63 / 65
新しい夏を、君と
しおりを挟む
混乱するエヴァンジェリンに、アレックスは丁寧に説明した。
卒業式の日、ディック・イーストが現れて、パーティを台無しにしたこと。
彼の言葉を受けて、ココとアレックスは、グレアムからすべてを聞いたこと。
「だから俺……いてもたってもいられなくて、遺跡に入ってったんだ。そしたらイヴがいて……血ぃ流してて。間に合ってよかったぁって思ったらイヴが動かなくなってさぁ…………俺全然間に合ってなかったって……」
続いて、アレックスは語った。
最後、人造人間の子どもと一緒に、パラモデアを使ってエヴァンジェリンを人間にしたこと。
パラモデアの魔力は消え、遺跡は崩壊し、子どもも消滅したこと。
「最後、よくわかんねぇけど、あの子も笑ってたって気がするよ。そしたらその直後、遺跡が崩れ始めてさ! ほんと肝が冷えたよ。ココのくれた種がなかったら、やばかったな。けど……イヴが目ぇ覚まして、よかった。ほんと、生きててよかったよ……」
「アレクさん……」
なんといったらいいのかわからない。
お礼を言いたいが、それぐらいでは到底たりないほどのことを、してもらったという気がするからだ。
「だけどグレアムによれば――イヴの心臓はまだ完璧じゃないらしくて。不整脈? とかなんとか。目覚めたら、新しい体に慣れるようリハビリをする必要があるって言ってた。学園は設備が整ってるし、せっかくだから夏休みを通して回復訓練をしようって」
「あ……そっか、今は夏休み、なんですね」
「そう。皆家に帰っちゃったけど――俺たちだけは、事後処理とかいろいろあって、残ってる」
「事後処理?」
「グレアムは、イヴの調整……いや看病? があるし――遺跡も壊れちゃったしで、事情聴取とか、いろんな検査だとか。ディックはいろいろわめいてたけど、おえらいさんが来てイヴの身体を調べて、完全に人間だって証明がついちゃったもんで、また謹慎に逆戻り。まぁそのうち、復学するだろうけど」
エヴァンジェリンはなんだか頭が痛くなった。
「ああ……たくさんの人にご迷惑を掛けてしまいましたね。なんだか……ごめんなさい。アレクさんもココさんも、私たちのせいで、夏休みなのに帰れなくて……」
「あのさぁ」
アレックスがつん、とエヴァンジェリンの頬をつつく。
「俺、居たくて居残ってんだよ。イヴが起きるかどうか、気が気じゃなかったんだから。卒業したら、一緒にいるって――約束したの、覚えてないの?」
そういえば、最後玄室で、そんなことを言った気がする。
――嬉しかった。でも。
「あ、あ、りがとうございます……わ、私、あんな大それたことを言っちゃって、でもあれは、もう最期だと思ってたから、だから、その」
すると、アレックスの唇がとがる。
「なに? 本心じゃなかったって……? 俺のこと、ほんとは嫌い?」
「ち、ちがいます! アレクさんのこと、と、とても好きです! でも……その、私なんかが……」
「え、嘘、もう一回言って」
「私、なんかが……」
「ちがうよ、その前」
「えっ……」
エヴァンジェリンは困惑してアレックスを見た。アレックスは真剣に、食い入るようにエヴァンジェリンを見つめていた。
とてもいたたまれなかったが――エヴァンジェリンは、観念した。
「アレクさんの事が……す、好き、です。でも、私は人間じゃないし、すぐに死ぬ、から――好きになっちゃダメだ、って、ずっと思ってて……」
「じゃ、つまり、実はずっと、俺のこと好きだったってこと!? いつから!?」
「えぇ…‥? お菓子をくれた時、からかな……?」
「……それって、俺じゃなくてお菓子が好きってことない?」
「いえ、私にお菓子をくれて、気にかけてくれた男の子は――アレクさんだけでした。だからそこは、違います」
エヴァンジェリンはふうと深呼吸した。
ずっと、言えなかった気持ち。
「ずっと好きでした。アレクさん……私の太陽。前、そう言いましたよね?」
「ああ、箒で一緒に飛んだとき……プロム、断られて……なのにイヴはそんなこと言って」
アレックスは切ない笑みを浮かべて、ぎゅっとエヴァンジェリンの身体を抱きしめた。
