セレンの背に、冷や汗が伝った。


 が、ここはシラを切るしかない。


「誰かきた?兵の人でしょうか。私は気がつきませんでしたが・・・」


「じゃあなぜ、お前はあのように眠りこけていた?」


 まさかウツギの村へ徹夜で行ったため寝不足ですとは言えない。

 セレンは苦しい言い訳をした。


「昨日は眠りが深くて・・・。特に理由などありません」


 セレンはそういいきったが、もちろん団長は納得しなかった。


 証拠はない。だが団長の動物的なカンが彼に告げていた。こいつは何かを隠している、それもイベリスにとって都合の悪いことを、と。


「ウツギが、素直に口を割るはずもないか。いいか、お前は今日から俺が責任を持って監視する。俺から一歩も離れるな。命令だ」


「えっ・・・」


 さすがのセレンも絶句した。この男と、一日中ずっと一緒、ということか・・・・。


「牢のそばで兵士に見張らせたほうが、効率的なのでは」


 ついそんな言葉が口をついて出た。が、彼は首をふった。


「その手にはのらん。また昨日のようになってからでは遅い。俺は忙しいから一日中牢に張り付いていることはできん。お前がそばにいろ。あやしいそぶりを見せたらすぐ罪状をつけて処刑してやる」


 その目には冷たい炎がやどっていた。


(まずいことになってしまった・・・)


 嫌だが、拒否権はない。セレンはしぶしぶうなずいた。


「・・・ただついていれば、いいのですか」


「そうだ。口はきくな」


 そう言ったきり兵団長は机に移動して書類仕事にかかった。

 セレンなどいないかのような態度である。

 部屋は散らかっていて、セレンの座る場所などない。ずっと立っている義理もないので、セレンは床に座った。


(とりあえず・・・昨日のことがばれないよう、気をつけないと)


 この男は、最初からセレンに目をつけていた。そして昨夜のことで疑いが深まってしまった。


――下手な事をしては、本当に処刑されかねない・・・・


 セレンは仕事をする男を観察した。見るからに力強そうで、鍛えられた兵士だ。その横顔は隙のなさと、執念深さが感じられた。


(手ごわそうな相手に、目をつけられてしまったな・・・)


 するとセレンが見ていることに気が付いたのか、男はこちらを見た。

 セレンはあわてて目線を逸らした。


(気配にも敏感なのか・・・)


 セレンはため息をつきたいのを我慢して、部屋をぐるりと見回して観察した。

 不潔というのではないが、とにかく散らかっている。机にもイスにも、本や書類箱が山積みだ。


(人の気配もないし、召使すら置いてないのか)


 そうして幾時間かたち、団長は立ち上がって部屋を出た。セレンはあわてて後をついていった。

 彼はチラリとセレンを確認したあと、屋敷の外へ大またであるいていった。


「おはようございます!団長!」


 兵団の敷地内なので、すれ違う男たちは皆彼にむかって大声で挨拶する。部下と言葉を交わす彼を、セレンは注意深く観察した。


(無愛想だけど、部下には好かれている・・・。人望のある男のようだ)


 セレンは、そう結論付けた。

 その時、部下の兵が団長の影に小さくなっていたセレンに目を向けた。


「この娘は・・・例の侍女ではないですか。牢から出しても良いのですか?」


 団長は苦い顔をした。


「牢にいても危険だ。昨夜のことがあったからな。だから俺が責任を持って見張ることにした」


「そうですか・・・」


  兵士がセレンを見る目つきは、あからさまに「こんな娘に何ができるものか」と言っていた。


「俺はこれから御前会議だから、こっちの事は頼んだぞ」


「はっ」


 御前会議。セレンの耳はぴくりと動いた。ということは、城に入れるということだろうか?


(もしかしたら、チャンスかもしれない・・・・!)


 セレンの期待は高まった。兵の敷地を出て、石畳の坂道を登っていく。ミリア様を乗せた馬車が通ったあの道だ。前方にそびえたつ城と崖の橋が見えてきた。そこを渡りながら、セレンの胸はひそかに期待で膨らんだ。


 が、団長はあっさりとセレンを城の前に置き去りにした。


「俺が出てくるまで、こいつを見張れ。不審な動きをしたら、すぐ俺に知らせろ。こいつは敵の間諜だから、暴れたら捕らえろ。手加減するな」


 城の番兵にそういって、彼は城の中へと入っていった。



(・・・期待はずれだ)

 セレンは黒々とした城を見上げた。青空をバックにしていても、そのたたずまいはいかめしかった。


(どこがミリア様の部屋なんだろう。それすらわからない・・・)


 きびしい目でセレンを見張る兵士を出し抜くことは難しそうだ。即首が飛んでしまうかもしれない。


 セレンは諦めて石畳のふちに腰掛けた。

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