「あのときイヴが言ってた、悪役令嬢、って、そういうことだったんだな」
エヴァンジェリンはひそかに笑った。まさかこの本当の意味が、アレックスにばれてしまう日がくるなんて。
「たしかに、グレアムからしたら、イヴはそういう役回りだったのかもしんないけど――」
エヴァンジェリンの身体をしっかり抱きしめて、彼は言った。
「俺にとっては、ずっと君が、唯一無二のヒロインだったよ」
その言葉に、思わずエヴァンジェリンは笑った。
「でも、最初は私たち、仲が悪かったじゃないですか」
「あの時はマジでゴメン……でも俺、今はイヴのためなら死ねるよ」
エヴァンジェリンも、アレックスを抱きしめ返した。大きな背中。エヴァンジェリンの腕がまわりきらない。
「死なないでください。健康第一で」
「うん、心がける」
アレックスが腕をゆるめて、顔を上げた。
エヴァンジェリンも、腕の中で彼を見上げる。
カーテンから、初夏の風が吹き込んで、二人の髪を揺らす。
みずみずしいその風に誘われて――二人の輪郭が、そっと重なる。
エヴァンジェリンはなんだか、不思議な気持ちだった。
春が終わり、平和な日常が戻ってきた。
その夏に、エヴァンジェリンはいない予定だったのだ。
(けれど今、私、夏を感じてる―――)
人生、何が起こるかわからないものだ。
夏の風と、アレックスの体温を感じて、エヴァンジェリンは目を閉じた。
(あったかい……アレクさんの、からだ)
死ぬと思っていたのに、自分は死ななかった。
だからきっと、今まで考えもしなかったことを、可能性になかったようなことを、これからエヴァンジェリンは体験していくのだろう。
(でも、怖くない。私、知りたいって思ってる。アレクさんの、ことも、もっと……)
焦らなくていい。夏はまだはじまったばかり。
優しい風が、そう言ってくれているような気がした。
卒業式の日、ディック・イーストが現れて、パーティを台無しにしたこと。
彼の言葉を受けて、ココとアレックスは、グレアムからすべてを聞いたこと。
「だから俺……いてもたってもいられなくて、遺跡に入ってったんだ。そしたらイヴがいて……血ぃ流してて。間に合ってよかったぁって思ったらイヴが動かなくなってさぁ…………俺全然間に合ってなかったって……」
続いて、アレックスは語った。
最後、人造人間の子どもと一緒に、パラモデアを使ってエヴァンジェリンを人間にしたこと。
パラモデアの魔力は消え、遺跡は崩壊し、子どもも消滅したこと。
「最後、よくわかんねぇけど、あの子も笑ってたって気がするよ。そしたらその直後、遺跡が崩れ始めてさ! ほんと肝が冷えたよ。ココのくれた種がなかったら、やばかったな。けど……イヴが目ぇ覚まして、よかった。ほんと、生きててよかったよ……」
「アレクさん……」
なんといったらいいのかわからない。
お礼を言いたいが、それぐらいでは到底たりないほどのことを、してもらったという気がするからだ。
「だけどグレアムによれば――イヴの心臓はまだ完璧じゃないらしくて。不整脈? とかなんとか。目覚めたら、新しい体に慣れるようリハビリをする必要があるって言ってた。学園は設備が整ってるし、せっかくだから夏休みを通して回復訓練をしようって」
「あ……そっか、今は夏休み、なんですね」
「そう。皆家に帰っちゃったけど――俺たちだけは、事後処理とかいろいろあって、残ってる」
「事後処理?」
「グレアムは、イヴの調整……いや看病? があるし――遺跡も壊れちゃったしで、事情聴取とか、いろんな検査だとか。ディックはいろいろわめいてたけど、おえらいさんが来てイヴの身体を調べて、完全に人間だって証明がついちゃったもんで、また謹慎に逆戻り。まぁそのうち、復学するだろうけど」
エヴァンジェリンはなんだか頭が痛くなった。
「ああ……たくさんの人にご迷惑を掛けてしまいましたね。なんだか……ごめんなさい。アレクさんもココさんも、私たちのせいで、夏休みなのに帰れなくて……」
「あのさぁ」
アレックスがつん、とエヴァンジェリンの頬をつつく。
「俺、居たくて居残ってんだよ。イヴが起きるかどうか、気が気じゃなかったんだから。卒業したら、一緒にいるって――約束したの、覚えてないの?」
そういえば、最後玄室で、そんなことを言った気がする。
――嬉しかった。でも。
「あ、あ、りがとうございます……わ、私、あんな大それたことを言っちゃって、でもあれは、もう最期だと思ってたから、だから、その」
すると、アレックスの唇がとがる。
「なに? 本心じゃなかったって……? 俺のこと、ほんとは嫌い?」
「ち、ちがいます! アレクさんのこと、と、とても好きです! でも……その、私なんかが……」
「え、嘘、もう一回言って」
「私、なんかが……」
「ちがうよ、その前」
「えっ……」
エヴァンジェリンは困惑してアレックスを見た。アレックスは真剣に、食い入るようにエヴァンジェリンを見つめていた。
とてもいたたまれなかったが――エヴァンジェリンは、観念した。
「アレクさんの事が……す、好き、です。でも、私は人間じゃないし、すぐに死ぬ、から――好きになっちゃダメだ、って、ずっと思ってて……」
「じゃ、つまり、実はずっと、俺のこと好きだったってこと!? いつから!?」
「えぇ…‥? お菓子をくれた時、からかな……?」
「……それって、俺じゃなくてお菓子が好きってことない?」
「いえ、私にお菓子をくれて、気にかけてくれた男の子は――アレクさんだけでした。だからそこは、違います」
エヴァンジェリンはふうと深呼吸した。
ずっと、言えなかった気持ち。
「ずっと好きでした。アレクさん……私の太陽。前、そう言いましたよね?」
「ああ、箒で一緒に飛んだとき……プロム、断られて……なのにイヴはそんなこと言って」
アレックスは切ない笑みを浮かべて、ぎゅっとエヴァンジェリンの身体を抱きしめた。
「あのときイヴが言ってた、悪役令嬢、って、そういうことだったんだな」
エヴァンジェリンはひそかに笑った。まさかこの本当の意味が、アレックスにばれてしまう日がくるなんて。
「たしかに、グレアムからしたら、イヴはそういう役回りだったのかもしんないけど――」
エヴァンジェリンの身体をしっかり抱きしめて、彼は言った。
「俺にとっては、ずっと君が、唯一無二のヒロインだったよ」
その言葉に、思わずエヴァンジェリンは笑った。
「でも、最初は私たち、仲が悪かったじゃないですか」
「あの時はマジでゴメン……でも俺、今はイヴのためなら死ねるよ」
エヴァンジェリンも、アレックスを抱きしめ返した。大きな背中。エヴァンジェリンの腕がまわりきらない。
「死なないでください。健康第一で」
「うん、心がける」
アレックスが腕をゆるめて、顔を上げた。
エヴァンジェリンも、腕の中で彼を見上げる。
カーテンから、初夏の風が吹き込んで、二人の髪を揺らす。
みずみずしいその風に誘われて――二人の輪郭が、そっと重なる。
エヴァンジェリンはなんだか、不思議な気持ちだった。
春が終わり、平和な日常が戻ってきた。
その夏に、エヴァンジェリンはいない予定だったのだ。
(けれど今、私、夏を感じてる―――)
人生、何が起こるかわからないものだ。
夏の風と、アレックスの体温を感じて、エヴァンジェリンは目を閉じた。
(あったかい……アレクさんの、からだ)
死ぬと思っていたのに、自分は死ななかった。
だからきっと、今まで考えもしなかったことを、可能性になかったようなことを、これからエヴァンジェリンは体験していくのだろう。
(でも、怖くない。私、知りたいって思ってる。アレクさんの、ことも、もっと……)
焦らなくていい。夏はまだはじまったばかり。
優しい風が、そう言ってくれているような気がした。
2
お気に入りに追加
2,089
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】
乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。
※他サイトでも投稿中
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話
下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる